RYUZOは京都出身のラッパー、プロデューサー、実業家です。
京都で伝説と呼ばれているクルー・MAGUMA MC’s、TOKONA-X擁するM.O.S.A.D.、OZROSAURUSと結成したユニット・YOUNGGUNZを経て、ソロ名義のRYUZOとして、常に日本語ラップシーンの最前線で活躍するラッパーです。
ラッパーとしてだけでなく、インディペンデントレーベル・R-RATED RECORDSのCEOとしてANARCHYを発掘するなど、プロデューサーとしての手腕も発揮しています。
その精力的な活動はキャリアを重ねた今でも留まることを知らず、オーディション番組「ラップスタア誕生」のオーガナイズ、飲食店の経営など、多岐にわたります。
リビングレジェンドでありながら、常にシーンに絶大な影響を与え続けるRYUZOについて紹介します。
目次
RYUZOのプロフィール
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出生名 | 森 隆三(もり りゅうぞう) |
アーティスト名 | RYUZO(リュウゾウ) |
年齢 | 1977年5月10日(現在46歳) |
身長 | 非公開 |
血液型 | A型 |
出身地 | 京都府 |
事務所 | R-RATED RECORDS |
レーベル | R-RATED RECORDS |
公式サイト | https://twitter.com/ryuzorrated |
R-RATED RECORDSからミニアルバム「RELOADED」をリリースし、ソロデビューを果たしました。
RYUZOは京都府出身のラッパー、プロデューサー、実業家です。
1977年5月10日生まれの、現在46歳です。
17歳でラッパーとしてキャリアをスタートさせ、N.O.BとともにMAGUMA MC’sを結成し、京都で熱狂的な人気を集めました。
MAGUMA MC’sとしての活動に留まらず、TOKONA-X擁するM.O.S.A.D.とOZROSAURUSとともに結成したYOUNGGUNZ、ソロ名義のRYUZOとしての活動も有名です。
その後、京都の若手ラッパーに光を当てるためにR-RATE RECORDSを設立し、CEOとしてANARCHYをプロデュースするなど、ラッパーだけでなくプロデューサーとしても手腕を発揮しています。
他にも、複数の飲食店を経営する実業家、オーディション番組「ラップスタア誕生」のオーガナイズなど、キャリアが20年を超えた現在もシーンの最前線に君臨するリビングレジェンドです。
R-RATE RECORDSのCEO
R-RATED RECORDS
まちがいなーい! pic.twitter.com/l2EbfXdTTf— Rotten (@punxstilll) February 13, 2019
RYUZOは、2005年にKeera、LA BONO、ANARCHYとともに、インディペンデントレーベル・R-RATE RECORDSを設立しました。
RYUZO
RYUZOはR-RATE RECORDSでラッパー、プロデューサーとしてだけでなく、CEO(最高経営責任者)としても手腕を振るっています。
RYUZO
ANARCHYを始め、RUFF NECKやLA BONOといった埋もれていた京都の若手アーティストをフックアップし、シーンに京都の存在をアピールするべく尽力を尽しました。
レーベル誕生秘話
MAGUMA MC’sでの活動に行き詰まりを感じていた時期に、東京のフィメールラッパー・Keeraと出会ったことがR-RATE RECORDSの誕生のきっかけです。
Keera
RYUZO
東京から京都へ遊びに来ていたKeeraが、RYUZOに京都の格好いいラッパーについて聞かれ、RYUZOはANARCHYの楽曲を聴かせました。
Keera
Keeraのこの一言が引き金となり、RYUZOはANARCHY、LA BONOに声をかけ、4人でR-RATE RECORDSを設立します。
所属アーティスト一覧
設立メンバーはRYUZO、LA BONO、ANARCHY、Keeraの4人です。
Keeraはラッパーとして音楽活動をする傍ら、ホームページ制作やSNSを駆使したマネージメントも担当しています。
2012年にはGAZZILA、SMITH-CN、THUGMINATI(T.O.P. 、DJ 8MAN)が正式にアーティスト契約を結び、R-RATE RECORDSに加入しました。
複数の飲食店を経営する実業家としての顔
- レコードバー・BLOODY ANGLE
- セレクトショップ・DOMICILE TOKYO
- ジェントルマンズクラブ・MADAM WOO TOKYO
- 音楽酒場・翠月 -MITSUKI-
- レコードバー・BLOODY ANGLE DOUGEN TONG
RYUZOは5つの飲食店、セレクトショップを経営する実業家としても活動しています。
RYUZO
ヒップホップシーンのトレンドを追えなくなっている自分に気付き、RYUZOは音楽活動に行き詰まりを感じていました。
そんなRYUZOにクリエーターチーム・BCDMGに所属するLostFaceが、
LostFace
そう声をかけられたことがきっかけで、レコードバー・BLOODY ANGLEをオープンに至ります。
RYUZO
BLOODY ANGLEをオープンさせたことで、RYUZOは店をプロデュースすることに目覚めました。
ラップスタア誕生を発案!
- DAIA(Season1)
- LEON a.k.a. 獅子(Season2)
- ¥ellow Bucks(Season3)
- Ralph(RAPSTAR2020)
RYUZOは、2017年にAmeba TVでスタートしたオーディション番組「ラップスタア誕生!」を立案し、オーガナイズを務めています。
RYUZO
フリースタイルブームが加熱するシーンに対し、そのカウンターとして、楽曲にフォーカスを当てた次世代のラッパーを発掘するための番組です。
優勝したラップスタアには、賞金300万円が贈呈されます。
これまで4回開催され、DAIA(Season1)、LEON a.k.a. 獅子(Season2)、¥ellow Bucks(Season3) 、Ralph(RAPSTAR2020)が優勝しています。
構想は伝説の番組「三宅裕司のいかすバンド天国」
ラップスタア誕生!の構想は、1989年から1990年に放映されていた伝説のバンドオーディション番組「三宅裕司のいかすバンド天国」です。
「三宅裕司のいかすバンド天国」はたま、BLANKY JET CITY、BEGINなどの人気バンドを輩出しています。
RYUZOはAmeba TVを運営するサイバーエージェントの社長である藤田晋に、
RYUZO
と、直談判したことがきっかけで、ラップスタア誕生!が誕生しました。
RYUZOとフリースタイルダンジョン
RYUZOは、フリースタイルダンジョンを見て、フリースタイルブームが加熱するシーンに疑問を感じていました。
RYUZO
RYUZOにとってのヒップホップは「フリースタイルバトルのディスりあった後に、笑って合うスポーツのような側面だけではなく、もっと深いもの」という考えです。
RYUZO
RYUZOのヒップホップの楽曲から生きるヒントであったり痛みであったり、そういった人生を変えるようなリアルを感じてほしいという熱い気持ちが、ラップスタア誕生!の立案に繋がりました。
RYUZO
RYUZOのファッションのまとめ
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RYUZOのファッションスタイルは、初期はゴリゴリのB-BOYファッションでしたが、最近は綺麗めなストリートスタイルです。
RYUZO
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RYUZOは「ファッション=カルチャー」という思いが強く、SupremeやNEW ERAなどの歴史のあるブランドから、
Infinite ArchiveやAWGEといった新進気鋭のブランドまで幅広く着用しています。
特にお気に入りのブランドはSupremeで、活動を始めた頃から現在に至るまで愛用しています。
RYUZOのラップスタイル
- ハスキーボイス
- アウトローな人生を綴った力強いリリック
RYUZOのラップスタイルは、アウトローな人生を綴った力強いリリックをハスキーボイスの男らしい声でラップするスタイルです。
地を這うような低い声でイリーガルなトピックをラップしていて、マグマのように熱く、男らしさ全開のスタイルがヘッズから支持されている理由です。
ヒップホップの黄金期である90年代ニューヨークのスタイルの影響が色濃く、ヒップホップや仲間に対する愛の強さが感じられる楽曲は、ヒップホップリスナーなら誰もが心を揺さぶられます。
ラップを始めたきっかけは同い年のカリスマ
RYUZOがラップを始めたきっかけは、高校時代に出会った同級生です。
RYUZO
当時仲の良かった同級生にヒップホップを教えてもらい、その同級生がラップを始めたことで、RYUZOもラップを始めました。
RYUZO
RYUZOはその同級生をカリスマと呼んでいて、ラッパーになるきっかけを与えてくれた存在です。
RYUZO
京都のクラブで見たRHYMESTERのライブに衝撃を受け、N.O.Bとともに2MCのクルー・MAGUMA MC’sを結成し、本格的にラッパーとしてのキャリアをスタートさせました。
RYUZOの憧れはJAY-Z
RYUZO「もう一度始めよう、ANARCHYとKeeraが相棒、俺の横にはいつもLA BONO、Roc-A-Fellaみたいにいつかなろうと」最高です。 pic.twitter.com/THJHGanDx2
— 沖縄CHOUJI (@098chouji) May 4, 2013
RYUZOが憧れるラッパーは、アメリカ・ニューヨーク出身のレジェンドラッパーのJAY-Zです。
JAY-Zはラッパーとしての活動だけでなく、レコード会社・Roc-A-Fella Recordsの設立、運営、プロデューサー、実業家としても、幅広く活躍しています。
RYUZOは楽曲「THE STORY」で、
RYUZO
とラップしていることからも分かるように、JAY-ZがRYUZOの音楽活動のルーツになっています。
RYUZOのおすすめの楽曲【厳選3選】
RYUZOの仲間、ヒップホップへの愛が溢れた、ヘッズなら誰もが首を振ってしまう、おすすめの楽曲を3曲紹介します。
RYUZO / HATE MY LIFE
日当で働く塗装業者、水商売をするシングルマザー、DJになる夢を追って上京した若者の生活を、それぞれの視点でラップした楽曲です。
三者三様の悩みを抱えつつ、現状の生活に一筋の光を見出したリリックは、RYUZOがリリシストであることを再確認できる名曲です。
RYUZO
RYUZO / THE STORY
これまでRYUZOが歩んできたラッパーとしての「物語=STORY」を綴った楽曲です。
RYUZOの親交がある全国のラッパーが出演したMVも豪華で、常にシーンの最前線で戦ってきたRYUZOだからこそ書ける、説得力のある力強いリリックが魅力です。
RYUZO
RYUZO / THE R
タイトルはRYUZO、R-RATED RECORDSの頭文字のRから取っていて、世の中に蔓延る偽物に中指を立てた楽曲です。
芯が通った男気を感じられる、RYUZOの代表曲です。
RYUZO
伝説のMAGUMA MC’sとは?
- RYUZO
- N.O.B
2003年12月17日にアルバム「MASSIVE」でメジャーデビューを果たします。
MAGUMA MC’sは、RYUZOとN.O.Bの2MCからなるクルーです。
1995年に結成し、当時の京都で人気だったイベント・地熱で年間4000人を集客するなど、京都で熱狂的な人気を誇っていました。
結成のきっかけは、イベント・地熱でたった6人の観客の前でラップするRHYMESTERのライブを見たことです。
この6人の観客の中にRYUZOとN.O.Bが居て、RHYMESTERのライブに感動して意気投合し、MAGUMA MC’sが結成されました。
現在は自然消滅的に解散をしていますが、解散理由は明かされていません。
YOUNGGUNZとは?
- MAGUMA MC’s(RYUZO、N.O.B)
- OZROSAURUS(MACCHO、DJ TOMO)
- M.O.S.A.D.(TOKONA-X、AKIRA、”E”qual、DJ Fixer)
YOUNGGUNZは、MAGUMA MC’s(RYUZO、N.O.B)、OZROSAURUS(MACCHO、DJ TOMO)、M.O.S.A.D.(TOKONA-X、AKIRA、”E”qual、DJ Fixer)の3つのクルーからなるユニットです。
横浜、名古屋、京都のそれぞれの地区で名を馳せていた当時の若手ラッパーが集い、2001年に結成されました。
初めて発表されたYOUNGGUNZ名義の楽曲は、OZROSAURUSのアルバム「ROLLIN’045」の収録曲「YOUNGGUNNZ feat. M.O.S.A.D.,MAGUMA MC’S」です。
残念ながらYOUNGGUNZとしての名義で、単独音源はリリースしていません。
RYUZOと仲の良いラッパー
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- OZROSAURUS
- M.O.S.A.D.
- AK-69
- 妄走族
- NITRO MICROPHONE UNDERGROUND
- ANARCHY
- LA BONO
RYUZOは顔が広く、全国のラッパーと交流があります。
同世代のOZROSAURUS、M.O.S.A.D.、妄走族とは古くからの付き合いで、友達でありライバルです。
RYUZO
フライヤー配りにライブなど、自分の足を使って全国で活動してきたRYUZOは、全国の猛者と知り合い、切磋琢磨してきました。
1世代年上にあたるNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのことは「兄貴」と呼んでいて、リスペクトしています。
TOKONA-Xとのアツい男の友情
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RYUZOとTOKONA-Xは、京都と名古屋とレペゼンする街は違いますが、ライバルかつ親友です。
RYUZO
出会いのきっかけは、RYUZOが車の免許を取ったばかりの18歳のときに、毎週のように名古屋のクラブに遊びに行っていて、そこでTOKONA-Xと出会いました。
すぐに意気投合した2人は、やがて楽曲でも共演するようになっていきます。
逝去する直前、TOKONA-Xが京都へ来た際にRYUZOの目を見て真剣にANARCHYのプロデュースを勧めたことが、R-RATED RECORDSの設立に繋がりました。
ANARCHYとの年齢を超えた関係
RYUZOとANARCHYは、年齢を超えた深い絆で結ばれた関係です。
ANARCHYとの出会いは、RYUZOがMAGUMA MC’sとして活動していた時期です。
RYUZO
ANARCHYがラップを始めたことも知っていましたが、RYUZOがANARCHYを自分のクルーに入れたり、プロデュースしたりすることはありませんでした。
周りから「ANARCHYをプロデュースするべき」と背中を押され、ANARCHYのプロデュースをする決意をしました。
RYUZO
RYUZOは年齢の離れた後輩のANARCHYを対等のアーティストとして接し、ANARCHYもRYUZOをボスとして慕う、リスペクトし合う関係です。