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MIGHTY CROWNの現在は?メンバープロフィールのwikiまとめ

MIGHTY CROWNの現在は?メンバープロフィールのwikiまとめ

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

MIGHTY CROWNはMASTA SIMON 、SAMI-T、COJIE、NINJAの4人からなるレゲエサウンドです。

1999年にアジア人として初の海外クラッシュ制覇や主催の野外イベント「横浜レゲエ祭」では最大3万人の観客動員を記録するなど、国内外のレゲエシーンに大きな功績を残します。

2022年9月をもってサウンド活動休止を発表すると、国内外のアーティストやリスナーから大きな反響がありました。

2023年10月には結成30周年を記念した日本初にして世界最大級のミュージッククルーズ「FAR EAST REGGAE CRUISE」の開催を控える、MIGHTY CROWNについて紹介します。

MIGHTY CROWNのメンバープロフィール

 

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メンバー
  • MASTA SIMON・・・MC、OWNER
  • SAMI-T・・・SELECTOR、MC
  • COJIE・・・SELECTOR
  • NINJA・・・SELECTOR、MC

MIGHTY CROWNはMC、OWNERのMASTA SIMONとSELECTOR、MCのSAMI-Tの兄弟を中心に、ファンデーション(レゲエにおける「古い名曲」)を担当するSELECTORのCOJIE、ニューヨーク在住の海外メンバーであるSELECTORのNINJAからなるレゲエサウンドです。

自前のサウンドシステム「The Next Level Sound System」と豊富なダブプレートを武器に、国内外のサウンドクラッシュやライブ、フェスでオーディエンスをロックしています。

サウンドクラッシュでは1991年に世界大会「WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」でアジア人で初めて世界制覇を果たして以降、8度の世界タイトルを獲得するなど、世界のレゲエシーンにおけるアジア人の地位を確立しました。

国内でも主催野外フェス「横浜レゲエ祭」での最大動員数3万人を始め、Hi-STANDARDが主催するロックフェス「AIR JAM」やMONGOL800が主催するフェス「What A Wonderful World」にも出演を果たすなど、ジャンルを超えて様々なフィールドで活躍しています。

結成30周年を迎えた2022年9月にMIGHTY CROWNとしてのサウンド活動休止を発表しましたが、これまでの「MIGHTY CROWN=レゲエサウンド」という概念を取っ払うエンターテイナーとして、新たな形で活動予定です。

MASTA SIMONのプロフィール

 

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出生名Simon Tse(サイモン ツェー)
アーティスト名MASTA SIMON(マスタ サイモン)
年齢12月22日
身長175cm
血液型非公開
出身地神奈川県横浜市中区本牧町
事務所Migthy Crown Entertainment
レーベルMigthy Crown Entertainment
公式サイトhttps://twitter.com/MastaSimon
STEP.1
幼少期~小学校時代

神奈川県横浜市中区本牧町で映画プロデューサーの父親のもとで生まれる。

MEMO
メンバーのSAMI-Tは実弟
STEP.2
中学校時代

スケボーとパンクロックにハマり、パンクバンドで活動していた。

MEMO
当時、レゲエは苦手だった。
STEP.3
高校時代

セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールを卒業後、ロサンゼルスに留学して、MIGHTY CROWNを結成。

MASTA SIMONはMIGHTY CROWNのMC、OWNER担当のオリジナルメンバーです。

生まれも育ちも神奈川県横浜市ですが、中国をルーツに持っています。

MASTA SIMON

MIGHTY CROWNを始めるとき、父親に「レゲエで飯が食えるわけない」と言われたけど、理解がある父親だった。

セント・ジョセフ・インターナショナル・スクールを卒業後、17歳から約5年半ほどロサンゼルスに住んでいて、そこで本場のサウンドシステムに出会います。

MIGHTY CROWNのオーナーとしてグループ全体の舵を取る一方、サウンドクラッシュやライブではメインMCとして活躍するMIGHTY CROWNのフロントマンです。

レゲエにハマったきっかけ

MASTA SIMONは元々パンク好きで、中学校の頃はパンクバンドを組んでいました。

MASTA SIMON

実は昔、パンクやヒップホップは好きだったけど、レゲエは苦手だった。

親友の大阪のDeejay「Chucky Smart」に勧められて聴いたことはありましたが、レゲエに対して苦手意識を持っていました。

しかし、当時スケボーをしていて、横浜の周りのスケーター達がみんなレゲエを聴いていたこともあり、MASTA SIMONも自然な流れでレゲエを好きになっていきます。

レゲエを好きになったきっかけのアーティストはYellowmanです。

MEMO
15歳の頃にパンクバンドでレコーディングを経験するなど、本格的にバンド活動をしていた。

SAMI-Tのプロフィール

出生名Samuel Tse(サミュエル ツェー)
アーティスト名SAMI-T(サミー ティー)
年齢12月3日
身長非公開
血液型非公開
出身地神奈川県横浜市中区本牧町
事務所Migthy Crown Entertainment
レーベルMigthy Crown Entertainment
公式サイトhttps://twitter.com/Real_Sami_t
STEP.1
幼少期~小学校時代

神奈川県横浜市中区本牧町で映画プロデューサーの父親のもとで、MASTA SIMONの弟として生まれる。

STEP.2
中学校時代

レゲエにハマり、兄のMASTA SIMONMIGHTY CROWNを結成。

MEMO
レゲエを知ったきっかけは、MASTA SIMONからの誕生日プレゼントでもらったBOB MARLEYのライブアルバム「LIVE!」
STEP.3
高校時代

ニューヨークに留学し、後のメンバーとなるCOJIEと出会う。

SAMI-TはMIGHTY CROWNのSELECTOR、MCで、オリジナルメンバーであり、MASTA SIMONの実弟です。

兄であるMASTA SIMONの影響でレゲエが好きになり、中学校の頃にMASTA SIMONらとともにMIGHTY CROWNを立ち上げます。

10代の頃にニューヨークに留学経験があり、ニューヨークで現メンバーであるCOJIEに出会いました。

一時期、SAMI-Tがやっていた雑貨屋が仲間のたまり場になっていた。友達はみんな「無茶苦茶な店だ」と言っていて面白かった。

MASTA SIMON

また、MIGHTY CROWN結成当初は、横浜中華街関帝廟通りにある祖父の雑貨屋を引継ぎ、ニューヨークで買い付けしたミックステープや雑貨を販売してました。

MIGHTY CROWNではオーディエンスの心を掴むMCとダンスホールレゲエを中心としたジャンルに囚われないセレクトが魅力です。

レゲエにハマったきっかけはBOB MARLEY

SAMI-Tがレゲエにハマったきっけは、ジャマイカ出身のレゲエ・ミュージシャン「BOB MARLEY」です。

SAMI-T

BOB MARLEYを初めて聴いた時は衝撃的だった。レゲエにおいてBOB MARLEYは基本中の基本だし、ワンアンドオンリーな存在です。

BOB MARLEYを聴くまでパンクやヒップホップを聴いていて、レゲエの存在は知りませんでした。

しかし、中学校の頃にMASTA SIMONBOB MARLEYのライブアルバム「LIVE!」を誕生日にプレゼントしてくれて聴き、衝撃を受けました。

その後、ベストアルバム「LEGEND」を聴いて、BOB MARLEYのメッセージ性に惹かれてレゲエにどっぷりハマっていきます。

COJIEのプロフィール

 

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出生名非公開
アーティスト名COJIE(コージ)、PAPA COJIE(パパ コージ)
年齢11月8日
身長非公開
血液型非公開
出身地茨城県
事務所Migthy Crown Entertainment
レーベルMigthy Crown Entertainment
公式サイトhttps://www.instagram.com/cojiecrown/

COJIEはMIGHTY CROWNのファンデーション(オールディーズ)担当のSELECTORです。

 

COJIE

俺は横浜ではなく茨城県生まれです。けど20年くらい横浜に住んでいるし、横浜はアットホームですごくいい街です。

1991年から約6年間ニューヨークに住んでいて、ニューヨークでSAMI-Tと知り合い、MIGHTY CROWNに加入します。

ファンデーション(オールディーズ)を中心としたコアなセレクトが魅力です。

MIGHTY CROWNの活動以外でもアパレルブランド「Vinyl Junkie」やレーベル「SCORCHER HI FI」のプロデュースや、ソロでミックスCDのリリース、レギュラーイベントに出演するなど、活動は多岐にわたります。

MEMO
SAMI-Tとユニット「VINYL JUNKIE CREW」としても活動している。

NINJAのプロフィール

 

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出生名Rohan Henry(ローハン ヘンリー)
アーティスト名NINJA(ニンジャ)
年齢非公開
身長非公開
血液型非公開
出身地ジャマイカ
事務所Migthy Crown Entertainment
レーベルMigthy Crown Entertainment
公式サイトhttps://www.instagram.com/ninjacrown/

NINJAはMIGHTY CROWNのSELECTOR、MCで、ニューヨーク在住の海外メンバーです。

生まれはジャマイカですが1994年にニューヨークに移住して、2000年頃からプロのSELECTORとして活動を始めました。

MIGHTY CROWNの日本での活動にはほとんど帯同することはありませんが、アメリカやジャマイカ、ヨーロッパなど、海外でのサウンドクラッシュやライブに帯同しています。

MIGHTY CROWNの第二の活動拠点ともいえるニューヨークで、最新の現場の空気感、トレンドをキャッチして、MIGHTY CROWNの海外活動を支えています。

結成30年のMIGHTY CROWNとは

STEP.1
1991年

神奈川県横浜市でMASTA SIMONSAMI-Tに加え、現在レゲエグループ「FIRE BALL」で活動するSTICKO(現TRUTHFUL)CRISS(SUPER CRISS)JUN 4 SHOTの5人を中心に結成して、学園祭で初ライブを敢行。

注意
JUN 4 SHOTはMASTA SIMON、SAMI-Tの従兄弟で、JUN 4 SHOTの学校の友達だったCHOZEN LEEも途中で加入
STEP.2
1993年

MASTA SIMONSAMI-Tが初めてジャマイカへ渡来。

MEMO
初めてのジャマイカの感想は「もう二度と行かない」だった。
STEP.3
1995年

横浜レゲエ祭の前身イベント「横浜Reggae Bash」をスタート

注意
観客動員はわずか150人
STEP.4
1997年

MIGHTY CROWNのメンバーのCHOZEN LEETRUTHFULSUPER CRISSJUN 4 SHOTの4人で派生ユニット「FIRE BALL」を結成

STEP.5
1999年

WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」で優勝を果たし、アジア人として初の海外クラッシュ制覇の偉業を成し遂げる。

注意
MIGHTY CROWNの優勝はアメリカ中で話題になった。
STEP.6
2006年

横浜スタジアムで開催された「横浜レゲエ祭2006」に3万人の観客を動員

MIGHTY CROWNは神奈川県横浜市を拠点に活動する、日本が世界に誇るレゲエサウンドです。

MASTA SIMON

結成当初はメンバーも流動的で、FIRE BALLのSUPER CRISSの兄貴も立ち上げメンバーの一人です。

現メンバーはMASTA SIMON、SAMI-T、COJIE、NINJAの4人ですが、過去にはFIRE BALLのメンバー全員、SUPER Gなどが在籍していました。

8度の世界タイトル獲得や大阪Bay Side Jennyで開催された伝説のサウンドクラッシュ「頂点」での優勝など、国内外のサウンドクラッシュで大きな功績を残しています。

サウンドクラッシュ以外にも野外フェス「横浜レゲエ祭」やジャパレゲ専門レーベル「LIFESTYLE RECORDS」のプロデュースなど、日本におけるレゲエ黎明期からダンスホールレゲエの普及に尽力しました。

本気でレゲエサウンドで食べていこうと決意したきっかけ

MIGHTY CROWNは元々、地元のレゲエバーに集まっていた仲間やその友達、家族で結成されたサウンドです。

MASTA SIMON

「レゲエサウンドでご飯を食べていく」なんて考えたこともなかった。とにかく楽しいことが好きで、ノリで始めた。

自分達でパーティーを開催しよう」という軽い遊びノリでスタートしましたが、MASTA SIMONがロサンゼルス、SAMI-Tがニューヨークと、それぞれの留学先で本場のサウンドシステムのカルチャーに触れます。

本場のサウンドシステムのカルチャーに喰らい、MASTA SIMONSAMI-Tも自分のレベルの低さに気づき、帰国後からサウンドシステムの制作に取りかかりました。

MASTA SIMON

プロ野球選手はメジャーリーグ、サッカー選手は海外リーグといった、スポーツ選手も海外を目指す人が多い。自分たちもオリジナルを求めて、自然に海外を目指していた。

本格的に活動を始めると、メンバーがグローバルな環境で育ったこと、MASTA SIMONSAMI-Tが英語を話せることもあり、早い段階から活動の視点は自然と海外へと向いていきました。

メディアへの苛立ち

MIGHTY CROWNは1999年にサウンドクラッシュの世界大会「WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」で、アジア人として初めて優勝を果たしましたが、当時の日本のメディアにはほとんど取り上げられることはありませんでした。

MASTA SIMON

日本のメディアに対して「なんで取り上げないんだ」という苛立ちがあった。優勝してから2、3年後にメディアに取り上げられたり、時を経て優勝したことを実感した。

当時、日本においてレゲエがアンダーグラウンドなカルチャーであったこと、カルチャーが浸透していなかったことが理由で、MIGHTY CROWNの世界制覇は国内でほとんど話題になりませんでした。

しかし、日本のファッション誌、音楽誌が海外に取材に行った際に現地でMIGHTY CROWNの名前を頻繁に聞いたことで、日本のメディアも徐々にMIGHTY CROWNの存在を知ります。

そこから少しずつ取材が増え、徐々に日本にMIGHTY CROWNの名前とダンスホールレゲエのカルチャーが広がっていきました。

MASTA SIMON

世界制覇が全くメディアから取り上げられなかったので「俺たちで日本にダンスホールレゲエを広めないといけない」と強く思ったきっかけにもなった。

そして、自身がメディアに取り上げられなかった経験がもととなり、日本にダンスホールレゲエを広めるためにMIGHTY CROWNは2000年にジャパニーズレゲエアーティストを取り扱うレーベル「LIFE STYLE RECORDS」を立ち上げました。

活動休止の理由

MASTA SIMON

「別の形のMIGHTY CROWNを目指す」というのが理由です。別に揉めたとか仲違いというわけではないし、音楽は一生辞めるつもりはない。

結成30周年を迎え、サウンドとして世界30ヶ国以上でプレイしてクラッシュでは大きなタイトルを獲ってきたMIGHTY CROWNのサウンド活動休止は、日本のみならず世界でも話題になりました。

MIGHTY CROWNのサウンド活動休止は「ライブやツアーなどのサウンド活動を休止」であり、解散ではありません。

サウンド活動休止は「MIGHTY CROWN=ダンスホールレゲエ」という世間のイメージをリセットして、MIGHTY CROWNがレゲエ以外のステージで活躍するための大きな決断です。

MIGHTY CROWNのおすすめの曲

MIGHTY CROWNのワールドワイドでレゲエ愛溢れるおすすめの楽曲を紹介します。

MIGHTY CROWN FAMILY / Respect

MIGHTY CROWN、FIRE BALL、PAPA B、GUAN CHAIの「MIGHTY CROWN FAMILY」が揃い踏みして、MIGHTY CROWNの20周年アニバーサリーイヤーである2011年にリリースした楽曲です。

20周年のテーマ「Respect」をそのままタイトルにして、これまでの活動やレゲエカルチャーへの感謝を楽曲にしています。

個々のスキルの高さと豪華なマイクリレーが聴きどころです。

MIGHTY CROWN FAMILY

冗談じゃねぇ そんなんじゃねぇ これは本物だぜ 拳を挙げ 冗談じゃねぇ 愛想じゃねぇ これは最高だぜ 拳を挙げ Respect(Respect)

SAMI-T (MIGHTY CROWN) feat. CHEHON,J-REXXX / INTERNET BAD BOY REMIX –

SAMI-Tのソロ名義の楽曲「INTERNET BAD BOY」にCHEHONとJ-REXXXが客演参加したリミックスです。

芸能ニュースやSNSでの誹謗中傷をする「インターネット上のバッドボーイ」に向けた辛辣なリリックになっています。

SAMI-Tのラップもスキルが高く、現代社会に向けたメッセージが詰まった楽曲です。

SAMI-T

インターネットで不良ぶってるそこのボクちゃん Listen To The REMIX Internet Bad Boy Internet Bad Boy 今日も書き込みで威張り散らカス

オリジナルブランド「NINE RULAZ LINE」

「NINE RULAZ LINE(ナイン ルーラーズ ライン)」は、MIGHTY CROWNが2002年にスタートさせたアパレルブランドです。

日本のカルチャー」「アメリカのストリートカルチャー」「クラブミュージックカルチャー」の3つをベースにしたコンセプトで、ブランド名には「東洋における幸福の数字」である「9(NINE)」が冠されています。

レゲエだけではなく、MASTA SIMONSAMI-Tが影響を受けたヒップホップやバスケットボールなどのストリートカルチャーを反映させたデザインが多いのが特徴です。

MEMO
ブランド名には「着た人に幸福をもたらす」という意味が込められている。

MIGHTY CROWNのサウンドスタイル

サウンドスタイル
  • 英語、パトワ語、日本語を使った攻撃的なMC
  • 会場の空気感に合わせて選曲できる知識と経験値
  • オリジナルなダブプレート
  • レゲエ以外のキラーチューンもかける臨機応変なプレイ

MIGHTY CROWNのサウンドスタイルの特徴は、英語と日本語に加え、ジャマイカのクレオール語であるパトワ語の3ヶ国語を駆使した攻撃的なMCです。

MCを務めるMASTA SIMON SAMI-Tが英語を話せたことで、活動初期段階から海外を主戦場にすることができました。

サウンドクラッシュにおいては現地の言語でMCをしつつ、当日用に録ったカスタムダブプレートを多用するのも特徴です。

MASTA SIMON

俺たちは「MIGHTY CROWNといえば」というアンセムチューンをあえて持っていない。「何がかかるか分からない」というワクワク感を演出することが、MIGHTY CROWNの強みの一つだと思っている。

WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」では1曲目に映画「燃えよドラゴン」のテーマ曲をかけたり、ヒップホップやソカ、ジャマイカの国歌などのレゲエ以外のチューンでレゲエファン以外のオーディエンスもロックする臨機応変さもMIGHTY CROWNの強みです。

アウェーな空気も一瞬でMIGHTY CROWN色に染める、現場至上主義で培った知識と経験値からくる懐の深いプレイが世界中から支持されています。

サウンドクラッシュでの功績

主な功績
  • WORLD CLASH ’99 in Brooklyn 優勝
  • WORLD CLASH 20th Anniversary 優勝
  • Welcome to JAMROCK Reggae Cruise 3連覇
  • Five Star Cup ~頂点98’~ 優勝

MIGHTY CROWNは国内外問わず、様々なサウンドクラッシュで優勝を飾っています。

MASTA SIMON

恐らく獲得したトロフィーは20個以上あると思う。海外のサウンドクラッシュで優勝してから、差別やいじめられることも少なくなった。

突出すべきは「サウンドクラッシュ界のオリンピック」と称される「WORLD CLASH」とBOB MARLEYの息子であるDAMIAN “JR.GONG” MARLEYが主催するレゲエクルーズ内のサウンドクラッシュ「Welcome to JAMROCK Reggae Cruise」での3連覇です。

8度の世界タイトルを獲得していて、レゲエの本場のジャマイカでも「MIGHTY CROWNを聴いて育った」という人もいるほど、世界に影響力を持っています。

アジア人初の海外クラッシュ制覇

MIGHTY CROWNは1999年に開催された「WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」で優勝しました。

「WORLD CLASH」はサウンドクラッシュにおける世界の頂点を決める権威のある大会で、MIGHTY CROWNは初出場ながら、アジア人で初めて海外サウンドクラッシュ制覇という偉業を成し遂げます。

KillamanjaroTONY MATTERHORNといった世界で活躍するサウンドと対峙しても、一歩も引くことのない強気なプレイでブルックリンをボスしました。

SAMI-T

WORLD CLASHの優勝で、サウンドクラッシュで「外国人でも受け入れられる」という流れができた。

WORLD CLASH ’99 in Brooklyn」での優勝がきっかけで、MIGHTY CROWNのもとに世界中からライブ、サウンドクラッシュのオファーが届くようになりました。

MEMO
会場の外に入れなかった1000人ほどの観客がいた。

「WORLD CLASH 20th Anniversary」での優勝

WORLD CLASHの20周年を記念して2018年7月19日に開催された「WORLD CLASH 20th Anniversary」で、MIGHTY CROWNは優勝しました。

20周年ということで、これまでの歴代優勝サウンドがレゲエの聖地であるジャマイカに集結します。

野外イベント「Reggae Sumfest」の一環として開催されたこともあり、スポンサーの関係でMCの発言が制限(Fワード禁止)されるなど、従来のサウンドクラッシュとは違うルールもありました。

MASTA SIMON

ここで優勝できたのは大きかった。レゲエ関係者以外からも、たくさん連絡がきた。

大会の様子は世界中にライブ配信されたこともあり、MIGHTY CROWNの優勝は世界中で大きな話題になりました。

MIGHTY CROWN SOUND SYSTEM

MIGHTY CROWNは自前のサウンドシステム(移動式スピーカー)の通称「The Next Level Sound System」を所有しています。

SAMI-T

初めてアメリカで生のサウンドシステムの音を聴いて食らった。前にいると揺れるし、息ができないほどの爆音だった。

レゲエ特有の文化であるスピーカー、アンプのセットを指す移動式の音響設備「サウンドシステム」を、1990年代前半にアメリカで触れて日本に持ち込みました。

1994年頃から製作を始めて1995年に完成して、サウンドシステムの完成以降はMIGHTY CROWNの活動自体も精力的になっていきます。

サウンドクラッシュや国内外のツアー、横浜レゲエ祭を始めとする野外イベントなど、MIGHTY CROWNのサウンドを体現するサウンドシステムとして、世界中のレゲエリスナーを虜にしました。

MEMO
各メンバーがバイト代20万円の中から月10万円ずつ出し合って完成した。

横浜への愛と横浜レゲエ祭

1995年当時、MASTA SIMONSAMI-Tはほとんど海外に居て、日本に帰ってくることは稀でした。

そんな中で「年に1回は日本に帰って、日本のアーティストだけでイベントをしよう」という想いから、前身イベント「横浜Reggae Bash」がスタートします。

MASTA SIMON

自分達にとっても「横浜レゲエ祭」はターニングポイントの一つになった。ジャマイカでも話題になっていた。

「横浜Reggae Bash」はわずか150人の動員でしたが、イベント名を「横浜レゲエ祭」に変更して口コミで動員が増え、2006年から2009年までの4年間は横浜スタジアムに3万人を動員するモンスターイベントへ成長します。

2013年以降は横浜スタジアムの使用許可が降りず、神奈川県内で場所を点々としつつ開催していましたが、2017年以降は開催されていません。

MASTA SIMON

横浜は色んな文化が交差する街です。音楽だってなんだって様々なカルチャーがある。海外にいても、横浜への愛は変わらない。

「横浜レゲエ祭」を始め、MASTA SIMONとSAMI-Tの親の母校「横濱中華學院」でのライブや新校舎建て替えに募金を募るなど、横浜愛に溢れた活動も精力的です。

MIGHTY CROWNと仲の良いアーティスト

仲の良いアーティスト

MIGHTY CROWNは横浜を拠点に活躍するアーティストを中心に、日本中のジャンルを超えたアーティストとリンクしています。

アーテイストだけでなく、全く別の分野で活躍している俳優やアイドルなどからもリスペクトされていて、実力を認めた人とはユニティーにリンクしていく姿勢も特徴です。

最近ではSiMBiSHといった若手バンドやアイドルともリンクしています。

MASTA SIMON

2010年以降はロックフェスにも呼んでもらえるようになった。自分たちがヒップホップやパンク、スケボーなどのストリートカルチャー全般がルーツっていうのも大きいと思う。

こういった交友関係は、リスペクトを持ってジャンルを関係なく様々なチューンをセレクトするサウンドスタイルにも反映されています。

MEMO
SAMI-Tは横山剣、MONGOL800の上江洌清作と3人組ユニット「Tiki Tiki Tours」で活動もしている。

JUNIOR(RED SPIDER)

レゲエにおいて、MIGHTY CROWNは教科書でRED SPIDERはエロ本だと思っている。昔から今でも「MIGHTY CROWNと仲悪いんですか」って、めっちゃ聞かれる。

JUNIOR

それぞれキャリアは20年以上のベテランで、常に最前線で戦い続けたMIGHTY CROWNとRED SPIDERは、20年間も表舞台で共演することはありませんでした。

インターネットでは不仲説も根強くありましたが、仲が悪いというわけではありません。

MIGHTY CROWNがサウンド活動休止を発表して以降、2022年にはお互いのYouTubeチャンネルで対談を果たして、ファンを驚かせました。

SAMI-T

MIGHTY CROWNがRED SPIDERと何かしたら、日本のレゲエシーンは盛り上がったと思う。頑張ってJUNIORを3回も誘ったのに振られてしまった。

元々、お互いに面識はありましたが、2012年頃にジャマイカでSAMI-TJUNIORがばったり会い、連絡先を交換しました。

一緒に何かやろう」という話になりましたが、SAMI-Tからの連絡をJUNIORが3回スルーしたことで流れます。

JUNIORが体調不良を起こしたことが理由ですが、それから10年以上も顔を合わせることはありませんでした。

FIRE BALL

FIRE BALLはメンバー4人がMIGHTY CROWNに加入していた経験を持つ、MIGHTY CROWNから派生したユニットです。

MASTA SIMON

FIRE BALLのメンバーは生まれた時から知っているやつもいれば、小学校の時から知っているやつもいる。本当に「ファミリー」ですね。

メンバーのJUN 4 SHOTMASTA SIMONSAMI-Tの従兄弟で、MIGHTY CROWNの立ち上げにも参加しています。

MIGHTY CROWNから派生してDeejay、シンガーから構成されるユニットとしてFIRE BALLは活動していますが、結成から現在までMIGHTY CROWNのレーベル「Mighty Crown Entertainment」に所属し続けるなど、固い絆で結ばれる関係です。

OZROSAURUS

MIGHTY CROWNとOZROSAURUSは同じ神奈川県横浜市を拠点に活動しているという共通点があり、古くからリンクしています。

SAMI-T

Zeebraを知ったきっかけもMACCHOからの紹介だった。日本のヒップホップを知るきっかけにもなったし、感謝している。

それぞれ「横浜をレペゼンするアーティスト」ということでお互いにリスペクトし合っていて、MACCHOMIGHTY CROWNが日本のヒップホップシーンと繋がるきっかけも作りました。

MIGHTY CROWNの楽曲「MUSIC IS OUR TREASURE feat.CHOZEN LEE, MACCHO (OZROSAURUS) & MASIA ONE」「TRUST YOURSELF feat. MACCHO from OZROSAURUS, RUDEBWOY FACE」でも共演していて、2015年にはツーマンイベント「ハマ大激震 – MIGHTY CROWN×OZROSAURUS –」を開催しています。

注意
本サイトはラッパーさんのバッググランドを知ることで、リリックの意味や楽曲をより好きになってもらうことを目的としています。情報の誤り・追加等につきましては速やかに修正対応させて頂きますのでフォームへご連絡ください。

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