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ラッパーpekoのプロフィール(年齢・出身・生い立ち)のwikiまとめ

ラッパーpeko

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画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

pekoは兵庫県川西市出身のラッパー、DJ、トラックメーカー、ビートボクサーです。

2023年3月29日にアルバム「RAPNAVIO」でメジャーデビューを果たした梅田サイファーのメンバーであり、他に高槻POSSE(現在は活動休止)黒衣ソロ名義でも活動しています。

また、現在は引退しているものの、バトルMCとしてSPOTLIGHT 2010優勝、UMB本選出場、フリースタイルダンジョンでラスボスの般若まで到達するという活躍をしました。

R-指定から「完璧超人」と評される高いヒップホップIQとマルチな才能で、日本語ラップシーンで目まぐるしい活躍を続けるpekoを紹介していきます。

MCネームの由来
保育園の頃から先生に「ぺこちゃん(不二家のマスコットキャラクター)」と呼ばれていた

pekoのプロフィール

 

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出生名非公開
アーティスト名peko(ペコ)
年齢1988年1月27日(現在36歳)
身長非公開
血液型非公開
出身地兵庫県川西市
事務所ソニー・ミュージックエンタテインメント
レーベルソニー・ミュージックエンタテインメント
公式サイトhttps://twitter.com/peko_sugarless

pekoは兵庫県川西市出身のラッパー、DJ、トラックメーカー、ビートボクサーで、梅田サイファー、黒衣、高槻POSSEのメンバーにも名を連ねていて、ソロ名義でも活動しています。

ヒップホップに興味を持ったのは中学生の頃でしたが、高校まではメタルが好きで、バンド活動をしていました。

バンドの解散をきっかけにDJとしてのキャリアをスタートさせて、2006年頃からKENTとのヒップホップユニット「黒衣」としての活動をスタートさせています。

peko

自分は不良でも金持ちでもない。けど、そういう普通の人だってヒップホップで表現ができるはずだと思った。

DJとしてキャリアをスタートさせましたが、その後に高槻POSSEへ加入したことでラッパーとしてのキャリアも本格的にスタートさせて、梅田サイファーにもラッパーとして加入しました。

ラッパーとして各クルーでの音源制作、ライブ活動、ソロでも精力的な活動を続け、バトルMCとしてもSPOTLIGHT 2010優勝、UMB本選出場、フリースタイルダンジョンでラスボスの般若まで到達するという輝かしい戦績を持っています。

ラップ、DJ、トラックメイク、ビートボックスまでこなせるマルチな才能と「日本語ラップオタク」と評されるヒップホップへの深い知識を持ち合わせた高いヒップホップIQで、梅田という街を飛び出して全国で活躍中です。

MEMO
大学時代にTSUTAYAで日本語ラップをディグしていた

行きつけのカフェ「NOON+CAFÉ」での思い出

梅田の中崎町にあるカフェ「NOON+CAFÉ(ヌーンプラスカフェ)」は、peko個人だけでなく梅田サイファーを語る上で欠かせない「聖地」のような場所です。

昼は喫茶店、夜はバーで、ライブスペースも併設されているお店で、梅田サイファーのメンバーは「とにかくミーティングやどこに行くか迷ったらNOON+CAFÉに行く」と語っています。

peko

初めてNOON+CAFÉに来たのが2006年頃で、そこからずっと通っている。

オーナーの山本洋平さんとも付き合いが古く、梅田サイファーとしての初ワンマンライブ、peko企画の人気レギュラーイベント「アマチュアナイト」などもNOON+CAFÉで開催しています。

pekoNOON+CAFÉを「初心に帰れる場所」と語っていて、かなり大事にしている場所です。

MEMO
お気に入りのメニューはキャラメルラテ
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高校時代は元バンドマン

pekoは高校時代に、バンドマンとして活動していました。

オリジナル楽曲を作っていたわけではなく、日本のデジタルハードコアバンド「THE MAD CAPSULE MARKET’S」のコピーバンドでの活動でした。

peko

多分DJをやっていなかったら、そのままバンドを続けていたと思う。

バンドを辞めたのは「メンバー5人の方向性がなかなか一致しない」という理由で、DJを始めて以降はバンド活動をしていません。

MEMO
高校生の頃はメタラー(メタル好き)だった

結婚していて一児のパパ

pekoは結婚していて、一児のパパです。

InstagramTwitterなどのSNSに家族の写真をアップすることはありませんが、ラジオではたまに家族の話をしています。

peko

来年に向けて買う息子のランドセル

楽曲「テークエム,Kenny Does,peko / Nugget(Remix)」では、息子に関するリリックも登場しています。

結婚相手は一般人で、子供は男の子ですが、名前は公表はしていません。

モテモテエピソード

pekoは活動当初は男性人気が高く、ライブやバトルの会場でもほとんど男性からしか声をかけられることがありませんでした。

peko

ファンにはアツい男性が多いかな。けど最近は女性から声をかけられることが増えた。

しかし、2020年以降は梅田サイファーの世間の認知度が高くなっていたことも影響して、女性から声をかけられることがかなり増えました。

peko本人は謙遜して「男性ファンばかりでモテエピソードはない」と言っていますが、梅田サイファーテークエムからは「モテすぎてエピソードの数が多すぎる」といじられています。

pekoのラップスタイル

ラップスタイル
  • 自然体でスムースなフロウ
  • 固い押韻
  • メロディアスなフック
  • 飾らない普遍的なリリック、ワードチョイス

pekoのラップスタイルの特徴は、自然体でスムースなフロウです。

peko

不良の世界は理解ができない。不良じゃなくてもヒップホップはできると思っている。

虚勢を張らず、あくまで自然体かつ耳なじみの良いフロウ、ワードチョイスで、ヒップホップを普段聴かない人やロック好きにも人気があります。

フックはメロディアスなものが多く、飾らない普遍的なリリックと、ヒップホップへの愛が随所に感じられるスタイルが魅力です。

ラップを始めたきっかけは梅田サイファー

pekoは中学生の頃にRIP SLYMEとKICK THE CAN CREWを見て「普通のにいちゃんのような人でもてヒップホップができるなら、自分にもできるのではないか」と思い、ヒップホップに興味を持ちました。

しかし、バンド活動を経てDJ、トラックメイクを始めて、最後にラップを始めた遅咲きです。

peko

ラップはノリで始めただけ。好きだと思ったからやってるが、好きと思わなかったらやっていなかったと思う。

きっかけは梅田サイファーに顔を出して、サイファーに参加するメンバーから「ラップやってみたら」と声をかけられたからです。

それまでラップの経験はありませんでしたが、ラップをやってみて「ラップをするのも好きだ」と感じて、本格的にラッパーとしてのキャリアもスタートさせました。

MEMO
ラップを始めた年齢は22歳

ラップ、DJ、トラックメイクをこなすマルチプレイヤー

pekoはラップからDJ、トラックメイク、ビートボックス、プロデュースまでこなせるマルチプレイヤーです。

元々ヒップホップのキャリアはDJからスタートしていますが、全てにおいて高い水準でこなせることから、同じ梅田サイファーのメンバーとして活動するR-指定からは「完璧超人」と絶賛されています。

peko

多趣味だから色々なものに手を出してしまう。好きだと感じるものだけを続けている感じかな。

色んな顔を持つpekoですが、それぞれの役割に対して強い執着は持っていないため「好きじゃないと感じたら辞められる」とも語っています。

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DJとしてキャリアをスタート

pekoはバンド活動に区切りをつけて、ヒップホップは最初にDJとしてキャリアをスタートさせました。

バンド活動で「メンバー全員の方向性を合わせるのが難しい」と感じていたpekoにとって、完全に個人で完結できるDJにのめり込んでいきます。

peko

影響を受けたDJはKAZZ-K、DJ KRUSH、DJ UJIです。DJにとって一番大切というか、自分がDJをするうえで大切にしているのは選曲です。

梅田サイファーでラッパーとして活躍し始めてからも、UMBのバトルDJやDJ peko名義でソロツアーも敢行するなど、DJとしても精力的な活動を続けています。

注意
UMB本選にMC、DJの両方で出場した経験がある唯一のアーティスト

バトルを引退した理由

pekoはラッパーとして楽曲制作だけでなく、UMB本戦出場、フリースタイルダンジョンではラスボスの般若まで到達するなど、バトルMCとしても活躍していました。

しかし、ADRENALINE 2019のエキシビションマッチでKIKUMARUと対戦して以降、MCバトルを引退しています。

peko

DJとしてもUMBに出場しているし、色んなラッパーと仲良くなりすぎてMCバトルで相手をディスることができなくなった。

MCバトルの引退を決意したきっかけは、フリースタイルダンジョンの3代目モンスター決定戦で、輪入道と対戦して「仲良くてディスれない」と感じたことです。

2019年以降はエキシビジョンマッチを含めて、一切のMCバトルに出場していません。

pekoのおすすめの楽曲【厳選3選】

pekoの異常なまでのヒップホップ愛を感じられるおすすめの楽曲を厳選して3曲紹介します。

peko / The Boys Flies In The Mid Night

親交のあるファッションブランド「COCOLOBland」のコンピレーションアルバム「INDIE RAP」に収録された楽曲です。

自然体で、煌びやかではありませんが華のある楽曲に仕上がっていて、pekoらしさが詰まっています。

peko

Let Me Fly 思い描いた夢ならまだ覚めない Everytime 進みだした時計の針は止めれない
MEMO
MVにはKOPERUが友情出演している

peko / Red Bull 64 Bars

1人のMCが1本のマイクで64小節ラップする企画「Red Bull 64 Bars」でpekoが披露したラップです。

64小節の間、無駄なくタイトに言葉を吐き続け、固い押韻と強いヒップホップへの愛、信念が感じられるリリックが、ヘッズの耳と心を鷲掴みにする圧巻のパフォーマンスになっています。

peko

指さされバカにされた経験 思い出すジリ貧で見た底辺 それが血と骨と肉を形成 進むためダサい過去を受け入れる
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hokuto / Echo feat. peko & テークエム

トラックメーカー、プロデューサーとして活躍しているhokutoのアルバム「plums」に収録された、梅田サイファーからテークエムと参加した楽曲です。

hokutoの煌びやかでおしゃれなトラックに、pekoテークエムの自由でメロディアスなラップが冴え渡っています。

peko

たった3年で状況は変化 平成が終わり始まった令和 Rと唾奇は今じゃスーパースター 俺は家族3人で食うパスタ
MEMO
MVの撮影場所は大阪府堺市にある西海岸カリフォルニアをイメージしたアメリカンダイナー「SEAGULL DINER」

伝説のイベント「アマチュア8耐」

pekoが所属する黒衣が主催するイベントとして人気があった「アマチュアナイト」が、2019年に4都市ツアー「アマチュア8耐」として限定復活を果たしました。

pekoが1人で8時間ぶっ通しで日本語ラップのみでDJする」というイベント内容です。

peko

ツアー前のNOONでのアマチュア8耐の想定していた集客は30人ほどだった。ガラガラで葬式みたいになったらどうしようという心配があった。

ツアーに先駆けてNOON+CAFEで開催したアマチュア8耐で想定していた集客は30人でしたが、結果的に想定の人数を大きく超える100人の観客が集まりました。

また、最終的に4都市公演でトータル500人以上動員する大成功を収めています。

2019年以降は開催されていませんが、ファンにとって忘れられない伝説のイベントになりました。

MEMO
全公演でサイドMCはKZが務めた

pekoと仲の良いラッパー

 

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仲の良いラッパー

pekoは兵庫県、大阪府で活動するラッパーと主に交流があります。

peko

高槻POSSEのメンバーとの出会いが大きかった。自分のラッパーとしての基礎のようなものになっている。

かつて所属していた大所帯グループの高槻POSSEは、 pekoがラッパーとしてのキャリアを積み上げるうえでかなり重要なグループです。

高槻POSSEがグループとしての活動が休止して以降もメンバーとは交流があり、黒衣での楽曲に高槻POSSEのメンバーが参加しています。

また、梅田サイファーのメンバーのCosaquとは、梅田サイファーに加入以前から友達関係です。

pekoCosaquの家に行って音楽について語り合ったり、音楽のことで相談したり、全幅の信頼を寄せています。

MEMO
Cosaquはpekoのことを本命から「しんちゃん」と呼んでいる

KENT

 

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pekoはKENTと、2005年9月頃にお互いの地元である兵庫県川西市の駅で出会いました。

KENT覇世K.Iと当時組んでいたKRC(神田ライマーズクラブ)でストリートライブをしていましたが、通りかかったpekoが「川西でもこんなことしてる奴がいるんか」とテンションが上がって話しかけて意気投合します。

その後すぐにpekoKRCに加入しますが、覇世K.Iがやる気がなかったため「2人でやろう」という話になり、ユニット「黒衣」を結成しました。

peko

30代になって辞めていく人も周りに多い中、ヒップホップを始めたばかりの時から一緒にいる仲間です。

梅田サイファーとしてメジャーデビュー以降もユニットとしての活動は続けていて、pekoのヒップホップアーティストとしてのルーツであり、盟友でもあります。

MEMO
覇世、K.Iとは現在も仲が良い

黒衣

メンバー
  • KENT・・・MC、トラックメイカー
  • peko・・・MC、DJ、トラックメイカー

黒衣(くろこ)は、KENT、pekoの2MC構成のユニットです。

pekoが本格的にヒップホップアーティストとしてのキャリアをスタートさせたユニットであり、2011年から2018年の間は活動を休止していたものの、現在もユニットとしての活動を続けています。

peko

「黒衣はpekoのユニット」と思われたくない。あくまでフロントマンはKENTだと思っている。

結成当初はKENTがMC、pekoがDJの「1MC1DJ」スタイルでしたが、活動休止中にpekoがラッパーとしての活動を本格化させたこともあり、活動再開後は「2MC」でそれぞれトラックメイクも担当するようになりました。

pekoがヒップホップ活動のルーツとして大切にしているユニットです。

梅田サイファー・KZとの出会い

pekoが所属している梅田サイファーの中でも、特に一緒にいることが多いのがKZです。

peko

絶対にKZとは仲良くなれないと思っていた。しばらくの間は嫌いだった。

KZとの出会いはmixiのビートボクサーが集まるコミュニティ「ビートボックスジャム」で、実際に会った時のKZはカチューシャをしたロン毛、細眉、うんこ座りでタバコを吸って声をかけられたため、第一印象は最悪でした。

知り合って以降もしばらくの間はKZのことが苦手でしたが、梅田サイファーとして一緒に活動する中で意気投合して、現在では1番同じ時間を過ごすことの多い間柄になっています。

注意
本サイトはラッパーさんのバッググランドを知ることで、リリックの意味や楽曲をより好きになってもらうことを目的としています。情報の誤り・追加等につきましては速やかに修正対応させて頂きますのでフォームへご連絡ください。

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