Young Coco西宮から世界へ、仲間と広げるラップの場所
Young Coco(ヤングココ)は、兵庫県西宮市出身のラッパー、プロデューサー。スケボー仲間のWILYWNKAとラップを始め、「KONOMAMA」や「ホンキ!」を発表。千葉雄喜の「チーム友達」の制作にも参加し、2026年には28曲入りの「SEDITION」をリリースした。
歌うだけでなく、ビートを作り、録音し、仲間の意見を聞いて曲を変える。海外の音楽を追いかけながら、関西の言葉や友達との暮らしも手放さない。以前のHIBRID ENTERTAINMENTでの活動から、VERDY SOUNDSでの近作まで、その歩みをたどる。
CHAPTER 01 / SECTION 01Young Cocoのプロフィールと年齢
1997年生まれで、西宮をルーツに持つ。原記事は生年月日を1997年1月12日、本名をシュウタと紹介していた。生年と出身地は2026年の本人取材でも確認できるが、誕生日の月日や本名の漢字まで同じ資料で公表しているわけではない。
原記事の「大阪を拠点に活動」は2021年時点の紹介だ。2025年の取材では東京を拠点にする現在を語り、海外で出会う相手に東京の話から入り、親しくなれば大阪で始めた経緯も伝えると話している。西宮で生まれたこと、大阪で活動を重ねたこと、東京へ移ったことは、それぞれ違う時期の話になる。
CHAPTER 02 / SECTION 02サーフィン、スケボーと音楽の入口
幼い頃から、家族と海へ行く生活があった。父親の影響でサーフィンを始め、家と海を往復する車でヒップホップが流れていた、というのが原記事の紹介だ。開始年齢は原記事の2〜3歳に対し、2025年の本人取材では5歳くらいと振り返っている。幼少期から親しんだ点は共通するが、年齢は回想によって差がある。
原記事は、幼少期のけいれんと頭を打つ心配から両親が路上でのスケボーを禁じ、サーフィンを許していたという話も載せていた。ただし、これは当時の生い立ちの紹介で、現在の病状や診断を示すものではない。
自分でヒップホップを探すようになった入口は、スケボー動画だった。2022年の取材では、小学生の頃、友達と公園で拾ったスケボーに夢中になり、うまくなるために見たYouTubeの背景音楽を繰り返し聴いたと話す。後で振り返るとNasやThe Notorious B.I.G.だったという。2025年には、母親に曲名を教わってEminemの「Sing for the Moment」のCDを買った記憶も語っている。
サッカー部で過ごした中学時代
ニートtokyoの本人インタビュー「諦めたこと」。楽曲MVではなく、中学時代のサッカーについて語った映像として紹介する。
原記事がこの取材から紹介したのは、同学年のサッカー部員が6人だったことと、今もサッカーが好きで、趣味のチームを作りたいという話だ。同学年の人数だけで、部全体の人数や試合に出られなかった事情まで決まるわけではない。音楽一色になる前にも、友達と体を動かす楽しみがあった。
CHAPTER 03 / SECTION 03WILYWNKAとHUSH PLANT
WILYWNKAとは、中学1年の頃にスケートパークで出会った。WILYWNKAの2019年の回想では、二人ともDGKが好きで意気投合し、毎日梅田駅で待ち合わせてストリートへ滑りに行った。追い出されればパークへ移り、夜には近くの100円ローソンでチャーハンを買って食べる。ラップ以前に、そんな時間を一緒に過ごしている。
二人で組んだのがHUSH PLANTだ。原記事は中学卒業の頃に活動を始めたと紹介し、Young Cocoも2021年の取材で卒業の頃に周りから勧められたと話している。一方、WILYWNKAは18歳くらいの頃、Young Cocoからラップをしたいと言われたと回想。2025年のYoung Coco自身の説明は高校生くらいだった。出会った時期と、ラップを始めた時期、二人で本格的に録るようになった時期を、同じ年齢にまとめることはできない。
フックや韻の作り方を教わり、一緒にスタジオへ向かう。初期のラップは、今のスタイルとは違う、少年が背伸びしたようなものだったという。WILYWNKAも当時を、いなたく、生意気なキッズラップだったと振り返っている。「STUPID 6 CORE / HUSH PLANT」という旧映像の紹介も原記事にあったが、ここではその二人組としての経歴を残す。
ラップを続けると決めるまで
HIP HOP DNAの「ラッパーとして本格始動したタイミング(前半)」。渡辺志保を聞き手に、生い立ち、ラップを始めたきっかけ、HIBRIDの仲間との出会いを扱う本人取材だ。
原記事でニート東京の映像として紹介されていた箇所だが、この動画の公開元はHIP HOP DNA。初めて録音した頃の、自分を大きく見せようとする詞を恥ずかしく思うという話も、原記事はこの取材に結びつけて紹介していた。
CHAPTER 04 / SECTION 04音楽へ戻った時期と家族
一直線にラッパーを目指していたわけではない。原記事は、高校時代に音楽への意欲を失い、人には言いにくい仕事をしていた時期を紹介していた。周囲に迷惑をかけたことや、真面目に音楽を続けるラッパーの姿を見たことが、もう一度音楽へ向かう契機だったという。具体的な仕事内容は記されておらず、犯罪名や逮捕歴へ読み替える話ではない。
両親から、音楽で食べられるはずがないと言われた時期もあった。原記事には、働くと伝えながら密かに制作を続け、まだ根拠のない自信を持っていたという経緯が残る。名前が広がるにつれて、家族がライブへ来て応援してくれるようになったという紹介だ。2022年の取材でも本人は、周囲の支えがあって、今度は周りを安心させたいと思うようになったと話している。
作品を届ける場所になったのが、SoundCloudやDatPiffだった。「Trend Setter Boy」のミックステープを重ね、「Sakkaku」「Abe$hi」「KONOMAMA」などが知られていく。台湾、韓国、中国でのライブや海外勢との共演へつながった歩みは、国内で名前が売れてから海外を考えた、という順序だけでは説明しきれない。
CHAPTER 05 / SECTION 05Jin Doggと関西の仲間
Jin Doggとの関係も、最初からレーベルメイトだったわけではない。原記事によると、三つの言語を使い、チカーノを思わせる雰囲気を持つJin Doggに惹かれ、最前列でライブを見てサインを頼むファンだった。2025年の本人取材では、高校生の頃にライブで声をかけ、曲を全部歌えるのでサイドMCをやりたいと申し出たという、さらに具体的な記憶を語っている。
そこから一緒に遊び、家に泊まり、曲を作る仲になった。当初はまだHIBRID ENTERTAINMENTもなく、友達としての付き合いだったという。原記事が紹介したHIBRIDへの加入は、その関係の後に続く出来事だ。シャウトするスタイルに影響を受けた時期もあり、本人は後に、Jin Doggと一緒にシャウトのスタイルを始めたと振り返った。
原記事が交流する相手として挙げていたのは、Kenayeboi、Jin Dogg、JAGGLA、MARZY、WILYWNKA、Shurkn Papの6人。名前を並べるだけでなく、スケボーで遊んだ友達、憧れて声をかけた先輩、スタジオで意見を言い合う仲間と、それぞれの出会い方が曲に続いている。
CHAPTER 06 / SECTION 06服とラップのスタイル
スケーターとして育った感覚は、服にも残る。原記事が着用ブランドとして挙げたのは、KSUBI、Eytys、REPRESENT、NIKE、CHROME HEARTS。ストリートを土台に、モードの服やネイルも取り入れる姿を紹介していた。これは当時の着こなしの記録であり、すべてを今の愛用品や本人の性自認と結びつけるものではない。
音楽では、808の低音や細かなハイハットを使うトラップ、オートチューンによる声の加工、メロディーを持つラップが初期からの特徴だ。原記事は浮遊感のある歌い方や、日本で早くから声の加工を取り入れた一人と評していた。ただ、導入の早さを順位で決めるより、同じ人が歌ものとハードなラップを作り分ける点を見たい。
2021年の「05:56 KOKORO」では、コロナ禍の重い空気の中、聴く人が明るくなれる歌ものへ進んだ。続く2022年の「The quiet before the Storm」は、ライブを意識した荒々しい曲へ。同じ作風を繰り返すのではなく、リスナーがどちらを好むかも確かめる選択だった。ギターの曲やロックにも関心を持ち、浜田省吾の言葉の伸ばし方にも刺激を受けると話している。
CHAPTER 07 / SECTION 07制作のこだわりとMBTI
MBTIはENFPを編集部推定として検討する。本人が検査結果を公表したという意味ではない。根拠は、見た目や私生活ではなく、作品をどう変えてきたかという公の発言に限っている。
「ホンキ!」では、それまでの自分だけが格好よければいいという考えから、仲間の意見を取り入れる作り方へ変わった。原記事にも、イエスマンばかりでは新しいものは生まれず、詞について相談し、言い合えることを大切にする本人の姿勢が載っていた。2020年には告知へ日本語を一言添えたり、ファンのメンションへ返したりするだけで反応が変わると気づいたことも話している。
2025年の「BIG C」については、一日に何曲も作り、録音を聴き返し、フロウを変えると説明。誰かに似ていると感じても一度は完成させ、それから出すかを決める。ビートを作ってラップを録り、後から不要なドラムを抜くこともある。新しい案を試し、人とのやり取りで表現を広げる点からENFPを候補にした。
一方、音の組み立てや仮説を試す面を重く見ればENTPという読みもあり得る。制作上の判断だけで内面全体は決められず、本人の公表があればそちらを優先する。曲の登場人物や、幼少期の健康の話からタイプを推定してはいない。
CHAPTER 08 / SECTION 08作品の歩みと2026年の活動
2017年の「KONOMAMA」、2020年の「NOT REGULAR」とそのDeluxe版を経て、2021年「05:56 KOKORO」、2022年「The quiet before the Storm」へ。2025年4月2日の「BIG C」は、VERDY SOUNDSから発表したアルバムだ。2024年からの同レーベルでの活動は、HIBRID時代の歩みをなかったことにするものではなく、次の発表の場所になっている。
「チーム友達」には、原曲の制作とアドリブ、Jin DoggらとのDirty Kansai Remixという違う形で参加した。身内で使っていた言葉を千葉雄喜が面白がり、曲にしようと声をかけたのが始まりだったと本人は話す。ラッパーとして名前が載る客演と、音を作る役割の両方がある。
2026年5月25日の「SEDITION」は全28曲。「SUPA SAIYAN」「YELLOW」「YAO」も入り、jellyy、Cashkarii、Tommy Revenge、Kenayeboiがそれぞれ別の曲で参加する。ラップだけでなく、Young Cocoやyoungsavagecoco名義による作曲・共同制作の記載もあり、全曲を一人で作ったという意味ではない。9月25日には本人チャンネルで「FORBES」のMVも公開している。
客演では、MIKADO「FAME FLAME」の「J-POP YORI」、krynX「Shout out to krynX」の「BIG RACKS」にも参加。後者は作詞とラップに加え、共同プロデュースにも名前が載る。自分のアルバムだけを追っても、近年の仕事の全体は見えない。
Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2026にも選出された。2025年には地元・神戸で入場無料、年齢制限なしのワンマンを行い、海外へ出ることと地元へ返すことを並べている。かつて原記事が紹介した、J-POPだけでなくヒップホップでも食べていける土壌を広げたいという展望は、後輩が音楽を続けられる場所を作るという発言にもつながる。2020年3月25日の旧投稿には「U!」とリンクが残っていたが、その短い告知だけから今の活動方針を決めつけることはできない。
CHAPTER 09 / SECTION 09Young Cocoの代表曲と近年の公開作
KONOMAMA
2017年11月13日配信のシングル。KITCHEN HOUSEの公開映像で、Spikey JohnとSeiya Ueharaが撮影・編集を担当する。映像の説明にある11月20日と正規配信の11月13日は一致しないため、配信日は作品ページの表記に沿っている。
原記事が代表曲に選んだのは、声の加工とEDMを思わせるビートの組み合わせが、Young Cocoの名前を広めた一曲だからだ。曲が先にあり、約一か月後に映像を出すという当時の案内にも、SoundCloudのミックステープからシングルを届ける段階へ進んだことが表れている。ミックステープで知っていた声が、シングルとMVを通して別の聴き手にも届いていく。その節目を知るための一曲だ。
ホンキ!
2020年8月10日配信の先行曲で、9月9日の「NOT REGULAR」に収録。作詞はYoung Coco、作曲はDon Camillo。本人とTweli Gが監督したMVには、映像制作の担当とは別に、仲間へのSpecial Thanksが並ぶ。
止まらず進むと歌いながら、焦るなとも言う。その間に置かれるのが、遠くにいても支えてくれる人の存在だ。自分を奮い立たせるだけでなく、関係が続いていることを確かめる歌になっている。Jin DoggやVIGORMANらの名前を挙げた謝辞を、全員が作詞・作曲したという意味へ広げることはできない。仲間の意見を聞いて作ったという本人の説明と、担当者のクレジットは分けて読みたい。
I’M NOT REGULAR!!!
2020年9月9日の「NOT REGULAR」に収録。作詞はYoung Coco、作曲は本人の制作名義youngsavagecoco。HAZE WAVEの公開MVは、同じアルバムの正規配信へ案内している。
原記事は暗いメロディーと攻める詞の曲として紹介していた。歌詞で何度も繰り返すのは、自分がほかとは違うという宣言と、周囲を気にして足を止める相手との対比だ。本人は、marsという名の自作トラックに自分の声を入れ、一曲にするまで大変だったとも記す。人と違いたいという言葉を、自分で音から仕上げる選択までつなげた曲だ。
Good Morning feat. Young Coco
WILYWNKAの2019年9月20日作「PAUSE」に収録。二人が作詞し、YMGが作曲、MVはTakuto Shimpoが監督する。12月17日付の映像配信ページは、アルバムの初収録日とは別だ。
共同曲の表現として引用しており、この行をYoung Cocoだけの担当とは断定しない。新しい朝、薄れる記憶、仲間と夜を過ごす場面の中へ、昔の二人組の名が現れる。原記事が挙げた、学生時代の思い出を忘れないという紹介も、この呼び名と重なる。成功してから昔を説明するだけでなく、今の暮らしの中へ当時の名前を持ち込む共演だ。
Red Bull RASEN #7
2021年公開のマイクリレーで、Young Coco、guca owl、Deech、Leon Fanourakisが参加。制作はZOT on the WAVEで、公開説明はYoung Cocoの出番を0分26秒からと案内する。
原記事は、メロディーを使うラップの中に、自分や普段の仲間への思いが表れると評していた。本人はこの企画について、画面の向こうの人へ訴えるような詞を考え、生っぽさを出そうとしたと話す。大きく見せるだけでなく、普通の人間として近くに感じてもらいたいという当時の考えが、サイファーで何を伝えるかという選択にも出ている。
YAO
2026年4月27日配信、後に「SEDITION」にも収録。作詞・歌唱はYoung Coco、作曲と制作はSHAZY。Red Moons StudiosによるMVはiPhoneで撮影され、配信に先立つ4月22日に公開されている。
Yao MingやNBAの言葉で高く積み上げるイメージを作りながら、途中では悪い日々や、平然としていた過去も思い出す。明るい空へ向かう歌の中に、嫌だった自分を受け止める言葉がある。過去を全部消して強くなるのではなく、あの時をばねに進むという筋道が、この短い曲を単なる成功宣言で終わらせない。
Warning
「SEDITION」の収録曲で、作詞・ラップはYoung Coco、作曲と制作はDYNOX。本人チャンネルのMVは2026年5月25日公開、監督はYUANN、映像制作はkidzfrmnowhereだ。
題名は警告で、現金や装身具、忙しく動く自分の話も続く。ところが途中で、音楽を作る人、踊る人、スケーターなど、違う立場の相手へ声をかける。自分の上昇を見せるラップの中に、周りへ送る励ましが混ざる点に注目したい。詞に登場する職業や人物を、そのまま本人の私生活や行動の告白として扱う曲評にはしていない。
堂々
「SEDITION」収録曲の、2026年6月25日公開MV。配信の作曲・制作欄はVLOT、映像の説明はVLOT、storm、Acogと表記し、監督にshooting starを挙げる。作品と映像、それぞれの制作表記を分けて紹介する。
中学2年で買った雑誌のLil Wayneから、次に行きたいロンドンや香港でのライブへ話が進む。その途中で、西宮、甲子園、兵庫という地名と、抜けない方言を置く。海外へ行けば地元を忘れるのではなく、今いる場所が増えるほど出発点を言い直す歌だ。自分の色を持つという宣言を、抽象的な個性だけで終わらせていない。
FORBES
本人チャンネルで2026年9月25日に公開されたMV。説明欄は制作をmaison.wavとsoldieritem、監督をshooting starと記す。同題の配信にはSlump Audios、Young Coco、DJ BANNEDという複数名義の登録もあり、映像の担当表と同じものとして一括りにはしていない。
自作ビートの「I’M NOT REGULAR!!!」とは違い、この公開作ではビートの担当者と映像の監督を別に掲げている。自分ですべてを作る方法も、ほかの作り手を迎える方法もある。2020年の自作曲と、外部の作り手を迎えるこの曲を並べると、制作の方法を一つに固定しない歩みも見えてくる。
海へ向かう車、梅田で滑った夜、仲間とこもるスタジオ。その場所を増やしながら、自分の声を世界へ運んでいく。
Djtube 編集部

