Vingoプロフィール
Vingo(ビンゴ)は、BAD HOPで唯一の東京出身だったラッパーである。映画「8Mile」をきっかけにラップを始め、Tokyo Young Visionでの活動を経て18歳でBAD HOPへ加入した。2024年2月の解散後はソロへ移り、2025年4月に1stアルバム「VINNY」を発表。現在はアメリカのヒップホップシーンへ本気で挑む計画を進めている。本記事では、本人がインタビューで語った内容を軸に、生い立ちからタトゥー、そして現在の挑戦までを整理する。
この記事でわかること
- 生年・出身・前グループといった、公表情報をベースにした基本プロフィール
- 「東京で生まれて一度死に、川崎でもう一度生まれた」と語る理由
- BAD HOPに入って最初に受けたカルチャーショックと、解散前後の状況
- 3年かかった1stアルバム「VINNY」の成り立ちと、タイトルの意味
- 全身に入ったタトゥーの内訳と、それぞれに込められた意味
- Quavoとの制作と、アメリカを本気で目指すという次の目標
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に確認したい項目だけを、1行ずつ先に置いておく。根拠と詳細は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| Vingoの読み方は? | ビンゴ | BAD HOPで唯一の東京出身 |
| 年齢は? | 1996年生まれ | 公式プロフィールの記載 |
| 本名は? | **公表が確認できていない** | 該当章で詳述 |
| BAD HOPにはいつ入った? | 2014年、18歳のとき | 前グループはTokyo Young Vision |
| ソロ作品はある? | 1stアルバム「VINNY」 | 2025年4月29日、全18曲 |
| どんなラップ? | BAD HOP内でも屈指の高音ボイス | 該当章で詳述 |
| いま何をしている? | ソロ活動と、アメリカ挑戦の準備 | Quavoとの楽曲制作も |
| MBTIは? | ENTP-A(推定) | 本人による公表はなし |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。本名・血液型など公表が確認できない項目は「確認できていない」と記載しています。
CHAPTER 01 / SECTION 01Vingoのプロフィール|読み方・年齢・出身
Vingoは東京都出身のラッパーで、BAD HOPのメンバーだった人物である。川崎出身が中心のクルーにあって、唯一の東京出身だった。まず、公表されている基本情報だけを先に置く。
表のとおり、本名については当編集部が確定できていない。複数の媒体がそれぞれ異なる名前を記載しており、公式発表が確認できないためである。旧版に記載していた著名スポーツ選手との同姓同名という記述も、裏付けが取れなかったため削除した。
「ビニー」という呼び名|アルバム名の由来
ビニーというのは、周囲から付けられたあだ名である。この名前は、後に1stソロアルバムのタイトルにも使われることになる。
本人によれば、ビニーはVingoになる前の自分を指す。「ビニーという少年が大人になり、Vingoになっていく」という意味を作品に込めたと語っている。ビニーのロゴも、自分がサインを書くなかで自然に生まれたデザインを整えたものだという。
この記事で使う用語|フロウ・客演・レイジ・クルー
本文で繰り返し出てくる4語を先に定義しておく。いずれもヒップホップの文脈で意味が変わる語である。
客演とは、他のアーティストの楽曲にゲストとして参加することを指し、フィーチャリング(feat.)とも表記される。1stアルバムには11組が客演として参加している。
レイジとは、歪んだシンセと激しい音圧を特徴とするトラップ以降のスタイルを指す。1stアルバムはこのビートを軸に構成されている。
クルーとは、グループより緩やかな結びつきの仲間の集まりを指す。この人物は東京のクルーからBAD HOPへ移った経歴を持つ。
4語のうち3語が、この人物の現在地を説明する語である。クルーから離れ、客演を集めて、レイジのビートで自分の作品を作った。それが2025年時点の姿である。
CHAPTER 02 / SECTION 02Vingoの生い立ち|東京で生まれ、川崎で生まれ直す
Vingoは東京で生まれ、10代の頃から川崎の仲間たちと交流するようになった。本人はこの経緯を、自身の楽曲のなかで「東京で生まれて一度死に、川崎でもう一度生まれた」と表現している。
身体に入っているタトゥーの一つにも、このストーリーが反映されている。本人によれば、そのタトゥーは「一度死んだ自分」を表現したものだという。東京出身でありながら、川崎という土地が人生を変えた場所になっている。
17歳での300万円|友人の代わりに返済
17歳頃、Vingoは友人が持ち逃げした300万円を個人的に返済したことがある。当時、地元で友人たちと仕事をしていたが、その一人が大金を持ち逃げしたという経緯である。
この件については、YZERRが自身のアカウントで経緯を説明している。
VingoがBAD HOPに加入する前の17くらいの時に地元の友達?と仕事してて、その友達が300万持ち逃げしてVingoが個人的にそいつの返済した話は聞いてるけど、俺らが脅されるとかないから。
YZERR 公式Xアカウントの投稿2018年12月2日/2026年8月16日確認仕事の具体的な内容は明かされていない。成人前の年齢で友人の負債を引き受けたという事実だけが、公の場で語られている。
この記事で最初に外したのが、本名に関する記述だった。旧版は本名を平仮名で書いたうえで、著名なプロ野球選手と同姓同名だというメモを付けていた。ところが調べると、まったく別の名前を記載している媒体もある。どちらが正しいかを確定できる公式発表が見つからない以上、書けるのは「確認できていない」までだ。同姓同名という切り口は読み物として面白いが、その面白さのために不確かな名前を固定してしまうのは、プロフィール記事として本末転倒である。生年も同様で、旧版は1995年としたうえでタグには4月1日を入れていた。公式サイトの表記は1996年生まれである。
CHAPTER 02 / SECTION 03ラップを始めたきっかけ|父が借りてきた8Mile
Vingoがラップを始めたきっかけは、高校時代に父親が借りてきた映画「8Mile」だった。この作品でEminemを知り、ラップの凄さに気づいたことが出発点になっている。
当初は日本語ラップにあまり魅力を感じていなかったが、AKLOとISH-ONEを知ったことで日本語でのラップを始めることになった。あわせて、当時YouTubeで公開されていた高校生のラップ大会も見ており、出場していた同い年のT-PablowとYZERRからも刺激を受けている。
Tokyo Young Vision|BAD HOP以前のグループ
BAD HOPに入る前、VingoはTokyo Young Visionというグループで活動していた。創設者の一人であり、東京を拠点にしていた。
しかし、グループの活動に限界を感じるようになる。当時の悩みについて、後に相談相手になるのがYZERRだった。
BAD HOPへの加入|YZERRからの誘い
YZERRとの出会いは、あるライブイベントだった。Vingoが調子に乗って絡む形で接点ができ、そこからLINEを交換して親しくなったと語られている。
当時のグループへの不満をYZERRに相談し続けた結果、最終的に脱退することになる。そこで、Vingoの才能を買っていたYZERRが「辞めるのはもったいないからうちに来いよ」と誘い、2014年にBAD HOPへ加入した。18歳のときである。
YZERR側は第一印象が最悪だったと語っている一方で、Vingoの独自の音楽性については早くから評価していた。加入後は同年リリースのコンピレーションへの参加を皮切りに、本格的な活動が始まっている。
CHAPTER 03 / SECTION 04BAD HOP時代|礼儀を学び、解散までを走り切る
Vingoが加入して最初に受けたカルチャーショックは、音楽ではなく礼儀だったと本人は語っている。川崎で育ったメンバーには、先輩への接し方や言葉遣いが身についていた。
それまでの自分について、本人は「その辺のチャランポランなアメリカ人みたいな感じだった」と振り返っている。先輩が話している最中に普通にタバコを吸ってしまうようなところもあり、YZERRから真剣に怒られたこともあったという。音楽だけでなく、人との接し方もこのクルーで学んだことになる。
解散直前|人生で一番忙しかった時期
東京ドームでの解散ライブの直前は、本人にとって人生でもトップクラスに忙しい時期だった。同時進行していた仕事は次のとおりである。
- 連日のミュージックビデオ撮影
- アメリカでの楽曲制作
- 配信番組の企画への参加
- 東京ドーム公演の準備とリハーサル
食事を取る時間すら十分になく、コンビニで簡単に済ませる生活だったという。当時の映像で顔の輪郭がシャープになっていた点についても、本人は「ご飯を食べられなさすぎて痩せていただけ」と明かしている。ライブのリハーサルすら十分な回数を確保できないほどだった。
それでも作品やステージのクオリティは落とさなかった。BAD HOPには「誰一人として最後まで手を抜かない」という共通意識があったと本人は振り返っている。
解散後の関係|仲間と別れた感覚はない
2024年の解散後も、Vingo本人には「仲間と別れた」という感覚はあまりないという。メンバーとは現在も普通に会い、飲みに行ったり食事をしたりしている。
音楽について改まって真剣な話をすることは意外と少なく、会えば昔と同じようにふざけ合ってしまうそうである。映像でメンバー同士が強い言葉で言い合っているように見える場面についても、川崎の仲間内では怒っているような口調でふざけ合うことが普通にあると説明している。外から見ると喧嘩に見えるだけで、実際は普段通りのやり取りというケースも多い。
CHAPTER 03 / SECTION 05Vingoのラップ|高音ボイスと制作への向き合い方
Vingoのフロウの特徴は、BAD HOP内でも一、二を争う高音ボイスにある。リズミカルで滑らかな乗せ方が持ち味で、クルーのなかでも最もUSラップに近いフロウをしていると評されてきた。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 声 | BAD HOP内でも屈指の高音ボイス |
| フロウ | リズミカルで滑らか、ビートへのアプローチが巧み |
| 立ち位置 | クルー内で最もUSラップに近い質感 |
| リリック | 自身の経験に裏打ちされた言葉の重み |
| ソロでの変化 | メロディアスな要素やロック寄りの曲にも踏み込む |
ソロになってからは、クルー時代にやっていなかったことを意識的に試している。本人はメロディを乗せることや、あえてラップを丁寧にやることなどを挙げている。
「150%で作らなければ人には刺さらない」
Vingoが作品制作で大切にしている考え方がある。一般のリスナーは音楽を何気なく聴くことが多い。だからこそ、その人に刺さるものを作る側が何となく作っていたら絶対に刺さらない、という発想である。
作り手が150%の熱量で作ったものが届き、その一部がリスナーの心に刺さる。だから作品を作る人間は一瞬も気を抜いてはいけない、と本人は語っている。この考え方はT-Pablowから聞いた言葉として紹介されており、Vingo自身も強く影響を受けている。
まず動いてからモチベーションを作る
東京ドームという大舞台を終えた翌週には、Vingoはすでにスタジオへ戻っていた。理由は「何もしていない自分が嫌だから」だという。
スタジオに入ったからといって、必ず曲を完成させる必要はない。とにかく曲を作ってみる、新しい音楽を聴く、何か新しいものに触れる。行動しているうちに発見があり、そこから次にやりたいことが生まれてくるという考え方である。
モチベーションが出るのを待ってから動くのではなく、動くことでモチベーションを生み出すというのがこの人物の基本にある。
仕事と休みを分けない働き方
解散後は、自分の音楽を広げるためにヒップホップ以外のジャンルにも積極的に触れている。テクノ、ハウス、EDM、ロックなど、これまで以上に幅広い音楽を聴いたという。
働き方についても独特の感覚を持っている。本人は「基本的に毎日休みだと思っているし、基本的に毎日仕事だと思っている」と語っている。ラッパーは自分の人生そのものを作品にしていく仕事であり、仕事とプライベートを完全に分ける感覚自体が薄いという。どこにいてもVingoとして生活すること自体が、活動につながっている。
ディズニーランドから学ぶライブ演出
Vingoにはディズニー好きという一面もあるが、その見方は演出する側の視点である。ディズニーランドほど細部まで作り込まれたエンターテインメント空間はなく、こんなところまで気を使っているのかと参考になると語っている。
夢の国を作るために、どれだけ多くの人間が細部まで仕事をしているのか。その姿勢を、自身の音楽制作やライブにも重ねている。150%で作るという考え方とも一直線につながっている。
CHAPTER 04 / SECTION 06Vingoのタトゥー|身体に刻まれた人生の設計図
Vingoにとってタトゥーは、単なるファッションではなく自己表現の手段である。身体に入っているデザインを見ることで、その人がどんな人間なのかが分かるという考え方を持っている。
| 部位・モチーフ | 込められた意味 |
|---|---|
| 右太もも(最初のタトゥー) | 2つの仮面を組み合わせたデザイン、未成年の頃に入れた |
| 右腕 | 自身の人生をひとつの物語として構成 |
| 左腕 | テーマは家族 |
| 胸の中央 | 心臓に刺さるナイフ、本人が最も気に入っているもの |
| BreatH | BAD HOPのBとHを大文字にした表現 |
| 額 | 敬愛するレゲエアーティストの言葉 |
| 一度死んだ自分 | 東京で生まれて一度死に、川崎で生まれ直したという物語 |
表のとおり、BAD HOP、家族、地元、音楽、そして自分自身の人生が、それぞれ身体の別の場所に配置されている。思いつきで埋めたのではなく、部位ごとに主題が決まっている構成である。
最初のタトゥー|その場でGoogleで探したデザイン
最初に入れたのは右太ももで、まだ未成年の頃だった。友人がタトゥーを入れるというので見に行ったところ、現場で彫師から「お前は入れないの?」と聞かれたのがきっかけである。
そこでその場でGoogleを使ってデザインを検索し、2つの仮面を組み合わせた「Laugh Now, Cry Later」のデザインを選んだ。なおこのタトゥーは現在も完成していないという。
原点|バスケットボールとスケートボード
タトゥーに興味を持った背景には、若い頃に触れていたカルチャーがある。以前はバスケットボールをしており、NBAの選手にはタトゥーを入れている人が多かった。スケートボードをしていた頃も、周囲の先輩たちは普通に入れていた。
そのため本人のなかでは、「格好いい人にはタトゥーが入っている」というイメージが自然に形成されていた。自分もいずれ入れることになると、昔から思っていたという。
一番のお気に入り|心臓に刺さるナイフ
本人が最も気に入っているのは、胸の中央にある心臓とナイフのデザインである。背中側から伸びてくるヤギの角と、心臓へ刺さるナイフがつながる構成をとくに気に入っている。
このタトゥーを入れた日のエピソードも語られている。名古屋でのライブ後のアフターパーティーで酒を飲みすぎ、そのまま酔った状態で施術へ向かったという。担当したのは豊橋周辺で活動する彫師で、Vingoは施術中ずっと寝ていた。その場所を彫られながら寝ている人は初めて見たと言われたそうである。
右腕は人生、左腕は家族
右腕のタトゥーには、ひとつのストーリーが組まれている。過去の荒々しい自分、白紙の夢を持って上へ進んでいく天使、BAD HOPという海賊船が沈まないよう祈る人魚、その上には音楽の神。さらに日本とアメリカの高額紙幣を象徴するデザインと、それを見つめる目が入っている。
紙幣のデザインには、「金は正しく使わなければ危険だ」という若い頃からのメッセージが込められている。
一方、左腕のテーマは家族である。父親が秋田出身であることから秋田にまつわる雪女、母親の名前の一文字、飼っているペット、自分と弟、母親の故郷に関係する城のモチーフ、父親の名前の一文字を持つ扇。左腕全体で家族を表現している。メンバーから派手すぎると止められたデザインもあったが、気にせず入れたという。
BreatH|BAD HOPを呼吸するという意味
身体には「BreatH」という文字も入っている。BAD HOPのBとHを大文字にした表現で、BAD HOPを吸い込むように呼吸するという意味を持たせている。円の中にも「BH」が入っている。
BAD HOPのメンバーの多くがこのタトゥーを入れており、Vingoにとってもグループ時代の大切な記憶の一つになっている。
彫った量と、あえて残した余白
若い頃には約1年半、週2回ほどのペースで入れていた時期もあった。何を入れるか決めないままスタジオへ行き、その場で考えることもあったという。
当初は海外のラッパーのように腕から身体、顔まで埋めていくイメージを持っていた。腕までは予定通り埋めたものの、途中から「空いている部分がある方が格好いい」と感じるようになり、現在はあえて余白を残している。
痛みについても意外な答えを返している。顔や額はほとんど痛くなく、一番痛かったのは指だった。あまりの痛さに彫師へ腹が立つほどで、わざと痛くしているのではないかと思うほどだったという。
タトゥーへの考え方|海外での自己紹介と、日本での配慮
Vingoが感じるタトゥーのメリットの一つが、海外でのコミュニケーションである。海外へ行くと見た瞬間に「絶対ラッパーだろ」と話しかけられ、そのまま会話が始まる。細かな自己紹介をしなくても、自分が何をしている人間なのかが伝わる点を気に入っている。
一方、日本でタトゥーが受け入れられにくいことについては、意外にも強く反発していない。自分は最初からリスクや制限があることを理解した上で入れたのだから、日本が変わることを期待していないと話している。温泉についてはもう少し緩くなってもいいと思うものの、怖いと感じる人がいることも理解しており、自分の方が配慮すべきだという考えである。
実際、YZERRやマネージャーと箱根の温泉へ行った際には、何軒もの施設で入浴を断られた。外国人のふりまでしてみたが断られ、ようやく入れる温泉を見つけたところ、中はタトゥーだらけの客に囲まれていた。本人は「美術館かと思った」と笑っている。
今後については、世界的なタトゥーアーティストのDR. WOOに彫ってもらいたいと語っている。ブランドのイベントで本人と会ったことがあり、次回の来日時に彫ってもらう話もしたという。希望しているのは非常に細かく繊細なデザインで、入れたい場所は顔だそうである。
CHAPTER 05 / SECTION 07ソロアルバム「VINNY」|3年かけた1枚
Vingoの1stソロアルバム「VINNY」は、2025年4月29日にリリースされた全18曲の作品である。リリース宣言から実際に出すまでには、約3年かかっている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | VINNY |
| リリース | 2025年4月29日 |
| 収録曲数 | 全18曲 |
| 先行シングル | 楽笑、2025年3月22日リリース、F1LTHYプロデュース |
| 音の軸 | レイジビート |
| 客演 | MaRI/Eric.B.Jr/NOV/LANA/LEX/Hezron/swetty/Kohjiya/¥ellow Bucks/JP THE WAVY/Candee |
| MV公開曲 | 楽笑/INTRO/Growing Pains/IKANAIDE/One Mor3 T!me |
| リリースパーティー | 2025年6月6日、渋谷のクラブで開催 |
表のとおり、客演には11組が参加している。ソロ作でありながら、外部との接続を積極的に増やした構成になっている。
3年かかった理由|納得できるまでの保留
Vingoは以前からソロアルバムを出すと宣言していたが、実際の発表までには約3年かかった。本人も周囲から「嘘つき」と言われたと笑っている。
ただし単純に制作が遅れていたわけではない。納得できない部分があり、タイミングを待っていたという。その3年間で音楽的なスキルも上がり、さまざまな楽曲を作るなかで「BAD HOPのVingo」と「ソロのVingo」の違いも見えてきた。最終的に「これなら出しても恥ずかしくない」と思えるレベルに到達したことで、アルバムを完成させている。
コンセプト|少年ビニーが大人になるまで
タイトルの「VINNY」は、Vingoになる前の自分を指すあだ名である。当初は「ビニー・イン・ワンダーランド」というコンセプトも考えていた。さまざまな人や世界と出会い、そこを旅する中で作った曲をまとめる構想だったという。
しかし制作を続けるうちに、これは自分の人生そのものを歌っていると感じるようになる。そこで最終的に、「ビニーという少年が大人になり、Vingoになっていく」という意味を持つ作品になった。
この構成はアルバムの並び順にも反映されている。前半は怒りや荒々しさを象徴する音で、後半になるにつれて落ち着き、大人になっていく展開になっていると本人は説明している。作品はApple Musicの総合アルバムランキングで1位を記録した。
解散後の迷い|何にエネルギーを注ぐのか
BAD HOPとして活動していた約10年間、Vingoのエネルギーは常にグループへ向かっていた。どう大きくするか、みんなで何を作るか。その目標があった。
ところが解散して一人になると、「俺は何のために曲を作っているんだろう」という感覚が生まれた。BAD HOP時代と同じことを一人でできる範囲に縮小して続けても面白くない。やるのであれば、自分自身が再び大きな挑戦をしたい。そう考えたときに思い出したのが、音楽を始めた頃の夢だった。
CHAPTER 05 / SECTION 08アメリカへの挑戦|Quavoと9時間
Vingoが次に狙っているのは、アメリカのヒップホップシーンである。音楽を始めた当初、アメリカに住みたい、アメリカのラッパーみたいになりたいという漠然とした憧れがあったという。
BAD HOPで多くの経験を積み、知識や技術も身についた今、「本気でアメリカを目指したら、どこまで行けるんだろう」という疑問が生まれた。そして「挑戦せずに死ぬのか」と自分自身に問いかけたという。29歳になった時点で、もう一度大きな勝負をすると決めている。
無理なら無理で仕方がない。ただ、やらないまま現状に満足してしまう方が耐えられないというのが本人の考えである。
Quavoとの楽曲制作
アメリカを目指すと決めた直後、Vingoのもとに大きなチャンスが舞い込んだ。海外アーティストとつながる人物たちと出会い、その流れからQuavoとの楽曲制作が実現している。
本人によれば、Quavo以外にも複数の海外アーティストとの楽曲が存在する。インタビュー時点では名前を公表できないアーティストもおり、Quavoと同等かそれ以上の知名度を持つ人物もいるという。
MVを撮るために9時間待った話
Quavoとのエピソードで印象的なのがMV撮影である。Vingoは本人に直接「一緒にMVを撮らないか」と交渉し、Quavoはその場で「いいじゃん。今から撮ろう」と快諾した。
ところが指定された場所で準備を整えて待っても、Quavoはなかなか来なかった。結果として待った時間は約9時間である。途中で諦めることもできたが、Vingoはその場を離れなかった。帰った直後に連絡が来れば一生後悔する、無理だと正式に言われるまでは待つ、という気持ちだったという。
最終的にその日は撮影できなかったが、翌日にQuavoから連絡が入り、実際にMV撮影を行うことができた。チャンスに対する執念深さがよく表れたエピソードである。
目標|日本人がアメリカで戦う環境づくり
Vingoのアメリカ挑戦は、自分一人が成功することだけを目的にしているわけではない。海外アーティストやプロデューサーとのつながりを作り、日本人と仕事をすることがアメリカ側にとってもメリットになる状態を作りたいと考えている。
将来的には、アメリカで日本人アーティストを扱えるレーベルやプロモーションの仕組みまで作れれば理想だという。日本のラッパーがアメリカを特別視するのではなく、普通に同じ舞台で戦う相手として考えられるようにしたい。次の世代にとってアメリカを目指すこと自体が当たり前になれば、自分が挑戦した意味があると語っている。
その準備として、英語も勉強している。インタビュー時点では週2〜3回程度のペースで、ある程度は自分でも会話するという。必要な部分では通訳を介しながら、海外アーティストと直接コミュニケーションを取れる環境を作っている。
CHAPTER 06 / SECTION 09VingoのMBTI|ENTP-A(推定)と判断の根拠
Vingoの公開されている言動から整理すると、MBTIはENTP-A(推定)が最も近い。本人による公表ではなく、当編集部がインタビューや公開情報から整理したものである。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| 東京ドームの翌週にはスタジオへ戻り、動くことでモチベーションを作る | 先に動いて可能性を広げる傾向(Ne優位) | 本人の発言 |
| 29歳で「挑戦せずに死ぬのか」と自問しアメリカを目指すと決めた | 現状維持より新しい賭けを選ぶ傾向 | 本人の発言 |
| Quavo本人に直接MVの撮影を交渉した | 臆せず外へ働きかける傾向 | 本人の発言 |
| 解散後にテクノ・ハウス・EDM・ロックまで聴き込んだ | 関心の対象を広げ続ける傾向 | 本人の発言 |
| 仕事と休みを分けず、生活そのものを活動と捉える | 枠組みを固定しない傾向(Ti補助) | 本人の発言 |
対立仮説として、ENFP-Aも成立する。家族や仲間を主題にしたタトゥーの多さ、日本人が戦える環境を次の世代に残したいという動機は、こちらでも説明できる。ただし「日本が変わることを期待していない」と割り切る態度や、レーベルや仕組みまで作りたいという発想は、対象を構造として捉える型のほうが説明しやすい。当編集部はENTP-Aを採ったが、いずれも推定であり本人の公表ではない。
CHAPTER 06 / SECTION 10Vingoの素顔|特技・趣味・買い物
音楽以外のパーソナルな部分についても、本人がインタビューで語っている。タトゥーだらけの外見からは想像しにくい項目も並ぶ。
| 項目 | 本人が語っている内容 |
|---|---|
| 特技 | オンラインゲームのApex |
| カラオケの十八番 | X JAPANの「紅」 |
| 寝るときの癖 | 必ず左側を向く |
| 好きな場所 | ディズニーランド、演出する側の視点でも見る |
| よく見る動画 | 都市伝説やオカルト系のコンテンツ |
| ファッション | ストリート系、Heron PrestonやNEPENTHESを愛用 |
| 最も愛用するブランド | SUGATA、ライブ衣装としても着用 |
| 髪型 | ドレッドヘア、加入前はYZERRに変えられた |
表のとおり、関心の幅がかなり広い。都市伝説やオカルト系の動画を見るという点についても、宇宙人に遭遇したらどうするかと聞かれて「俺もだよ」と答えるという独特の発想を披露している。
最も高かった買い物|カスタムした高級時計
これまでで最も高かった買い物として挙げているのが、2つの高級ブランドを組み合わせてカスタムした時計である。購入後、さらに自分好みに加工した。
時計店からは「本当にやるの?価値がなくなるよ」と言われたが、「それにしたいからやってくれ」と依頼したという。本人にとって時計は資産価値を守るものではなく、自分が活動してきた証としてのトロフィーである。市場価値より、自分にとって格好いいかどうかを優先している。
髪型|加入時にYZERRに変えられた
Vingoの髪型といえばドレッドヘアだが、BAD HOPに加入する前はツイストパーマだった。YZERRにダサいと言われ、髪型からすべてを変えられたという経緯がある。
ロングのドレッドを垂らすスタイルのほか、トップで結い上げるスタイルも見せてきた。メンバーのなかでも一際インパクトのある髪型として、代名詞のように扱われている。
CHAPTER 07 / SECTION 11Vingoのおすすめ曲|入門ガイド
どこから聴くかで、この人物のどの側面に触れるかが変わる。クルー時代とソロでは、狙っている音がかなり違う。入口ごとに整理したのが次の表である。
| 入口 | 形式 | 時期 | わかること | 向いている人 |
|---|---|---|---|---|
| Diamond feat. YZERR & Vingo | クルー曲 | 2018年 | ゆったりした乗り方とワードセンス | とりあえず一曲だけ聴きたい人 |
| Drop Water | 3MC曲 | 2019年 | ビートへのアプローチの巧みさ | フロウから入りたい人 |
| SideEffect | ソロ曲 | 2019年 | クルー内でのソロ曲としての生き様 | 人物から入りたい人 |
| 楽笑 | ソロ | 2025年 | レイジビートでの現在地 | いまの音を知りたい人 |
| VINNY | ソロアルバム | 2025年 | 少年から大人への構成と全体像 | まとめて理解したい人 |
表から読み取れるのは、2019年までと2025年で狙っている音がはっきり違うという点である。クルー曲だけで判断すると、ソロで踏み込んだメロディやロック寄りの側面を取りこぼす。
Diamond feat. YZERR & Vingo
2018年にリリースされ、ミニアルバム「BAD HOP HOUSE」に収録された楽曲である。YZERRとの2人の曲で、Vingoのゆったりとした乗り方とワードセンスが光る一曲としてファンに支持されている。
Drop Water
2019年、Vingo・Bark・G-k.i.dの3MCによる1st MIXTAPE「REDRUM」に収録された楽曲である。ビートへのアプローチによる聞き心地のよいフロウを堪能でき、Vingoのラップが前面に出た一曲になっている。
SideEffect
同じく「REDRUM」に収録された、Vingoのソロ曲である。ラップスキルを余すことなく感じ取れる構成で、自身の生き様を語るリリックが乗る。クルー時代のソロ曲としては代表的な一曲といえる。
向いていないケース|低音の重さを求める人
低く重い声の質感を求めている人には、この人物は入口として向かない。持ち味は高音ボイスであり、押しの強さより滑らかさで聴かせるタイプだからである。
また、クルー時代の音だけを追いたい人にも、現在の作品はずれて聞こえる可能性がある。ソロではレイジビートを軸に、メロディやロック寄りの要素まで踏み込んでいる。その場合は2019年までの3MC作品を中心に聴くほうが目的に合う。
CHAPTER 08 / SECTION 12Vingoに関するよくある質問(FAQ)
Vingoへの検索で繰り返し現れる疑問は、基本プロフィール、BAD HOPとの関係、そして解散後の活動の3方向に集中している。公表されている範囲で回答する。
CHAPTER 08 / SECTION 13まとめ|終わった翌週にスタジオへ戻った人
1996年、東京に生まれた。高校時代に父親が借りてきた映画をきっかけにラップを始め、Tokyo Young Visionの創設者の一人として活動した後、18歳でBAD HOPへ加入している。川崎出身が中心のクルーで、唯一の東京出身だった。
加入して最初に受けたカルチャーショックは、音楽ではなく礼儀だったと本人は語る。そこから約10年、日本武道館、横浜アリーナ、そして東京ドームまで走り切った。解散直前は食事の時間すら取れないほど忙しく、それでも手を抜かなかったという。
東京ドームの翌週には、もうスタジオへ戻っていた。理由は「何もしていない自分が嫌だから」。3年かけた1stアルバム「VINNY」を2025年に発表し、いまは「挑戦せずに死ぬのか」という自問から始まったアメリカ挑戦へ向かっている。
この記事の要点
- 1996年生まれ、東京都出身、BAD HOPで唯一の東京出身メンバー、身長は170cm
- 本名は媒体によって記載が食い違うため、当編集部では確認できていないとして扱う
- ラップを始めたきっかけは映画「8Mile」、日本語ラップはAKLOとISH-ONEの影響
- Tokyo Young Visionの創設者の一人として活動後、2014年に18歳でBAD HOPへ加入
- BAD HOPで最初に受けたカルチャーショックは礼儀、東京ドームの翌週にはスタジオへ戻った
- 2025年4月29日に1stアルバム「VINNY」を発表、全18曲でApple Music総合1位
- 現在はアメリカ挑戦を進行中、Quavoとの楽曲制作が実現しMV撮影では9時間待った
- MBTIはENTP-A(推定)、本人公表ではなく公開情報からの整理
— Djtube 編集部 / 2026.08
※本記事は、公式発表・本人出演インタビュー・音楽メディアの報道で確認できた事実のみを記載しています。本名など媒体間で記載が食い違う項目は「確認できていない」としました。匿名アカウントによる評価や感想は出典として扱っていません。確認日:2026年8月16日。
