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唾奇(つばき)の身長・生い立ち・結婚は?

唾奇(つばき)

注意
本サイトはラッパーさんのバッググランドを知ることで、リリックの意味や楽曲をより好きになってもらうことを目的としています。情報の誤り・追加等につきましては速やかに修正対応させて頂きますのでフォームまたはTwitterのDMへご連絡ください。
画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

沖縄出身のラッパー唾奇(つばき)はあらゆるイベントに引っ張りだこで、日本のHIP HOPシーンには欠かせない存在のひとりとして活躍しています。

今回は彼の生い立ち、エピソード、おすすめの曲などを詳しくまとめました。

ちなみに結婚しているかは不明です。

唾奇のプロフィール

唾奇Photo by TANA

出生名
アーティスト名唾奇(つばき)
年齢1991年8月4日(現在29歳)
身長174cm
血液型
出身地沖縄県那覇市
事務所Pitch Odd Mansion
レーベル
公式サイト
STEP.1
幼少期
母親に幼い頃から見捨てられ、姉はシンナーを吸うなどのヤンキーという劣悪な家庭環境で育つ
STEP.2
小学校時代
小学校六年生の時に姉の彼氏がきっかけでHIP HOPに出会う
STEP.3
中学校時代
ウェッサイのイベントでダンスに興味を持ち中学3年生の頃までダンスをやる。ダンス系の人脈がないのでラップの道へ進む
STEP.4
高校時代4
2年遅れて高校に進学

幼少時代~小学校時代

 

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幼少時代から母親があまり家に帰ってこないため、2つ年上の姉といつもお腹を空かせて母親の帰りを待つという壮絶な家庭環境で育ちました。

ご飯はおばあちゃんが毎週家まで届けてくれていたそうです。

それでも足りないときは、友人の家やマンションの各フロアに行ってご飯を恵んでもらったり、最終的には姉がお店から商品を万引きして、姉弟で分けて食べていました。

また幼稚園児のときに、自分の家からカレーライスの食材を持ってきてみんなで作るというイベントがあったため、母親に「カレーを幼稚園で作るから人参をもっていきたい」と伝えました。

すると母親が「じゃあおばあちゃんの家に取りにいこう」と言って母親と一緒におばあちゃんの家まで歩いて行くことになり「もらってくるから待ってて」と言い離れていきました。

その後、いくら待っても母親は戻って来ず、ついには家にも戻って来なかったそうです。

たまに戻ってきたかと思えば、代わる代わる男を家に呼んでいる言った具合なので、母親に対していい思い出はほとんどありません。

母親が出て行ってからは、おばあちゃんが母親代わりとして育ててくれました。

このように唾奇はかなり過酷な環境で育ちました。

まるでドラマか映画のような内容ですが、辛い生い立ちだったからこそ、リアルで心にぐっと刺さる歌詞が書けるのだと思います。

中学校時代

あまり学校に行かないような荒れた生活を送っていましたが、アニメやゲームが好きでした。

中学3年のときに高校進学を考えていましたが、不登校だったため「どうせ行かないだろ、時間の無駄だ」と言われてしまいます。

ですが2年間アルバイトをして、高校に進学できる資金をがんばって貯めていました。

必死で稼いだバイト代を母親に預けていましたが、母親はお金を持ってどこかへ行ってしまい

お金が無くなると唾奇の元に戻って来ました。

それだけではなくDVも母親から受けていたようです。

唾奇はこのような状況下でも高校進学を諦めず、2年遅れで高校に進学しています。

高校時代

高校生のときにラップ好きの友人の影響で、ネットラップを聴くようになりました。

ネットラップとは
インターネット上にトラックメイカーが提供するトラックを使ってオリジナル楽曲を作りネット上にアップする創作活動 

安いパソコンにスカイプ・マイクを挿してレコーディングしていたそうで、かなり本格的にハマっていくことになります。

沖縄県那覇市出身のラッパーで音楽活動の拠点も沖縄を中心に行っています。

さまざまなアーティストが所属しているクリエイト集団「Pitch Odd Mansion」に所属している人物のひとりです。

1991年8月4日生まれで2019年現在は29歳です。

母親に見捨てられ姉はシンナーを吸っているという壮絶な家庭で育ちました。

シングルマザーなので父親に頼ることもできなかったみたいです。

そんな経験をした唾奇だからこそ、染みる少し毒のある、等身大のリリックと心地よいフローが魅力的です。

唾奇の名前の由来

月刊少年ガンガンに掲載されている漫画「ソウルイーター」に出てくる中務椿という女の子のキャラクターから付けた名前です。

そのままだときれいすぎるので汚く崩して「唾奇」にしたと語っています。

名前の由来にするほどアニメもすきだそうで、らっぷびとが「涼宮ハルヒの憂鬱」の曲を歌っていたのをきっかけに観るようになったそうです。

少し意外なオタクな部分も垣間見えます。

唾奇が好きなタバコの銘柄

「エコー」を吸っていて、4時間で1箱を吸いきってしまうほどの愛煙家です。

ラッパーとして活動していくからには喉や肺は大事にして欲しいなと思いました。

2個上の姉について

唾奇の姉は地元で有名なヤンキーで、部屋で友人らとシンナーを吸っていたりしていました。

幼い時の環境は周りには不良が多く、あまりいいとはいえる環境ではありませんでした。

唾奇の好きなファッションブランドは「CHERRY PICK」

沖縄の浮島通りにあるFULLSCOというお店で販売している「CHERRY PICK」というブランドがお気に入りでよく着ています。

また、2017年にはファッションブランドAPPLEBUMのモデルにも抜擢されました。

APPLEBUMはシンプルなので割と着やすいブランドかなと思います。

唾奇がラップをはじめたきっかけ

小学校6年生のときに姉が当時付き合っていたBボーイの彼氏の影響からHIP HOPにハマっていきます。

その彼氏から音楽や服など影響を受けました。

なかでもキングギドラ「トビスギ」という曲に衝撃を受け、ほかにもスチャダラパーなども聴いてラップに興味を持ちはじめました。

元々ダンスもすきでイベントでダンサーとして出たかったがなかなか機会がなく、代わりに「ラップを披露したらダンサーとしてステージに立てるかも」と思いラップをはじめたのがきっかけだと語っています。

壮絶な生い立ちから自分は底辺だという風に引け目を感じていましたが、それではダメだ、音楽で飯を食いたいという思いから本格的にラッパーとして生きることを決意しました。

若い頃から音楽活動を始めていて17歳でリリックを書き始め、19歳でレコーディングを始めています。

デビューまでの道のりとエピソード

パラバルという沖縄のバーで働きながら唾奇の親友のCHICO CARLITO達とラップバトルをしていました。

そんなときたまたまお店に来たSweet Williamと出会い、曲の作成をしていくことになります。

唾奇の楽曲の特徴

母親が毒親で姉もシンナーを吸うなど、唾奇の辛い経験からくる包み隠さない等身大の聞き取りやすいリリックとゆるくていい意味で気だるい、そんなここちよいフローがうまく融合しています。

クソ、カスなど暗めの内容が多いですが、重たさを感じさせません。

沖縄出身のため、沖縄の方言も歌詞の中に出てきて郷土愛を感じます。HIP HOPが苦手な人も聴きやすいです。

唾奇の代表曲は「Made my day」と「walkin」

Made my day

アルバム「jasmine」の代表する曲でもあり、彼の出世作です。

この曲で唾奇を知ったという人も数多くいるのではないでしょうか

walkin

上記同様トラックメイカーSweet Williamとの楽曲です。唾奇の毒のあるリアルな歌詞がSweet Williamの作るトラックによって優しい気持ちにさせます。

唾奇がフィーチャリングしているおすすめの曲「Soda Water」と「Merry Go Round」

Soda Water

Illiomoteというグループで活躍している女性シンガー「YOCO」とのコラボした楽曲。女性の高い声と唾奇のフローがとてもよく合っています。

題名通りソーダのような爽やかな曲となっています。

「君の好きなように stepはoriginalで 踊り狂えばいい」という歌詞の部分が個人的にすきです。自分らしくいることを恥じずに居ようと思えます。

また、MVに出てくるショートカットの女性は唾奇の幼馴染で読者モデル「Una」です。

GeG / Merry Go Round feat.BASI,唾奇,VIGORMAN,WILYWNKA

  1. GeG
  2. BASI
  3. VIGORMAN
  4. ウィリーウォンカ

名のあるアーティスト5人がコラボした豪華な曲です。

夜にしっぽり聴きたくなる曲で、MVの映像がとてもきれいでゆったりした曲調とよく合っています。

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唾奇のマブダチはCHICO CARLITO

 

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唾奇は同郷のラッパーのCHICO CARLITOと仲がいいです。

CHICO CARLITOがラップを始めるきっかけになったのが唾奇で、曲を一緒に作ったり「相談は真っ先にCHICOにする」「俺を知っていてCHICOを知らないやつはモグリ、逆もそう」と語るほど親密な関係です。

また、トラックメイカーであるSweet Williamとも仲がよく、数々の楽曲作りをともにしています。

沖縄の国際通りにある「パラバル」というバーで働いていたときに知り合いました。

そこは外に向けてスピーカを置き、日本語ラップを流すというバーでSHUREN THE FIREがBGMとして流れていたときにたまたま大学の卒業旅行で沖縄を訪れていたSweet Williamがお店に立ち寄ったところから2人の仲は深まっていきました。

数々の名曲を生み出してきた彼らは出会うべくして出会ったのかなと思いました。

唾奇のまとめ

唾奇が過酷な生い立ちだったと聞いて少し同情してしまいましたが、そんな彼だからこそ書ける歌詞にときにネガティブでときにポジティブな人間らしさを感じました。

辛い経験をしたことを感じさせない力強いパフォーマンスに惹きつけられます。

これまで数々のアーティストとコラボした曲を出しているので交友関係の広さも武器に、今後もさらなる活躍を期待したいです。

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