M.O.S.A.D.メンバープロフィール
M.O.S.A.D.(モサド)は、愛知県名古屋市を拠点に活動した3MC+1DJのヒップホップグループである。1996年にMASTERS OF SKILLZとして始動し、2000年にDJ FIXERを迎えて現在の名義へ改名。2002年の唯一のフルアルバム「THE GREAT SENSATION」で、東京中心だったシーンの目を地方へ向けさせた。本記事では、メンバー本人がインタビューで語った内容を軸に、4人の経歴・グループ名の由来・現在までを確認できた範囲で整理する。
この記事でわかること
- 4人のメンバーそれぞれの名義・担当・生年・現在の活動
- 本人がインタビューで語った、グループ名がMASTERS OF SKILLZからM.O.S.A.D.へ変わった経緯
- 結成から改名、TOKONA-Xの逝去、イコールの引退までの変遷
- 唯一のフルアルバム「THE GREAT SENSATION」の位置づけ
- 2022年のサブスク解禁と、没後20年のドキュメンタリーという直近の動き
- どの音源から聴くかを決めるための入門ガイド
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に確認したい項目だけを、1行ずつ先に置いておく。根拠と詳細は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| M.O.S.A.D.の読み方は? | 「モサド」 | 表記はピリオド区切りのM.O.S.A.D. |
| メンバーは何人? | 4人(3MC+1DJ) | TOKONA-X / “E”qual / AKIRA / DJ FIXER |
| グループ名の由来は? | M.O.S.にA.D.(西暦)を付けた名義、命名はTOKONA-X | 該当章で詳述 |
| いつ結成? | 1996年にMASTERS OF SKILLZとして始動、2000年に現名義へ | DJ FIXER加入と同時の改名 |
| アルバムは何枚? | フルアルバムは「THE GREAT SENSATION」1枚のみ | 2002年12月18日リリース |
| グループの現況は? | TOKONA-Xは2004年に逝去、”E”qualは2019年末に引退 | グループとしての新作の予定は確認できていない |
| サブスクで聴ける? | 2022年8月にアルバムを含む3作品がデジタル配信解禁 | リリースから20年の節目での解禁 |
| BALLERSとの関係は? | M.O.S.A.D.が率いた名古屋のクルー | DJ RYOWらが所属 |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。メンバーの本名・生年は公表されている値のみを扱い、確認できないものは「非公表」と記載しています。
CHAPTER 01 / SECTION 01M.O.S.A.D.とは|名古屋052を拠点にした3MC+1DJ
M.O.S.A.D.(モサド)は、名古屋を拠点に活動した3MC+1DJのヒップホップグループである。TOKONA-X、”E”qual、AKIRAの3MCで始まり、2000年にDJ FIXERが加わって4人体制になった。まず、公表されている基本情報だけを先に置く。
表のとおり、フルアルバムは1枚しかない。それでもこのグループが名古屋の代表格として語られ続けているのは、東京へ出ていかずに全国区の評価を取った点にある。以降の章では、その中身を順に見ていく。
この記事で使う用語|レペゼン・クルー・客演・12インチ
本文で繰り返し出てくる4語を先に定義しておく。いずれもヒップホップの文脈で意味が変わる語である。
レペゼンとは、英語のrepresentを略した言葉で、自分がどの土地や集団を代表しているかを名乗ることを指す。M.O.S.A.D.の場合は名古屋であり、市外局番の052がそのまま合言葉として使われてきた。
クルーとは、グループより広い単位の仲間の集まりを指す。M.O.S.A.D.はBALLERSというクルーを率いており、後にDJ RYOWらがそこから出ている。
客演とは、他のアーティストの楽曲にゲストとして参加することを指し、フィーチャリング(feat.)とも表記される。M.O.S.A.D.はアルバムが1枚だけである一方、客演での参加曲が非常に多い。
12インチシングルとは、アナログレコードで発売されるシングル盤を指す。CD以前からの流通形態で、デビュー作がアナログのみだったグループは長くデジタルで聴けない状態が続いていた。
4語のうち2語が流通の形に関わる語である。このグループの音源が長く手に取りにくかった理由と、2022年の解禁が意味を持つ理由は、この2語で説明がつく。
CHAPTER 01 / SECTION 02グループ名の由来|店名の返上から生まれたM.O.S.A.D.
M.O.S.A.D.という名義は、M.O.S.(MASTERS OF SKILLZ)にA.D.(西暦)を足したもので、命名したのはTOKONA-Xである。自分たちの世紀という意味が込められている。本人が生前、由来を端的に説明している。
一方で、そもそもなぜ改名が必要になったのかについては、AKIRAが本人出演のインタビューで具体的に語っている。MASTERS OF SKILLZという名前は、もともと「スキルズ」という店からもらったものだった。
| 段階 | 本人が語った内容 |
|---|---|
| 命名 | 「スキルズ」という店から MASTERS OF SKILLZ の名前をもらった |
| 改名の理由 | 自分たちが暴れすぎているという苦情が各所から入り、スキルズの名前を使うなという話になった |
| 改名の判断 | 名前を変えて活動するという結論に至り、M.O.S.A.D.へ |
| 名付けた人物 | TOKONA-X、MOSにADを付ける案を出した |
| AKIRAの反応 | 「ああ、いいよ」と受け入れた、イスラエルの同名の組織の連想も含めて納得した |
この経緯は、これまで一般に流通していた説明にはなかった部分である。「M.O.S.にA.D.を付けた」という結果だけが知られていたが、実際には名前を返上せざるをえない事情が先にあった。改名は前向きな発展ではなく、必要に迫られた結果だったということになる。
このグループの記事で最も落としやすいのが、改名の背景である。「M.O.S.にA.D.を付けた」という由来はTOKONA-X本人の言葉として広く流通しているため、書き手はそこで満足してしまう。だが本人インタビューを当たると、店名の使用を止められたという前段があった。由来を書くときは、名前の意味と、名前が変わった理由を必ず分けて確認すること。もう一点、このグループはメンバー全員が同い年である。上下関係ではなく横並びの4人だったという事実は、意思決定の速さや役割の分担を説明する土台になる。
CHAPTER 02 / SECTION 03M.O.S.A.D.のメンバー一覧|4人の担当と現在
M.O.S.A.D.のメンバーは、MC3人とDJ1人の計4人である。AKIRAによれば、メンバーは全員が同い年で、上下関係のない横並びの構成だった。まず一覧で整理する。
| 名義 | 担当 | 生年 | 現在の状況 |
|---|---|---|---|
| TOKONA-X(トコナエックス) | MC | 1978年10月20日 | 2004年11月22日逝去、満26歳没 |
| ”E”qual(イコール) | MC・トラックメイク | 1978年4月23日 | 2019年12月31日をもって音楽活動を引退 |
| AKIRA(アキラ) | MC | 1978年 | 名古屋でセレクトショップを経営しながら活動を継続 |
| DJ FIXER(フィクサー) | DJ | 非公表 | 活動状況は確認できていない |
※メンバーの本名は、公表されている範囲でのみ各項で記載しています。原典照合ができていない値は「非公表」としています。
一覧のとおり、4人のうち2人がすでにグループから離れている。それぞれの経歴を、以下の各章で個別に扱う。
CHAPTER 02 / SECTION 04TOKONA-X|グループを引っ張ったMC
グループの外向きの動きを担っていたのがTOKONA-Xである。AKIRAは本人出演のインタビューで、地方とのつながり、シーンでの立ち回り、音楽で外へ出ていく方法といった部分をTOKONA-Xが引っ張っていたと振り返っている。3人でユニットを組むタイミングも、この人物がリードしていた。
出会いは、先輩からの紹介だった。同い年ということもあり、何かをやろうと決めて組んだのではなく、遊びから音楽まで自然に一緒に動くようになったとAKIRAは語る。初めて家に遊びに行った際にいきなりラップを聞かされ、それまで聞いたことのない種類のラップに驚いたという。
1996年には刃頭とのユニット名義でさんピンCAMPに出演し、地方勢として唯一その舞台に立った。その後2003年にDef Jam Japanと契約してソロデビューを果たし、翌2004年11月に急逝している。
CHAPTER 02 / SECTION 05“E”qual|リーダー兼トラックメイカー
グループの楽曲制作を中心で担い、M.O.S.A.D.とBALLERSの両方でリーダーを務めたのが”E”qualである。1999年のデビューシングル「M.O.S. / E.A.T.」から、2002年のアルバムまでの制作の軸になった。
ソロとしても、2004年に「Get Big “The Ballers”」でHARLEM RECORDINGSと契約し、2005年にはメジャーへ移行している。メジャー1stアルバムは音楽誌の年間ベストジャパニーズヒップホップアルバムの1位に選ばれた。グループの外でも実績を積んだ人物である。
2019年末の引退表明|本人ブログの全文
“E”qualは2019年、公式ブログで音楽活動からの引退を表明した。ブログ自体は現在削除されているが、当時公開された文面は次のとおりである。
“E”qualです。皆さんに報告があります。
2019年12月31日をもちまして、”E”qual、M.O.S.A.D.、BALLERSとしての音楽活動を引退します。
今まで”E”qualの音楽を応援してくださったファンの方々、共に良い音楽を作ろうと励んでくれた仲間、関係者の方々、本当にありがとうございました。
1年程前から考え、悩み、今では自分の人生の前向きな一歩として「区切りを付けたい」というのが最大の理由であり、想いです。
今後は、常に支えになってくれている恋人、家族、仲間達の愛に感謝し、恩返しとともに新しい道を進もうと思います。
では、 ”E”qualでした。ピース!!
M.O.S.A.D. in the house!!!!!
本人は理由として、1年ほど前から考えた末に、自分の人生の前向きな一歩として区切りを付けたいという点を挙げている。引退の対象は”E”qual名義、M.O.S.A.D.、BALLERSのすべてであり、いずれかを残した形ではない。この時点で、グループとしての再始動は事実上むずかしくなった。
CHAPTER 02 / SECTION 06AKIRA|名古屋のビジュアル面を担ったMC
4人のなかで唯一、現在も表舞台での発信を続けているのがAKIRAである。ラップを始めたのは15歳の頃で、きっかけは実の兄であるDJ OLEE LOUの影響だった。中学時代に”E”qualと出会って一緒にラップを始め、そこへTOKONA-Xが加わって3人になっている。
外見からは想像しにくい太い声と、押しの強いフロウが特徴とされる。ソロとしては2006年にデビューアルバム「Casanova」をリリースした。現在は名古屋・栄でセレクトショップを経営し、DJ OLEE LOUとともに買い付けを行っている。
本記事のグループ名の由来・結成の経緯・TOKONA-Xとの出会いに関する記述は、この本人出演インタビューで語られた内容を軸にしている。グループの内側から語られた一次的な証言として、他の資料では埋まらない部分を補っている。
AKIRAの人物像とMBTI|ESTP-A(推定)と判断の根拠
AKIRAの公開されている言動から整理すると、MBTIはESTP-A(推定)が最も近い。本人による公表ではなく、当編集部がインタビューと公開情報から整理したものである。判断の根拠を表で示す。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| 改名の提案に対する「ああ、いいよ」という即断 | 検討より場の判断を優先する傾向(Se優位) | 本人出演インタビュー |
| TOKONA-Xの逝去後も「特に話し合いはない」まま活動を継続 | 先の設計より現状での対応を選ぶ傾向 | 本人出演インタビュー |
| ラップと並行してセレクトショップの経営と買い付けを継続 | 実務を自分の手で回す傾向(Te補助) | 店舗公式サイト |
| 回収・販売停止をプロモーションとして面白がる語り口 | 不測の事態を機会として扱う傾向 | 本人出演インタビュー |
| 服装や見せ方で周囲と差をつける立ち回り | 外向きの表現を重視する傾向 | 複数の音楽メディア |
対立仮説として、ESFP-Aも成立する。グループ内での役割が見せ方の側にあった点や、仲間との関係を軸に語る場面が多い点は、こちらの型でも説明できる。ただし経営を継続している実務面を重く見るならESTP-Aのほうが説明しやすい、というのが当編集部の判断である。いずれも推定であり、本人の公表ではない。
CHAPTER 02 / SECTION 07DJ FIXER|4人体制をつくったDJ
DJ FIXERは、2000年の加入によってグループを4人体制にした人物である。この加入とグループ名の改名は同時に起きており、M.O.S.A.D.という名義はDJが入った編成の名前でもある。
3MCの時期とDJが入った後では、音源の作り方もライブの組み立ても変わる。2002年の唯一のフルアルバムは、この4人体制で制作された作品である。一方で本人に関する公表情報は乏しく、当編集部は本名・生年・現在の活動のいずれも確認できていない。
CHAPTER 03 / SECTION 08M.O.S.A.D.の変遷|結成・改名・逝去・引退
M.O.S.A.D.の歴史は、1996年の始動から2019年のイコール引退までの約24年である。その間に、改名・メンバーの加入・逝去という3つの区切りがある。時系列で整理する。
年表で目を引くのは、逝去の後もグループが特別な区切りをつけずに続いた点である。AKIRAは本人インタビューで、当時グループとしてどうするかを話し合った記憶はなく、ソロやBALLERSでのライブを含めてそのまま続けたと語っている。
デビューシングルの回収|本人が語る「面白いプロモーション」
グループの最初期には、シングルが販売停止になり回収された一件がある。AKIRAは本人インタビューで、ファーストシングルが何かに引っかかって回収になったと語り、それが結果的に面白いプロモーションになったと振り返っている。
同じインタビューでは、当時の空気についても語られている。名古屋以外は全員が敵だろうという前提で構えており、相手からも同じように見られていると考えていたという。その敵対的な立ち位置と、回収という悪名が重なって、かえって聴かれる空気ができたというのが本人の見立てである。
CHAPTER 04 / SECTION 09THE GREAT SENSATION|唯一のフルアルバム
「THE GREAT SENSATION」は、2002年12月18日にリリースされたM.O.S.A.D.唯一のフルアルバムである。先行シングルとして「FABULOUS(REMIX)」「If I…」の2枚が出ている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リリース | 2002年12月18日 |
| 位置づけ | グループとして唯一のフルアルバム |
| 先行シングル | FABULOUS(REMIX)/If I… |
| 編成 | DJ FIXER加入後の4人体制で制作 |
| 評価 | 東京中心だったシーンの目を地方へ向けさせた作品として語られる |
| 配信 | 長くデジタル未配信、2022年8月に解禁 |
このアルバムが特別扱いされる理由は、作品の出来だけではない。地方のグループが東京へ出ていかずに全国区の評価を取った実例として、当時のシーンの構図を動かした点にある。後年、レーベル側も解禁時にその意義に触れている。
CHAPTER 04 / SECTION 10M.O.S.A.D.のおすすめ曲|入門ガイド
どこから聴くかで、このグループのどの側面に触れるかが変わる。アルバムが1枚しかない一方で客演が非常に多いため、入口の選び方で印象が大きく分かれる。入口ごとに整理したのが次の表である。
| 入口 | 形式 | 性格 | わかること | こんな人におすすめ |
|---|---|---|---|---|
| THE GREAT SENSATION | アルバム | 唯一のフルアルバム | 4人体制での完成形 | まとめて理解したい人 |
| M.O.S. / E.A.T. | 12インチ | デビュー作 | 3MC時代の初期衝動 | 成り立ちから追いたい人 |
| FABULOUS | 客演名義曲 | 3MC | グループ名義以前の3人の絡み | 改名前の音を知りたい人 |
| AKIRA / Casanova | ソロ | メンバー単独 | グループ外でのAKIRAの立ち回り | メンバー個別に興味がある人 |
| TOKONA-Xのソロ作品 | ソロ | メンバー単独 | グループを引っ張った人物の単独作 | 人物から入りたい人 |
表から読み取れるのは、グループ名義の音源とメンバー個別の音源で、受ける印象がかなり違うという点である。アルバム1枚だけで判断すると、客演やソロで見せる各人の幅を取りこぼす。
向いていないケース|完結したディスコグラフィを求める人
まとまった作品数を順に追いたい人には、このグループは入口として向かない。フルアルバムが1枚しかなく、実質的な代表作の多くが客演とアナログのみのシングルに散っているためである。
また、現在進行形で追える対象を探している人にも合わない。メンバーのうち1人が逝去し、1人が引退しているため、グループとしての新作が出る見込みは確認できていない。その場合は、活動を続けているAKIRAの動きか、BALLERS出身のDJ RYOWの現在の活動から入るほうが接点を作りやすい。
CHAPTER 05 / SECTION 11M.O.S.A.D.の現在|サブスク解禁と没後20年の動き
グループとしての新作は確認できていないが、過去作と関連企画の動きは続いている。2022年のデジタル配信解禁と、2025年から2026年にかけてのTOKONA-Xのドキュメンタリー公開が、直近の大きな動きである。
| 時期 | 動き | 補足 |
|---|---|---|
| 2019.12 | ”E”qualが引退 | ”E”qual・M.O.S.A.D.・BALLERSのすべてで活動終了 |
| 2022.08 | 3作品のデジタル配信解禁 | THE GREAT SENSATION/FABULOUS(REMIX)/If I… |
| 2025.05 | TOKONA-Xのドキュメンタリー配信開始 | DJ RYOWが初監督、ABEMAで独占配信 |
| 2025.10 | 関連書籍の刊行 | 総勢69名の証言を収録 |
| 2026.01 | ドキュメンタリーが世界配信 | Amazon Prime Videoで1月29日開始 |
| 2026.04 | 名古屋・金山にTOKONA-Xの巨大壁画が完成 | 高さ13m |
2022年の解禁は、リリースから20年の節目に合わせたものだった。アナログとCDでしか聴けなかった作品が配信に乗ったことで、当時を知らない層が触れられる状態になった。それまでは、名前は知られていても音源に手が届きにくい状況が続いていた。
AKIRAは本人インタビューのなかで、DJ RYOWが主体となってTOKONA-Xの映画を制作していること、50人近くに取材が行われていることに触れている。逝去当時の心境については、その映画のなかで語ったとして、インタビューでは多くを述べていない。
CHAPTER 06 / SECTION 12M.O.S.A.D.に関するよくある質問(FAQ)
M.O.S.A.D.への検索で繰り返し現れる疑問は、メンバー構成、グループ名の由来、そして現在活動しているかどうかの3方向に集中している。公表されている範囲で回答する。
CHAPTER 06 / SECTION 13まとめ|名古屋から外へ出ていかなかったグループ
1996年に同い年の3人でMASTERS OF SKILLZとして始まり、店の名前を返上する形で2000年にM.O.S.A.D.へ改名した。DJ FIXERが加わって4人になり、2002年に唯一のフルアルバムを残している。
このグループが名古屋の代表格として語られ続けているのは、東京へ出ていかずに全国区の評価を取ったからである。周囲すべてを敵と見なすような構えと、シングルの回収という悪名すら、結果的には聴かれる理由になった。
2004年にTOKONA-Xを失い、2019年に”E”qualが引退して、グループとしての新作は見込めない状態にある。それでも2022年に音源が配信で解禁され、2026年には没後20年のドキュメンタリーが世界配信された。4人の活動は止まっているが、その周りは動き続けている。
この記事の要点
- M.O.S.A.D.は名古屋を拠点にした3MC+1DJ、メンバーはTOKONA-X・”E”qual・AKIRA・DJ FIXERの4人で全員が同い年
- 1996年にMASTERS OF SKILLZとして始動、2000年にDJ FIXER加入と同時にM.O.S.A.D.へ改名
- 改名は店名の使用を止められたことがきっかけで、名付けたのはTOKONA-X(AKIRAの本人インタビュー)
- フルアルバムは2002年12月18日リリースの「THE GREAT SENSATION」1枚のみ、先行シングルは2枚
- TOKONA-Xは2004年11月22日に満26歳で逝去、”E”qualは2019年12月31日をもって引退
- MBTIはAKIRAのみESTP-A(推定)を掲載、故人・引退・情報非公表の3名は掲載しない
- 2022年8月に3作品のデジタル配信が解禁、2026年1月にTOKONA-Xのドキュメンタリーが世界配信
— Djtube 編集部 / 2026.08
※本記事の発言引用は、本人が公に語った内容として確認したものです。結成年・改名・リリース日・配信解禁は所属レーベルの公式プロフィールおよび音楽メディアの記載で、改名の経緯・グループ内の役割・逝去後の経過はAKIRA本人出演のインタビューで確認しました。確認日:2026年8月13日。

