句潤名前の由来・横浜での歩み・代表曲
句潤(クール)は、横浜市神奈川区白楽で生まれ育ったラッパー。メロディーを自在に付けるフロウと、相手の言葉を受けて返す即興の力で知られる。MCバトルで名前を広めながら、MPCバンドMEATERSのフロントマンとしても活動し、ライブと録音作品を重ねてきた。
「句潤」という表記には、言葉を潤すことと、言葉で懐を潤すことが重なる。横浜に根を張りながら、街のイメージに自分の音楽を閉じ込めない。その歩みを、生い立ちや仲間との制作から見ていこう。
CHAPTER 01 / SECTION 01句潤のプロフィールと名前の由来
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1984年生まれで、2026年中は41〜42歳。本名や血液型、誕生日の月日は公表を確認できる情報が揃っていない。「—」は、その欄に書ける情報が揃っていないことを示し、結婚や子供の有無を断定するものではない。
あがり症だった自分へ付けた「クール」
9SARI GROUPのKOK 2020ファイナリスト紹介。バトルで見せる落ち着いた姿からは意外だが、句潤はもともとあがり症だったと話している。名前にも、自分を落ち着かせたいという願いがある。
句潤は、あがり症の自分を落ち着かせたいという願いを、クールという名前に込めている。
初めはカタカナの「クール」で活動していた。その表記を本人が格好悪いと感じ、言葉を潤す、言葉で懐を潤すという二つの意味を込めて「句潤」に変更。読み方を保ちながら、書いたときにもラッパーとしての目標が見える名前になった。
CHAPTER 02 / SECTION 02句潤の生い立ちと初ライブ
兄のVHSと「さんぴんCAMP」が入口だった
幼いころから歌うことが好きで、最初に好きになったアーティストはB’z。中学の修学旅行では、バスで一人、大声で歌っていたという。
LAMPEYEの「証言」をさんぴんCAMPで披露した参考映像。句潤本人のライブではなく、兄のVHSで触れた原点を説明するための映像だ。句潤は小学校6年生ごろから中学に入るころ、このイベントの映像に衝撃を受けたと振り返っている。
兄と見た映像では、とくに「証言」でのRINO LATINA IIの立ち振る舞いが印象に残ったという。
友達や中学の先輩にもラップをする人がいて、高校時代には自分でも本格的に書くようになった。初期の歌詞は、生意気な内容だったという。人前に立つより前から、言葉を書きためる時間があった。
都内の高校の教室をクラブに変えた
2022年2月19日、はなびは高校の文化祭を振り返るX投稿で、同じ教室に句潤もいたらしいと書いていた。学校時代の記憶が、ラッパー同士の長い付き合いにつながっている。
初ライブは高校3年生の文化祭。先輩が教室をクラブに見立てた出し物をしていたのを見て、自分も仲間を集めた。教室を暗くし、DJセットを用意。パラパラを踊っていた友人にはダンサーとして加わってもらった。
文化祭の後は間を置かず、実際のクラブでもライブをするようになった。
文化祭は成功し、18歳ごろから地元のクラブでライブを重ねるようになった。横浜で育ったが、高校は都内。地元の場と学校の仲間、その両方が活動の入口になっている。
CHAPTER 03 / SECTION 03句潤と横浜の暮らし・ファッション
来てくれた人を迎える街
2023年8月9日には、句潤がXで翌日のBRIDGE横浜23周年パーティーを案内。若いころから世話になってきた場所を、皆で祝おうと呼びかけていた。
句潤は、生まれ育った横浜を活動の拠点にしてきた。県外の大会やライブへ出かけても、帰る場所は横浜。地元への思いは、外の人を遠ざける態度ではなく、訪れた人をもてなす姿勢として語られる。
横浜を、訪れた人を歓迎する街と捉えている。地元の人があまり外へ出ていかなくても、来てくれた人は全力でもてなすのが横浜のスタイルだという考え方だ。
日ノ出町のクラフトビールのセレクトショップALL WELLでスタッフをしていたこともある。本人は基本的にビールが苦手だというから、店の仕事と好物がそのまま一致するわけではない。街で働き、人と会いながら音楽を作る生活がある。
WILLと横浜の服を着る
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ルーズなトップスやボトムスを合わせるB-BOYの服装が基本。THE NORTH FACE、NIKEに、横浜発のWILL、ALL WELL、Notfoundなどを取り入れてきた。海外ブランドだけで固めず、身近な作り手の服を着るところにも地元との関係が表れている。
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WILLは、ゆるぎない意志を持ち、未来へ向けて創造するという考えを掲げ、2009年に横浜で始まったブランド。句潤は私生活だけでなくライブやMVでも着用し、モデルも務めている。シンプルなロゴに横浜のカルチャーが重なる服だ。
本人もWILLに多く支えられてきたことを話している。
CHAPTER 04 / SECTION 04句潤のMBTIを編集部が考える
Djtube編集部は、句潤のMBTIをISFPと推定する。本人が公表した診断結果ではなく、制作や人との関わり方からの仮説だ。
手がかりは、MEATERSで共演者の音を受け、その場でフロウを変えていく姿勢と、横浜への愛着を服や生活の選択で表すこと。抽象的な方針を先に掲げるより、音を聴き、街で暮らし、仲間と合わせる行為を通して自分の表現を育てている。
一方、バンドの共同作業を重く見れば、外向的なESFPという解釈もあり得る。あがり症の話だけで内向型と決めることはできず、即興が得意だから特定の型になるわけでもない。仕事で表に出る側面に限った推定として受け止めたい。
CHAPTER 05 / SECTION 05句潤の活動歴とMEATERS・PONEY
7人のビートメーカーと作るMEATERS
MEATERS公式による「Play Labo」のライブ映像。句潤がMPCの演奏へラップを重ねる、バンドでの姿を知るための一例だ。ソロの曲だけでは見えにくい、複数の奏者と合わせる活動がある。
2009年から活動するMEATERSは、句潤と7人のビートメーカーによるMPCヒップホップバンド。U★SEI、冬人ストラット、熊井五郎、Cut Lemonn、DJ KEN5、DJ Dig-it、Killa Namiという、それぞれソロでも動く顔ぶれが集まった。即興で展開するライブが特徴だ。
MEATERSでの活動は、自分の音楽の引き出しを増やす経験にもなったと説明している。
一人でも曲を作れるラップに、仲間と意見を交換しながら作る時間が加わった。MPCに加えて楽器やスクラッチなど、違う経験を持つ人と音について話すことが、自分の引き出しも増やしている。
横浜から各地の仲間へ
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交友にはPONEY、FORK、サイプレス上野、NONKEY、鎮座DOPENESS、D.D.S、DAG FORCEらの名前がある。横浜の仲間だけでなく、沖縄や岐阜など異なる土地のラッパーともクルーで活動したことが、音楽の幅を広げた。
D.D.SやDAG FORCEらとクルーで過ごした経験は、本人の音楽性の変化にもつながった。
そのなかでもPONEYとは長い付き合いがあり、D.D.SやDAG FORCEらと同じクルーで過ごした後も共演を続ける。フリースタイルダンジョンではチームやタッグとして出場し、音源ではクリティカルヒッターズとしても制作してきた。
PONEYとは長い付き合いで、会社の事務所へ遊びに行くこともあると話している。
ソロから共同名義へ広がる制作
句潤は、バトルの成績と並行して、歌詞を書く量も積み重ねてきた。
一年に100曲ほどの楽曲を作った時期もあったという。
配信作品にはソロのほか、GL_WORD、JAG-Zとの作品、MEATERS、クリティカルヒッターズ、DJ WATARAI、DJ KRUTCH、にっちょめらとの共同制作がある。「Allwell」「NewAttempt」、Silent Killa Joint・にっちょめとの「MINATOMACHI」と、相手を変えながら作品を広げている。
2026年3月の「On the Beat」は、PONEYとDJ Mitsu the Beatsとの共同曲。KOK 2025 FINALのビートを得る仕組みから生まれた制作と紹介され、バトルと録音作品がつながる一例になっている。同月には遊戯、玉露、梵頭との「神奈備」、KK FLOW、M.O.J.I.との「ラストダンス」にも参加した。
CHAPTER 06 / SECTION 06句潤のラップとMCバトル
メロディーとタイトな言葉を使い分ける
Red Bullの公式企画「64 Bars」で、DJ WATARAIのビートに句潤がラップを乗せた映像。バンドの即興や対戦とは異なる、まとまった小節で一人の言葉を聴くための作品だ。
句潤の特徴は、メロディーを付けたフロウと、無駄なく詰めるタイトなラップを行き来できること。レゲエのリズムやオートチューンも使い、ビートが変わっても自分の声の輪郭を残す。
句潤自身は、自分のラップを、良い意味で横浜らしさに収まらないものと考えている。
OZROSAURUSへの憧れと自分のスタイル
Polystarが公開するOZROSAURUS「AREA AREA」の公式MV。句潤の曲ではなく、影響を受けた横浜の先輩の代表作として紹介する。句潤の好きなアルバムには「ROLLIN’045」があり、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDもルーツに挙がる。
OZROSAURUSとは音楽の型が違っても、若いころから憧れを持っていた。
同じ音楽をなぞるより、横浜を代表する存在になりたいという気持ちを受け取った。街への思いと、音楽の形式を同じにしないところが句潤らしい。
バトルで返す言葉と音源への意識
アドレナリン公式のCHEHON対句潤の映像。音に合わせてフロウを変えるだけでなく、相手の言葉を受けて返す力を見る対戦だ。バトルとレゲエの現場で活動してきた相手との掛け合いになる。
句潤は、韻を踏み続けるだけでも、メロディーへ逃げるだけでもなく、相手へのアンサーを組み立てる。自分の名を広めるために出場しながら、バトル自体も楽しむようになった。そのうえで、ライブと音源制作へ重心を置いている。
主な実績はUMB神奈川予選の2015・2016年連覇や、2018年のTHE CHOICE IS YOURS Vol.2優勝。タイトルは入口になるが、それだけで句潤の活動全体を説明できるわけではない。
CHAPTER 07 / SECTION 07句潤の代表曲と新しい共同制作
流レテ行カズ
元SCARSのI-DeAがプロデュースした曲で、Do.Stock Worksが公開する映像。落ち着いたトラックに、オートチューンを使うフロウを合わせる。心地よさと、書いた言葉の力強さが同居している。
まぶたを開くところから始まり、風景、風、街、過去と夢へ視線が広がっていく。流れを受け入れるような描写のなかで、書いた言葉がどこへ向かうかを問う。声の滑らかさだけで聴き流さず、景色が切り替わる順番も追いたい。
風呼ぶカモメ
GREEN ASSASSIN DOLLARが全曲を手がけた同名アルバムのタイトル曲。ULTRA-VYBEの公式MVで、浮遊感のあるビートと、句潤のタイトなラップが交わる。カモメには自由でありたい気持ちと、旅立ちの意味を重ねている。
街を離れることを地元への背反として描かず、風に誘われる移動として表す。繰り返す風と潮の感触が、横浜で暮らす視点と、その外へ飛び立ちたい気持ちをつないでいる。
B-BOY STANCE
MEATERSでも活動をともにする熊井五郎のプロデュース曲。MEATERS公式チャンネルの映像で、レゲエ調のフロウと、ヒップホップへの信念を聴く一曲だ。
心へ響かせる対象を、抽象的な大衆ではなく身近な仲間として置く。B-BOYとしての姿勢が、服装や肩書きだけでなく、誰に声を届けるかという言葉に表れている。
これもどうぞ
句潤とPONEYによるクリティカルヒッターズの曲。映像の表記はPONYで、Do.Stock Worksが公開している。DJ DIG-ITのビートに二人が乗り、長い付き合いを録音作品にも残した共演だ。
聴き手へ押し付けず、聴くかどうかを任せる姿勢を、自然体という言葉にする。何かを売り込むような題名でも、強制はしない。その距離感に、長い付き合いの仲間と自分たちの曲を差し出す余裕が表れている。
クリティカルヒッターズは、ラップを担うPONEYと句潤に加え、監督のカルデラビスタも関わるチームとして紹介されている。ステージの二人と、制作を支える役割を分けて捉えたい。
クリティカル
2026年6月24日発表。PONEYがビートメイカーとして使う別名義・亮主桂の制作に、句潤が参加した曲だ。クリティカルヒッターズの二人がラップを担当し、作曲・プロデュースには亮主桂名義が記されている。
比べる相手を他人の順位ではなく、昨日の自分に置く一節。二人で作る曲のなかで、個人の更新を共通の課題にする。大会の肩書きとは違う、日々書き続けるラッパーの基準が見える。
こんな日々を
2026年7月9日発表の、にっちょめとの共同曲。作詞とラップは句潤、作曲とプロデュースはにっちょめが担当し、8ronixがミックスとマスタリングを手がけた。日常と制作の時間を一つの歌にしている。
特別な日だけに価値を置かず、繰り返す生活にも重みを見いだす言葉。毎日ペンを持ち、仲間のビートに向き合う姿が、この短い一行に集まる。派手な戦績を離れたところにも、句潤のラップは続いている。
CHAPTER 08 / SECTION 08句潤についてよくある質問
句潤は何と読む? 名前の意味は?
「クール」と読む。あがり症の自分を落ち着かせる願いで付けた読み方に、言葉を潤す、言葉で懐を潤すという意味の漢字を当てている。
句潤は何歳で、どこの出身?
1984年生まれ、2026年は41〜42歳。横浜市神奈川区白楽で生まれ育った。
MEATERSとクリティカルヒッターズは何が違う?
MEATERSは句潤がフロントマンを務めるMPCヒップホップバンド。クリティカルヒッターズは、PONEYと句潤がラップを担い、監督のカルデラビスタも関わるチームだ。
