SEEDAプロフィール
東京都練馬区出身のSEEDA(シーダ)は、日本語ラップの書き方そのものを一段動かしたラッパーだ。ニュージーランドとロンドンで育った英語力を早口のバイリンガルスタイルに変え、2006年の「花と雨」で聴かせ方を丸ごと入れ替えた。楽曲だけではない。ミックスCD「CONCRETE GREEN」で若手を世に出し、YouTube番組「ニートtokyo」でシーンの内側を記録してきた。2025年には13年ぶりのアルバム「親子星」を出し、16年続いたビーフに決着をつけている。本記事では身長・年齢・生い立ちから現在までを整理する。
この記事でわかること
- 読み方・生年月日・出身・身長といった、公表情報をベースにした基本プロフィール
- ニュージーランドとロンドンで育った経歴と、英語が堪能な理由
- 慶應義塾高等学校の中退から神奈川大学の卒業までという異色の学歴
- 「花と雨」を境にしたラップスタイルの変化
- 2009年のTERIYAKI BEEFから2025年の和解までの16年
- 13年ぶりのアルバム「親子星」と、ニートtokyoの現在地
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に確認したい項目だけを、1行ずつ先に置いておく。根拠と詳細は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| SEEDAの読み方・本名は? | 「シーダ」。本名は吉田なおひと。 | SHIDA名義の時期もあった |
| 年齢・出身は? | 1980年11月17日生まれの45歳。東京都練馬区出身。 | 幼少期はNZとロンドン |
| 身長は? | 164cm(推定)。 | 本人公表値は確認できていない |
| なぜ英語が堪能なの? | 3〜4歳をニュージーランド、小学1年から中学1年をロンドンで過ごしたため。 | 該当章で詳述 |
| 学歴は? | 慶應義塾高等学校を中退し、神奈川大学を卒業している。 | 該当章で詳述 |
| 結婚してる? | 2012年4月7日にシンガーソングライターのEMI MARIAと結婚。子供が3人いる。 | 該当章で詳述 |
| VERBALとのビーフはどうなった? | 2025年3月のアルバム「親子星」収録の「L.P.D.N.」で共演し、16年ぶりに和解した。 | 該当章で詳述 |
| MBTIは? | INTJ-A(推定)。本人による公表はない。 | 根拠は該当章の表 |
| SEEDAは今なにしてる? | 2025年に13年ぶりのアルバム「親子星」をリリース。ニートtokyoは2026年8月で”第一幕”を終える。 | 該当章で詳述 |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。「推定」とある値は本人公表ではなく、当編集部が公開情報から整理したものです。
CHAPTER 01 / SECTION 01SEEDAのプロフィール|読み方・年齢・身長・出身
SEEDA(シーダ)は本名を吉田なおひとという、1980年11月17日生まれ、東京都練馬区出身のラッパーである。川崎を拠点とするグループSCARSのメンバーであり、ミックスCD「CONCRETE GREEN」やYouTube番組「ニートtokyo」の主宰者としても知られる。
※身長は本人・所属からの公表を確認できていないため推定です。血液型は公表を確認できていません。
この記事で使う用語|バイリンガルスタイル・ミックスCD・スキット・ハスリング
SEEDAを語るときに前提になる4語を、先に整理しておく。
バイリンガルスタイルとは、日本語と英語を混ぜてラップする書き方である。SEEDAは幼少期を海外で過ごした英語力を用いて早口で両言語を行き来し、2000年代の日本語ラップにこの型を定着させた。
ミックスCDとは、DJが複数のアーティストの楽曲を選曲・編集して1枚にまとめた作品である。SEEDAがDJ ISSOと2006年から手がけた「CONCRETE GREEN」シリーズは、当時の若手を世に出す場として機能した。
スキットとは、アルバムの曲間に置かれる短い寸劇や語りのトラックである。作品を通した物語性を作る役割があり、SEEDAのアルバムにも複数収録されている。
ハスリングとは、ヒップホップにおいて非合法な手段を含む金銭の稼ぎ方を指す言葉である。SEEDAの初期のリリックはこの領域の生活を描写しており、本記事はその行為を推奨する立場を取らない。
4語のうち2語は書き方、2語は作品の作り方に関わる言葉である。SEEDAが「ラッパー」以外の顔でも評価されてきた理由は、後者の2語の側にある。
CHAPTER 01 / SECTION 02SEEDAの現在|親子星・ニートtokyo・映画
SEEDAは2026年8月時点も現役で活動している。2025年3月には約13年ぶりのアルバム「親子星」をリリースし、同年12月には全23曲のデラックス盤も発表した。一方、主宰するYouTube番組「ニートtokyo」は2026年8月をもって”第一幕”を閉じる。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2020 | 自身の半生を描いた映画「花と雨」が公開 |
| 2025.03.21 | 約13年ぶりのアルバム「親子星」をリリース(全13曲) |
| 2025.12 | 「親子星 Deluxe」を配信(全23曲)。R-指定との「ちょっちゅね!!!」を収録 |
| 2026.06.27 | ニートtokyoが第三者による不正アクセスで削除される |
| 2026.07.07 | 約10日ぶりにチャンネルが復旧。ksr:3のインタビューを公開 |
| 2026.08.01 | ニートtokyoが8月いっぱいで”第一幕”を終えると発表 |
表を通して見ると、2025年から2026年にかけて、作品とメディアの両方で区切りが重なっていることが分かる。13年ぶりのアルバムで音源の側を更新し、9年続けたYouTube番組は一度閉じる。どちらも終わりではなく、形を変える動きとして発表されている。
アルバム「親子星」|13年ぶりの作品
2025年3月21日リリース。客演にTiji Jojo、Myghty Tommy、LEX、IO、D.O、VERBAL、Jinmenusagiらが並び、プロデュースにもD3adStock、ZOT on the WAVE、Chaki Zulu、BACHLOGIC、KMらが参加した。アルバムタイトル曲「親子星」は自身の子供や家族に向けた曲であり、SCARSの盟友STICKYに捧げた「Kawasaki Blue」も収録されている。
同年12月には全23曲の「親子星 Deluxe」を配信。R-指定を迎えた「ちょっちゅね!!!」、JJJとBESを迎えた「Kawasaki Blue Remix」、林鷹とA-THUGが参加した「STARSCAR 2」などが追加された。
ニートtokyo|削除、復旧、そして第一幕の終了
ニートtokyoは、ラッパーを中心としたヒップホップ関係者へのノーカットインタビューを配信してきたYouTubeチャンネルである。2017年11月、ライター・編集者の山田文大氏がSEEDAに持ちかけたことをきっかけに始動した。当初は毎日投稿を続けていたが、2023年からは不定期投稿に切り替えている。
毎日投稿して、翻訳をつて、良い感じにすべてをこだわってやるのがぶっちゃけ厳しくて。お金も時間も人材も足りなくて
SEEDAニートtokyoの公開動画より(KAI-YOUが報道)2026年6月27日には第三者による不正アクセスでチャンネルが削除され、約10日後の7月7日に復旧した。そして8月1日、8月いっぱいをもって”第一幕”を閉じると発表されている。最後は特別なゲストが登場する動画を毎日投稿する形が取られた。
※親子星・親子星 Deluxe・ニートtokyoに関する事項は、音楽ナタリー(2025年3月26日、2025年12月、2026年6月28日、7月7日、8月1日)、FNMNL(2025年3月21日)、KAI-YOUで確認しました。確認日:2026年8月10日。
SEEDAの記事で起きやすい失敗は、ラッパーとしての実績だけで人物像を組んでしまうことである。この人物の影響力は、自分の作品と同じかそれ以上に「他人を世に出す仕組み」の側にある。CONCRETE GREENで若手を出し、ニートtokyoでシーンの記録を残した。年表を作るときは、リリースと並べてこの2つの活動を必ず入れること。もう一点、ビーフを扱うなら和解までを1本の線で書く。対立だけを切り取ると事実の半分になる。
CHAPTER 02 / SECTION 03SEEDAの生い立ち|ニュージーランドとロンドンで育った少年期
SEEDAは1980年に東京都練馬区で生まれ、3歳から4歳頃をニュージーランドで、小学1年から中学1年までをイギリス・ロンドンで過ごした。英語が堪能なことで知られるのは、この経歴による。
幼少期の海外生活は、英語力という技術面だけでなく、日本のヒップホップとの距離の取り方にも影響している。国内のシーンの内側で育った書き手とは違う角度から言葉を扱えたことが、初期のスタイルの独自性につながった。
ラップを始めたきっかけ|「ただできたから」
ラップを始めたのは1996年頃、遊びの延長だった。当時はMANUVAというグループに所属していたが、メインのMCではなかった。数ある表現方法のなかでなぜマイクを握ったのかという問いに、本人は「ただできたから」と答えている。
この答え方には、後年まで一貫する姿勢が出ている。物語を先に用意せず、できることをやる。初期のリリックが状況の描写に徹しているのも、同じ態度の延長にある。
CHAPTER 02 / SECTION 04SEEDAの学歴|慶應義塾高校中退から神奈川大学へ
SEEDAは慶應義塾高等学校を中退し、その後、神奈川大学に入学して卒業している。日本語ラップのシーンでは高学歴として知られる経歴である。
慶應義塾高等学校は神奈川県横浜市港北区日吉に所在し、慶應義塾が運営する進学校である。一貫教育の仕組み上、そのまま在籍していれば大学へ進む道筋があった。その道を途中で降り、別の大学へ入り直したことになる。
なお大学時代の同期には、後に交友が続くサイプレス上野がいる。
CHAPTER 03 / SECTION 05SEEDAのラップスタイル|花と雨を境にした変化
SEEDAのスタイルは、キャリアの途中で明確に変わっている。初期は英語を多用した早口のバイリンガルスタイル、2006年の「花と雨」以降はゆっくりとした日本語で伝えることに軸足を移した。
| 時期 | フロウ | 言語 | 主題 | 聴こえ方 |
|---|---|---|---|---|
| デビュー〜2000年代前半 | 早口 | 英語の比率が高い | ハスリングや裏切りなど、ストリートの描写 | スラングが多く聞き取りづらいという声もあった |
| 「花と雨」(2006年)以降 | ゆっくり | 日本語中心 | 同じ題材を、伝わる形に整理して書く | 一語ずつ届く。サンプリングを用いた曲も増える |
表のとおり、扱う題材そのものは大きく変えていない。変えたのは「伝えるかどうか」の一点である。初期は聞き取れることを前提にしていなかったのに対し、後期は相手に届けようとする姿勢が前に出る。この転換が、日本語ラップの書き方全体に影響を与えた。
CHAPTER 03 / SECTION 06SEEDAの代表曲|ADRENALINE・花と雨
SEEDAの入口になるのは、2006年のアルバム「花と雨」と、その1曲目に置かれた「ADRENALINE」である。
ADRENALINE|転換点に置かれた1曲
2006年の4thアルバム「花と雨」の1曲目。スタイルが大きく変わった時期の作品であり、その変化が最もはっきり出ている曲とされる。鮮烈な出だしには初期の荒々しく早いフロウの気配が残り、一方でビートへのアプローチとリリックの細部には、長い活動で積んだものが出ている。
花と雨|アルバムであり、後に映画にもなった
アルバム「花と雨」は、SEEDAの代表作として語られる1枚である。2020年には、この作品を軸にSEEDAの半生を描いた同名の映画も公開された。タイトル曲にはEMI MARIAがフィーチャリングアーティストとして参加している。
入門ガイド|どこから聴くかの判断表
時期によってスタイルが違うため、どこから入るかで印象が変わる。作品と時期を、性格・聴きどころ・向く聴き方の軸で並べたのが次の表である。
| 作品 | 時期 | 性格 | 聴きどころ | こんな人におすすめ |
|---|---|---|---|---|
| ADRENALINE | 2006年 | 転換点 | 初期の速さと後期の練度が同居している | まず代表曲から入りたい人 |
| 花と雨(アルバム) | 2006年 | 代表作 | 日本語で伝えることに舵を切った1枚 | 作品単位で聴きたい人 |
| デトネイター | 1999年 | デビュー作 | SHIDA名義。19歳のジャジーで荒い質感 | 出発点から追いたい人 |
| 親子星 | 2025年 | 13年ぶりの新作 | 家族を主題にした曲と、和解曲を収録 | いまのSEEDAから入りたい人 |
| CONCRETE GREEN | 2006年〜 | ミックスCDシリーズ | 当時の若手が並ぶ。シーンの見取り図になる | 時代ごと知りたい人 |
この表から読み取れるのは、1999年から2025年までの26年が、単純な右肩上がりではなく数回の断絶を挟んでいるという点である。デトネイターと親子星を続けて聴くと、同じ人物とは思いにくいほど手触りが違う。
向いていないケース|明るく聴き流せる音楽を探している人
作業中に流す音楽を探している人には、SEEDAの楽曲は重く感じられる可能性がある。初期はハスリングや裏切りといった題材が中心で、後期も家族や喪失を正面から扱うことが多く、聴き流す設計にはなっていない。
また、初期作品はスラングと英語の比率が高く、意味を追いながら聴くと負荷が高い。その場合は「花と雨」以降から入るほうが接点を作りやすい。本記事の入門ガイドでも、初期作は「出発点から追いたい人」向けとして分けている。
CHAPTER 04 / SECTION 07SEEDAのディスコグラフィ|デトネイターから親子星まで
SEEDAは1999年にSHIDA名義でデビューし、2025年の「親子星」まで作品を残している。あわせて、ミックスCDシリーズ「CONCRETE GREEN」の制作も長く続けてきた。
| 年 | 作品 | 備考 |
|---|---|---|
| 1999 | デトネイター | SHIDA名義の1stアルバム。19歳。プロデュースはI-DeA。全8曲。現在は廃盤 |
| 2006 | 花と雨 | 4thアルバム。スタイルの転換点。1曲目が「ADRENALINE」 |
| 2006〜 | CONCRETE GREEN | DJ ISSOと制作したミックスCDシリーズ。若手を世に出す場になった |
| 2012 | 前作アルバム | 以降、13年の空白が空く |
| 2025.03.21 | 親子星 | 全13曲。客演にVERBAL、LEX、IO、D.Oほか |
| 2025.12 | 親子星 Deluxe | 全23曲。R-指定との「ちょっちゅね!!!」などを追加 |
表を通して見ると、2012年から2025年までの13年が大きな空白になっていることが分かる。この期間にSEEDAが取り組んでいたのが、ニートtokyoをはじめとする「他人を映す仕事」だった。音源が止まっていた時期に、シーンへの関与はむしろ強まっている。
※デトネイターは廃盤のため、現在は流通していません。CONCRETE GREENシリーズの制作年は音楽ナタリーのプロフィール記載に拠ります。確認日:2026年8月10日。
一度の引退と復帰|2009年
SEEDAは2009年5月に活動をやめることを発表し、同年10月に公式ブログでラッパーへの復帰を宣言している。引退から復帰までは約5か月だった。この経験があるため、後年の長い沈黙も「辞めた」とは受け取られにくい下地ができている。
CHAPTER 04 / SECTION 08SEEDAのビーフと和解|TERIYAKI BEEFから16年
SEEDAのビーフで最も知られているのが、2009年のTERIYAKI BOYZへのディスソング「TERIYAKI BEEF」である。そしてこの対立は、16年後の2025年に和解という形で決着している。
| 相手 | 時期 | 概要 | 現在の状況 |
|---|---|---|---|
| VERBAL(TERIYAKI BOYZ) | 2009年 | ディスソング「TERIYAKI BEEF」を発表 | 2025年に和解。「L.P.D.N.」で初共演 |
| ギネス | — | アンサー曲のやり取り | 該当記事で詳述 |
| 晋平太 | — | — | 該当記事で詳述 |
表のとおり、複数の相手との経緯があるが、最も長く尾を引いたのがVERBALとの一件だった。以下では和解に至る経緯を扱う。
L.P.D.N.|16年ぶりの共演
2025年3月21日にリリースされたアルバム「親子星」に、「L.P.D.N. ft. VERBAL」が収録された。2009年の当事者同士による初のコラボレーションである。プロデュースはHOLLYが手がけている。
和解に動いたきっかけについて、SEEDAはニートtokyoの動画でこう語っている。
ファット・ジョーと50セントが握手したのを見て、俺もこれを見せたいと思った
SEEDAニートtokyo「L.P.D.N.に込めた思い〜VERBALとの和解について」(音楽ナタリー・KAI-YOUが報道)ただし、本人が過去のものとして水に流せても、それで完結する話ではなかった。ビーフに巻き込んでしまった双方の仲間や周囲の人間まで納得させるには時間がかかったことを、本人が明かしている。仲介役を担ったのは、SEEDAと少し交流があったm-floの☆Taku Takahashiだった。
楽曲には仕掛けもある。日本語ラップにおける平和の象徴として受け止められてきたNujabesの「Luv(sic) Part 2 feat. Shing02」と、同じサンプリング元の曲が使われている。和解を主題にした曲に、その文脈を持つ音を選んだことになる。
※和解の経緯は、音楽ナタリー(2025年3月26日)、KAI-YOU(2025年4月)の報道で確認しました。いずれもニートtokyoで公開された本人の発言に基づく報道です。確認日:2026年8月10日。
CHAPTER 05 / SECTION 09SCARSとは|川崎を拠点とするグループ
SCARSは神奈川県川崎市を拠点に活動するヒップホップグループで、SEEDAはそのメンバーである。2000年代のストリートを描いた作品群で知られ、日本語ラップに大きな影響を与えた。
| 名前 | 担当 | 備考 |
|---|---|---|
| A-THUG | MC | リーダー |
| SEEDA | MC | — |
| BES | MC | — |
| STICKY | MC | 「親子星」収録の「Kawasaki Blue」が捧げられている |
| bay4k | MC | — |
| MANNY | MC | — |
| 林鷹 | MC | 「親子星 Deluxe」の「STARSCAR 2」に参加 |
| SAC | トラックメイカー | 舐達麻の楽曲も手がけている |
| I-DeA | トラックメイカー | SEEDAのデビュー作もプロデュース |
表を見ると、トラックメイカー2名を含む編成であることが分かる。SEEDAのデビュー作を手がけたI-DeAも、後にビートを提供するSACも、同じグループの内側にいる。作品の作り手と歌い手が同じ場所に揃っていたことが、この時期の作品の密度につながっている。
CHAPTER 05 / SECTION 10SEEDAの結婚と家族|EMI MARIAと3人の子供
SEEDAは2012年4月7日にシンガーソングライターのEMI MARIAと結婚し、3人の子供がいる。2025年のアルバムのタイトル曲「親子星」は、自身の子供や家族に向けた曲である。
2人を引き合わせたのはBach Logicだった。SEEDAの楽曲のバックコーラスとして声をかけたのがきっかけで、その後EMI MARIAは「花と雨」にフィーチャリングアーティストとして参加している。
ファッション|ストリートとカジュアルの中間
幼少期を海外で過ごした影響もあり、ストリート系の服装が中心である。着用が確認できているブランドを並べたのが次の表である。
| ブランド | 傾向 |
|---|---|
| APPLEBUM | 国内のストリートブランド |
| JOYRICH | ロサンゼルス発 |
| ICHIRYU MADE | 国内ブランド |
いずれも極端に高価なブランドではなく、真似しやすいカジュアルな組み合わせが多い。足元のスニーカーまで含めた全体の作り方に注目する層が一定数いる。
CHAPTER 06 / SECTION 11SEEDAの人物像とMBTI|INTJ-A(推定)と判断の根拠
当編集部はSEEDAのMBTIをINTJ-A(建築家型)と推定している。本人による公表はなく、以下は公開されている言動から整理した推定である。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典の性質 |
|---|---|---|
| 「花と雨」で、題材を変えずに伝え方だけを設計し直した | 目的から逆算して手法を組み替える(Ni+Te) | 作品・本人インタビュー |
| 自分の作品と並行して、若手を出すミックスCDシリーズを続けた | 個人の成果より仕組みを作る側に回る | 報道・公式発表 |
| 9年にわたりインタビュー番組を主宰し、シーンの記録を残した | 長期の蓄積を前提に動く | 報道 |
| ビーフの和解にあたり、周囲が納得する時間まで計算に入れた | 自分の意思決定と他者の合意を分けて考える | 本人発言 |
| 和解曲に、平和の象徴とされる曲と同じサンプリング元を選んだ | 意味を設計してから形にする | 本人発言 |
| マイクを握った理由を「ただできたから」と説明した | 情緒より事実で語る | 本人インタビュー |
表を縦に読むと、6項目のうち5項目が「その場の反応」ではなく「設計」の側に寄っていることが分かる。判断材料は本人の発言と公表された活動に限られ、心理検査の結果ではない点も、表の「出典の性質」列から読み取れる。
対立仮説|INFJ-Tとも読める理由
INFJ-T(提唱者型)とも読める。若手を世に出す活動や、和解にあたって周囲の感情まで考慮した点には、他者の内面に重心を置く面が見える。本記事では、目的から逆算する設計の一貫性と、事実で語る話し方を重く見てINTJ-Aを第一の推定とした。ただし近年の家族を主題にした作品だけを見るなら、INFJ的な読みのほうが自然に映る。
CHAPTER 06 / SECTION 12SEEDAの交友関係
SEEDAの交友は、同世代の盟友と、自分が世に出した後進の両方に広がっている。ミックスCDとインタビュー番組を続けてきた立場上、関わる範囲が世代をまたいでいる。
| 名前 | 関係 | 備考 |
|---|---|---|
| サイプレス上野 | 神奈川大学の同期 | 互いをリスペクトし合う関係。ストイックな面を高く評価されている |
| SCARSのメンバー | 同じグループ | A-THUG、BES、STICKY、林鷹ほか |
| Tohji / Mall Boyz | 後進 | 2019年にコラボ。ラップスタア誕生でTohjiを見出した側でもある |
| VERBAL | かつてのビーフ相手 | 2025年に和解し、「L.P.D.N.」で共演 |
| ☆Taku Takahashi(m-flo) | 仲介者 | VERBALとの和解を取り持った |
| R-指定 | 共演 | 「親子星 Deluxe」の「ちょっちゅね!!!」で共演 |
表を見ると、対立していた相手と、その仲介者と、自分が見出した後進が同じ表に並ぶことになる。関係を切らずに積み上げてきた結果が、この一覧の幅である。
CHAPTER 07 / SECTION 13SEEDAに関するよくある質問(FAQ)
SEEDAへの検索で繰り返し現れる疑問は、読み方と本名などの基礎情報、慶應義塾高校という学歴、そしてVERBALとのビーフの3方向に集中している。以下は、本文で扱った内容のうち単独で問われやすい項目を、その場で答えが完結する形にまとめたものである。公表されていない事項は「公表されていません」と明記している。
CHAPTER 07 / SECTION 14まとめ|書き方を変えた人が、続けていること
SEEDAが日本語ラップに残したのは、同じ題材でも伝え方を変えれば届く範囲が変わるという実証である。2006年の「花と雨」で、それを自分の作品でやってみせた。
練馬に生まれ、ニュージーランドとロンドンで育ち、慶應の高校を降りて神奈川大学に入り直した。19歳でSHIDA名義のアルバムを出し、SCARSでストリートを書き、2009年には一度辞めると言って半年で戻ってきた。
音源が13年止まっていた間も、この人はシーンから離れていない。CONCRETE GREENで若手を出し、ニートtokyoで9年ぶんの証言を残した。自分が前に出る仕事と、他人を映す仕事を、同じ熱量でやってきた人である。
そして2025年、13年ぶりのアルバムに、16年前のビーフの相手を招いた。平和の象徴とされる曲と同じ音源をサンプリングして。対立を作品にできる人は多いが、和解まで作品にする人は多くない。
この記事の要点
- 本名は吉田なおひと。1980年11月17日生まれの東京都練馬区出身
- 3〜4歳をニュージーランド、小1〜中1をロンドンで過ごし、英語が堪能
- 慶應義塾高等学校を中退し、神奈川大学を卒業している
- 1999年にSHIDA名義の「デトネイター」でデビュー。19歳だった
- 2006年の「花と雨」でスタイルが変わり、日本語で伝える書き方へ移行
- MBTIはINTJ-A(推定)。本人公表ではなく公開情報からの整理
- 2012年にEMI MARIAと結婚し、子供が3人いる
- 2025年3月に13年ぶりのアルバム「親子星」をリリースし、VERBALと16年ぶりに和解
- 主宰するニートtokyoは2026年8月をもって”第一幕”を終える
— Djtube 編集部 / 2026.08
※本記事の発言引用は、本人が公に語った内容として確認したものです。2025年以降の活動情報は音楽ナタリー・FNMNL・KAI-YOUの報道で確認しました。確認日:2026年8月10日。

