CHEHONプロフィール
大阪・生野区鶴橋出身のCHEHON(チェホン)は、日本のレゲエシーンを牽引するDEEJAYだ。声を張り上げない。ガナらない。地声に近いトーンのまま、こぶしと韻で押し切る。18歳でレゲエに出会い、「みどり」と「韻波句徒」でシーンに名を刻み、1年半のジャマイカ武者修行を経て、MCバトルの土俵にまで足を踏み入れた。本記事では本名・年齢・出身・国籍・奥さん・タトゥー・MBTIまで、人物軸の全項目を整理する。42歳、大阪府生野区鶴橋出身。
この記事でわかること
- 本名・生年月日・出身地・国籍など、本人が公表している範囲の基本プロフィール
- パンク少年が18歳でレゲエに出会い、DEEJAYになるまでの経緯
- 1年半にわたるジャマイカ武者修行と、そこで得たもの
- 「みどり」「韻波句徒」「CHALLENGER」という代表曲3曲と、2008年のメジャーデビューからの作品史
- 2022年のTHE FIRST TAKE出演が持った意味
- 呂布カルマ戦・ミメイ戦で起きた「ラバダブはネタか」というスタイル論争
- 2026年のワンマン公演とBATTLE SUMMIT IIIまでの現在地
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に確認したい項目だけを、1行ずつ先に置いておく。根拠と詳細は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| CHEHONの読み方は? | 「チェホン」。レゲエのDEEJAYとしての名義。 | 本名は李宰洪 |
| 年齢・出身は? | 1984年8月4日生まれの42歳。大阪府生野区鶴橋出身。 | 実家はキムチ屋 |
| 国籍は? | 韓国籍。両親ともに韓国人で、帰化はしていない。 | 本人が公表・歌詞にもしている |
| 奥さんはいる? | いる。2017年8月17日のライブ中にステージ上でプロポーズしている。 | 相手は一般の方のため非公表 |
| 身長・血液型・MBTIは? | 身長は非公表。血液型はA型。MBTIはESFP-A(推定)。 | MBTIの根拠は該当章 |
| 代表曲は? | 「みどり」「韻波句徒」「CHALLENGER」の3曲。 | 該当章で詳述 |
| MCバトルにも出てる? | 出ている。真ADRENALINE、戦極MC BATTLE、BATTLE SUMMITなど。 | 該当章で詳述 |
| THE FIRST TAKEに出た? | 出ている。2022年5月に「韻波句徒」を一発撮りで披露し、1,000万再生を突破した。 | 音源も配信された |
| CHEHONは今なにしてる? | 2026年にワンマン「KING OF STAGE」を開催。8月11日のBATTLE SUMMIT IIIにRed Eyeとのタッグで出場。 | フェス出演も継続 |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。「推定」とある値は本人公表ではなく、当編集部が公開情報から整理したものです。
CHAPTER 01 / SECTION 01CHEHONのプロフィール|本名・年齢・出身・MBTI
CHEHONは、本名を李宰洪(イ・ジェホン)という、大阪府生野区鶴橋出身のレゲエDEEJAYである。読み方は「チェホン」。18歳でキャリアを開始し、シングル「みどり」の大ヒットでシーンに名を刻んだ。
まず、SNSや公式サイトを含む一次情報の入口をまとめておく。出演情報やリリースは、下記の公式アカウントが最も早い。
※MBTIは本人が公表した値ではなく、当編集部が公開情報から整理した推定です。判断根拠は「人物像とMBTI」の章に記載しています。身長は本人・所属からの公表を確認できていません。
この記事で使う用語|DEEJAY・ラバダブ・ダブ・サウンドマン
レゲエの用語はヒップホップと呼び方が違う。先に4語だけ整理しておくと、以降の章が読みやすくなる。
DEEJAYとは、レゲエにおいてリズムに乗せて言葉を放つ演者を指す呼称である。ヒップホップでいうMCにあたる役割で、レコードをかける「セレクター」とは区別される。CHEHONはこのDEEJAYとして18歳からキャリアを積んだ。
ラバダブとは、既存のリディム(トラック)の上でDEEJAYが自分の持ち歌や即興を歌い継いでいくレゲエの形式である。CHEHONのMCバトルにおけるスタイルは、この形式を土台にしている。
ダブ(DUB)とは、サウンドが自分たちの名前を入れた専用バージョンをアーティストに録音してもらう、レゲエ特有の慣習である。ダブの依頼が続くことは、その曲が現場で使われ続けている証拠になる。
サウンドマンとは、レゲエの現場で音源を選び場を回すサウンドシステムの担い手を指す。CHEHONはキャリア初期、サウンドマンにデモを渡すところから活動を広げた。
4語のうち3語が「現場」に関わる言葉である。CHEHONが自らを「現場至上主義」と位置づけてきた背景は、この用語の並びからも読み取れる。
CHAPTER 01 / SECTION 02CHEHONの本名と国籍|李宰洪と鶴橋のキムチ屋
CHEHONの本名は李宰洪、日本での通名は米田洪二である。両親ともに韓国人で、本人は帰化していない韓国籍であることを公表している。日本生まれ日本育ちで、そのことを隠さず歌詞にもしている。
実家は鶴橋商店街にあるキムチ屋・丸金商店。18、19歳の頃は実家の手伝いをしながらライブに出ていた。店は主に母が切り盛りし、姉も手伝っている。
出自を隠さず、そのまま名乗る。この姿勢が、後の「みどり」や「韻波句徒」で聴こえてくる言葉の強度と地続きになっている。
CHAPTER 02 / SECTION 03CHEHONの生い立ち|パンク少年がDEEJAYになるまで
CHEHONの音楽的な出発点はレゲエではなく、パンクとミクスチャーだった。中学時代にはバンドも組んでいる。転機は18歳、クラブのDJブースで回っていた7インチだった。
DEEJAYを始めたきっかけ|クラブで聴いた7インチ
18歳のとき、クラブでDJブースを覗くとレゲエの7インチレコードが回っていた。その音に衝撃を受けてレゲエにハマり、そこからすぐにDEEJAYになることを決めてマイクを持った。サウンドマンにデモを渡し、週末のクラブでライブを重ねてキャリアを積んでいく。
下積み時代|キセルで新幹線に乗って東京へ
DEEJAYを始めたばかりの頃は金がなく、実家の手伝いをしながらクラブで歌っていた。イベントで知り合った相手の家に上がり込むなど、生活は荒れていたという。一方で現場では積極的にデモCDを配り、キセルで新幹線に乗り込んで東京のイベントへ向かうなど、動き方は徹底してアグレッシブだった。
この下積みの経験が、現在まで続く「現場至上主義」につながっている。
CHAPTER 02 / SECTION 04CHEHONのジャマイカ武者修行|1年半の自給自足
2010年6月30日にアルバム「Road to Island」をリリースした直後、CHEHONは日本を離れ、約1年半のジャマイカ武者修行に出た。この期間が、その後のキャリアの土台になっている。
渡航についてはアルバムのラスト収録曲「SAYONARA JAPAN」でも言及している。
現地ではホテルではなく自分で家を建て、ほとんど自給自足に近い生活を送った。レギュラーダンスをキープしながらアルバム制作にも取り掛かるという、ハードな日々だった。
日本で得た知名度を一度手放して、現地の現場に立ち直すという選択である。帰国後の作品でトーンが変わるのは、この1年半を挟んだためだ。
CHAPTER 03 / SECTION 05CHEHONのレゲエスタイル|地声のフロウと韻の密度
CHEHONのスタイルは、日本語を使ったジャパニーズ・レゲエである。地声に近い声で独特のこぶしを効かせ、メッセージの詰まったリリックを乗せる。張り上げないまま中毒性を出すところに特徴がある。
ガナる(張り上げる)ことができなかったから地声で勝負した、という説明である。制約から入った選択が、結果としてこのDEEJAYの識別点になった。
もうひとつの特徴が韻の密度だ。リリックで韻を多く踏むのは、レゲエとヒップホップがクロスオーバーする大阪という土地と、本人がリスペクトを公言するTERRY THE AKI-06の影響が大きい。レゲエのフォーマットの上でヒップホップ的な押韻を成立させる書き方が、後のMCバトル参戦にもつながっている。
CHEHONの記事で最も間違えやすいのは、レゲエの用語をヒップホップの用語で置き換えてしまうことである。DEEJAYをDJと書けば意味が反転し、ラバダブを「ネタ」と書けば当人が否定している枠組みをそのまま採用することになる。呼び方は本人と現場の用法に合わせること。もう一点、勝敗のある試合を扱うときは、判定結果と編集部の感想を必ず分けて書く。
CHAPTER 03 / SECTION 06CHEHONの代表曲|みどり・韻波句徒・CHALLENGER
CHEHONの入口になるのは「みどり」「韻波句徒」「CHALLENGER」の3曲である。それぞれ性格が違うため、何を聴きたいかで選ぶ順番が変わる。
みどり|名前を全国に広げた1曲
2006年のヒット曲。一聴するとラブソングに聴こえるが、実際は「みどり=大麻」を主題にしたガンジャチューンである。発売から長い年月が経った今もサウンドマンからダブの依頼が続く、CHEHONの代表曲だ。
この曲はインディーズアルバムランキングで22位を記録し、本人の環境も大きく変えた。当時のインタビューでは次のように語っている。
韻波句徒|韻の連打で押し切るダンスホールチューン
「みどり」に次いでクラブで大ヒットしたダンスホールチューン。読みは「インパクト」。18歳のCHEHONがクラブでレゲエと出会ったときに受けた衝撃を、そのまま曲にしたものである。癖のあるフロウから矢継ぎ早に放たれる韻の連打が中心にあり、バックグラウンドにヒップホップも感じさせる。この曲は2022年、THE FIRST TAKEでの披露によって再び大きく広がることになる(ディスコグラフィの章で詳述)。
CHALLENGER|ジャマイカ行きの前に置いた宣言
ジャマイカ武者修行の前にリリースされた曲。自らを「CHALLENGER=挑戦者」と名指しした、宣言としての性格が強い1曲である。プロデュースはジャマイカのStephen “Di Genius” McGregorが手がけている。
この曲は音楽シーンの外にも届いた。関西出身のYouTuber・ヒカルは、CHALLENGERを自身のテーマソングに挙げている。
チェホンのチャレンジャーが18歳からの俺のテーマソング。昔はずっとこれを聞きながら仕事に明け暮れた。
ヒカル本人のX(旧Twitter)投稿より入門ガイド|どの曲から聴くかの判断表
代表曲3曲を、発表時期・性格・聴きどころ・向く聴き方の軸で並べたのが次の表である。同じDEEJAYでも入口によって受ける印象が変わるため、目的別に整理した。
| 曲名 | 時期 | 性格 | 聴きどころ | こんな人におすすめ |
|---|---|---|---|---|
| みどり | 2006年 | ヒット曲 | ラブソングの形式で別の主題を歌う二重構造。いまもダブの依頼が続く | まず名前を作った1曲から入りたい人 |
| 韻波句徒 | 「みどり」の後 | クラブチューン | 癖のあるフロウと韻の連打。ヒップホップ寄りの手触り | 言葉の技術から入りたい人 |
| CHALLENGER | ジャマイカ渡航前 | 宣言曲 | Di Geniusのトラックに乗せた前向きなリリック | 物語として聴きたい人 |
| SAYONARA JAPAN | 2010年 | アルバム収録 | ジャマイカへ発つ理由をそのまま書いた曲 | キャリアの転機から追いたい人 |
この表から読み取れるのは、2006年の「みどり」から2010年の「SAYONARA JAPAN」までのあいだに、歌う対象が「情景」から「自分の決断」へ移っているという点である。ヒット曲と宣言曲を続けて聴くと、同じ4年のあいだに何が変わったのかが分かりやすい。
向いていないケース|張り上げる声のレゲエを求める人
声量で押し切るタイプのDEEJAYを期待して聴く人には、CHEHONの楽曲は物足りなく感じられる可能性がある。本人が選んでいるのは張り上げない地声のトーンであり、そこにこぶしと韻を乗せる設計だからだ。
また、代表曲「みどり」は薬物を主題にした曲である。題材そのものを避けたい場合、この曲は入口として向かない。その場合は「CHALLENGER」や、ジャマイカ以降の楽曲から入るほうが接点を作りやすい。
CHAPTER 03 / SECTION 07CHEHONのディスコグラフィ|メジャーデビューからTHE FIRST TAKEまで
CHEHONは2008年、シングル「LIKKLE MORE ~めぐりeye~」でBMG JAPANからメジャーデビューした。以降、アルバムを重ねながら、2022年にはTHE FIRST TAKEで新しい世代へ届いている。主要作品を時系列で整理する。
| 年 | 作品 | 備考 |
|---|---|---|
| 2006 | みどり(ミニアルバム) | インディーズアルバムランキング22位。CDデビュー作 |
| 2008 | LIKKLE MORE ~めぐりeye~ | BMG JAPANからのメジャーデビューシングル |
| 2009 | RHYME LIFE | メジャー1stアルバム |
| 2010 | Road to island | リリース後にジャマイカへ渡航 |
| 2012 | Seaview Garden | ジャマイカ武者修行の集大成 |
| 2013 | A PASSING POINT | 帰国後の作品 |
| 2015 | RE:START | タトゥーについて歌った同名曲を含む |
| 2016 | BEST | ベスト盤 |
| 2021 | THE CULMINATION | 約5年ぶりのフルアルバム |
表を通して見ると、2010年から2012年の空白がそのままジャマイカ滞在期にあたることが分かる。渡航前の「Road to island」と帰国後の「Seaview Garden」は、タイトルからして往路と滞在の記録として対になっている。
THE FIRST TAKE|「韻波句徒」が新しい世代に届いた日
2022年5月、CHEHONは一発撮りのYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」の第216回に登場し、「韻波句徒」をスペシャルアレンジで披露した。動画は公開から短期間で1,000万再生を突破し、その勢いを受けて7月13日には配信専門レーベルTHE FIRST TAKE MUSICから「韻波句徒 -From THE FIRST TAKE」として音源がリリースされた。
やり直しの利かない一発撮りという形式は、現場主義を貫いてきたこのDEEJAYの持ち味とそのまま重なる。デビューから20年目にあたる年の出来事であり、クラブの外にいた層がCHEHONを知る、最大の入口になった。
※THE FIRST TAKE出演・配信リリースの事実は、THE FIRST TIMES(公式コラム・2022年5月)、SPICE・Billboard JAPAN(2022年7月)で確認しました。確認日:2026年8月10日。
CHAPTER 04 / SECTION 08CHEHONのMCバトル|呂布カルマ戦とミメイ戦のスタイル論争
CHEHONのMCバトルは、自分の持ち歌を組み替えて歌うラバダブを軸にしつつ、即興で韻も踏む「レゲエとヒップホップの中間」に位置するスタイルである。この立ち位置そのものが、バトルの現場で何度も論点になってきた。
ヒップホップのMCバトルでは、用意してきた既存のバースを使うことは一種のタブーとされる。一方でレゲエのラバダブは、持ち歌を場に合わせて組み替えること自体が形式として成立している。この前提の違いが、以下の2試合で正面からぶつかった。
CHEHON vs 呂布カルマ|真ADRENALINE
ヒップホップとレゲエ、それぞれを代表する立場同士の一戦になった。CHEHONの1バース目は自身の楽曲「戦国ラガ無双」を使ったラバダブだった。
呂布カルマは「これは一期一会 このビートの上で用意してきたもん 披露すんの勿体なくね?」と、あくまで即興で来いという立場を示す。
CHEHONはわざと1バース目にネタを置いたことを明かすが、呂布カルマは主張を変えない。どちらかが相手の土俵に乗ることなく、スタイルウォーズの形のまま進行した。
この試合は、細かい押韻の有効打を重ねた呂布カルマの勝利となった。ラバダブという形式そのものの是非が、勝敗とは別に論点として残った試合である。
CHEHON vs ミメイ|戦極MC BATTLE 第21章
関西の若手ミメイとの一戦。CHEHONは1バース目で、スナフキンが試合で自分の曲をサンプリングしたことに「素晴らしい」と言及した。対するミメイは「みどり」のサンプリングで応じる。
ここで、繰り返し「ネタ」と指摘されてきたことへの反論が出る。
ミメイは「じゃあお前履き違えんなバトルとラバダブ」と、形式の違いを正面から返した。
この試合はCHEHONの勝利となった。2試合を並べると、CHEHONが問題にしていたのは勝敗よりも「他人の曲のサンプリングは認められ、自分の曲を歌うとネタと言われる」という非対称のほうだったことが分かる。
CHAPTER 04 / SECTION 09CHEHONの現在|2026年KING OF STAGEとBATTLE SUMMIT III
CHEHONは2026年8月時点も第一線で活動している。引退や活動休止の公式発表は確認できない。2026年はワンマン公演とフェス出演を重ね、8月にはMCバトルの大舞台にも立つ。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2022 | BATTLE SUMMIT(第1回)出場。1回戦でMOL53に敗退 |
| 2026.06.19 | ワンマン「CHEHON ONEMAN LIVE -KING OF STAGE-」大阪・なんばHatch |
| 2026.07.03 | 同ワンマン 東京・豊洲PIT |
| 2026.08.11 | BATTLE SUMMIT III(Kアリーナ横浜)にRed Eyeとのタッグで出場 |
| 2026.09〜10 | 播州ごじゃフェス・渋谷レゲエ祭ほかフェス出演を継続 |
この表から読み取れるのは、音源とライブの活動を続けながら、MCバトルの現場にも定期的に戻ってきているという点である。2022年の第1回は1回戦敗退だったが、第3回は2on2のタッグ形式で、Red Eyeと組んでの出場になる。
※2026年の公演・出場情報は、CHEHON公式インフォメーション(X)、イープラス公演情報、ABEMA公式プレスリリース、Kアリーナ横浜公式サイトで確認しました。確認日:2026年8月10日。
CHAPTER 05 / SECTION 10CHEHONの私生活|ファッション・タトゥー・結婚
CHEHONの私生活で公表されているのは、大阪のブランドを中心に着るファッション、右腕のタトゥー、そしてステージ上でのプロポーズである。相手や家族に関する未公表の事柄には踏み込まない。
ファッション|大阪発のブランドを着る
主に国内のストリートブランドを着用し、パーカーやTシャツをやや大きめに着こなすスタイルが特徴である。頭に巻くバンダナはトレードマークで、ANDSUNSとコラボしてバンダナを発売したこともある。
| ブランド | 備考 |
|---|---|
| COCOLO BLAND | 定番の着用ブランド |
| NASTY DOG | 大阪発 |
| SUSTOS | 大阪発 |
| ANDSUNS | バンダナでコラボ実績あり |
| Carhartt | ワークウェア |
| adidas | スポーツブランド |
| Dickies | ワークウェア |
表を見ると、大阪発のブランドとワークウェアが並んでいることが分かる。地元のブランドを積極的に着る姿勢は、リリックで繰り返される大阪へのレペゼンと同じ方向を向いている。
タトゥー|右腕の「鼠」が指すもの
CHEHONは右腕にタトゥーを入れている。入れた理由については、自身の楽曲「Re:Start」のなかで触れている。
右腕の「鼠」は、大阪のレジェンドである故TERRY THE AKI-06と、ごく親しい仲間たちとで結成したクルーの名である。文字そのものが、故人へのリスペクトの表明になっている。
結婚|ステージ上でのプロポーズ
CHEHONには奥さんがいる。プロポーズをした場所がライブのステージ上だったことで知られている。2017年8月17日、自身の誕生日イベント「BIRTHDAY BASH2017」(大阪CLUB JOULE)でのことだった。MC中に相手をステージへ上げ、こう告げている。
プロポーズは成功し、その後「Will You Marry Me」を歌ってステージを締めた。
CHAPTER 05 / SECTION 11CHEHONの人物像とMBTI|ESFP-A(推定)と判断の根拠
当編集部はCHEHONのMBTIをESFP-A(エンターテイナー型)と推定している。本人による公表はなく、以下は公開されている言動から整理した推定である。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典の性質 |
|---|---|---|
| クラブで7インチを聴いた直後にDEEJAYになると決めた | 状況に対して即座に動く。段取りより先に決める(Se優位) | 本人インタビュー |
| キセルで新幹線に乗り、デモを配り歩いた | 現場に出ることを最優先にする | 本人インタビュー |
| ステージ上で公開プロポーズをした | 人前であることを臆さず、その場を舞台にする | イベント映像・報道 |
| 知名度がある状態で1年半ジャマイカへ渡った | 安定より刺激と実地を選ぶ | 本人発言・作品 |
| バトルで自分のスタイルを問われ、その場で感情ごと返した | 反応が速く、直接的に出る | バトル映像 |
| 「現場至上主義」を自ら掲げている | 抽象的な理念より、身体で確かめる基準を置く | 本人発言 |
表を縦に読むと、6項目のうち大半が「考えてから動く」ではなく「動いてから考える」側に寄っていることが分かる。判断材料は本人の発言と映像に限られ、心理検査の結果ではない点も、表の「出典の性質」列から読み取れる。
対立仮説|ENFP-Aとも読める理由
ENFP-A(運動家型)とも読める。ジャマイカ行きや「CHALLENGER」という自己定義には、目の前の状況よりも将来像に動かされる面があるためだ。本記事では、現場での即応と身体的な決断の速さを重く見てESFP-Aを第一の推定とした。ただし作品のリリックだけを見るなら、ENFP的な読みのほうが自然に映る場面もある。
CHAPTER 06 / SECTION 12CHEHONと仲のいいラッパー|NATURAL WEAPONとの20年
CHEHONと特に関係が深いのは、同じ大阪を拠点とするDEEJAYのNATURAL WEAPONである。出会いはCHEHONが18歳の頃、大阪府堺市のクラブTEN-Gでのラバダブだった。
| 名前 | 関係 | 備考 |
|---|---|---|
| NATURAL WEAPON | 大阪の後輩DEEJAY | 出会いは堺市TEN-Gのラバダブ。一緒にジャマイカへも渡った |
| TAK-Z | 共演の多いDEEJAY | レゲエシーンでの盟友 |
| JUMBO MAATCH | 共演の多いDEEJAY | レゲエシーンでの盟友 |
| RED SPIDER | サウンド | 現場での共闘関係 |
表のなかでもNATURAL WEAPONとの関係は長い。楽曲での共演にとどまらず一緒にジャマイカへ渡り、YouTubeチャンネル「RAGGA RAGGA BROTHERS」も結成している。18歳で出会ってから20年以上、同じ場所で活動を続けている相手である。
CHAPTER 06 / SECTION 13CHEHONに関するよくある質問(FAQ)
CHEHONへの検索で繰り返し現れる疑問は、本名と国籍、奥さんに関する話、そして代表曲「みどり」の主題の3方向に集中している。以下は、本文で扱った内容のうち単独で問われやすい項目を、その場で答えが完結する形にまとめたものである。公表されていない事項は「公表されていません」と明記している。
CHAPTER 06 / SECTION 14まとめ|鶴橋から世界基準へ
CHEHONが日本のレゲエに残しているのは、張り上げない声のまま成立させたDEEJAYの型と、出自を隠さずそのまま名乗る姿勢である。そのどちらもが、以下の道のりの上に立っている。
鶴橋のキムチ屋の息子が、18歳でクラブの7インチに衝撃を受けてマイクを持った。キセルで東京へ行き、デモを配り、「みどり」で名前が全国に広がった。知名度を得た直後に、その全部を置いてジャマイカへ渡り、自分で家を建てて1年半を過ごした。
帰ってきてからは、レゲエの外にも出た。ヒップホップのMCバトルという他人の土俵で、ラバダブという自分の形式を持ち込み、そのことで何度も論争になった。それでも形式を変えなかった。
2026年、ワンマンで大阪と東京を回り、8月にはKアリーナ横浜のBATTLE SUMMIT IIIに立つ。「CHALLENGER」と自らを名指してから15年以上、その自己定義はまだ現在形のままである。
この記事の要点
- 本名は李宰洪、通名は米田洪二。1984年8月4日生まれの大阪府生野区鶴橋出身
- 韓国籍であることを本人が公表し、歌詞にもしている。実家は鶴橋商店街のキムチ屋
- 18歳でレゲエと出会いDEEJAYに。「みどり」「韻波句徒」でシーンに名を刻んだ
- 2010年から約1年半、ジャマイカで自給自足の武者修行を経験
- MCバトルではラバダブを軸にしたスタイルで、形式そのものが論点になってきた
- 2017年にステージ上でプロポーズ。相手は一般の方のため非公表
- 2026年はワンマン「KING OF STAGE」を開催し、8月11日のBATTLE SUMMIT IIIに出場
— Djtube 編集部 / 2026.08
※本記事の発言引用は、本人が公に語った内容として確認したものです。バトルでの発言は試合映像から、楽曲の一節は該当楽曲からの引用です。2026年の活動情報の確認日:2026年8月10日。
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