サイプレス上野横浜のハズレから、遊びをラップにする
サイプレス上野は、横浜市戸塚区のドリームハイツで育ったラッパー。本名は上野恭輔。ロベルト吉野との1MC・1DJユニットを軸に、中江友梨とのサ上と中江、DJ名義のLEGENDオブ伝説など、いくつもの形で音楽を届けてきた。
「フリースタイルダンジョン」の初代モンスターや進行役で知った人も多いだろう。横浜高校の応援団長だった学生時代、プロレスやお笑いに親しんだ少年期、地元の仲間と作ったスタジオをたどると、ステージで観客を巻き込む姿が見えてくる。2026年にはサイプレス上野とロベルト吉野名義で「ガマ オテナ」を発表した。
CHAPTER 01 / SECTION 01サイプレス上野のプロフィール
テレビやラジオ、映画、CMへ活動が広がっても、音楽の中心には地元の人や風景がある。自身の服装や話し方も含め、ヒップホップにプロレス、お笑い、J-POPを持ち込む姿勢が特徴だ。
CHAPTER 02 / SECTION 02サイプレス上野の生い立ちと学歴
ドリームランドのそばで育った少年時代
1980年8月9日、サイプレス上野は横浜市戸塚区のドリームハイツで生まれた。近くには遊園地の横浜ドリームランドがあり、夏にはフリーパスを買って毎日のように遊びに行った。2002年に閉園したこの遊園地は、地元の記憶を語るうえで欠かせない場所だ。
兄の影響で幼いころからプロレスに夢中になり、学校でからかわれると技を掛け合って遊んだ。野球は少年団に入るより、友人との草野球を楽しんでいた。ドリームランド周辺に起きたスケートブームにも乗り、スケートボードを始める。
ロベルト吉野とも小学校で出会ったが、最初から特別に親しい関係だったわけではない。「ダウンタウンのごっつええ感じ」に影響され、コントを作って家の森で披露したこともある。人を楽しませる遊びは、ラップより前から身近にあった。
ダンス甲子園とキミドリから、日本語ラップへ
小学6年生で見た「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のダンス甲子園を通じ、バックに流れるヒップホップに興味を持った。さらにスケート雑誌でキミドリを知り、日本語でラップする音楽へ本格的に引き込まれる。
それまで親しんでいたのはサザンオールスターズや小田和正などのJ-POP。キミドリの音楽には、好きだったスケート、ダンス、バスケットボールと地続きの文化を感じた。にぎやかだった遊園地が少しずつ寂れていく姿を見て、何もないところから表現を作るヒップホップに、自分たちの環境を重ねていった。
中学では野球部の練習をしながら、ドリームランドの駐車場でスケートをする日々を過ごした。不良の集まる場所でもあったが、本人はその格好よさに同調していたわけではない。中学3年生でラップを始め、15歳ごろから仲間とのグループ「タイトルB」でライブに出るようになった。
横浜高校の応援団長から神奈川大学へ
高校は横浜高校へ進学。同級生に松坂大輔がおり、1998年には野球部が甲子園で春夏連覇を達成した。サイプレス上野がその場にいたのは選手としてではなく、スタンドの応援団長としてだ。
野球部は強豪すぎてレギュラーになるどころか、3年間続けることさえ難しいと思っていたという。新入生への部活動勧誘をきっかけに、本人がだまされたように感じる形で応援指導部へ入り、団長を務めることになる。松坂とは後にメールを交わし、曲を褒めてもらったこともあった。
応援指導部での活動を先生に評価され、神奈川大学へ推薦で進学。その後、大学を卒業している。高校時代は応援だけでなく、ラッパーとしても本格的に活動を始めた時期だ。18歳ごろにはタイトルBを「ドリームラップス」へ改名し、ライブやデモテープ配布を続けた。
ドリームラップス時代の音源は、2009年8月10日に自宅生産のCD-Rとして少数リリースされ、2017年7月25日には2曲を加えた形でも発表された。現在の活動だけでは見えにくい、仲間との初期の記録だ。
CHAPTER 03 / SECTION 03サイプレス上野の家族・服装・ヤサ
一般女性と結婚。各方面の仲間が集まった式
サイプレス上野は一般女性と結婚し、2013年9月22日に結婚式を挙げた。相手の名前や年齢は公にされていない。
式の様子は、バニラビーンズのりちゃこ、スチャダラパーのANI、SOFFetのGooF、YOUR SONG IS GOODのシライシコウジなどがSNSで伝えた。新郎新婦が船で登場する演出もあり、音楽やジャンルを越えたつながりが集まる場になった。
Lafayetteから自分のブランドまで
服装では、本人が「おばちゃん達のお店」と表現するような店で売られる服と、友人が作るブランドを組み合わせる感覚を大切にしてきた。神奈川県藤沢市発のLafayetteは、そのスタイルを語るうえで外せないブランドの一つ。OZROSAURUSのMACCHO、CHICO CARLITO、唾奇らとの文化的なつながりも感じられる。
LafayetteのフラッグシップであるPRIVILEGEに加え、自身が手掛けるRESORT LOVER、BOYEEも着用してきた。2018年にはBOYEEの「ARE YOU FAMOUS?」スウェットが告知されている。ステージでの見え方まで含めて表現を楽しむ、本人らしい服装だ。
レコードもプロレスも詰まった「ヤサ」
2023年1月に公開されたMcGuffinのルームツアーでは、レコーディングの場でもある「ヤサ」を紹介している。アイドルの切り抜きや雑誌、レコード、カセットテープ、プロレスグッズが集まり、一つ一つに持ち主の記憶が重なる部屋だ。
借り始めた背景には、団地近くのコンビニにたまり続け、先輩から注意されたことがあった。後輩と部屋を借り、スタジオ兼居場所として使うようになったという。仲間が音楽を持ち寄る場所と、アーカイブをため込む場所が重なっている。
雑誌「blast」に載った後、デモのCD-Rを送り、翌月に総評が掲載されたことも転機になった。SIMON、ANARCHY、SEEDA、COMA-CHI、DABOらとの制作や誌面の表紙につながる経緯も、ヤサをめぐる話の中で振り返っている。
CHAPTER 04 / SECTION 04サイプレス上野のMBTIを編集部が考察
Djtube編集部は、公開された活動や制作上の選択から、ENFPを一つの候補と考える。本人が公表した診断結果ではなく、作品や公の振る舞いを読むための編集部推定だ。
根拠にするのは、ラップにプロレスやコント、J-POPを組み合わせる発想と、ロベルト吉野、中江友梨、ジャンル外の音楽家へ関係を広げる選択だ。地元で集めた遊びや記憶を、その都度違う相手との表現に結び付けている点を、外へ向かう関心と発想の広がりとして読む。
ただし、人前で場を盛り上げる役割だけでは、普段の性格は分からない。即興の行動や舞台での感覚を重く見るならESFPとも読める。型を使って私生活や過去のトラブルの原因を説明するものではない。
CHAPTER 05 / SECTION 05サイプレス上野の活動歴と仲間
ロベルト吉野との結成、初音源、メジャーデビュー
小学生から顔を知っていたロベルト吉野とは、スケートなどを通して少しずつ距離が縮まった。高校時代はそれぞれ別のグループで活動していたが、年を重ねるにつれて仲間が辞めていく。残った二人が、DJをやってくれないかという誘いと気軽な返事から、2000年に「サイプレス上野とロベルト吉野」を結成した。
結成後の約4年は、地元・戸塚で二人の活動が噂になるほどライブを重ねた。そこで、そろそろ音源も作ろうという気持ちになったことが、最初のEPへつながる。最初から計画を固めてデビューするより、現場で遊び続けた先に制作があった。
マイクを担当する上野と、ターンテーブルを担当する吉野。「ヒップホップ ミーツallグッド何か」を掲げ、クラブからロックフェスへと活動を広げた。2004年5月9日に「ヨコハマジョーカーEP」で音源デビュー。少量の流通で入手が難しくなり、2007年4月24日の再発前にはオークションで1万円以上になることもあった。
ロベルト吉野は体調の問題で一時活動を休んだが、2014年10月26日に復帰した。その後、2017年9月6日のミニアルバム「大海賊」でメジャーデビュー。2018年11月28日の「ドリーム銀座」は、メジャーで初のフルアルバムに当たる。メジャーデビュー作と、メジャー初フルアルバムは別だ。
MC名のサイプレスは、何枚もあるレコードから手に取った一枚がCypress Hillだったことに由来する。音楽との出会い方の軽やかさも、本人らしいエピソードだ。
サ上と中江、横浜の仲間、ジャンルを越えた共演
共演相手には、OZROSAURUS、NORIKIYO、SKY-HIなどがいる。中江友梨とのサ上と中江のほか、ももいろクローバーZ、ベッド・インとも共演してきた。ヒップホップの外へ出るときも、ラップをやめて別の表現に合わせるのではなく、相手との違いを曲の中へ持ち込んでいる。
横浜の先輩であるFORKは「タカ君」、NORIKIYOは「キー君」と呼ぶ仲。MACCHOとはSNSにも登場する付き合いがあり、HIDADDY、ANI、MEXMAN、SKY-HIとも交流してきた。プロレス界にも交友が広がっている。
2019年11月1日には、奇妙礼太郎を迎えた「日本全国乾杯ラップ」を先行配信した。マキタスポーツがプロデュースし、益田トッシュが編曲を担当。歌声や制作陣の違う相手と、乾杯をテーマに曲を作っている。
DJ名義「LEGENDオブ伝説」
2009年には申し訳ナイタズに加わり、LEGENDオブ伝説 a.k.a. サイプレス上野申し訳Jr.としてDJ活動を展開した。ミッツィー申し訳、宇多丸申し訳Jr.、ギュウゾウ申し訳Jr.、GEE申し訳Jr.、掟ポルシェ申し訳Jr.らが関わる、日本語曲を扱うDJチームだ。時期によって14~48人という幅のある編成で語られてきた。
覆面プロジェクトという建て付けで、日本語ラップとJ-POPを横断する選曲をMIX CDにもまとめた。2017年7月21日の「OOpart of JAPANESE HIPHOP」には、メジャーデビュー前の節目として「伝説終焉」が掲げられた。ただし、その言葉をDJ名義の永久引退と読み替えることはできない。2016年5月11日には、日本語ラップとJ-POPを選び抜いた公式MIX CD「LEGEND オブ 特選 MIX」も発売している。後年の販売ページには「JAPANESE “FUNNY” CITY POP MIXXX」という作品名もあり、2017年の告知だけで以後のDJ活動が終わったとは言えない。
漫画家つの丸が描いたキャラクターも、このDJ活動の特徴だ。以前から似ていると言われてきた「モンモンモン」の作者による絵が、選曲の世界と結び付いた。
CHAPTER 06 / SECTION 06サイプレス上野のラップと楽曲
サイプレス上野の表現は、ヒップホップへの愛情を土台に、プロレスやお笑いの見せ方を組み合わせる。難しい言葉だけに頼らず、日常の言葉で観客へ呼び掛ける。J-POPに親しんだ経験も、覚えやすいメロディーやフックへつながっている。
「ぶっかます」――客席を巻き込むサ上とロ吉
「ぶっかます」は、サイプレス上野とロベルト吉野の楽曲。二人の名義で披露するラップとDJの組み合わせを、音源から知る入り口になる。本人の作品には、地元の話や身近な言葉と、会場全体へ開かれた呼び掛けが同居している。
勢いのある題名に対して、失敗したら素直に謝る言葉で着地する。自信満々に見せるだけでなく、肩の力を抜く一言を差し込むところに、客席との距離を近付けるユーモアがある。
「ヨコハマジョーカー」――初期の等身大
2004年のデビューEPに収録された「ヨコハマジョーカー」は、DJ KAZZ-Kのトラックに、地元に立つ上野の飾らない言葉を乗せた曲。哀愁のある音と、身近な暮らしを語るラップの組み合わせに、初期からの持ち味がある。
入手しづらい時期を経て再発された経緯も含め、二人の音源制作の出発点を知る一曲だ。笑いを交える表現の内側にも、地元から外へ届けようとする気持ちがある。
「PRINCE OF YOKOHAMA」と2016年版
2009年1月21日発売の「WONDER WHEEL」に収録された「PRINCE OF YOKOHAMA」は、「フリースタイルダンジョン」の登場曲としても知られる。2016年版は、「PRINCE OF YOKOHAMA 2016」の公式サンプルだ。
2009年の原版では、自分の立つ場所を街の中心から外れた場所として示す。その位置から横浜を代表しようとする意欲へつなげることで、地元への親しみと野心が同居する。2016年版の全歌詞が同一だと確定する引用ではない。
ヴァースもフックも口ずさめる親しみやすさがあり、言葉の内側には横浜で活動する野心が残る。ヒップホップへの敬意と、初めて聴く人も入っていけるポップさを両立させる曲として聴きたい。後に「PRINCE OF YOKOHAMA 2222」も発表され、同じ題名の曲でも版が異なる。
サ上と中江「SO.RE.NA」
中江友梨とのユニット、サ上と中江による「SO.RE.NA」。ミニアルバム「ビールとジュース」の曲で、サ上とロ吉とは違う二人の声の組み合わせがある。東京女子流のメンバーとの世代差を隠すより、その違いをラップのやり取りにしている点が、このユニットの入り口になる。
世代の違う言葉に戸惑う側の台詞が、反論というより会話のきっかけになっている。相手の語彙が分からないことを笑いに変え、違いを残したまま掛け合うのが、この曲の面白さだ。共同曲の台詞として扱い、本人の普段の言語観を確定するものではない。
「ガマ オテナ」――2026年のリリース
2026年1月2日リリースの「ガマ オテナ」は、サイプレス上野とロベルト吉野名義の曲。Latin Quaterがプロデュースし、配信クレジットにはサイプレス上野のラップが記されている。長年のユニットを軸にしながら、新たな制作相手との曲も続いている。
2022年3月16日にはアルバム「Shuttle Loop」を発表した。2025年にはSMASH YOUR FACE「さよなら SMASH YOUR FACE」への参加も公式サイトで告知されている。ユニットの作品、個人の客演、DJの作品は分けて追いたい。
SUIKAとの共演
SUIKAとの共演も、二人が別の演奏家と関わってきた活動の一つだ。SUIKAと並んで出演する映像が残っており、1MC・1DJという普段の組み合わせの外にも交流がある。
CHAPTER 07 / SECTION 07サイプレス上野の番組での発言と事故
2017年の「フリースタイルダンジョン」をめぐる投稿
2017年2月14日放送の「フリースタイルダンジョン」で魅RIンと対戦し、敗れた後、上野は番組の編集についてSNSで不満を述べた。争点は勝敗そのものだけではなく、対戦後の審査員やモンスターの言葉が放送から省かれていたことだった。
普段は90秒にまとめられるライブコーナーで、Creepy Nutsの「未来予想図」がフルで放送された点にも、待遇が同じではないとして意見した。その後、飲酒していた中でフォロワーへ「死ね」と返すやり取りになり、後にその言葉を取り消して謝罪している。番組への批判と、他者への発言の問題は分けて受け止めたい。
dodoとのやり取りは、別記事で経緯を扱っている。
2017年8月のバイク事故
2017年8月24日、サイプレス上野は自身の不注意によるバイクの転倒を報告した。藤沢市での事故で、鎖骨を骨折し、当時は全治1カ月と伝えられた。命に別状はなかった。
事故直後は帰ろうとしたが、バイクも身体も動かず、タクシーで病院へ向かった。最初の病院では消毒を受け、その病院から救急車で別の病院へ移り、治療を受けたという経緯だ。8月23日の「ライムスター宇多丸の水曜The NIGHT」は欠席したが、翌24日には「たまむすび」に出演した。
CHAPTER 08 / SECTION 08サイプレス上野を知るために
サイプレス上野の魅力は、観客を笑わせることと、地元や仲間のことをまっすぐ語ることが分かれていない点にある。音源の評価にも、「空っぽの街角 REMIX feat. LUVRAW&BTB」「RUN AND GUN pt.2 feat. BASI, HUNGER」「メリゴ feat. SKY-HI」、KEN THE 390「調子悪い feat. サイプレス上野,DOTAMA」、「ちゅうぶらりん feat. 後藤まりこ」など、それぞれ違う共演作への反応がある。
共演の場を評価する反応もある。2016年の投稿では、STUDIO韻シスト#5でLEONとともに登場する姿が話題にされていた。曲単位の客演に加え、別の演奏家の場へ参加する姿も聴き手に届いてきた。
初期を知るなら「ヨコハマジョーカー」、番組を通して覚えた姿から入るなら「PRINCE OF YOKOHAMA」。サ上と中江や「ガマ オテナ」へ進めば、同じ人物が相手と場を変えて遊び続ける姿が見える。
遊んだ街の記憶が、次のステージを作る
Djtube 編集部

