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SCARSのメンバープロフィールの完全まとめ

SCARSのメンバー

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

SCARSは神奈川県川崎市を拠点に活動する、SEEDA、BES擁するラップグループです。

日本にハスリングラップの概念を持ち込み、キャラ立ちしたMCたちによるスキルの高いオリジナルなフロウパンチライン、革新的なサウンドプロダクションで日本語ラップシーンに衝撃を与えました。

メンバーの逮捕、脱退、ビーフ、死を乗り越え、今もなおシーンに多大な影響力を持つSCARSを紹介します。

SCARSのメンバープロフィール

SCARSのメンバー

SCARSは7人のMC、1人のトラックメーカーからなるラップグループです。

メンバーのほとんどが神奈川県川崎市出身で、同級生や先輩、後輩という関係です。

SCARSとしての活動だけでなく、それぞれのソロ活動でもシーンに大きなインパクトを残し続けています。

A-THUG

 

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出生名非公開
アーティスト名A-THUG(エーサグ)、A-DOG(エードッグ)、TONY(トニー)
年齢1980年11月18日(現在40歳)
身長非公開
血液型非公開
出身地神奈川県川崎市川中島
事務所
レーベルP-VINE
公式サイトhttps://twitter.com/a_high_044g
STEP.1
幼少期〜小学校時代
1980年11月18日に神奈川県川崎市川中島で生まれる。小学校5年生のときに兄がスケートボードを買ってきたことをきっかけに、スケートボードを始める。

STEP.2
中学校時代
スケートボードのビデオで流れていたヒップホップを聴き、ヒップホップにハマる。
STEP.3
高校時代
ダンスにハマり、ニューヨークに渡米するがダンススクールに通わず、1年余りでダンスを辞めて帰国する。その後、ラップをはじめる。
STEP.4
2003年
A-THUGが中心となり、SCARSを結成する。
STEP.5
2011年
2011年11月23日にソロ名義のファーストアルバム「BRIGHT SON!!」をリリースする。

MEMO
刑務所から出所後にリリースされた。
A-THUGの特徴
  • SCARSの絶対的リーダー
  • B-BOYを体現したアティチュード
  • ぶっ飛んだパンチライン

A-THUGはSCARSの絶対的なリーダーです。

A-THUG

兄の影響で、早い時期からヒップホップカルチャーにのめり込んでいった。

幼い頃からスケートボード、ダンスをしていて、高校時代に渡米した経験があります。

帰国後にラップを始め、同時にハスラーとしてドラッグディールも経験するなど、ヒップホップを体現したアティチュードがSCARSのメンバーや同業者、ヘッズからリスペクトを集めています。

決してラップスキルが高いとは言えませんが、オリジナリティのあるぶっ飛んだパンチラインがA-THUGの魅力です。

注意
A-THUGは過去に4回逮捕されている。

A-THUGのパンチライン

A-THUG

BLOODSとつるみ CRACKを作り BLOCKを仕切り GLOCKを握る

A-THUG

万券貯めて千円使いな

A-THUG

ハッピーエンドじゃなくてもかまわない それでも好きな気持ちは変わらない

A-THUG

トンカツ 婚活 強盗に恐喝 おせちを食べる刑務所の正月

BES

 

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出生名非公開
アーティスト名BES(ベス)
年齢1978年9月10日(現在30歳)
身長非公開
血液型非公開
出身地東京都青梅市
事務所
レーベルP-VINE
公式サイト
STEP.1
幼少期〜小学校時代
1978年に東京都青梅市で生まれる。
STEP.2
中学校時代
ICE-TのCDを買って衝撃を受け、ヒップホップにハマる。
STEP.3
高校時代
SWANKY SWIPEEISHINとともにラップを始めます。

MEMO
EISHINと「どっちがラップが上手いか」と競いながら練習していた。
STEP.4
1990年代
EISHINDJ PORSCHEYODELとともにSWANKY SWIPEを結成する。

注意
EISHINはすでにラップをやめていて、SWANKY SWIPEは事実上の解散状態。
STEP.5
2003年
SEEDAを通じてSTICKYと出会い、SCARSに加入します。

MEMO
BESのSTICKYへの第一印象は「怖い」だった。
STEP.6
2006年
SWANKY SWIPEとしてのファーストアルバム「Bunks Marmalade」をリリースします。

MEMO
収録曲「Bunks Marmalade」は現在でもライブで披露されているクラシック。
STEP.7
2007年
ULTIMATE MC BATTLEの東京予選で優勝、本戦の決勝でGOCCIに破れたものの、見事に準優勝を収める。
STEP.8
2008年
2008年9月19日にソロ名義のファーストアルバム「REBUILD」をリリースする。

MEMO
ドラッグにより不安定な状態で制作された。
BESの特徴
  • 日本人離れしたリズム感
  • オリジナリティーのあるフロウ
  • 自らの体験、想いをリアルに映し出した内省的なリリック

圧倒的なスキルと日本人離れしたリズム感から放たれるオリジナリティに溢れるフロウがBESの最大の特徴です。

BES君は天才です。

I-DeA

ラップに関しての意欲がすごい人です。

ISSUGI

日本に最初にUSのフロウを持ち込んだのはBESだ。今のラッパーは、それを真似しているだけに過ぎない。

呂布カルマ

SCARSだけではなく、SWANKY SWIPE、ソロとしてもクラシックを量産し、日本語ラップシーンに多くのフォロワーを生み出しました

一度はSCARSを脱退するものの、2012年にSCARSに復帰しています。

ドラッグにより2度の逮捕、刑務所での生活を余儀なくされましたが、出所後はSCARS、ソロ、ISSUGIとのユニットなど精力的に活動し、キャリアを重ねた現在もシーンに影響を与え続けるラッパーです。

SEEDA

出生名吉田直人(よしだ なおひと)
アーティスト名SEEDA(シーダ)
年齢1980年11月17日(現在40歳)
身長非公開
血液型非公開
出身地東京都
事務所
EMIミュージック・ジャパン
公式サイト
STEP.1
幼少期〜小学校時代
東京都で生まれ、すぐにイギリス・ロンドンに渡英し、中学校1年生までロンドンで暮らす。
STEP.2
高校時代
遊びでラップを始め、現DNCのメンバーであるTAMUEGUOとともにラップグループ・Maneuvaを結成する。
STEP.3
大学生時代
神奈川大学に入学し、SD JUNKSTADJ ISSOと出会う。

MEMO
DJ ISSOとの出会いがミックスシリーズ「CONCRETE GREEN」に繋がる。

2001年10月16日にSHIDA名義でファーストアルバム「デトネイター」をリリースする。

MEMO
当時の別名はSHIDA DA SHADIだった。
STEP.4
2003年
SCARSに加入する。
STEP.5
2005年
2005年8月19日にアルバム「GREEN」をリリースする。

MEMO
後にシーンを席巻するI-DeA、B.L a.k.a BACH LOGICによるプロデュース。
STEP.6
2009年
2009年5月に突如引退を宣言し、プロデュースなどの裏方に回ることを発表するが、10月にラッパーとして復帰することを公式ブログで発表する。

注意
TERIYAKI BOYZとのビーフ直後のタイミングだったこともあり、様々な憶測が飛び交った。
STEP.7
2020年
クラシックアルバム「花と雨」を基にした自伝的映画「花と雨」が公開される。

MEMO
第32回東京国際映画祭 日本映画スプラッシュ部門に正式出品された。
SEEDAの特徴
  • USのトレンドをいち早く取り入れる音楽性
  • 日本語と英語を混ぜたバイリンガルスタイル
  • アメリカのコピーで終わらせない高いスキル

SEEDAは幼少期をロンドンで過ごした帰国子女で、日本語を英語を織り交ぜたバイリンガルスタイルを日本でスタンダードにしたラッパーです。

ソロのラッパーとして「GREEN」「花と雨」「HEAVEN」などのクラシックを世に送り出し、日本語ラップシーンで確固たる地位を築きました

常にトレンドを追っていて、それをしっかり自分のものにしている。ラップへの向き合い方がすごい。

呂布カルマ

USのトレンドをいち早く取り入れた音楽性、早口ラップからメロディアスなフロウまで対応できる高いスキルが魅力です。

一時はラッパーとして引退を宣言しましたが、すぐに復帰しています。

現在までに音楽活動だけでなくYouTubeチャンネル「ニート東京」の運営、自伝的映画「花と雨」の公開、オーディション番組「ラップスタア誕生」に審査員として出演するなど、常に最前線でシーンに貢献し続けています。

MEMO
MCネームの由来は、本名の吉田(YOSHIDA)。

bay4k

 

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出生名韓よしお(かん よしお)
アーティスト名bay4k(ベイフォーケー)
年齢1978年
身長非公開
血液型非公開
出身地神奈川県川崎市川崎区
事務所
レーベルP-VINE
公式サイトhttps://twitter.com/bay4k_2408
STEP.1
幼少期〜小学校時代
1978年に神奈川県内川崎市に、在日コリアン三世として生まれる。
STEP.2
高校時代
ヒップホップに興味を持ち、聞き始める。
STEP.3
2004年
SEEDAのレコーディングに遊びに行ったこと衝撃を受け、ラップを始め、SCARSに加入する。

STEP.4
2007年
2007年6月15日にソロ名義のアルバム「I am…」をリリースする。

MEMO
SCARSのメンバー以外に、D.Oや般若、RYUZOなど豪華客演陣も魅力。

ラップグループ・練マザファッカーに加入し、バラエティ番組「リンカーン」に出演する。

MEMO
練マザファッカーでの活動期間は約1年。
STEP.5
2019年
2019年4月2日に脳出血で倒れる。
bay4kの特徴
  • 在日コリアン三世として生まれたバッググラウンドを大切にしている
  • 攻撃的なフロウとライミング
  • ストリートのリアルな実情を綴ったリリック

bay4kはラッパーとしてのキャリアは26歳からと遅咲きなものの、在日コリアン三世として虐げられてきた苦悩や実情をバッググラウンドにした攻撃的なフロウとライミングが魅力です。

ストリートのリアルな実情を綴ったリリックも特徴で、ストーリーテリングも得意としています。

2児の父で、ミニ四駆チーム・チームBIGでも活動をするなど、意外な一面もあります。

bay4k

D.Oに誘われて、練マザファッカーに加入し、1年ほど活動していた。

SCARS、ソロ活動以外にも、D.O率いる練マザファッカーのメンバーとしてバラエティ番組「リンカーン」に出演し、話題になりました

2019年4月2日に脳出血で倒れ、右半身と言語障害というハンデを背負ったものの、見事にシーンに返り咲いた不屈のラッパーです。

MEMO
MCネームの由来は「bay=生まれた町の地名の浜」「4=4丁目」「k=本名の韓の頭文字」。

STICKY

出生名松本 恭平(まつもと きょうへい)
アーティスト名STICKY(スティッキー)
年齢1980年8月15日(現在41歳)
身長非公開
血液型非公開
出身地神奈川県川崎市
事務所
レーベルP-VINE
公式サイト
STEP.1
幼少期〜小学校時代
1980年8月15日に神奈川県川崎市で生まれ、幼稚園の頃にA-THUGと出会う。

MEMO
学校一サッカーが上手く、活発でガキ大将的な子供だった。
STEP.2
中学校時代
同じ中学校の2個上の先輩としてbay4kに出会う。
STEP.3
高校時代
A-THUGa tribe called questを聞かされ、ヒップホップにハマる。
STEP.4
2003年
A-THUGとともにSCARSを結成する。

MEMO
SCARSに加入するまで、A-THUGとはあまり仲良くなかった。
STEP.5
2009年
2009年12月2日にソロ名義のファーストアルバム「WHERE’S MY MONEY」をリリースする。

注意
逝去後の2021年1月16日に、家族の要望で配信が開始された。
STEP.6
2021年
2021年1月13日に脳梗塞により逝去する。
STICKYの特徴
  • クールで淡々と言葉を吐き出すフロウ
  • 社会や世の中に対しての不満を包み隠さず落とし込むリリック

STICKYは、クールな出で立ちで淡々と言葉を吐き出すようなフロウと、人間不信とも捉えられる程にネガティブな感情を包み隠さずに落とし込むリリックが魅力です。

bay4k

昔からSTICKYはオシャレでクールなやつだった。

A-THUG

子供の頃は仲良くはなかったが、いつの間にか仲良くなり、SCARSをやるようになった。

幼稚園からの幼馴染であるA-THUGのに誘われる形で、SCARSを結成した初期メンバーです。

bay4k

奥さんに聞いたが、STICKYは健康そのものだった。奥さんが朝に目を覚ますと、隣のSTICKYが手遅れの状態だったと聞いた。

SCARSも再始動し、これからという2021年1月13日に脳梗塞により逝去してしまいます。

MANNY

出生名非公開
アーティスト名MANNY(マニー)
年齢1980年
身長非公開
血液型非公開
出身地非公開
事務所
レーベル
公式サイト
MANNYの特徴
  • 一時は活動休止していたものの、現在はSCARSに復帰
  • 帽子セレクトショップ・ONSPOTZのオーナー

MANNYはSCARSの中でも謎の多い存在ですが、結成初期より活動をともにしているラッパーです。

一時は活動を休止していましたが、SCARSのセカンドアルバム「THE EPISODE」からラッパーとしての活動を再開しています。

ラッパーとしてだけでなく、帽子セレクトショップ・ONSPOTZを経営するオーナーとしてもストリートに貢献しています。

MEMO
ONSPOTZはニューエラジャパン(NEW ERA JAPAN)公認の正規取扱販売店で、全国展開している。

林鷹

出生名非公開
アーティスト名林鷹(ハヤシタカ)、GANGSTA TAKA(ギャングスタ タカ)
年齢非公開
身長非公開
血液型非公開
出身地神奈川県横浜市中区元町
事務所
レーベル
公式サイト

林鷹は2012年頃にSCARSに正式加入したラッパーです。

SCARS加入以前は、GANGSTA TAKAとしてソロ活動をしていて、SCARSSD JUNKSTAなどの客演でも知られている存在でした。

林鷹

A-THUGさんに誘われてSCARSに加入した。A-THUGさんにはすごくお世話になっている。

SCARSの最年少メンバーで、加入以前からメンバーに可愛がられていて、SCARSのファーストアルバム「THE ALBUM」にも客演参加しています。

サブメンバーのような立ち位置でしたが、A-THUGに誘われてSCARSに加入しました。

注意
祖父は稲川会最高顧問で林組初代総長の林喜一郎。

SAC

出生名非公開
アーティスト名SAC(サック)
年齢非公開
身長非公開
血液型非公開
出身地非公開
事務所
レーベルP-VINE
公式サイト
SACの特徴
  • ドラマチックな展開のトラックメイク

SACは「音の殺し屋」の異名を持つ、SCARSのトラックメーカーです。

I-DeAとともにSCARSのサウンドを支える屋台骨として暗躍し、SCARSのサウンドプロダクションの一翼を担う存在です。

ドラマチックな展開を武器とするトラックメイクが最大の魅力です。

注意
舐達麻のプロデューサーとしても活動している。

SCARSの脱退メンバー

SCARSをすでに脱退しているメンバーを紹介します。

I-DeA

出生名非公開
アーティスト名I-DeA(アイデア)
年齢非公開
身長非公開
血液型非公開
出身地青森県
事務所非公開
レーベル徳間ジャパンコミュニケーションズ
公式サイトhttps://twitter.com/flashsounds
STEP.1
幼少期〜小学校
青森県で生まれる。
STEP.2
中学校時代
中学校2年生の頃に、周りにダンスをしている友達も多かったこともあり、ヒップホップに出会う。
STEP.3
高校時代
ターンテーブルを買い、DJを始める。
STEP.4
専門学校時代
音楽系の専門学校に通うため、青森県から上京するもDJに挫折する。

エンジニアのD.O.I.と出会い、トラックメーカー、プロデューサーとしての活動をスタートさせる。

STEP.5
2003年
SCARSを結成する。
STEP.6
2004年
2004年8月20日にソロ名義のファーストアルバム「self expression」をリリースする。

MEMO
SCARS、MSC、降神などの豪華ラッパーが客演で参加。
STEP.7
2011年
SCARSを脱退する。
I-DeAの特徴
  • 一切の妥協を許さないサウンドプロダクション
  • サンプリングを多用した黒く煙たいトラック
  • 固定概念に囚われない自由なサンプリング
  • プロデューサー主体で制作するスタイルを定着させた

I-DeAはSCARS関連の作品のみならず、鬼の「小名浜」やBUDDHA BRAND舐達麻漢 a.k.a. GAMINORIKIYOなど、数え切れないほどのクラシックを世に生み出したトラックメーカー、プロデューサーです。

俺もI-DeA塾の塾生です。

NORIKIYO

プロデューサー主体で楽曲、アルバムを制作するスタイルを日本語ラップシーンに定着させ、一切妥協を許さない厳しすぎるサウンドプロダクションから、同業者から「I-DeA塾」「塾長」「先生」と呼ばれています

I-DeA

D.O.Iさん、DEV LARGEとの出会いが、I-DeAとしての活動のルーツです。

DJになる夢を挫折した専門学校時代にエンジニアのD.O.I.と出会い、その後、DEV LARGEとの出会いを経て、プロデューサーとしてのあり方を確立しました。

I-DeA

とにかく格好いいと思った音をサンプリングする。

サンプリングを多用した黒く煙たいトラック、固定観念に囚われない自由なサンプリングは、世界基準と言っても過言ではありません。

2011年にSCARSを脱退していますが、脱退以降もSCARS関連の作品をプロデュースするなど、SCARSのメンバーと交流は続いています。

SCARSとは?

STEP.1
2003年
A-THUGを中心に、STICKYI-DeAらとSCARSを結成し、SEEDAbay4kBESなども合流してオリジナルメンバーが揃う。
STEP.2
2006年
ファーストアルバム「THE ALBUM」をリリースする。

MEMO
アルバム「THE ALBUM」はヒップホップ専門誌・blastのBLAST AWARDで総合2位を獲得するほどの反響があった。
STEP.3
2008年
メンバー内ビーフBESの脱退という中で、逮捕されたA-THUGの弁護士費用を捻出するために再集結し、2008年12月31日にセカンドアルバム「THE EPISODE」をリリースする。

MEMO
廃盤になっていたが、2019年7月17日に再販、デジタル配信された。
STEP.4
2011年
メンバーのI-DeAが脱退する。
STEP.5
2012年
林鷹が正式メンバーとして加入、BESSCARSに復帰し、CLUB CITTA’でフルメンバーでライブを披露する。

STEP.6
2021年
STICKYが2021年1月13日に脳梗塞により逝去する。

SCARSはA-THUG、BES、SEEDA、bay4k、STICKY、MANNY、林鷹の7人のMC、トラックメーカーのSACからなる、神奈川県川崎市を拠点に活動するラップグループです。

ドラッグディールを綴ったハスリングラップを日本に持ち込み、プロデューサー主体でアルバムを制作するスタイルでシーンに衝撃を与えました。

SCARSとしての活動は疎らであるものの、それぞれのソロ活動やメンバー内のビーフ、逮捕、A-THUGの弁護士費用を捻出するために再集結するなど、日本語ラップにおける「新たな価値観」を提示しました。

すでにベテランと言えるキャリアを持ちながら、メンバー個人でもグループとしても存在感を放つ、伝説的グループです。

注意
BESがセカンドアルバムに参加しなかった理由は、SCARS以外のヒップホップ関係者に自らの裁判の弁護士費用を借りて返済中だったと語っている。

グループ名の由来はあの名作映画

SCARSのグループ名の由来は、1983年公開の名作映画・SCARFACEです。

SCARFACEアル・パチーノが演じる主人公のトニー・モンタナが、コカインの密売で成り上がり、破滅していく姿を描いた映画です。

トニー・モンタナ

俺を殺りたきゃ軍隊を連れてきな 俺はトニー・モンタナだ!

トニー・モンタナ

命令?俺に?この世で命令できるのは、タマを持ってる奴だけだ

などの名言も有名で、MCバトルや楽曲のリリックによく登場することからもわかるように、ヒップホップシーンに多大な影響を与えました。

ハスリングラップを全面に押し出したスタイルのSCARSに、ピッタリなグループ名です。

SCARSの音楽はハスリングラップ

SCARSの音楽の特徴
  • リアルなドラッグディールの現実を描写したリリック
  • キャラ立ちしたMCによるマイクリレー
  • SEEDA、BESの圧倒的なスキル
  • I-DeAの妥協なきサウンドプロダクション

SCARSのスタイルは、ドラッグディールがトピックのハスリングラップです。

SCARS以前にも日本語ラップでドラッグディールについてラップした楽曲はありましたが、本格的にハスリングラップを日本語ラップに持ち込んだのはSCARSです。

ドラッグディールをリアルに描写したスリリングなリリックが最大の特徴ですが、キャラ立ちしたMCたちによる個性の光るパンチラインフロウで、ヒップホップとしてのエンターテイメントに昇華させています

また、I-DeAによる妥協のないサウンドプロダクションは、ヒップホップにおけるサウンドとしての完成度、価値を高め、ヘッズだけでなく同業者からも高い評価を得ています。

【ビーフの真相】STICKY vs bay4k【グループ内】

STICKYbay4kSCARSのメンバー同士であり、bay4kにとってSTICKYは同じ中学校の後輩です。

そんな2人がお金のやり取りで、グループ内ビーフが発生しました。

その真相はセカンドアルバム「THE EPISODE」の収録曲「曝けだす」で、包み隠さずに語られています

STEP.1
bay4kがSTICKYに借金をする
bay4kSTICKYに「もう頼れるのはお前だけ」と頼み込み、借金をする。
STEP.2
STICKYが借金を取り立てる
STICKYbay4kに幾度となく借金を取り立てる。
STEP.3
bay4k
bay4kから借金の返済はなく、引っ越して電話番号も変え、STICKYから飛ぶ。
STEP.4
bay4kが練マザファッカー加入
STICKYがテレビをつけると、練マザファッカーのメンバーとしてバラエティ番組「リンカーン」に出演するbay4kを見つける。
STEP.5
bay4kが他にも借金をしていることが判明
bay4kが千葉、東京、神奈川あたりで、色んな人から借金をしていることが判明する。
STEP.6
和解
セカンドアルバム「THE EPISODE」に向けた再集結をきっかけに、和解する。

2人には修復不可能かと思われるほどの溝ができましたが、セカンドアルバム「THE EPISODE」のリリースのために再集結したことをきっかけに和解しています。

bay4k

あいつは態度が悪かったけど、リスナーから見えているような関係ではない。俺にとってはSTICKYではなく恭平のままなんです。

bay4kは楽曲内で謝罪、懺悔の気持ちをラップしています。

bay4k

金のことで嫌な思いさせたし 嫌な思いをした 本当悪かった この先時間かけても片付けるキッチリ

ネガティブなメンバー間のトラブルも曝け出し、楽曲にするところもSCARSらしさです。

MEMO
bay4kとSTICKYのトラブルを楽曲にするアイデアはI-DeAによるもの。

SCARSのおすすめの楽曲【厳選3選】

SCARSの珠玉のクラシックを、厳選して3曲紹介します。

SCARS / COMEBACK

リーダーのA-THUGの逮捕、BESの脱退、STICKYとbay4kのグループ内ビーフと、SCARSにとって向い風の中で発表されたセカンドアルバム「THE EPISODE」のリードトラックです。

最集結したSEEDASTICKYbay4kMANNYによるマイクリレーは、タイトル通り「シーンにカムバック」したことを印象付けるには十分過ぎるほどのインパクトです。

注意
リリックで「A-THUGの裁判の弁護士費用を稼ぐために再集結した」と言及している。

bay4k

リーダーは何度目かの塀の中 俺から言わせりゃ永遠の馬鹿 だが間違いなく 間違いなく SCARSの機動力は奴

BES,SEEDA,STICKY / 日付変更線

the controllersのif tomorrow never comesをサンプリングしたスリリングなトラックに、BES、SEEDA、STICKYの三者三様のフロウパンチラインが堪能できる楽曲です。

ドラッグよりも高価で中毒性の高いパンチラインが散りばめられた、SCARSを語る上で欠かせないクラシックです。

BES

全てgame 越える日付変更線 いくつも 跨いだLine HiかUnder いい調子とその逆でもがく いつも気になる 左右 Front and Back

SCARS / STARSCAR

2012年にライブ会場限定でリリースされ、2020年に待望のデジタルシングルとして正式リリースされた楽曲です。

ライブ会場限定シングルはオークションなどで高値で取り引きされていて、長らくSCARSの「幻のクラシック」でした。

ハスリングラップのスタイルを貫きつつ、進化を遂げたSCARSの魅力が詰まっています。

A-THUG

体にTATOO 首にダイヤ 住所不定 職業 RAPPER HUSTLER 青年実業家 皆んなでラーメン食べに行こう 餃子も頼んでビール飲もう 腹一杯なら幸せだろう

 

 

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