CHOUJIプロフィール・石垣島から沖縄の制作現場へ
CHOUJI(チョウジ)は、沖縄県石垣島出身のラッパー、ビートメーカー、エンジニア。「バッズマン」と呼ばれる一方、「奮闘中」では暮らしの不安と家族への思いを歌い、DGHstudioでは他のアーティストの録音も支えてきた。自分の曲を作ることと、仲間が曲を作れる場所を残すこと。その両方から、沖縄を拠点にする活動をたどる。
CHAPTER 01 / SECTION 01CHOUJIのプロフィール
本名は宮良ちょうじ、1985年11月1日生まれと紹介されてきた。公式配信のプロフィールにも、石垣島出身で沖縄本島を拠点に活動する音楽家と記されている。ラップに加え、ビート制作、録音、ミックス、マスタリング、映像発信まで手掛ける。
旧作にはC-STUDIO、studiOKItchin、近年の作品にはDGHstudioなど、異なるレーベル表記がある。過去の一作品の配信元を、現在の全作品に共通する所属事務所とまとめないで見ておきたい。
2021年末には「今は置いといて」の発表も本人の投稿で告知していた。
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CHAPTER 02 / SECTION 02石垣島から沖縄本島へ
ゲームとサッカーが好きだった少年時代
石垣島で生まれ育ち、5人兄弟の末っ子だと本人が語っている。子供の頃はゲームとサッカーが好きだった。従来の紹介では、好きなゲームとしてウイニングイレブンやAPEXも挙げられている。
16歳の頃に両親が離婚し、母親と団地で暮らし始めたと紹介されてきた。その翌年、17歳で一人、沖縄本島へ移る。本島では高校に通わずアルバイトを重ねたと紹介されてきた。一方、2024年の取材では退学した経験を本人が語っているが、学校の種類は明示していない。学校名や最終学歴は断定できない。原付免許の試験に7回落ちたという話も残っている。
「エーマ」では、島に残る写真が16歳までであること、以前の自分への評価だけで終わりたくなかった思いを歌っている。故郷を離れた事実と、曲の中で故郷へ向ける気持ちが重なる作品だ。
言霊MAFIAのライブが、ラップを始める入口に
活動のきっかけは、2005年頃に同級生が関わる言霊MAFIAのライブを見たこと。自分にもできるかもしれないと感じ、カーショーのステージに出ることを目指した。初舞台は2006年8月13日と紹介されている。
旧記事は、米軍基地のある沖縄でアメリカのヒップホップが身近だったことも背景に挙げていた。ただ、その土地柄だけで本人の出発点を説明しきることはできない。本人が語る具体的な入口は、沖縄のラッパーのライブを見て、自分も作り始めた経験にある。
200万円を借りて独立した経験と「奮闘中」
2024年のSpincoasterの本人取材では、21歳ごろに金融の仕事に就き、約10年働いた後、31歳ごろに独立したと話している。従来の「21歳で200万円を借りて起業」という紹介は、就職と独立の時期が混ざっていた。
独立時に先輩から借りた200万円を一週間で全て貸し出し、手元の資金がなくなって不安になった。その状況で、自分へ言い聞かせるように書いたのが「奮闘中」だったという。現在も同じ仕事をしているという話ではなく、一曲が生まれた当時の経験だ。
CHAPTER 03 / SECTION 03妻・子供と、暮らしから生まれる歌
CHOUJIは、妻や子供のいる生活を曲や過去の発信で語ってきた。2019年当時は男の子2人の父親で、長男のちょうしん君が2019年4月に小学校へ入学したこと、次男が同年1月に生まれたことが記されている。
一緒に風呂に入る、髪を切りに行く、元気な子供たちのけがを気に掛ける、といった日常も紹介されていた。子供たちはSNSだけでなく、ジャケットやMVにも登場してきた。
その後、2024年の本人取材では同年1月に3人目の子供が生まれたと話している。2018年の「奮闘中」や、息子が2歳半と小学2年生になったと歌う「systemからburndown」は、それぞれ制作時の家族の時間を残した曲として聴ける。
CHAPTER 04 / SECTION 04お店とDGHstudioの歩み
studiOKItchin、てんぷらみやら、DGwear
音楽以外の場作りも活動の一部だった。ミュージックバーのstudiOKItchinは、地元の仲間や、沖縄を訪れるラッパー、DJが酒を交わす場所として紹介されてきた。
2021年10月12日には「てんぷらみやら」が開店。本人は同年12月7日の投稿で、夜の営業を18時から24時まで仮に始めることと、夜の店長が柊人であることを告知している。これは当時の営業案内だ。
2024年の取材では、移転先で調理に必要な許可を得られず、天ぷら店の計画を断念し、構想していたアパレルのDGwearを始めたと説明した。このため、2021年の営業時間は、当時の天ぷら店の記録として受け取りたい。
初めて録音する人も集まるDGHstudio
DGHstudioには、初めてレコーディングする若手から、既に全国で活動するラッパーまで訪れてきた。自分の音源を作るだけでなく、他の人の録音、ミックス、マスタリングを担う場所でもある。
2024年には、配信収益の一部を分け合う形で制作を支える仕組みを本人が説明している。先に大きな制作費を用意できない人にも録音の入口を作る選択だ。近年の配信クレジットからも、CHOUJIが歌う役と、音を作り仕上げる役を兼ねる作品が確認できる。
CHAPTER 05 / SECTION 05ファッションとタトゥー
PUMAのジャージと、沖縄のJOINT
従来のファッション紹介では、PUMA、JOINT、Dickies、Levi’sが挙げられていた。ルーズなサイズのB-BOYスタイルが基本で、沖縄県宜野湾市のショップJOINTのオリジナルアイテムも愛用してきた。
中でもジャージは、自分の曲の題名にするほど身近な服だ。「ジャージのチョージ」では、普段着と車のある日常から、自分で仕事やスタジオを作る話へ進んでいく。服装が音楽と別の飾りではなく、曲に出てくる生活の一部になっている。
腕に残した石垣島と沖縄のモチーフ
腕のタトゥーには、右腕のOKINAWAと具志堅用高、左腕のサザンゲートブリッジとIshigaki 098があると紹介されてきた。沖縄や石垣島に関わる図柄が選ばれている。
2015年5月21日の本人投稿では、JOINT ART STUDIOで隙間を埋めるぼかしを入れ、その場でデザインを決めたこと、約1時間で料金が1万円だったことを説明していた。ここで挙がる時間と料金は当時の本人の施術例で、現在の料金表ではない。
CHAPTER 06 / SECTION 06CHOUJIのMBTIを編集部が考察
この記事ではISFJを編集部の仮説として挙げる。本人が公表した診断結果ではなく、曲と制作時の説明から考えた限定的な読み方だ。
「奮闘中」は、独立して手元の資金がなくなったとき、自分を落ち着かせるために書いたと本人が説明している。曲でも、深夜に帰宅して金を数えるような生活の細部から、身近な人へ安心を渡そうとする言葉へ向かう。また「足音」の公式公開歌詞でCHOUJIのHookと明記された部分では、人を蹴落とすことより助け合うことを選んでいる。
抽象的な成功像より、具体的な経験と近くにいる人を起点にする点からISFJを候補にした。ただし、曲を作ることでその場の感情を形にするISFPという読み方もできる。歌詞上の役柄と日常の性格は同じとは限らず、父親や経営者という立場だけで型を決めたものでもない。
CHAPTER 07 / SECTION 07ラップスタイルと作品の広がり
バッズマンのユーモアと、人間くさい言葉
「バッズマン」は本人の音楽上の呼び名でもあり、同名曲ではストーナーラップの表現を前面に出している。大麻を題材にした作品や、関連する制度への意見も発信してきたが、作品の表現と現在の使用実態、法的な状態は別の話だ。
一方、「奮闘中」や「systemからburndown」には、家族、仕事、仲間との暮らしが出てくる。真面目さだけでも強がりだけでもなく、不安を抱えている自分まで歌に入れるところに、CHOUJIの人間くささがある。
ILL-BOSSTINOからも、技術がありながら悪さだけに収まらない存在として評価されたと紹介されてきた。以前の人物紹介では人見知りな一面も挙げられているが、作品やライブを通じた交流は広い。派手な成功談より、暮らしていく人の言葉が届くラッパーとして捉えられてきた。
2019年の本人投稿にも、RITTO、MuKuRoと並ぶ仲間の姿が残っている。
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共同制作と、ジャマイカで作った「スーパーチョージ」
RITTOとのRICCHO、Olive OilとのCholie Jo、NARISKとの「FukOki」「OkiFuk」など、組む相手によって制作名義や音の形も変わってきた。2024年にはPERSIAとの「DELA HAISAI」、2025年にはO-JEEとの「CHOUJI & O-JEEⅡ」も発表している。
2026年5月29日発表の「スーパーチョージ」は、Fumiaki “Superman” Ogataと、ジャマイカのTuff Gong Studio、Habitat Studioで制作した作品。「奮闘中」「生きてゆく」のJA.Verに加え、dubやInstrumentalなどを含む全15トラックで、全てが別々の新曲という構成ではない。
同年6月23日のDisryとの「愛縄」は全5曲。CHOUJIは作曲や録音、ミックスなどを担い、ボーカルとしても参加する。Disryのラップ、MuKuRoやTORAUMAの客演とはクレジット上でも役割が分かれている。
2026年秋の作品と客演
9月には「悔しい」、梵頭、PERSIAとの「KAMAS」、VOCA Lucianoとの「CV」を発表。10月には、YOS-MAG、文太との連名曲「白米とバター」、自ら作詞、作曲、録音や仕上げまで担う「ヘネシーワォーク」へと続いている。
客演では、HIKIGANE SOUNDの「火種」、Olive Oilの「VITAMIN O」に収録された「ちょーでぇ feat. CHOUJI, Miles Word, RITTO」、きいやま商店の「やっぱり島が好き!」に入る「大月 -うふつき- feat.CHOUJI」などもある。「大月」では作詞作曲とラップに参加し、公式MVの説明も演奏者と映像の出演者を分けて掲載している。
CHAPTER 08 / SECTION 08CHOUJIを知るための曲
「奮闘中」
2018年11月1日配信。CHOUJIが作詞し、mosaic404が音を作った。妻や子供のいる暮らしと、先の見えなさを抱えて働く気持ちが重なる曲で、同年の「chill in the struggle」にも収録されている。
頼もしさだけを切り取った言葉ではない。深夜に金を数えてまだ大丈夫だと確かめる場面や、誰にも見せない涙も同じ曲にある。本人が自分へ言い聞かせるために書いたと語る制作背景を踏まえると、不安の中で何度も立ち直ろうとする言葉として響く。
「バッズマン」
2018年の同名8曲作品に入る代表曲で、7曲目に収録。CHOUJIが作詞、作曲している。曲名も、本人の呼び名も「バッズマン」だ。
路地裏のヒーローを思わせる主人公や、オレンジのマントで空を飛ぶイメージが、従来の曲紹介でも挙げられてきた。クッシュマン、ボングマンといった呼び名も並ぶ。自分の呼び名を漫画的なキャラクターへ膨らませるユーモアが、繰り返す名前と結び付く曲だ。作品の設定を、そのまま現在の本人の行動の証拠として読むことはできない。
「systemからburndown」
2021年12月8日配信。TRUE LOVE RIDDIMに、家族や仲間へ向ける言葉を乗せた曲だ。公式MVはCHOUJIの作詞、Mr.Japlyn & BURN DOWNのリディム、SOUTH YAAD MUZIKの制作と記している。
学歴の違いを並べた後に置かれる言葉だ。制度やお金への不満も描きながら、最後には他人のために何ができるか、自分たちの音楽をどう鳴らすかへ戻ってくる。単に社会を否定する曲として閉じず、皆で笑える未来へ向かうところが、この曲の温かさにつながっている。
DJ RYOW「エーマ feat. CHOUJI」
2019年のDJ RYOW「DREAMS AND NIGHTMARES」に収録。DJ RYOWがプロデュース、SPACE DUST CLUBがビートを担当し、CHOUJIが故郷の石垣島、八重山へ思いを向ける。「エーマ」は八重山を指す呼び名として紹介されている。
島を離れてから流れた時間を、残された写真の年齢で表している。戻ると大人になった後輩や、優しくなった先輩がいる。遠くで有名になることと、身近な人から励まされることを比べる言葉からは、故郷との距離を測り直す姿が見えてくる。
NARISK & CHOUJI「ジャージのチョージ」
2021年6月の共同作「FukOki」の8曲目で、同年11月にはInstrumentalを付けたシングル版も配信された。CHOUJIが作詞、NARISKが作曲し、TAKESHI NAGAMATSUが映像を担当している。
靴を履き替え、雨の朝から車を洗う風景に、いつもの服が出てくる。その後には金回りの不安や、信用を大切にする言葉も続く。ジャージ好きというキャラクターを入口に、仕事と生活のバランスまで歌う曲だ。
BLAQ FLAVOR「No Woman No Cry feat. CHOUJI & ネーネーズ」
2021年6月4日配信のBLAQ FLAVORの作品。作詞にCHOUJIとネーネーズ、作曲にハリクヤマクが記されている。ネーネーズの歌とCHOUJIのラップを、沖縄の毛遊びの文化にもつながる一曲へまとめた。
働いても思い通りにならない日々と、それでも夢を見る人たちが同じ曲に描かれる。明るい場所に最初からいるのではなく、暗い場所から光を見ているという視点に希望がある。複数の作詞者、歌唱者がいる作品で、引用は曲の表現として読み、全ての歌詞をCHOUJI一人へまとめない。
CHICO CARLITO「一陽来復 feat. CHOUJI & 唾奇」
CHICO CARLITOの「Carlito’s Way」に入る共同曲。CHICO CARLITO、CHOUJI、唾奇が作詞し、Sweet Williamが作曲。昔から互いのステージを見てきた3人が、一つの曲を共有している。
出会いと別れを繰り返す日々を、終わらせずに進む物語へつなぐ言葉だ。明るい出来事だけでなく、暮らしの厄介事や悲しみも曲に置かれる。正規掲載歌詞に行ごとの話者名はないため、ここでは3人で作った曲の言葉として紹介する。
SIMON JAP「足音 feat. CHOUJI」
2020年6月10日配信。SIMON JAPとCHOUJIが作詞し、Koriが作曲した。公式MVの説明は二人のVerseとHookを明記しており、沖縄でのつながりと、仲間をどう支えるかという考えをたどれる。
CHOUJIのHookと明記された部分で、人を蹴落とすことに続く否定として置かれる言葉だ。相手と同じであることを求めるより、それぞれの姿で立って支え合う方へ向かう。SIMON JAPが語る過去の経験は別のVerseで、二人の語りを混ぜないことも大切になる。
「生きてゆく(JA.Ver)」
2026年5月29日配信の「スーパーチョージ」の5曲目。CHOUJIが作詞し、Fumiaki “Superman” Ogataと共同で作曲している。Earl “Chinna” Smith、Lloyd Parksらが演奏に参加し、ジャマイカで録音、ミックスされた版だ。
一人の根性だけで生き抜くという言葉ではなく、そばにいたい相手がいるから先へ進むという歌だ。人に会うと笑うこと、会いたい人に会えないことも同じ歌詞にあり、前向きさの中に苦しい時間を残している。以前の録音や、同じアルバムのAcoustic.Ver、Instrumentalとは版を分けて聴きたい。
YOS-MAG、CHOUJI、文太「白米とバター」
2026年10月22日配信。YOS-MAG、CHOUJI、文太の連名で、3人が作詞とボーカル、ラップを担当。DJ YANOが作曲、プロデュース、ミックスを手掛け、MVはZAN.ZOHが監督した。
CHOUJIの名前だけを見て、彼がビートまで作ったソロ曲と受け取ると、この組み合わせは見えにくくなる。横浜と沖縄の作り手が、声を持ち寄って一曲を作る近作として押さえたい。3人の声とDJ YANOの制作を分けて見ることで、共同制作の輪郭もつかめる。
「ヘネシーワォーク」
2026年10月25日配信。CHOUJIが作詞、作曲、プロデュース、録音、ミックス、マスタリング、ラップまで担当した一曲。公式Topicにも、DGHstudio提供の配信音源が公開されている。
クラブで騒ぐ場面の中へ、生活の責任が割り込む言葉だ。遊びたい気持ちと、その前に済ませるべきことがあるという意識が同居する。楽しさだけで終わらず、後悔や孤独まで歌詞へ戻してくる点に、初期の生活を歌った曲から続く視線がある。
CHAPTER 09 / SECTION 09唾奇・CHICO CARLITO・SIMON JAPとの関係
唾奇の初期から、ステージを見ていた先輩
唾奇にとってCHOUJIは、遊びだったラップを本格的に始めるきっかけをくれた先輩として紹介されてきた。家でラップできればよいと思っていた頃、CHOUJIに格好いいと声を掛けられたという話だ。
売れる前の唾奇とCHICO CARLITOのライブを見ていた客が、CHOUJIくらいだったというエピソードもある。2018年の第三者投稿にも、C-TV vol.6でCHOUJIが唾奇を紹介し、TAOのライブ映像が入っているという反応が残っている。第三者が振り返った投稿と、本人の発言そのものは分けて扱いたい。
CHICO CARLITOとの、鼻炎でうまくいかなかった初共作
CHICO CARLITOが語った出会いの話では、唾奇とトラックメーカーの先輩のスタジオを訪れたとき、CHOUJIと出会った。最初に仲良くなった沖縄の先輩ラッパーで、その場で一曲作ろうと誘われたという。
ただ、当日はCHICO CARLITOの鼻炎がひどく、満足のいく曲にはならなかった。以前はステージを見上げていた相手と、後に「一陽来復」で共演したことが、当時のリベンジとして紹介されている。名前だけの交友関係より、一緒に作ろうとした最初の場面が印象に残る。
沖縄の実家が縁になったSIMON JAP
SIMON JAPは横浜生まれ、世田谷育ちだが、母親の移住をきっかけに20代前半の約5年間、沖縄県金武町で暮らしたと紹介されている。その縁からCHOUJIとの交流も深まり、沖縄のスタジオで録音し、一緒に酒を飲む関係になった。
CHOUJIには6日間家に帰らず15曲作ったという制作の話があり、RITTO、DJ RYOW、ジャパニーズマゲニーズ、HIKIGANE SOUND、RYKEYとのつながりも出てくる。地元の若手を迎えることと、全国で共演や録音を重ねることが、同じ制作生活の中にある。
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CHAPTER 10 / SECTION 10CHOUJIについてよくある質問
自分の暮らしを歌い、次の誰かが録音できる場所を作る
Djtube 編集部
