【最強】一番キマるヤバイCBD

C.O.S.A.のプロフィール(年齢・出身・生い立ち)のまとめ

ラッパーC.O.S.A.のプロフィール

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

C.O.S.A.は愛知県知立市出身のラッパー&トラックメイカーです。

Campanellaとのユニット・Cosapanella、ファーストアルバム・Chiryu-Yonkerを経て、2016年にC.O.S.A. × KID FRESINO名義でリリースしたアルバム・Somewhereでシーンの話題を集めました。

タフでハードな佇まい、フロウとソウル溢れるリリシズムでリスナーを魅了するC.O.S.A.の魅力に迫ります。

C.O.S.A.のプロフィール

 

この投稿をInstagramで見る

 

C.O.S.A.(@yonkerscosa)がシェアした投稿

出生名非公開
アーティスト名C.O.S.A.(コサ、コーサ)
年齢1987年
身長非公開
血液型非公開
出身地愛知県知立市
事務所SUMMIT
レーベルSUMMIT
公式サイトhttps://twitter.com/COSA_info
STEP.1
幼少期〜小学校時代

1987年に愛知県知立市で生まれる。

知立西小学校に入学し、LL COOL JDragon Ashの影響でヒップホップハマり、6年生の頃からリリックを書き始める。

MEMO
書いたリリックを友達同士で見せ合っていた
STEP.2
中学校時代

知立中学校に入学し、野球部に入部して野球に明け暮れる。

MEMO
卒業文集に「将来はラッパーになる」と書いた
STEP.3
高校時代

高校に入学し、1年生の頃に3年生の卒業パーティーで初めてライブをする。

注意
高校は2年生の頃に退学

C.O.S.A.は愛知県知立市出身のラッパーです。

祖父は元力士、父親は警察官、6歳上の姉はキャデラックのローライダーに乗るウェッサイ好きという家庭で育ちました。

C.O.S.A.

姉の影響でウェッサイが好きだった。その後、M.O.S.A.D.SEEDAANARCHY、ニューヨークのヒップホップにハマっていった。

姉の影響でヒップホップに傾倒すると、わずか小学6年生でリリックを書き始め、高校1年生で初ライブ、ビート制作も開始します。

C.O.S.A.は歳下だけど、俺はすごくリスペクトしている。

呂布カルマ

その後、Campanellaとのユニット・Cosapanella、ファーストアルバム・Chiryu-Yonker、2016年にC.O.S.A. × KID FRESINO名義でアルバム・Somewhereをリリースし、着実にシーンに存在感を示しました。

C.O.S.A.

生まれた年とかどうでもいい お前がタメとか知らねぇよ

TOKONA-Xの豪快さ、存在感、ILL-BOSSTINOの知性を共存させたようなアティチュードで、愛知県知立市から全国のヘッズの首を振らせるC.O.S.A.のリリシズムは一聴の価値があります。

暴力で支配していた子供時代

C.O.S.A.

小学生の頃から、人への接し方が分からなかった。

C.O.S.A.は小学生の頃から人への接し方が分からず、どうすれば友達になれるか分かりませんでした

C.O.S.A.

暴力で周りの人に自分の言うことを聞かせていた。

人への接し方が分からないため、C.O.S.A.は学校の友達に暴力を振るうことで言うことを聞かせていました。

C.O.S.A.

全く悪気はなかったが、高校に入る頃には友達がいなくなっていた。

C.O.S.A.は暴力に関して悪気はありませんでしたが、高校に上がる頃には周りの友達だと思っていた人が地元以外の人と遊び始め、C.O.S.A.の周りには友達がいなくなりました。

そこで、

C.O.S.A.

みんな俺の暴力や態度が嫌だったんだ。

と気付き、C.O.S.A.は周りへの接し方や立ち振る舞いが変わり、大人しくなりました。

MEMO
最近は地元の友達から同窓会に呼ばれたり、連絡をしてくれるようになった。

愛知県に住み続ける理由

C.O.S.A.

知立には何もない。俺以外にヒップホップをやっているやつもいない。

知立市は、名古屋市と豊田市に隣接するベッドタウンです。

C.O.S.A.以外にラップをしている人もいない、ヒップホップ的には特に何もない街です。

C.O.S.A.

知立で作った楽曲を他の街でやる。他の街に移り住むことは考えたことがない。

フッドである知立、愛知県に住むことにこだわり、東京や地方でのライブも多いですが、特に移り住むことは考えていません

C.O.S.A.

知立は交通の便がいい。今の知立が好きだから、変わって欲しくない。

生まれ育った知立が好きで変わってほしくない」と言うほど、C.O.S.A.は知立を愛しています。

MEMO
知立のお気に入りのお店は「とんかつの浜田」と「バーグマン」

親が警察官であることへの葛藤

C.O.S.A.の父親は現在引退していますが、元警察官です。

C.O.S.A.

楽曲で公表するのには覚悟が必要だった。しかし、自分のルーツを隠さないというのがヒップホップだと思った。

ヒップホップにおいて警察はBabylon(バビロン)などと呼ばれ、忌み嫌われる存在です。

C.O.S.A.自身も父親が警察官ということに対して葛藤がありましたが、父親が警察官であることをリリックにした楽曲・知立Babylon Childで公表しました。

ヒップホップをしていて、周りに父親が警察官だと言えなかったが、知立Babylon Childを聞いて言えるようになった。

リスナー

ヒップホップは自分に嘘をつかず、すべてを曝け出すもの」というC.O.S.A.のスタンスが、多くのリスナーの心を揺さぶりました。

趣味は海釣り

C.O.S.A.の趣味は海釣りで、子供の頃から釣り好きでしたが1回離れ、2018年頃から本格的にハマり始めました

C.O.S.A.

もともと海が好き。道具を買い揃えて遠くに出かけるというところに魅力を感じる。

もともと海が好きということもありますが、釣りの「釣り具を買い揃えて遠くに出かける」ということに魅力を感じたことが、釣りを始めるきっかけです。

C.O.S.A.

太平洋と日本海では、潮の流れも釣り方も釣れる魚も違う。

太平洋側の愛知県で生まれ育ったC.O.S.A.ですが、日本海側でも釣りをするようになり、太平洋と日本海では潮の流れも釣り方も釣れる魚も違う奥深さに気付き、釣りにのめり込みました。

C.O.S.A.

田我流とは釣り友達で、これまで3回一緒に釣りに行っている。

ラッパーの田我流とは釣り友達で、すぐに現地の釣り人と仲良くなれる田我流のコミュニケーション能力の高さをリスペクトしています。

MEMO
お気に入りの海は三重県尾鷲市三木浦町

C.O.S.A.のファッションのまとめ

 

この投稿をInstagramで見る

 

C.O.S.A.(@yonkerscosa)がシェアした投稿

着用ブランド
  • Carhartt
  • ProClub
  • Levi’s
  • Rothco

C.O.S.A.のファッションは、ラップ同様に無駄に飾らないシンプルなヒップホップファッションです。

ルーズなデニムに無印Tシャツを合わせるシンプルなコーデが多く、アクセサリーも小さめのネックレスやバンダナ、ヘッドギアはロールタイプの浅めのビーニーを愛用しています。

C.O.S.A.

大体同じスナップバックに 中身の見えねぇクソなファッション それじゃねぇんだよ マジで

C.O.S.A.は楽曲・Word for C-Cityで、ヒップホップを感じさせない中身のないファッションに怒りを顕にしています

シンプルながらヒップホップへの強い愛を感じさせるファッションは、C.O.S.A.自身が憧れてきた格好良いヒップホップ、ラッパー像を体現しています。

C.O.S.A.のラップスタイル

ラップスタイル
  • フィクション、ノンフィクションを織り交ぜた文学的なリリック
  • ハードでタフなフロウ

C.O.S.A.

リリシズムで原因でぶっ殺されてもしゃーねと俺は思っているでよ

初のラップアルバム・Chiryu-Yonkersの1曲目・GZA1987でラップしている通り、C.O.S.A.のラップの最大の魅力はリリックです。

TOKONA-Xの豪快な男らしさや存在感、ILL-BOSSTINOの知性を併せ持つようなリリックは、本来のヒップホップの格好良さ、アティチュードを体現しています。

C.O.S.A.

ヒップホップはハードな部分が多い。昔から人にどう思われるか気にしてはダメと思っている。

ヒップホップはハードなものである」という思想から、人にどう思われるかという考えはなく、自らのルーツや考えを赤裸々に言葉にしています。

C.O.S.A.

大人数より1人に向けた曲が響くと思っている。サウンドはニューヨークのヒップホップが基本になっている。

C.O.S.A.自身が「大人数より1人に向けた曲が響く」という考えがあり、不特定多数の人より1人に向けた楽曲を書いています

また、ルーツはローライダーやP-FUNKといったウェッサイのカルチャーに影響を受けていますが、C.O.S.A.自身のスタイルはニューヨークのイーストサイドのサウンドやフロウが主軸です。

ラップを始めた理由は姉の影響

C.O.S.A.のヒップホップの初期衝動は、小学3年生の頃に洋楽のCDが欲しくて訪れたCDショップのニューリリースコーナーの1番上にあったLL COOL Jを買ったことがきっかけです。

その後、Dragon Ashを好きになり、小学6年生の頃からリリックを書き始めました。

C.O.S.A.

姉がローライダーに乗っていて、姉の影響でウェッサイにハマった。

ローライダーに乗る姉の影響でウェッサイにハマり、高校1年生の頃に先輩の卒業パーティーで初ライブを経験します。

C.O.S.A.

当時から自分が1番かっこいいという自信があった。

高校は2年生の頃に退学し、そこから名古屋のクラブを中心に月最高20本のライブに出演するほど、本格的にラッパーとして活動するようになりました。

ビート制作をはじめたきっかけ

C.O.S.A.がビート制作をはじめたのは高校生の頃で、Mobb Deepのラッパー・Prodigyのソロ曲・Stuck On YouのMVで、MPC2500を叩くThe Alchemistを見たことがきっかけです。

ただ「MPC2500でビートメイクがしたい」という衝動で、すぐに機材を購入しに行きました。

C.O.S.A.

まだ自分の部屋に、昔カメラのキタムラで無理やり拡大して現像したThe Alchemistの写真が貼ってある。

C.O.S.A.にとってThe Alchemistはオールタイムフェイバリットで、楽曲でもネームドロップするほどリスペクトしています。

注意
ビート制作は完全に独学でできるようなった

空白の2年間

C.O.S.A.は2011年頃から2013年頃までの約2年間、ラップを辞めていました

C.O.S.A.

この2年間は一切音楽をせず、遊びに明け暮れていた。

ラップから離れていた2年間は一切音楽には触れず、クラブで夜な夜なナンパするなど、遊びに明け暮れていました。

C.O.S.A.

それまで普通の遊びを知らなかった。だが、遊んでばかりの2年間で得るものは無かった。

一時的に遊びにのめり込んだのは「今まで普通の遊びをしたことがなかった」というのが理由です。

しかし、空白の2年間で得るものが全くないと気付いたC.O.S.A.は、ラップを再開しました。

リリックのテーマは強さ、悲しさ、愛

リリックのテーマ
  • 自分が1番強い(強さ)
  • 悲しいこと(悲しさ)
  • ラブソング(愛)

C.O.S.A.

リリックを書き始めた頃から、この3つのテーマで書いている。昔から変わらない。

C.O.S.A.はリリックを書き始めた小学6年生の頃から、リリックのテーマは一貫して強さ、悲しさ、愛です。

小学6年生の頃のリリックノートも残っていますが、テーマはブレていません。

C.O.S.A.

フィクション、ノンフィクション関係なく、ヒップホップとしてかっこいいリリックを書くようにしている。

ヒップホップのリリックにおいてリアルであることは重要なポイントですが、C.O.S.A.自身が読書家ということもあり、フィクション、ノンフィクション関係なくリリックにしています。

ヒップホップとしてかっこいいかどうか追求したリリックにおけるこだわりこそ、C.O.S.A.リリシストと言われる所以です。

C.O.S.A.のおすすめの楽曲【厳選3選】

C.O.S.A.の言葉の一つ一つにこだわったリリシズムを感じられるおすすめの楽曲を厳選して3曲紹介します。

C.O.S.A. / 知立Babylon Child

警察官のC.O.S.A.の父親目線でリリックを書いた楽曲です。

テーマ自体はノンフィクションですが、所々にフィクションが織り交ぜられています。

この楽曲では、あえてヒップホップにおけるタブーである警察に踏み込んでいます。

C.O.S.A.

SEEDAのBABYLON CHILDを聴いて、このテーマで書こうと決めた。俺にとって特別な曲です。

この楽曲の着想はSEEDAの楽曲・BABYLON CHILDです。

MEMO
サンプリング元はKRS-OneのSound of the Police

C.O.S.A.

18歳 当時家は金がねぇ 叶わなかった夢 晴れの大学生 理系が得意 田舎の普通の少年 地元知立駅で その頃に斡旋 拳銃持つこの国の為の職業

C.O.S.A. / Girl Queen

女の子に焦点を当てたミニアルバム・Girl Queenのリードトラックです。

敬愛するボストン・テランの小説・音もなく少女はに着想を得て、ストーリー仕立てのリリックになっています。

C.O.S.A.

完璧な楽曲ができたと自負している。30回ほどリリックを直した。

C.O.S.A.自身も完璧と形容する、小説・音もなく少女はのサントラ的な楽曲です。

C.O.S.A.

音もなく少女は大人達になって 俺たちに素晴らしいダンスを見せてくれる 淡い電球の下 俺の手を引いて 屋上への階段を登っていった

C.O.S.A. / Cool Kids

セカンドアルバム・Cool Kidsのタイトルトラックであり、C.O.S.A.のキャリアにおいて最重要に位置付けられる楽曲です。

不器用なC.O.S.A.少年が目にした出来事を、ストレートな言葉で綴ったリリックが魅力です。

C.O.S.A.

知らず知らずとすり減る 心は消耗品 誰だって同じ 傷付けた分 倍で傷付く 気にしないことができれば悩まずにいる

C.O.S.A.と仲の良いラッパー

仲の良いラッパー

C.O.S.A.の仲が良いラッパーはCampanellaやNEI、COVANなどの愛知県出身のラッパーですが、特に仲の良いラッパーはCOVANです。

C.O.S.A.

COVANは1番仲の良いラッパーで、大体いつも一緒に居る。

COVANは名古屋市南区出身で、ファーストアルバム・Chiryu-Yonkersで唯一客演で参加しているラッパーです。

また、プライベートでもいつも一緒に行動を共にする仲です。

愛知県以外でライブを頻繁にするようになって以降、Fla$hBackSKID FRESINOJJJなど交友関係が広がりました。

KID FRESINO

KID FRESINOとの出会いは、大阪で行われたCampanellaのライブに向かうの中です。

いきなり2人で後部座席に乗りましたが、お互いThe Alchemist好きということで、すぐに意気投合しました。

C.O.S.A.君は格好良い。毎回ライブを見ると泣いているかもしれない。

KID FRESINO

KID FRESINOは人としてのC.O.S.A.だけでなく、ラッパーとしての格好良さに衝撃を受けました。

C.O.S.A.君は何でもラップで言う。それは自分には出来ないし、格好良いと思ったことがなかったが、C.O.S.A.君のラップを聴いて変わった。

KID FRESINO

C.O.S.A.との出会いで、KID FRESINO自身のリリックも大きく変化し、飾らない素直な描写、表現が増えました

2016年にはC.O.S.A. × KID FRESINOのダブルネームでアルバム・Somewhereをリリースすると、大きな話題を集めます。

以降もC.O.S.A. × KID FRESINO名義でのリリースはないものの、お互いの楽曲で頻繁に共演しています。

MEMO
2人でいる時の会話はもっぱらヒップホップの新譜と機材の話

Campanella

C.O.S.A.とCampanellaは同じ愛知県出身で、C.O.S.A.とは旧知の仲です。

2011年に手売りメインでリリースしたユニット・Cosapanellaでも活動を共にしていて、お互いに全国で活動するようになって以降も、頻繁に楽曲で共演しています。

また、2015年にはSLUM RCのメンバーとして、アルバム・WHO WANNA RAPもリリースしています。

C.O.S.A.は体型も規格外で格好良い。

Campanella

CampanellaC.O.S.A.をリスペクトしていて、音楽だけでなく一緒にショッピングに行くなど、音楽でもプライベートでも友好な関係を築いています。

MEMO
Cosapanellaのアルバム・The Cosapanella from MdMは何度も再販されている名盤
注意
本サイトはラッパーさんのバッググランドを知ることで、リリックの意味や楽曲をより好きになってもらうことを目的としています。情報の誤り・追加等につきましては速やかに修正対応させて頂きますのでフォームへご連絡ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA