MonyHorse家族、仲間、料理。日々の楽しさをラップにする
MonyHorse(モニーホース)は、フィリピン生まれ、東京都北区王子育ちのラッパー。YENTOWNと、PETZ・JNKMNとの3人組MONYPETZJNKMNで活動し、ソロでは「City」「Look Up」「SUSUME」などを発表してきた。
家族や仲間、スタジオへ向かう道、おいしいものを作って分け合うこと。特別な言葉へ飾り直すより、身近な日常をそのままラップへ持ち込む。2025年の「MONIBUM 2」やYENTOWNの「Y.E.N.」にも、その感覚は続いている。
CHAPTER 01 / SECTION 01MonyHorseのプロフィール
出生年は1994年。フィリピンで生まれ、日本へ移り住んで王子の団地で育った。国籍もフィリピンと紹介されてきたが、現在の国籍を新たな手続きまで含めて確認したものではない。出身地、育った街、国籍はそれぞれ別の情報として扱いたい。
大阪を拠点にしていた時期もある。2023年のsmartの取材では、父の仕事をきっかけに実家が大阪へ移り、大阪は第二の地元だと説明している。過去の紹介だけで、現在もずっと大阪在住だとは決められない。
CHAPTER 02 / SECTION 02フィリピンから王子へ、KOHHとの出会い
原記事は、母が17歳のときに生まれ、幼い頃に母が日本へ働きに来ていたことを紹介している。幼少期を語る作品として挙げられたのが「2019~」だ。父が薬物に手を出したこと、母の再婚、2004年に日本へ来たこと、日本語を新しい父と勉強したことが、曲を紹介する中で語られていた。家族の健康や犯罪を、歌詞だけから現在の確定事実に広げるものではない。
新しい父にクリスマスのプレゼントとして任天堂のゲームを買ってもらった思い出もある。学校で肌の色を理由にいじめられたことや、半年ほどで立場をひっくり返したと話した内容、両親がお金のことで争った際に同じ団地の年長者の家へ避難した話も、原記事に残る当時の紹介だ。華やかな現在だけでは見えない生活の背景として、本人の作品や回想への帰属を保って読みたい。
ラップの入り口は、同じ王子の団地を通じて知り合ったKOHH(現在の千葉雄喜)だった。17歳頃、突然ラップをやりたくなって連絡し、詞の書き方を一から教わったという。それまでは洋楽を聴いていて、ラップを作る側ではなかった。2020年のGQでは、夜に仲間へ連絡し、スタジオで朝まで曲を作る日課も話していた。スタジオでふざけながらフリースタイルを重ねるうち、その面白さにのめり込んでいく。
ニートtokyoが公開した本人の取材動画。曲のMVではなく、ラップを始めた頃をたどるためのインタビューだ。
KOHHをプロデュースしていた318とも活動し、GUNSMITH PRODUCTIONに所属した。318とKOHHがmixiを通じてつながったという原記事の紹介も、地元から制作の場が広がる経緯の一つだ。2012年には二人の「We Good」が、ミックステープ「YELLOW T△PE」に収録される。
CHAPTER 03 / SECTION 03結婚歴と子供について
原記事は結婚し、当時2人の子供がいると紹介していた。2020年のGQの取材でも、子供が学校から帰ってくるのを待ちながら家事をし、一緒にアイスクリームを作る日常を話している。同年5月の原記事掲載の投稿にも、子供たちのためにアイスクリームを作ったことが残る。妻がいるのでクラブへあまり行かないという、過去の発言も紹介されていた。
一方、原記事に保存された離婚への言及は、2021年2月3日付の短い投稿だった。本文の「3月」とは日付が食い違う。投稿だけで手続きの完了やその後の婚姻状況まではわからず、子供を抱く写真や女性と写った写真だけで結論を出すこともできない。2023年のsmartの取材では、2022年に息子が生まれたことも本人が話している。古い「2人」という人数を、そのまま現在の人数にすることは避けたい。
CHAPTER 04 / SECTION 04服とタトゥー、名前の由来
名前は、もともと付けようとしていた「Mony」と、好きだったフィリピンのビール「Red Horse」を合わせたもの。KOHHが名付け親だと紹介されている。モニホという呼び方にも、仲間との近い距離感がある。
服ではSTUSSY、HYSTERIC GLAMOUR、SKINS、Chuuni、SKOLOCTが原記事に挙がっていた。SKINSのジーンズ、HYSTERIC GLAMOURのスタジャン、NIKEのスニーカーなど、ストリートの服を少し外して組み合わせるスタイルとして紹介されている。SKINSはWILYWNKA、PETZ、Awich、OZworldらも着用するブランドとして取り上げられていた。
GQでは、U-LEEからもらったNasのプリントが入ったSTUSSYのTシャツを気に入っていると話した。ブランドの名前だけでなく、好きなラッパーと、服をくれた仲間が一枚のTシャツに重なっている。
タトゥーは、原記事によると17~18歳頃に右手へ彫った「GSPsaluto」から始まった。GUNSMITH PRODUCTIONにちなんだ文字だ。上半身や腕の龍と菊、腹部の達磨、左脚の龍や天女などが紹介され、背中の動物は象のように見えるという記述だった。動物の種類を確定したものではない。
父から増やさないように言われても増えていき、本人はライフワークとして話していた。2015年の投稿にはEASYINKの記録があり、渋谷のスタジオで彫った部分もあると原記事は紹介している。2020年のGQでも、月に一度、背中の入れ墨を進めていると話した。いずれも当時の記録だ。
指の「420」についての本人取材動画。原記事は、ほかのタトゥーにはほぼ意味がない一方、この「420」だけは意味を持つという本人の説明を紹介していた。KOHHに彫ってもらい、ジョイントを受け渡す手で目立つことを考えたという、当時の意図だ。本人が語った当時の意図と、外からタトゥーの意味を推測することは分けておきたい。
CHAPTER 05 / SECTION 05モニチキと料理
料理は、音楽とは別の顔というより、好きなものを人と分け合う活動の一つだ。2020年のGQでは、YouTubeでご飯や菓子の作り方を見て実際に作ることにハマっていると話した。その後、練馬で2017年に開店したGOOD MUNCHIESと「モニチキバーガー」を作り、原記事では2021年10月の福岡と東京でのケータリングが完売したと紹介している。
2022年2月には三軒茶屋にMONICHIKI HOUSEがオープンした。メニューの監修はGOOD MUNCHIESのオーナーシェフIKKI。smartで本人が話した始まりは、沖縄の米軍基地内で食べたフライドチキンを気に入り、こんなものを広めたいと試作を頼んだことだった。何度も作るうち形になり、音楽での出会いが店舗につながった。
店名にも大げさな構想が先にあったわけではなく、周囲の提案を面白がって受け入れたという。本人を知っているファンだけでなく、知らない人にも来てもらい、腹いっぱいになって帰ってほしい。実家の庭で一週間料理やBBQを楽しんだ話にも、まず自分で試し、楽しさを共有する姿勢が表れる。
CHAPTER 06 / SECTION 06MonyHorseのMBTIを編集部が考察
編集部ではESFPを候補に考える。本人が公表した診断結果ではない。smartで語った、気に入ったビートへ自然に乗る曲作り、食べておいしいと思ったものを実際に作って共有する流れ、周囲の反応を楽しみながら名前や店の形を決めた話を根拠にした推定だ。
先に理論を固めるより、具体的に試し、人と楽しさを分け合うことから次の制作へ進む点を重視している。一方、GQでは自分の好きなことを好きなように続けるとも語っており、内側の好みを軸にするISFPという読みもできる。公開された仕事の姿だけで性格全体は決まらず、家族、薬物、タトゥーを性格診断や犯罪の推定材料にするものではない。
CHAPTER 07 / SECTION 07ソロとクルーの作品の歩み
2019年10月25日、ソロ初アルバム「TBOA JOURNEY」を発表した。エグゼクティブ・プロデュースはHIBRID ENTERTAINMENTの3ch。DJ JAM、U-LEE、DJ BULLSETらも制作に参加し、SANTAWORLDVIEW、Young Coco、Kenayeboi、AWSM.らを迎えた。12曲の旅を最後に「City」で結ぶ。
一部の過去の紹介には2020年の発売とあるが、正規配信の「TBOA JOURNEY」は2019年10月25日付。2020年の「TBOA JOURNEY EVO」とも区別したい。その後、2021年「Hungry」、2022年「MONIBUM」、2025年3月7日「MONIBUM 2」へと作品を重ねた。
「MONIBUM」はKOHHが題名を提案し、U-LEEと約3年かけて作ったと本人が話す作品だ。「MONIBUM 2」もU-LEEが総合プロデュースを担い、JJJが「Trash Talk」を制作。¥ellow Bucks、WILYWNKA、LEX、Benjazzy、Lil Ash 懺悔、NENE、柊人らを迎え、12曲を収めている。
2025年6月25日には、結成10周年のYENTOWN初アルバム「Y.E.N.」も発表。クルー内のラッパーとプロデューサーで作った作品で、ソロの曲とは違う仲間同士の組み合わせを聴ける。同年10月のIO「JUST ALBUM RELOADED」には「1942」のリミックスでCFN Malikと参加し、2026年4月の「THE ONE (Live at 日本武道館)」には複数のラッパーと歌った「City of Dreams」のライブ版が収録された。元のスタジオ版とライブ録音は別の版だ。
CHAPTER 08 / SECTION 08MonyHorseの曲を聴く
「2019~」――自分が来た道をたどる
3chが制作し、「TBOA JOURNEY」に収められた曲。MV監督はNAKK AYNIE。原記事では、1994年の誕生から、日本に来て言葉を覚えた頃までをたどる作品として紹介されていた。
家族の事情や新しい生活を、現在の本人へ続く時間として並べる構成だ。普段の暮らしを歌う曲の前に、そこへ至る道のりを置くことで、「今」の日常も初めから用意されていたわけではないとわかる。歌詞を家族の診断書や現在の生活の証明にするのでなく、本人が作品で過去をどう語ったかとして読みたい。
「We Good」――KOHHと始めたラップ
2012年11月28日発表のKOHH「YELLOW T△PE」に収録。GUNSMITH PRODUCTIONの案内とともに公開され、映像はEillyhustlehardが監督した。団地でつながった二人が、一緒に作る側へ進んだ初期の記録だ。
同じミックステープには、二人の「Faded (Remix)」やMonyHorseの単独曲も並んでいた。一度の共演だけでなく、曲を持ち寄り、スタジオで試す環境があったことが伝わる。後年のソロ作品から入り直すと、この時期から続く相棒との関係も見えてくる。
「長旅 (intro)」――初アルバムの入り口
「TBOA JOURNEY」の1曲目。本人作詞、3ch作曲の公式音源で、アルバムの発表日は2019年10月25日と記されている。映像作品のMVではなく、正規配信された曲の音源だ。
「長旅」の入り口と、終曲「City」の日常が同じアルバムにある。遠くへ出ることだけを旅とせず、今いる場所まで歩いた時間も一枚の中へ置く構成としてたどれる。曲名と曲順にも、アルバム全体をたどる手がかりがある。
「City」――日常こそ幸せの形
「TBOA JOURNEY」の終曲。ビートはU-LEEと100KiloGramsの共作で、MVをYouthQuakeが手がけた。YouthQuakeをそのまま作曲者とする紹介は、映像と音楽の担当を混同している。原記事はMVの出演者としてYENTOWNの仲間、Young Coco、KOHHも挙げていた。
大きな成功を誇る前に、誰と遊ぶのかを決める。朝に体を起こし、スタジオへ向かい、仲間へ電話するという詞の具体的な日課が、その一行を支えている。幸せを遠い目標として置くのでなく、今の生活の中で確かめる曲だ。
「Oinukasu」――動き続ける時間
2019年9月9日の先行シングルで、3chがプロデュース。MVはCharlie Ehrmanが監督した。原記事では、2021年の取材でも本人が代表曲の一つとして挙げた作品と紹介している。
原記事に掲載された詞は、時間が止まらないこと、好きなことにお金を使い、家族や仲間のためにまた作るという内容だった。追い越すという題名も、誰かへの優越だけでなく、止まらない時間の中で手を動かす姿勢と結び付く。当時の紹介に残る趣旨をたどり、未確認の歌詞を新しい逐語引用にはしていない。
「Look Up」――一度きりの時間から空へ
2021年1月のシングル。U-LEEが制作し、YUTOがMVの監督・撮影を担当した。「MONIBUM」にも収録されている。
一度しかない人生と輪廻転生を続けて置き、また会えたらいいという言葉へ進む。目の前の時間を惜しみながら、別れで全部を閉じるわけでもない。空、コーヒー、仲間への電話といった身近な場面が、大きな人生観を日常の手触りへ戻している。
「I Know」――お金と並べて思い出を数える
「MONIBUM 2」の冒頭曲。MonyHorseが詞を書き、U-LEEが作曲・プロデュースした。MV監督はShammond Shorterで、衣装にはBOTTとFAFが協力している。
お金を否定するのでなく、それだけでは増えないものを先に置く。誰かを見下げることより自分を上げること、表面の感情より本心と愛情を選ぶという詞の流れも、この比較に続いている。題名を繰り返すときも、知識をひけらかすより、自分が大切にすることを確かめる言葉として読める。
「ラフな方が好き (feat. MonyHorse, JNKMN & kZm)」――クルーで共有する気楽さ
「Y.E.N.」収録の共作。MonyHorse、JNKMN、kZmが詞とラップを担当し、DJ JAMがプロデュースした。ここに置いたのは権利者配信の公式音源で、MVではない。
服をいろいろ持っていても、選ぶのは白いTシャツ。他人のことばかり気にする態度と、ラフに生きたいという感覚を対照させ、スタジオや仲間の名前へ話を広げる。個人の好みがクルーの普段の風景へつながるところが面白い。担当行の公開された区切りは確認できないため、この短句を特定の一人のヴァースと決めず、共同曲の言葉として読んでいる。
「CBD feat. MONY HORSE」――商品との共同企画
2021年3月、VapeManiaのNagomiとのCBD WAXのコラボに合わせて発表された、KOHHとの共作。販売側が公開した、商品とのタイアップを含む公式映像だ。原記事では限定1000個の販売と完売、再販、同年9月のBlack Berry OGというフレーバーも紹介していた。
友人同士の曲作りと、ブランドとの制作が同じ企画に入っている。映像の公開元と商品協業を明確にして読むことで、通常のソロ曲とは違う成立の仕方がわかる。2026年2月に正規配信されたKOHH「Yellow Tape 5」にも「CBD feat. Mony Horse」が入るが、過去の映像とその収録版が同じ録音かは未確認だ。当時の販売状況を、現在の在庫や商品の効能の説明へ置き換えるものではない。
「TOKYO KIDS (feat. IO & MonyHorse)」――東京の街を世代の違う歌とつなぐ
DJ TATSUKIが2022年5月27日に発表した曲。美空ひばり「東京キッド」を許諾を得てサンプリングし、MET as MTHA2がトラックを制作した。北区のMonyHorseと世田谷区のIOという、東京で育った二人を迎えている。MVには映画「東京キッド」の映像も使われた。
争いを表すBeefを、料理の名前へひっくり返す。東京の街を大きく掲げながら、詞には自分たちの店や王子の地名も出てくる。昔の東京を歌う声と、現在の暮らしを重ねる企画が、食べに来てという身近な誘いへ着地するところが面白い。共同曲全体の詞として読み、掲載歌詞にない細かな歌唱分担を補ってはいない。
同年11月19日のリミックスはZeebraと般若が歌う別版。MonyHorseの歌唱版として紹介するものではない。美空ひばりの息子と以前からつながりがあったZeebraが、サンプリングの実現をつなぎ、後にリミックスにも参加したという経緯がある。
CHAPTER 09 / SECTION 09MONYPETZJNKMNと仲間たち
MONYPETZJNKMNは、MonyHorse、PETZ、JNKMNの3人組。PETZとChaki Zuluがイベントで出会い、JNKMNらとつながった流れからYENTOWNが生まれ、2015年に3人での活動が進んだ。2016年に「上」「下」「轟」、2017年5月に初フルアルバム「磊」を発表している。
「Higher Part II」――3人がつながった初期の曲
MonyHorse、PETZ、当時Junkman表記のJNKMNによる2015年の曲。Chaki Zuluがプロデュースし、Kentaro Fujiwaraが映像を監督した。後のMONYPETZJNKMNにつながる組み合わせを、曲として残した作品だ。
原記事では、KOHHの家兼スタジオへ来ていたPETZとMonyHorseをJNKMNが引き合わせ、MonyHorseがGSPを離れた後にクルーへ誘ったと紹介していた。個々の友人関係を、3人で作る音楽へ変えた段階として聴きたい曲である。
「SHADDAN」――MONYPETZJNKMNとして聴く
YENTOWNが公開した、Chaki Zuluプロデュースの3人組の曲。ソロのMonyHorseだけでなく、PETZ、JNKMNと声を持ち寄る名義の代表例として、原記事にも置かれていた映像だ。
原記事は3人のスタイルをストーナーラップと紹介し、作品の中に大麻を扱う表現が多いことも取り上げていた。音楽上の題材や本人の過去の投稿を、現在の行為や逮捕歴の推定に広げることはできない。原記事に残る2016年の投稿は、妻の母にWEEDについて知られたという内容だった。これも当時の投稿の要旨であり、現在の行為を示すものではない。
HIP HOP DNAの3人への取材。原記事では、ラップ以外で事業をするならという問いに、大麻産業、占いの館、ラーメン屋という答えが並んだことを紹介していた。曲ではないが、3人の違いや、普段の距離感が伝わる話題だ。
JNKMNは10代の頃から知る相手で、「大二君」と呼ぶ存在。クラブへ一緒に行き、音楽の刺激をくれる兄のような人だと原記事は紹介している。JNKMNもMonyHorseには自分にない才能があると話していた。当時の活動をたどる原記事には、JNKMNの2017年の逮捕と2019年の復帰の記述もあるが、これは別人であるJNKMNの過去についての紹介であり、MonyHorse自身の逮捕歴を意味しない。
大阪と東京で離れていた時期も、MonyHorseが東京へ来ればPETZやJNKMNに連絡して遊ぶ間柄だった。ANARCHYともラップを始めた頃から知り合いで、10代の頃にJNKMNやANARCHYとクラブへ行ったという回想が原記事に残る。年齢の違う仲間の中で、弟のように迎えられた時期だった。
「Some Pot (feat. SANTAWORLDVIEW)」――会ってすぐの共作から
「TBOA JOURNEY」に入る3ch制作の共作。MVはRyoichi Funatoが監督した。原記事によると、「ラップスタア誕生!」に出ていたSANTAWORLDVIEWを気に入り、大阪へ来たとき初対面で曲作りを申し込んだという。
まず相手の音楽を気に入り、会って一緒に作る。その直接的な動き方は、離れた場所のラッパーとも関係を作る。原記事には仲間の大阪移住の話にSANTAWORLDVIEWも誘っていたという冗談交じりの回想があり、後の本人取材でもSANTAWORLDVIEWは大阪の仲間から受けた制作への刺激を語っている。
KOHHとの関係も続く。2014年にはサッカーゲームで8対3で負けたと投稿し、2016年6月には不仲という噂を否定して、ラップを教えてくれた相手への思いを示していたと原記事は紹介している。「リバーサイド・モブ」と呼ばれた仲間のつながり、友人というより家族だという当時の言葉も、二人の距離を伝えるものだ。
VICE Japanが公開した団地とラップシーンのドキュメンタリー。MonyHorseの単独MVとは役割が異なり、地元のつながりをたどる参考映像として置いている。
原記事には2020年1月、ミステリオへ否定的な反応を投稿し、ラップの水準に言及したという記録もある。前年末の番組「MUSIC BOMB」で共演したことと、投稿の理由が結び付くかは不明だ。相手から反応が見つからないことだけで、その後の関係を決めることもできない。当時の発言があったことと、因縁の推測は分けておきたい。
好きな音に乗り、好きな料理を作り、仲間や家族と時間を過ごす。MonyHorseのラップは、そんな日々を続けるための音楽でもある。
Djtube 編集部
