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Mummy-D(マミーディー)の年齢・身長・生い立ちは?ラップが天才的にうまい!

画像の出典は全て本人のInstagramまたはTwitter

日本のHIP HOP黎明期から活動を続け、質の高い韻を踏み続け30年・・・

ベテラン凄腕ラッパーのMummy-D(マミーディー)とRHYMESTER(ライムスター)についてまとめました。

Mummy-Dのプロフィール

 

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出生名坂間大介
アーティスト名Mummy-D(マミーディー)
年齢1970年4月14日(現在50歳)
身長173cm
血液型A型
出身地神奈川県横浜市
事務所ビクターエンタテイメント
レーベルstarplayers Records
公式サイトhttps://www.rhymester.jp

Mummy-Dは1970年4月14日生まれの現在50歳です。

神奈川県の横浜市出身で1989年、宇多丸とともに「RHYMESTER」を結成します。

当時、日本ではあまり馴染みのないHIP HOP文化をどう日本に定着させていくか試行錯誤し、開拓牽引してきた第一人者です。

2004年からソロとして活動していて、ギターユニットとラップで構成された「マボロシ」を結成し2008年までに3枚のアルバムをリリースしています。

現在はアーティスト活動のみならず、舞台役者やドラマ出演、CMやナレーターとマルチな才能を発揮し活躍の場を広げています。

小学時代

小学6年生の時、マイケル・ジャクソンのムーンウォークに感銘を受けブレイクダンスに興味を持つ

STEP.2
中学時代

校風が悪く、暴走族やヤンキーが多い学校に通っていて肩身の狭い学生生活を過ごします。

STEP.3
高校時代はサッカー部

高校ではサッカー部に所属しながらバンドを組みギターを担当、高校2年から3年生の間に、近田春夫タイニーパンクスの影響を受けHIP HOPにのめり込みます。

また、HIP HOPの活動では「DJスペースシャトル」と名して、弟の広平さんと共にステージに立つこともありました。

STEP.4
早稲田大学へ

早稲田大学に入学し、早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシーサークルに入会します。

同サークル所属の佐々木士郎(宇多丸)と出会い、本格的にHIP HOPの道を歩み始め、後にRHYMESTER(1989年)を結成します。

宇多丸のプロフィール宇多丸の年齢・身長・生い立ちは?【RHYMESTER】
STEP.5
大学卒業後

RHYMESTERの活動と並行して桑沢デザイン研究所でデザインを学ぶ

MEMO
RHYMESTERの活動と並行して、当時所属していたレコード会社でCDジャケットのデザイン作成に携わっています。

Mummy-Dの由来は三つの意味が

Mummy-Dの名前は下記の三つの意味が込められています。

  1. 中学時代のあだ名「マミー」
  2. 酔っ払い(Drunk)
  3. 本名の「大介」を意味する「D」

Mummy-Dの学歴は超一流!早稲田大学出身

Mummy-Dは学歴が非常に高いことでも有名です。

高校は偏差値68の進学校の神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校で、大学は早稲田大学政治経済学部政治経済学科で偏差値69という高学歴です。

Mummy-Dはすでに結婚して子供もいる

2006年9月23日に一般女性と結婚し、翌年11月25日に第一子(男の子)が誕生しています。「生まれた瞬間、恥ずかしながらボロボロ泣きましたです。」と語っています。

Mummy-Dがラップを始めたきっかけはブレイクダンス

Mummy-Dがラップを始めた一番のきっかけは、ブレイクダンスです。

ブレイクダンス感銘を受けそこから徐々にHIP HOPを好きになっていきます。

MEMO
中学性の頃はダンス部に入りたがったが、暴走族が支配していたので入部を断念、昼休みに体育館でこっそり練習をしていた。 

Mummy-Dってどんな人?

Mummy-Dの恋愛や趣味などについてまとめました。

Mummy-Dの好きなブランドはadidas(アディダス)

昔はスポーツブランド(主にadidas)を使ったファッションを好んでいて、ストリートブランドの雑誌WOOFIN‘で表紙を飾ったこともあります。

現在は落ち着いたファッションで、年齢を重ねるごとに大人として魅力が増しています。因みに時計はG-SHOCKです。

Mummy-Dの趣味は日本史

歴史の本をもらったのがきっかで興味を持つようになったようで、日本の歴史と地理にとても詳しいです。

また、写真を撮ることが好きで自称「写メラマン」と呼んでいるそうです。

Mummy-Dについてもっと詳しく知りたいならブログがおすすめ

2006年3月6日から、個人でなくRHYMESTER3人でブログを運営しています。

Mummy-D本人は同年3月8日から書き込みし、初投稿記事「BLOGはつらいよ」と題しブログのログインから手こずった情報や、そもそもブログとは何かの意味を調べ持論を述べたりと、Mummy-Dらしいユニークな文章で構成されています。

最近の記事ではツアーで訪れた都道府県の観光名所、グルメ、ぶらり旅の情報を文章と写真付きで投稿しています。

本人の趣味である歴史、写真がこのブログで触れることができます。

Mummy-Dの恋愛話

頭が良く、見た目も良いMummy-Dですが意外にも女性運が悪くフラれ続けた過去があったようです。

エピソード1

中学1年生の時、気になっていた女の子と文通でやり取りをしていて、その内容が「ほかの男の子がきになる」「あの男の子はやさしい」といった彼を試すような内容でした。当時のMummy-Dは「やさしい男がモテる」と確信していたため、男の度量を見せるためにも彼の事を褒めていたようですが「ただ、やさしいだけの男はつまんない」という理由でフラれてしまいます。

中学、高校と彼女はできたものの大半はふられてしまい、プロポーズを断られたそうです。

賢く、イケメンのMummy-Dですが恋愛に関しては苦い学生生活を送っていました。

RHYMESTER(ライムスター)とは

 

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1989年に結成されたRHYMESTERはメンバー交代を経て、現在は下記の3人のメンバーで構成されています。

  1. Mummy-D(MC)
  2. 宇多丸(MC)
  3. DJ JIN

HIP HOPの黎明期を3度経験している唯一のグループで、HIP HOP界の重鎮と呼ばれ、ライブパフォーマンス、ラップスキル、多彩な楽曲に定評があります。

メンバー各々がライター業や映画評論、ラジオやCM出演、ファッション誌の表紙を飾ったりマルチな才能を発揮しています。

その中でもMummy-Dの存在は大きく、革新的な音楽を探求し続け、ラップのみならずサウンドプロデュースやトラックメイクとRHYMESTERのヒット曲を数々と生み出してきました。

RHYMESTERの曲を聴くと、質の高いトラックが多くあることに気づかされMummy-Dの凄さを感じることができます。

RHYMESTERのデビューアルバムは「俺にいわせりゃ」

アルバムの中から一曲です。

誰もが思った事のある「ヒガミ」の部分に焦点をあてた曲になっています。

当時RHYMESTERは、日常の会話や出来事をおもしろく描くタイルで作曲していて、現在のような社会や政治に関する曲作りを目指していませんでした。

他にも「星に願いを」や「あわよくばパワー」は、男の本性をみせた最低でおもしろい曲になっています。

RHYMESTERの代表曲は「B-BOYイムズ

レーベル「インディペンデントレーベル」から出された音源「B-BOYイムズ」です。

この曲はRHYMESTERの思想を集約させる曲で、当時大きくなり過ぎたHIP HOPファンを一つにまとめる曲となり歴史的に重要な楽曲となりました。

この曲で一気に知名度があがり、HIP HOPファンのみならず幅広いジャンルの層へ知れわたりました。

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RHYMESTER、デビューまでの道のり

STEP.1
RHYMESTER結成
1989年に宇多丸RHYMESTERを結成
STEP.2
インディーズデビュー
1993年にインディーズデビューを果たすが、当時の日本ではHIP HOPに馴染みや市場がなかったため、6年間芽がでず、ツライ時期を過ごす。
STEP.3
B-BOYイムズをリリース
1998年にリリースしたB-BOYイムズ大ヒット
STEP.4
メジャーデビュー
2001年に「ウワサの真相」でメジャーデビュー

RHYMESTERの活動は最初から上手くいったわけではありませんでした。

なんと6年間もの間、苦悩を続け活動していました。

それでも諦めず、「世間でウケないのはなぜか?」「市場がないならどう開拓していくか」メンバーと散々話し合いを重ねながら活動を続け、1998年にリリースしたB-BOYイムズ大ヒット、2001年に「ウワサの真相」メジャーデビューを果たします。

RHYMESTERのメジャーデビュー曲「ウワサの真相」

MEMO

Mummy-Dは「今辞めたらカッコ悪い」と意地になって続けていた。と語っています。

Mummy-Dのラップの特徴はきれいな韻と強いメッセージ性

Mummy-Dを含めRHYMESTERの楽曲は、韻を踏むだけの歌詞とは違い強いメッセージ性を感じられる作品の内容が多いです。

Mummy-Dのラップのリリックはきれいな韻で、言葉一つ一つが聞き取りやすく、HIP HOPに興味がない人にでも受け入れやすいといった特徴があります。

これはHIP HOPが根付かず、なかなか受け入れられなかったツライ6年間の試行錯誤によって生まれたものだと思います。

ガラパゴス

この曲は「日本人のHIP HOPには違和感がある」という主張に対して作った曲で、

HIP HOPの進化を見せつけるため、歌詞での反論はもちろんラップ、曲全体で主張する構成となっています。

ストレートな歌詞や独特な機械音、シリアスさを感じさせる雰囲気と多彩な音作りの組み合わせがかっこいいです。

日本のHIP HOPを牽引する彼らのプライド、責任感で生まれた曲だと推測できます。

Future Is Born feat.mabanua

歌詞の内容はHIP HOP誕生の歴史や過去、現在、未来が新しく生まれ変わり続けることの大切さを語っているように感じます。

曲調はファンクテイストでノリが良く、思わず踊りだしたくなるような曲です。

HIP HOPの第一線で活躍してきたRHYMESTERが未来を見据え、新しい世代に対する希望を歌う曲に感じます。

Mummy-Dと他のアーティストとのコラボ

KREVAZEBRRADABO童子-TといったHIP HOP界のアーティストからFIRE BALLRYO the SKYWALKERといったRagge界と、ジャンルを超え様々なアーティストとコラボしています。

また一青窈安室奈美恵といった大物アーティストともコラボしています。

2009年11月25日に発表したスガ シカオとの楽曲「はじまりの日」は、オリコンチャート11位を獲得しました。

この曲は、HIP HOPらしい4つ打ちのサウンドに、スガ シカオのファンキーな歌声とMummy-Dのラップが絶妙に絡みあう楽曲に仕上がっています。

その他には、椎名林檎RIP SLYMEの作品もプロデュースしています。

Mummy-DのマブダチはKREVA

KREVAとは数多くの楽曲を作ったりライブに出演したりと、交友が深いと考えられます。

また、有名な話ではラップをやめようとした盟友の童神-Tに、「俺が代表曲を作ろう」と宣言し提供した「少年A」が大ヒット、彼の出世曲となりました。

盟友に対する熱い思いが男らしくてカッコいいです。

Mummy-Dがドラマに出演?

2005年1月10日、17日に放送された「ゲームの<規則>」という特殊詐欺に関するドラマで俳優デビューを果たします。

本人は、詐欺組織のトップに君臨する頭脳と凶悪性を感じさせる雰囲気をもった藤田役を演じました。

その他にも、2015年11月7日から放送された「トランジットガールズ」や2017年1月17日から放送された「カルテット」、2018年9月7日に放送された「dele」に出演しています。

ドラマ初挑戦の際は、現場で飛び交う専門用語が理解できず戸惑い、現場の雰囲気に飲まれうまく演じきれなかったことを語っています。

後に俳優の光石研から受けたドバイスを糧に気持ちを切り替え、「カルテット」への出演オファーを獲得しました。

学生時代と変わらず高みを目指し、挑戦し続ける姿がとてもカッコいいです。

Mummy-Dの評価

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