JAKENプロフィール
JAKENは、広島県廿日市市出身のラッパーである。18歳で大阪へ移り、韻踏合組合のHIDADDYが手掛ける店でスタッフとして働きながら活動を始めた。2023年、YouTubeチャンネル03-Performanceで披露した「Seaside Flow」が大きく再生され、一気に全国区になっている。大阪で得たつながりを足場にしながら、制作の軸は地元・広島へ。2026年にはICE KINGとの『STILL ALONE』も発表している。生い立ちや人物像から、代表曲とその後の歩みまでをたどる。
よくある疑問と、短い答え
読み方や出身地など、プロフィールの入口をまとめた。詳しい経緯は各章で紹介する。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| 読み方は | ジャケン | 広島弁の「〜じゃけん」から |
| 何歳か | 2026年に23歳 | 2003年生まれ。誕生日は確定しない |
| 誕生日は | 確かな公表情報を確認できず | 生年は2003年 |
| 出身は | 広島県廿日市市 | はつかいちし |
| 本名は | 非公表 | |
| 拠点はどこか | 広島 | 一時は大阪 |
| 代表曲は | Seaside Flow | 2023年の03-Performance |
| MBTIは | ISTJ(推定) | 本人の公表なし |
MBTIは当編集部が公開情報から整理した推定であり、本人による公表でも心理的な診断でもありません。根拠は人物像の章に示しています。
JAKENの基本プロフィール|読み方・年齢・出身
JAKENは2003年生まれ、広島県廿日市市出身のラッパーである。読み方はジャケンで、名義は広島弁の「〜じゃけん」に由来する。
自分が育った地元のこと。ヒップホップでは出自を示す語として重視される
名義が方言から取られている点からも分かるとおり、地元との結びつきを前面に出すラッパーである。リリックにも「広島」と「Seaside」という語が繰り返し登場する。
この記事で扱わないこと
年収や資産の推定額は掲載しない。歌詞に金額が登場しても、実際の年収や資産を示す資料にはならない。
誕生日の月日や学校名、身長は、今回確認した本人取材・公式配信情報では確定できない。本名や血液型も非公表として扱う。結婚・子供・逮捕歴の欄は確認範囲を示したもので、私生活や経歴の不存在を断定するものではない。
生い立ちと広島
JAKENは生まれも育ちも広島県で、18歳まで地元で過ごしている。海沿いの町という環境が、そのまま作品の背景になっている。
「Seaside Flow」にも海沿いの産業地帯を出自とする表現が登場する。地名を飾りとして使うのではなく、自分が見てきた景色を曲の土台にしている。
リリックには「Seaside」という語が繰り返し現れる。実家から車で10分ほどの範囲に、いまも通う店があると語っている。
地元については、地方都市であることの両面を挙げている。自然が多く時間の流れが緩やかである一方、東京に比べて機会が少ないことへの悔しさもあったという。地方で成功した人が都市へ出ていくため、若い世代にとって成功が身近に感じられない構造がある、という見方も示している。
その環境で夢が叶うことを自分が証明したいという趣旨を語っており、後に拠点を広島へ戻す判断とつながっている。
厳しい暮らしや過去の痛みは、後に「DONZOKO」などの題材になった。ただし、歌詞に登場する人物や出来事を、そのまま本人や周囲の人の実際の経歴と同一視することはできない。
ラップを始めるまで
ヒップホップを知ったきっかけは、テレビとYouTubeのバトル番組だった。入口としては同世代に共通する経路である。
フリースタイルダンジョンと高校生ラップ選手権を通じてヒップホップを知ったと語っている。特にT-Pablowのバトルはバースをそらんじられるほど繰り返し見返していたという。
そこからBAD HOPの楽曲へ進んだ。当時の自分たちにとってBAD HOPはファッションから話題の中心まで、すべてを占める憧れの存在だったと振り返っている。

中学時代の練習方法
中学の頃は、学校で友達とバトルをするのが流行っていたという。ただし自分で考えたバースは下手だったため、あまり知られていないうまい人のバースを丸暗記し、自分のもののように吐いていたと明かしている。
どれだけ知られていないバースを暗記して自分のものらしく言えるかが肝だった、というのが本人の説明である。他人のラップを覚えて声に出すことが、当時の入口だった。そこから型を身につけたとも読めるが、これは編集部の解釈である。

人物像とMBTIの推定
JAKENは、目標を立てて生活を組み直した経験を語っている。公開されている発言から整理する。
MBTIはISTJ(推定)|計画性に注目した読み方
推定の根拠になるのは、本人のインタビュー発言と公開されている行動から拾える次の5点である。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出所の種類 |
|---|---|---|
| 先輩の指摘を機に目標を立て直したと語る | 計画を立てて逆算する | 本人のインタビュー発言 |
| 当時ギャンブルをすべてやめたと振り返る | 決めたことを守り続ける | 本人のインタビュー発言 |
| 現状を通過点と位置づけ浮かれないと述べる | 長期の視点で構える | 本人のインタビュー発言 |
| 全国からのオファーがある中で拠点を地元に戻した | 一貫した価値観を優先する | 公表された活動 |
| 中学時代に他人のバースを暗記していた | 型から身につけた可能性 | 暗記は本人の発言、学び方は編集部解釈 |
その場の勢いに任せるより、いったん決めた方針を維持する方向へ振れる傾向が強い点が、この推定の中心にある。
ESTP(推定)とも読める理由
一方で、ESTP(推定)と読む余地もある。目指す目標として挙げているのは、認められること、収入を得ること、生活を整えることという具体的で現実的なものである。抽象的な理念ではない。
大阪へ移り、その足でHIDADDYのもとを訪ねるという動き方も、状況へ飛び込む型に近い。楽曲で見せる派手さも、堅実さだけでは説明しにくい。
計画性も即行動する姿勢も、仕事上の役割や活動時期によって変わりうる。限られた取材だけで普段の行動頻度や性格全体は分からないため、ISTJ(推定)は人物像を読む補助線にとどめる。
ファッション
ハイブランドを中心にしたラグジュアリーストリートが基本である。タイトなサイジングで合わせる点に特徴がある。
CHROME HEARTSのアクセサリーを集めている点も、ファッションの特徴として挙げられる。
シルバーアクセサリーの着用が多く、CHROME HEARTSのブレスレットやネックレスなどを複数所持している。着用例として挙げられるブランドには、次の顔ぶれがある。所有点数や現在の私物を網羅した一覧ではない。
- BURBERRY
- LOUIS VUITTON
- AMIRI
- CHROME HEARTS
- NIKE
- RICK OWENS
- OFF-WHITE
- SECRET
- Cartier
大阪へ、そして一二三屋
18歳のとき、JAKENは大阪へ移り住んでいる。ここで活動が本格化した。
HIFUMIYA TVの「N.P.R GOKKO in一二三屋2」は、HIDADDY、BIG MOOLAらと旧名義のJAKEN Gが並ぶセッション映像。一二三屋でのつながりが、言葉を交わし合う場にもなっていたことが分かる。
本格的にラップをやるつもりで、韻踏合組合のHIDADDYのもとを訪ねた。行けばラップをさせてもらえるという情報を得ていたためだという。
ところが訪ねた当日は花見の予定で、そのまま連れて行かれることになった。食事の場で公園でワンバースを披露するよう促され、ヒップホップとは無関係の花見客の前でラップすることになったのが、初めて人前でラップした経験だったと語っている。
当時を振り返って、いまでも無茶振りだったと思うという趣旨のことを述べている。
一二三屋のスタッフとして
大阪では、HIDADDYが手掛ける店「一二三屋」でスタッフとして働き始めた。働き始めて数か月後には、HIDADDYが撮影を担当したファーストMV「For Tossy」を発表している。
現在は一二三屋のスタッフではないが、大阪を拠点に活動する土台はここで作られた。
生活を組み直した時期
大阪で仕事を見つけた後、先輩から人生の進め方について指摘を受けたことが転機になったと語っている。目の前の楽しいことを追いかけて生きる形では計画性がない、と自分でも思い当たったという。
そこから目標を具体的に立て直した。飾らずに言えば、認められて、収入を得て、生活を整えるというヒップホップ的な成り上がりの像が、自分の目指すものと一致していたと述べている。
本人の振り返りでは、同時期にギャンブルもすべてやめたという。かつては自称パチプロだったといい、やめられた自分が不思議だと本人が語るほどの転換だった。
キャリアの歩み
JAKENのキャリアは、大阪でのスタートからブレイク、そして地元への回帰という順で動いている。短期間での動きである。
活動開始から現在までを時系列に並べると、ブレイクからアルバムの発表までが立て続けであることが分かる。
「For Tossy」は公式配信紹介で2021年7月2日リリースとされ、当時18歳で大阪へ現れたJaken Gの初PVと紹介されている。撮影はHIDADDY、ディレクターはRaimu。大阪のアメリカ村での経験を歌った初期作品だ。
ラップスタイル
JAKENのラップは、オートチューンを使ったメロディアスなフロウが軸になっている。硬さと柔らかさが同居している。
JAKENの公式MV「Sea Side Dream」は、2024年の「SEA SIDE DREAM」に対応する映像。メロディーを軸にしたJAKENの作風を聴く入口として、声の抑揚と言葉の置き方に注目したい。
音程を補正するソフトウェア。効果を強くかけることで独特の質感を出す使い方が定着している
かすれ気味の声を使った力強いラップと、メロウなラップが同じ曲の中に共存する。この振れ幅が、聴き飽きさせない構成につながっている。
主なスタイルの特徴は次の3点である。
- オートチューンを使ったメロディアスなフロウ
- 成り上がりや厳しい環境での生活を率直に綴ったリリック
- 意外性のあるワードチョイス
リリックには成り上がるという意志が前面に出る。同時に、予想外の語を差し込むことで単調にならない構成が取られている。
影響を受けたラッパー
影響を受けたラッパーとしてWatsonの名前が挙がる。楽曲の雰囲気に共通するものがあり、03-Performanceへの出演で注目を集めたという経路も重なっている。
「Seaside Flow」では、先行する曲に登場するじゃんけんの言い回しを、自分の暮らしに引き寄せている。先行する曲の言い回しを引き受けたうえで、自分の状況に置き換えるという書き方をしている。
JAKEN x WATSON x ROMMY Montana名義の「Type Beat」も、三者の接点として挙げられる。
イベントでの共演に加え、03-Performanceの「03-Cypher 2023」にはWatson、炒炒、Lunv Loyal、Bene Baby、JAKEN、Yvng Patraが参加している。
海外のアーティストではGunnaやDrakeをよく聴くと語っている。作風が自分と似ているわけではないが、両者とも話題が絶えない点に親近感があるという。

Seaside Flowでのブレイク
JAKENの名前が全国に届いたのは、2023年の「Seaside Flow」である。この1曲で状況が変わった。
Seaside Flow|日常を歌った代表曲
03-Performanceの「Seaside Flow」は、Rommy MontanaのビートにJAKENが自分の生活を重ねた2023年の代表作。大きく見せるだけでなく、安い食事代を賭けたじゃんけんまで歌にする距離の近さが魅力だ。
知名度のある側が、まだ知られていないアーティストを引き上げること。共演や作品への起用という形をとる
YouTubeチャンネル03-Performanceで披露された楽曲で、地元広島の海沿いを背景にストーリー性のあるリリックが乗る。目標は100万回再生だった。その後400万回を超えたヒットとして紹介されてきたが、再生回数は時点によって変わる。
Rommy Montanaは2023年8月の取材で、Watsonの「reoccurring dream」の大きな反響は予想していなかった一方、JAKENの「Seaside Flow」は意図的にヒットを狙った作品だったと説明している。
トラックとチャンネルの代表を務めるRommy Montanaは、この曲について当初から手応えを持っていたと語っている。
絶対100万再生いこうっていうことで
THE MAGAZINE「Rommy Montana」インタビューRommy Montana
出演者を選ぶ基準について、流行るかどうかではなく格好いいかどうかで決めていると述べており、当時まだ知名度の低かったJAKENの起用もその判断によるものだった。
歌詞に込められた皮肉
勝てるはずの手が安い食事のじゃんけんでは負ける。強さを誇る言葉を日常の小さな失敗へ反転させることで、当時の懐事情とユーモアが一緒に伝わる。
本人はこの曲のフックについて、じゃんけんを題材にした一節を最も代表的な歌詞として挙げている。
先行する楽曲の「負けないチョキ」という言い回しを引きつつ、実際には安い食事を賭けたじゃんけんで負けているという状況を重ねた。当時の自分の金銭感覚と置かれた状況が、そのまま伝わる形になったと自賛している。
ラップスタア誕生2023には落選
同時期に応募した「ラップスタア誕生2023」では、書類選考で落選している。車内で撮影された応募動画が公式アカウントから公開された。
落選して終わりではなく、作品の発表を重ねる道へ進んだ。翌年の「ラップスタア誕生2024」には応募していない。
Rommy Montanaとの関係と「SHINE」
03-Records公開の「SHINE」は、Rommy MontanaとJAKENによる共作。「Seaside Flow」で描いた貧しさを引き継ぎつつ、制作を続けた先の変化へ視線を向ける。
Rommy Montanaは、数ある03-Performanceの映像の中で最も思い入れのある作品として「Seaside Flow」を挙げている。「Seaside Flow」はトラックもRommy Montanaが手掛けたものである。
食事代のじゃんけんに負けて悔しがった過去から、今度は自分から払う側へ。同じ「チョキ」を使いながら意味を反転させることで、「Seaside Flow」からの変化を具体的な場面として伝えている。
代表曲と近年の作品|どこから聴くか
JAKENの楽曲は、生い立ちを語るものと成り上がりを宣言するものに大きく分かれる。まず性格の違う代表曲3曲を挙げ、その後に近年の作品を紹介する。
ルーツを知りたいのか、スキルの高さを聴きたいのかで入口が変わってくる。目安として整理しておく。
| 曲名 | 内容 | 向いている人 |
|---|---|---|
| DONZOKO | どん底から這い上がる過程 | ルーツを知りたい人 |
| White Tee | 18stopとのマイクリレー | コンビネーションを見たい人 |
| STREET PAIN | 路上の痛みと成り上がり | スキルの高さを聴きたい人 |
いずれも配信で聴くことができる。以下では、それぞれの曲が何を歌っているのかを順に見ていく。
DONZOKO
JAKENの公式MV「DONZOKO」は、困窮した暮らしと、そこから抜け出そうとする思いを前に出した一曲。華やかな成功談より、その手前で何を支えにしていたかを知りたい人に向いている。
初期には1st MIX TAPE『SEA SIDE TAPE』からの先行曲として紹介された楽曲で、2023年に単曲でも配信された。
金が貯まらないどころか家の風呂に湯をためることすらままならない暮らしや、傷ついた顔・手が歌の中に描かれる。YZERRの歌詞が当時の痛み止めだったという一節からは、聴く側だった時期の自分が見える。

White Tee(JAKEN & 18stop)
JAKEN公式チャンネルの「White Tee」では、18stopとのマイクリレーを聴ける。二人の共演を入口に、生活の傷や不安をどんな言葉に変えているかを追いたい。
大阪でつながった二人が、成り上がろうとする意志を持ち寄った共演曲である。
血で汚れたTシャツ、不安を酸性雨にたとえる表現、よれたBURBERRY、母親に隠す姿、iPhoneに書く言葉が並ぶ。歌詞全体における生活の描写として読むもので、個々の出来事をそのまま二人の経歴と決めつけることはできない。成功の前段階にある状況を、飾らずに置いている点が共通している。
STREET PAIN
JAKENの公式MV「STREET PAIN」は、路上の痛みと成り上がろうとする姿勢を扱う楽曲。歌うような滑らかさだけでなく、言葉を押し出す強さに耳を向けたい。
メロディアスさを抑えた強気なスタイルも、この曲の聴きどころだ。
うまくいかない状況を歌の材料にし、前へ出ようとする曲として聴ける。実際の逮捕歴や所得額の説明ではなく、作品の表現として受け止めたい。
STILL ALONE|ICE KINGとの2026年作品
2026年8月31日、JAKENとICE KINGは8曲入りの『STILL ALONE』をリリースした。表題曲や「Cartierよりも (feat. ICE KING)」、「ALONE (Remix)」などを収録し、地元や成功だけでなく、恋愛と喪失へ向く言葉にも触れられる作品だ。
公式配信音源の「STILL ALONE」は、忘れようとしても残る相手への思いを歌う。アルバムの名義はJAKENとICE KINGで、配信クレジットではこの曲のボーカルはJAKENとされている。
同じ「忘れる」という動詞を肯定と否定で返す短い言葉が、気持ちを切り替えられない状態を際立たせる。派手な街や遊びの場面があっても、孤独は消えないという曲の対比につながる。
2026年には「SeaSideSwag」、2曲入り『Cartieよりも』も配信されている。『Cartieよりも』の収録曲「Cartierよりも (feat. ICE KING)」は『STILL ALONE』にも収録されており、作品名の「Cartie」と曲名の「Cartier」は区別したい。『STILL ALONE』の公式配信情報から全曲をたどれる。
金なさ過ぎて売ったパソコン (feat. JAKEN) (Remix)|JINへの客演
2026年9月17日には、JINの「金なさ過ぎて売ったパソコン」のリミックスに参加。生活の苦しさを身近な持ち物から描く題材は、「DONZOKO」などのJAKENの初期作品とも響き合う。
JINの公式配信音源はJAKEN参加のリミックス版。物を手放すことと、仲間や自分の姿勢を売らないことを対比している。
JIN「金なさすぎて売ったパソコン」公式配信ページには原曲とJAKEN参加のリミックスが並ぶ。聴き比べると、客演によって加わった言葉が、曲の「売る」という題材をどう広げるかを追える。
持ち物を売ることと、自分の姿勢を曲げることを同じ動詞で対比している。金がないという話を弱さの告白だけで終わらせず、譲らないものを示す言葉へ変える一節だ。ここでは曲全体の表現として紹介している。
広島へ戻った理由
JAKENは現在、拠点を地元の広島に置いている。全国からオファーが届くようになった後の判断である。
2024年6月には1stアルバム『PUSHIN J』を、その後2ndアルバム『SEA SIDE LAND』を発表した。POP YOURSやRed Bull RASENといった大型の企画にも出演している。
広島に自身のスタジオを構え、制作を続けている。ただし「東京に一切住んでいない」という意味ではない。2025年7月の取材では東京にも住まいがあることを話しつつ、全面的に移る道は選ばなかったと説明した。地方で成功した人が都市へ出ていくと、若い世代が身近な目標を持ちにくい。本人はその問題を自分の活動と結びつけて考えている。
地元に成功の実例を残すという考え方が、広島で活動する選択を支えている。
成功した書き手が地元に残るかどうかは、その土地のシーンにとって大きな差になる。近くに実例があるかないかで、次の世代が抱く現実味が変わるためである。JAKENが繰り返す「Seaside」という語は、単なる出自の表示ではなく、その場所に居続けるという宣言としても機能している。
成功を通過点と位置づける
現時点について、本人は成功したとは思っていないと語っている。目指している姿があり、いまはその通過点にすぎないという認識である。
ヒット曲が出たり良いことがあったりしたときに、喜ぶこと自体は悪くないとしつつ、浮かれて仕事を疎かにすれば、入れ替わりの激しい業界ではすぐに落ちていく。その激流の中で登り続けたいという趣旨を述べている。
交友関係|一二三屋で築いたつながり
JAKENは関西と東海圏を中心に、幅広いラッパーとつながっている。一二三屋での時期に築いた関係が中心にある。
名前が挙がるのは次の顔ぶれである。
特に一二三屋に関わっていたメンバーとの関係が深く、大阪へ移ってからは共作やイベントでの共演を重ねていた。
18stopと「Spotlight」
18stopの公式配信音源「Spotlight (feat. JAKEN)」は、『Zzz』に収録された共演曲。積み重ねた日々と仲間との関係を、光の当たる現在へつなぐ歌として聴ける。
大阪を拠点とする18stopは、JAKENが最も多く共作しているラッパーの一人である。「White Tee」「Spotlight」「KAMAHEN」などの楽曲がある。
同じ03-Performanceから広く知られるようになった同世代であり、掛け合いの噛み合い方に現れている。
光を浴びる場面でも、以前の苦しさは忘れない。曲全体のこの対比は、二人の「White Tee」と並べて聴くといっそう伝わる。歌詞の役割を味わうための引用で、掲載箇所を特定メンバーの担当と断定したものではない。
韻マンと「RETTER」
韻マン公式チャンネル公開の「RETTER (feat. JAKEN)」は、百足&韻マンにJAKENが加わった2023年の共演作。過去へ戻りたくないという切迫感が、成功をつかもうとする言葉を支えている。
韻マンとは、一二三屋のスタッフとして一緒に働いていた時期がある。HIDADDYを介して大阪で知り合ったと本人が語っている。
JAKEN G名義で活動していた初期から、韻マンの「fucked up!! feat. JAKEN G」で共演していた。
2023年には百足&韻マン名義の「RETTER feat. JAKEN」が話題になるなど、作品でのつながりが続いている。
「RETTER」には、成功を望むだけでなく、以前の状態へ戻ることへの恐れもある。曲全体の一節として読むことで、強気な表現の裏にある切迫感が見えてくる。個人の担当パートを示す引用ではない。

炒炒との共演
2023年以降はイベントでの共演や03-Performanceの「03-Cypher」を通じて接点が見られる。炒炒による「Seaside Flow」のリミックスや、SNSで紹介された共作も話題になった。
さらに、2024年の『PUSHIN J』には「Seaside Wave (feat. 炒炒)」を収録。公式配信のトラックリストから正式な共演作を確認できる。公に発表された作品から、二人の関係をたどることができる。
JAKENについてよくある質問
検索でよく見られる疑問に、公表されている範囲で答える。未公表の事項は、そのまま未公表と書いている。
まとめ|広島に足場を残すという選択
JAKENは、成功した後に地元へ戻ったラッパーである。その判断がこの人物の性格をよく表している。
18歳で広島から大阪へ出て、一二三屋で働きながら活動を始めた。花見の場で無理やり1バース蹴らされたところから、2023年の「Seaside Flow」で全国区になるまで、数年しかかかっていない。
その速さの一方で、生活の組み直しには時間をかけている。先輩の指摘を機に目標を立て直し、ギャンブルをやめ、いまも現状を通過点だと語る。派手な作風と、決めたことを守る姿勢が同居している。
そして拠点を広島へ戻した。地方の若い世代にとって成功が身近でなくなる構造を、自分が変える側に回るという選択である。リリックに繰り返される「Seaside」は、出自の表示であると同時に、そこに居続けるという宣言でもある。
作品情報の確認日:2026年10月19日。インタビュー発言は取材当時のもので、現在の私生活や考え方をすべて示すものではありません。
この記事の要点
- 2003年生まれ、広島県廿日市市出身。読み方はジャケンで広島弁に由来
- 18歳で大阪へ移り、韻踏合組合のHIDADDYが手掛ける一二三屋でスタッフとして働いた
- 2023年に03-Performanceで披露した「Seaside Flow」で全国区になった
- 2024年6月に1stアルバム『PUSHIN J』、その後2ndアルバム『SEA SIDE LAND』を発表
- 全国からオファーが届く現在も拠点を広島に置き、自身のスタジオを構えている
- MBTIはISTJ(推定)。本人公表ではなく、ESTP(推定)とも読める
「Seaside」は出自の表示であると同時に、地元に成功の実例を残すという意思にも重なる。
— Djtube 編集部 / 2026.10
