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SEAMOのプロフィール(年齢・出身・生い立ち)のまとめ

SEAMOのプロフィール

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

SEAMOは愛知県一宮市出身のラッパーです。

全裸に天狗のお面、下ネタ全開のラップがトレードマークのシーモネーター名義でメジャーデビューを果たすも、約1年で契約解除となります。

その後、2005年にSEAMOに改名しメジャー再デビューを果たすと、マタアイマショウやルパン・ザ・ファイヤーの大ヒット、紅白歌合戦への出場など、一気にスターダムへとのし上がります。

塾長の愛称でデビューから20年以上経った現在でも、多くのラッパーからリスペクトされるSEAMOについてまとめました。

SEAMOのプロフィール

 

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出生名高田 尚輝(たかだ なおき)
アーティスト名SEAMO(シーモ)、シーモネーター
年齢1975年10月31日(現在46歳)
身長160cm
血液型A型
出身地愛知県一宮市
事務所tearbridge production
レーベルSony Music Solutions Inc.
公式サイトhttps://seamo.jp/
STEP.1
幼少期〜小学校時代

1975年10月31日に愛知県一宮市で生まれ、小学校の頃にゲーム・ダービースタリオンの影響で競馬に興味を持つ。

MEMO
好きな野球チームは中日ドラゴンズ
STEP.2
中学校時代
一宮市立南部中学校に入学し、オグリキャップブームの影響で更に競馬好きになる。
STEP.3
高校時代
名城大学附属高等学校に入学し、卒業。
STEP.4
大学時代
愛知学院大学文学部宗教学科に入学し、シーモネーター名義でラップ活動をスタート。

SEAMOは愛知県一宮市出身のラッパーです。

1975年10月31日生まれの現在46歳です。

小学校の頃にゲーム・ダービースタリオンをきっかけに競馬に興味を持つと、実家から笠松競馬場が近いこと、オグリキャップのブームの影響もあり、競馬好きになります。

他にも一時期はパチプロとして生計を立てるなど、パチンコ、スロットにも造詣が深く、麻雀も嗜むほどのギャンブル好きです。

SEAMO

漫画も大好きで、昔からよく読んでいる。

漫画も好きで、好きな漫画はパチンコ、パチスロの題材にもなっている魁!!男塾北斗の拳サラリーマン金太郎などです。

SEAMO

自由な音楽性に惹かれてヒップホップを始めた。

自由な音楽性に惹かれヒップホップを始め、影響されたアーティストはBIZ MARKEYKOOL KEITHMC HAMMERです。

シーモネーター名義でメジャーデビューを果たすも1年で契約解除と挫折を味わい、SEAMOとしてメジャー再デビューを果たすとマタアイマショウやルパン・ザ・ファイヤーを立て続けにヒットさせ、一躍人気アーティストの仲間入りを果たしました

愛称・塾長の由来

SEAMOの愛称である塾長の由来は、過去にSEAMOが名古屋で主宰していたクルーの男塾です。

男塾は名古屋出身の若手アーティストをフックアップしたクルーで、HOME MADE 家族nobodyknows+を排出しました。

当時、名古屋ですでに影響力のあったSEAMOが、自分だけでなく若手をフックアップしたことから、リスペクトを込めて「男塾の塾長」と呼ばれたことで愛称になりました。

MEMO
男塾の由来は漫画の魁!!男塾

地元・名古屋への愛

SEAMOはシーモネーターとしてメジャーデビュー、SEAMOに改名してマタアイマショウのヒットや紅白歌合戦へ出場した人気絶頂期から現在に至るまで、一貫して名古屋に住み続けています

SEAMO

東京はすごいと痛感したが、名古屋にはnobodyknows+やHOME MADE家族などの仲間がいる。名古屋でも勝負できると思った。

SEAMOは一度も名古屋以外に住居を移したことがありません。

nobodyknows+HOME MADE家族など名古屋の仲間が全国区で活躍する姿を見て「名古屋でも全国で勝負できる」と思ったからです。

地元のアーティスト仲間との活動に加え、SEAMOのドキュメント映画を名古屋出身の映画監督・堤幸彦が監修するなど、紆余曲折を経た現在も名古屋への深い愛は変わっていません。

競馬好きで馬主になる

SEAMOはラッパー界屈指の競馬通です。

SEAMO

競馬好きになるきっかけは小学校高学年の頃にしたゲームのダービースタリオンだった。地元が笠松競馬に近く、オグリキャップの影響も大きい。

小学校高学年の頃にした競馬ゲームのダービースタリオン、地元が笠松競馬場が近く、オグリキャップブームの影響もあり競馬が好きになりました。

SEAMO

メジャーデビュー前から一口馬主を始めた。初勝利まではかなり時間がかかった。

SEAMOがメジャーデビューする前に競馬雑誌の広告を見て一口馬主を始めましたが、初めて出資した馬は調教中に亡くなるなど上手くいかず、出資した馬が初勝利を収めるまで数年かかりました。

SEAMO

初めて勝った時は嬉しいというか、感動した。

SEAMOにとって馬主としての初勝利はウインプレミアで、出資からレース出走まで約2年かかりました。

注意
これまで出資してきた馬は50頭以上。

念願のG1初勝利

2020年5月10日に東京競馬場で開催された3歳マイル王決定戦・NHKマイルCで、SEAMOが出資しているラウダシオンが1着となり、念願のG1初勝利を収めました。

SEAMO

最後の直線は興奮しすぎて、叫んでいるだけだった。

2007年にウインプレミアで馬主として初勝利を収めてから、苦節13年のG1制覇です。

SEAMO

NHKは紅白歌合戦に出場した経験もあり、縁を感じる。

レース後には開催日が母の日だったことにちなんで楽曲・MOTHERをウイニングライブで披露し、

SEAMO

デムーロありがとう。

と、曲の間奏で鞍上のデムーロに感謝の言葉を口にするなど、SEAMOにとって忘れられないレースになりました。

パチプロとして生活していた

SEAMOはシーモネーターとして活動している時期にパチスロにハマり、一時期パチプロで生計を立てていました

SEAMO

ヒット曲がなく、生活も安定していなかった。年収は200万円程度だった。

音楽活動は順風満帆ではなく生活も不安定で、パチプロとしての年収は200万円程度でした。

2006年の紅白歌合戦への初出場する頃までパチプロをしていました。

SEAMO

特に好きな機種は北斗の拳と押忍!番長。

SEAMOの特に好きなパチスロ機種は北斗の拳押忍!番長です。

MEMO
楽曲・無想転生はパチスロ北斗の拳の主人公であるケンシロウの必殺技・無想転生をオマージュしている。

マタアイマショウでブレイク後の苦悩

SEAMOとして2005年にメジャー再デビュー後、2006年にマタアイマショウルパン・ザ・ファイヤーの大ヒットに紅白歌合戦出場、2008年に日本武道館単独ライブを開催するなど、順風満帆なアーティスト生活でした。

SEAMO

今まではリリースすれば当たり前のように売上ランキング上位にランクインしていた。しかし、徐々にその当たり前がなくなっていった。

しかし、きっかけもなく徐々にCDセールスやライブ動員が減っていきました

SEAMO

特に辛かったのはレコード会社を移籍した2012年頃で、マネージャーがいない時期もあった。

2012年にレコード会社を移籍しますが状況は変わらず、SEAMOは孤独に曲を作り、レコード会社の社員はSEAMOのセールスが伸びない原因を押し付け合う、負の連鎖が陥りました

シーモネーターとは?

STEP.1
1995年
シーモネーター名義でラッパー活動を開始。
STEP.2
2002年
 4月24日にシーモネーター&DJ TAKI-SHIT名義でシングル・浪漫ストリームをリリースしメジャーデビュー。
STEP.3
2003年
突如レコード会社から契約解除、事実上の活動休止となる。
STEP.4
2011年
SEAMOのベストアルバム・コラボ伝説シーモネーター名義の新曲・S.ex. with TSUCHIYA ANNA and SUGA SHIKAOが収録される。

シーモネーターはSEAMOに改名以前のアーティスト名義です。

SEAMOとは音楽性が異なり、放送禁止用語連発の下ネタラップです。

SEAMO

当時はメジャーデビューがしたくて必死だった。

当時のSEAMOはメジャーデビューしたいという気持ちが強く、レコード会社の肩書きがある人にガムシャラに営業をしていました。

その努力が実り2002年に念願のメジャーデビューを果たしますが、約1年でメジャー契約を解除されます。

SEAMO

メジャー契約の解除は大きな挫折だった。

不完全燃焼に終わったSEAMOはメジャー再デビューを目指してライブ、営業活動に明け暮れ、2005年にシーモネーターからSEAMOに改名し、メジャー再デビューを果たしました。

MEMO
下ネタギャグ漫画・行け!!南国アイスホッケー部とターミネーターを合わせたことがシーモネーターの由来。

SEAMOのファッションのまとめ

 

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SEAMOのファッションは、ラフ目なカジュアルスタイルとジャケットを使ったフォーマルスタイルを使い分けています

ライブではフォーマルスタイルが多く、特に着用頻度の多いアイテムは帽子です。

キャップも被りますが、特に多いのはハットで、つばが広いタイプのハットを愛用しています。

あまりB-BOYライクなファッションをしないことも特徴です。

シーモネーターは裸に天狗のお面が正装

シーモネーター名義で活動する際、正装は全裸、もしくは海パンに股間は天狗のお面、サングラスです。

SEAMOに改名後も伝説の男としてパフォーマンスをしていますが正装に変更はなく、シーモネーターSEAMOの盟友という関係です。

SEAMO

シーモネーターは生き続けている。

シーモネーターとして活動を開始して20年以上が経過した現在も、楽曲同様にド派手でユーモアに富んだファッションは健在です。

MEMO
2019年に10月9日が「天狗の日」として日本記念日協会に記念日登録された。

SEAMOの現在

SEAMO

リスナーからすると「あの人は今」という感覚だと思う。

SEAMOは2012年以降、シングルはリリースしておらず、ヒット曲もありません

しかし、ペースこそ落ちていますが、ツアーや客演参加、アルバムリリースはコンスタントに続けています。

SEAMO

辞めていった人たちの分まで、またブレイクを狙う。

SEAMOと同世代のアーティストはほとんど音楽から離れています。

そんな音楽を辞めた仲間に勇気を与えるため、SEAMOは再ブレイクを狙って活動中です。

SEAMOのラップスタイル

ラップスタイル
  • ラブソングから下ネタ、競馬やパチスロなどのギャンブルまで幅広いリリックのトピック
  • 早口から歌メロまで対応できる柔軟なフロウ
  • 天性のポップ感覚

SEAMOのラップスタイルはラブソングから下ネタ、ギャンブルネタまで幅広いリリックのトピックと、リリックやトラックに合わせて柔軟に使い分けるフロウが特徴です。

SEAMO

自分のスタイルはヒップホップとしては邪道だと思っている。

世間一般では「SEAMO=ラブソング」というイメージがあり、ヒップホップシーンからはセルアウトと敬遠されがちなスタイルです。

ですが、フロウやリリックのレンジの広さとスキルの高さがヒップホップシーンでリスペクトされています。

また、ルパン三世のテーマや米米クラブの浪漫飛行をサンプリングするなど、従来のヒップホップ感に囚われない天性のポップ感覚も魅力です。

自由な音楽性に惹かれてラップを始める

SEAMO

子供の頃、音楽の授業が嫌いだった。

リコーダーが吹けず歌が下手だったSEAMOにとって、子供にとって音楽をプレイする唯一の場所である学校の音楽の授業が嫌いでした。

SEAMO

音楽を聴くことは好きで、ヒップホップは自分ができる音楽だと思った。

しかし、ヒップホップに出会うと、好きなビートに好きな言葉を乗せて、正解のない自由な音楽性に、

SEAMO

俺もヒップホップをやりたい!

と、衝撃を受けました。

ラップを始めたSEAMOはアメリカのニューヨークやロサンゼルスに行くなど、本格的にヒップホップカルチャーにのめり込んでいきました。

SEAMOのおすすめの楽曲【厳選3選】

SEAMOの心揺さぶられるエンターテイメント性溢れる名曲を厳選して3曲紹介します。

SEAMO / マタアイマショウ

着うたでダブルミリオンダウンロードを達成したSEAMOの代表曲です。

愛する人との別れを歌ったラブソングで、哀愁溢れるメロディアスなフロウとリリックは必聴です。

SEAMO

今まで見た事ない 泣き顔を見て 僕は君の手を 握ってた この手を離せば もう逢えないよ 君と 笑顔で別れたいから言う マタアイマショウ マタアイマショウ

SEAMO / ルパン・ザ・ファイヤー

大人気アニメ・ルパン三世のテーマ曲・ルパン三世のテーマを大胆にサンプリングした楽曲です。

ルパン三世の実際のセリフをオマージュしたリリックとアッパーな曲調は、往年のアニメファンからヒップホップヘッズまでテンションが上がること間違いなしです。

SEAMO

Let me show your my everything 夢のこのファンタジー見てな 今こそ走る時なんだ (It’s show time)

SEAMO / Continue

エドワード・エルガーの威風堂々第1番をサンプリングした楽曲です。

力強く背中を押すリリックは、これまで苦労してメジャーデビューに至ったSEAMOだからこその説得力があります。

SEAMO

負けたら終わりじゃなくて やめたら終わりなんだよね どんな夢でもかなえる魔法 それは続けること 苦しみ 悲しみ その先見える光 自分の道 ずっとずっとコンティニュー

SEAMOの仲の良いラッパー

仲の良いラッパー

SEAMO

名古屋は全国で珍しいほどポップとハードコアなアーティストの仲が良い。

名古屋はSEAMOやnobodyknows+、HOME MADE家族などのポップなヒップホップアーティストから、AK-69TOKONA-Xなどのハードコアなヒップホップアーティストまで役者揃いです。

他地方であれば水と油のように混じり合うことがあまりないですが、名古屋はポップ、ハードコア関係なく交流が盛んです。

SEAMO

実はPHOBIA OF THUGなどと一緒に曲もやっている。

話したり交流があるだけでなく、ハードコアな名古屋のアーティストと楽曲でも共演しています。

現在でも名古屋のヒップホップアーティスト、ロックバンド問わず交流があります。

AK-69

SEAMOさんとは同じダイヤモンドクルーに所属していた。

AK-69

当時シーモネーターとして活動していたSEAMOとAK-69は、下ネタラッパーとギャングスタラッパーというジャンルは正反対ですが、同じダイヤモンドクルーに所属していました。

俺がラップを始めた頃には、SEAMOさんは天狗のお面を付けていた。

AK-69

ジャンルは違えど名古屋の黄金期に活躍した2人は、お互いにリスペクトの気持ちを持っています。

シーモネーターはだいぶイケていた。

AK-69

AK-69は同じヒップホップでも正反対の音楽性のSEAMOをリスペクトしていることから分かるように、名古屋はかなり特殊な地区です。

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