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オジロザウルスのMACCHOの年齢・身長・生い立ちは?ハーフなの?

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

エリアエリアエリアジパングMCでおなじみのOZROSAURUSMACCHO(マッチョ)についてまとめました。

 

MACCHOは1978年4月8日生まれの現在42歳です。

本名は鈴木麻超で、横浜市磯子区生まれ、南区六ツ川育ちです。

OZROSAURUSのフロントマンとしてだけでなく、ジャパニーズウェッサイのパイオニアとしても知られるDS455(ディーエスフォーダブルファイブ)の元メンバーであり、日本語ラップ黎明期の90年代から現在に至るまで、常に最前線で活躍を続けるMCです。

数々の客演や精力的なライブ活動に音源リリースなど、フレッシュさを失わないヒップホップ至上主義なスタンスもリスペクトを集めています。

MACCHOのプロフィール

OZROSAURUSのMACCHO1

出生名鈴木麻超(すずき まさあき)
アーティスト名MACCHO(マッチョ)
年齢1978年4月8日(現在42歳)
身長168cm
血液型非公表
出身地横浜市磯子区
事務所
レーベル
公式サイトhttps://ozrosaurus.amebaownd.com
ブログhttps://ameblo.jp/ozrosaurus-blog
STEP.1
幼少時代~小学校時代

1978年4月8日に横浜市磯子区で生まれる

横浜市南区六ツ川に引っ越す

STEP.2
中学校時代
14歳の頃にラップを始める
STEP.3
高校時代

武相高校に入学するも中退

雑誌で取り上げられるほど、すでにラッパーとして注目を集める

MACCHOは結婚している?左手の薬指に指輪

MACCHOは結婚、彼女について一切公表していません。

また目撃情報なども極端に少なく、信憑性の低い噂が多いです。

ですがインタビューやライブで左手の薬指に指輪をはめているのを度々確認できていることから、MACCHOの年齢も考えて、結婚している可能性は十分に考えられます。

MACCHOはハーフ?

MACCHOは日本人離れした顔つきと体格から「ハーフではないか」という噂が絶えません。

しかしMACCHO自身が日本人の両親から生まれたことを公言しているため、ハーフではありません。

生まれも育ちも日本、両親も日本人という純粋な日本人です。

MACCHOのファッションと愛用ブランド

 

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愛用ブランド
  • Lafayette
  • ALLY&DIA
  • NEW ERA
  • RUCK FIELD
  • AIR JORDAN
  • FUN
  • After Midnight
  • ASSASSYN JEANZ
  • VANTAGE
  • Mitchell&Ness
  • 横浜ベイスターズ

MACCHOはデビュー当時はいわゆるウェッサイ、ローライダーファッションが特徴でしたが、徐々にサイジングもスリムなストリートファッションに移行しています。

特徴として横浜発のブランドであるLafayetteALLY&DIA、NINE RULAZを愛用していて、音楽だけでなくファッションでも横浜をレペゼンする姿勢を強く見せています。

ローライダースタイルを強く押し出したASSASSYN JEANZMACCHO自身が影響を受けたカルチャーを反映させたVANTAGEといったブランドのプロデュース、Mitchell&Ness横浜ベイスターズとのコラボアイテムもリリースしています。

MACCHOのタトゥーと意味

OZROSAURUSのMACCHO

MACCHOは左腕に「神のみ知る」右腕に「行く我道」というタトゥーが入っています。

このタトゥーはMACCHOのシンボルであり、自らがプロデュースするブランドVANTAGEのデザインとしても使用されたことがあります。

「神のみ知る行く我道」という言葉の意味についてMACCHO自身が明言したことはありませんが、常に新しいものを求めて突き進むスタイルを表した言葉と言えます。

MACCHOがバイクで事故!生死を彷徨い奇跡の生還

MACCHOOZROSAURUSのアルバム「Rhyme&Blues」のリリース前の2008年に、バイクで事故を起こしています。

かなり大きな事故で、事故直後は死亡説などの噂も囁かれるほどでした。

MACCHO自身、生死を彷徨いましたが、奇跡の生還を果たしています。

それどころか完治していないにも関わらず杖をついてライブをするなど、OZROSAURUSの「生きる」ことをテーマにした代表曲「The Phoenix [will rise]」に例え「Phoenix=不死鳥」のように復活しました。

この事故以降、MACCHO「大人になった気がする」「責任感が増してきている」と語っていて、音楽面でも大きく進化しています。

MACCHOのマイメンは般若

 

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MACCHOのマイメンは、東京を代表するラッパー般若です。

MACCHO般若はお互い1978年生まれの同級生で、お互いにリスペクトを公言するマイメンでありライバルでもあります。

MACCHO,NORIKIYO,般若&DABOの「BEATS&RHYME」や般若の「ジレンマ feat. MACCHO」を始め、数々の楽曲での共演やSNSでも仲の良い姿が度々アップされています。

お互いに「孤高の存在」とまで比喩されるラッパーですが、だからこそ分かり合える部分も多く、黎明期から日本語ラップを作り上げてきた絆があります。

般若(はんにゃ)の生い立ち・身長・本名は?奥さんのシンガーのSAYってどんな人!?

MACCHOとTOKONA-Xの関係は?

MACCHOと名古屋の伝説的ラッパーTOKONA-Xは、切っても切れない関係にあります。

MACCHOTOKONA-Xは同じ1987年生まれの同い年ということに加え、実は2人とも南区六ツ川育ちでもあります。

TOKONA-Xは小学校卒業まで南区六ツ川で生活をしていて、MACCHOとは隣町という近い距離にいました。

MACCHOは隣町に本名の竜一から「リュウ」と呼ばれるTOKONA-Xの存在を知っていて、お互いにラッパーとして活動するようになり再会、そしてマイメンと呼べる関係へとなります。

MEMO
2人の幼少期についてTOKONA-Xのクラシック「Where’s my hood at? feat. MACCHO」で語っている
TOKONA-XTOKONA-Xの伝説・生い立ち・死因は?【トコナエックス】

MACCHOがラップをはじめたきっかけ

MACCHOは当時としてはかなり珍しく、中学生の頃、14歳の時にラップを始めています。

横浜を代表するDS455のメンバーと出会い、一緒に遊んだり、DS455のメンバーが経営する服屋に頻繁に遊びに行っていたことがきっかけで、自然とラップを始めました。

ウェッサイサウンドに大きく影響を受け、ラップを始めたばかりの頃はMACCHOの代名詞であるダミ声はなく、ナチュラルな声でのラップでした。

MACCHO、デビューまでの道のり

STEP.1
ラップを始める
1992年頃に14歳にしてマイクを握る
STEP.2
DS455加入
ラップを始めてすぐの1992年頃にDS455に加入
STEP.3
ソロ名義でコンピに参加
1995年11月1日にリリースされたコンピレーション「CLUB WILD.B」にMC MACCHO名義で参加
STEP.4
OZROSAURUS結成
1996年にDJ TOMOと共にOZROSAURUSを結成
STEP.5
メジャーデビュー
1997年1月25日にシングル「ライムダーツ」でメジャーデビュー

OZROSAURUS(オジロザウルス)とは?

 

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OZROSAURUSという名前は、オセロ、おじろ鷲という意味の「OZRO」に様々な単語を組み合わせた造語「SAURUS」を足したことに由来します。

何度かのメンバーチェンジを経て、2015年からはバンド編成となりました。

STEP.1
OZROSAURUS結成
1996年にMACCHODJ TOMO1MC1DJOZROSAURUSを結成
STEP.2
メジャーデビュー
1997年1月25日にシングル「ライムダーツ」でメジャーデビュー
STEP.3
交通事故
2003年にMACCHOがバイク事故に遭い生死を彷徨うも奇跡の生還
STEP.4
DJ TOMO脱退
2004年に方向性の違いでDJ TOMOが脱退し、OZROSAURUSMACCHOのソロユニットとなる
STEP.5
DJ SN-Z加入
2011年にDJ SN-Zが正式加入
STEP.6
バンド編成
ベースの武史山嵐)、ドラムスのBuntaTOTALFAT)、ギターのYDCrystal Lake)、トラックメーカーのGUNHEADHABANERO POSSE)が加入しバンド編成になる

OZROSAURUSの楽曲はアメリカ西海岸ローライダースタイル

 

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OZROSAURUSの楽曲は、アメリカ西海岸のローライダースタイル、いわゆるウェッサイサウンドが特徴です。

初期はDS455直系と言える、ウェッサイのラグジュアリーなサウンドを昇華させた楽曲が多くありましたが、サードアルバム「Rhyme&Blues」以降はウェッサイサウンドは薄れ、無骨なビートの楽曲が増えています。

また横浜の市外局番である「045」を前面に押し出していて、のちに「045スタイル」と呼ばれるスタイルを確立しています。

MACCHOのデビュー曲は「Nanatsuki」

MACCHOのデビュー曲は、1995年11月1日にリリースされたコンピレーション「CLUB WILD.B」に収録された「Nanatsuki」です。

まだOZROSAURUS結成前であり、MACCHOがまだ若干17歳の頃にレコーディングされた楽曲です。

MACCHOの代名詞でもあるダミ声はまだ聴くことができず、幼さが残る声も聴きどころです。

テーマも失恋であり、OZROSAURUSではなかなか聴けないラブソングになっています。

MEMO
「CLUB WILD.B」は入手困難で、高額で取引されている 

MACCHOの代表曲はOZROSAURUSの「AREA AREA」

MACCHOの代表曲は、2000年11月15日にリリースされたシングル「AREA AREA」です。

様々なバトルでビートとしても使われているDJ PMXのトラックに、MACCHOの力強いラップが乗ります。

MACCHOと言えば「ダミ声」「スキルが高い」「ウェッサイ」というイメージが強いですが、この楽曲で世間の持つMACCHOOZROSAURUSへのイメージを払拭し、ローライダーのみならず日本語ラップのリスナー、更には普段は日本語ラップを聴かない層にも支持を集めました。

耳に残るトラックとスキルフルなラップだけでなく「約何年経ったろう」「錆びた方位磁石など使えねぇ」「だって宇宙で俺は俺だけだしな」を始めとするパンチラインも聴きどころです。

MEMO
 元々はOZROSAURUS用ではなくDS455用のトラックだった 。

DS455とは?

DS455はMCのKayzabroとDJのDJ PMXによって1989年に結成された、日本におけるアメリカ西海岸のカルチャーに影響を受けたウェッサイのパイオニア的存在です。

MACCHODS455には多大な影響を受けていて、ラップを始めた14歳の頃から数年間在籍し、脱退以降も頻繁に客演で共演しています。

音楽面のみならず「横浜をレペゼンする」というスタイルも共通していて、MACCHOを語る上で欠かせない存在です。

MEMO
DS455は2018年12月29日をもって活動休止している 

MACCHOの評価

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