梅田サイファーメンバー
大阪・梅田の歩道橋から始まった梅田サイファー(うめださいふぁー)は、リーダーも上下関係も持たない「集合体」である。2007年、電池式スピーカーとiPodだけで毎週土曜に輪を作っていた若者たちが、いまや日本武道館に立つ。R-指定を筆頭に全国区のラッパーを輩出し、2023年にメジャーデビュー。そして2026年7月、2027年夏での無期限活動休止が発表された。本記事では現メンバー13人・元メンバー・準メンバーの全プロフィールと、脱退の時系列を整理する。
この記事でわかること
- 2007年に梅田の歩道橋で始まった経緯と、グループではなく「集合体」を名乗る理由
- 2026年7月5日に発表された無期限活動休止と、日本武道館公演の日程
- ふぁんく・tella・たうりん・OSCAの脱退時期と、報道で確認できる範囲の事実関係
- 現メンバー13人の名義・本名・生年・出身地・担当を統一項目で整理したデータ
- 元メンバーと準メンバー、エンジニアやデザイナーを含む関係者のプロフィール
- 「マジでハイ」「トラボルタカスタム」「HEADSHOT pt.2」など入門に適した代表曲
- アルバム3枚とメジャーデビュー以降のリリース、キングオブコント主題歌などのタイアップ
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に知りたいことだけを、先に1行ずつ置いておく。詳しい根拠と時系列は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| 梅田サイファーとは? | 大阪・梅田の歩道橋のサイファーから派生したヒップホップの集合体。 | 2007年5月19日開始 |
| メンバーは何人? | 現メンバーは13人。ソニーミュージック公式記事に全員の名前がある。 | 2026年8月時点 |
| リーダーは誰? | いない。上下関係も固定メンバーの概念も持たないと公言している。 | 公式サイトの記載 |
| 誰が脱退した? | ふぁんく(2021)、tella・たうりん(2022)、OSCA(2023)。 | 該当章に時系列 |
| 解散するの? | 解散ではなく無期限の活動休止。2027年夏のライブが区切り。 | 2026年7月5日発表 |
| 武道館はいつ? | 2027年2月23日「THE CYPHER in 日本武道館」。 | 活動休止前の集大成 |
| 一番有名なメンバーは? | R-指定。Creepy Nutsとして全国区。 | UMB3連覇 |
| メジャーデビューは? | 2023年3月29日、アルバム「RAPNAVIO」。 | SME Records |
| 最初に聴くべき曲は? | 「マジでハイ」から入り、次に「トラボルタカスタム」。 | 該当章に比較表 |
| 最新アルバムは? | 2025年9月24日の「HAPPY RETENTION」(メジャー3作目)。 | 全国47都道府県ツアー中 |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。メンバーの人数と在籍状況は変動するため、最新の情報は公式サイトのMEMBER欄を参照してください。
CHAPTER 01 / SECTION 01梅田サイファーとは|歩道橋から始まった集合体
梅田サイファーは、大阪・梅田の歩道橋で毎週土曜に開かれていたサイファーから派生したヒップホップの集合体である。2007年5月19日、当時のヒップホップシーンに新規参入しにくい空気があることを危惧した萬(H.YOROZU)、あきらめん、ふぁんくの3人が、阪神百貨店と阪急百貨店を結ぶ歩道橋で始めた。電池式のスピーカーにiPodとマイクを繋いだだけの環境だった。
mixiやモバゲーを通じて参加者が増え、R-指定をはじめ多くのメンバーがMCバトルで結果を出したことで注目される。ただし当初は、不良でもなくストリートやクラブ文化とも縁がないことから「ヒップホップではない集団の代名詞」として、大阪のシーンから嫌われる存在だったという。
現在、歩道橋でのサイファーは開催されていない。主要メンバーはグループとして音源発表とライブ活動を行っているが、スタンスはあくまでサイファーであり、固定メンバーも上下関係もリーダーも存在しない。本人たちは「集合体」「個人の集まり」と表現している。
輪になって即興でラップを回すセッションのことである。梅田サイファーの名称はこの行為そのものに由来し、グループ名ではなく場所と行為の名前がそのまま集合体の名前になっている。
DEEP FAT BLUE RECORDINGSの略称である。dio jが奈良に所有するスタジオで、梅田サイファー初期の音源のエンジニアリングを担当し、レーベル名としても使われてきた。
梅田サイファーが自らを指すときに使う語である。グループやクルーと異なり、加入・脱退の手続きも役職も持たない。この定義そのものが、メンバー数の確定を難しくしている。
テークエム・OSCA・tella・teppei・HATCHの5人による、梅田サイファーの1990年生まれ組で結成されたユニットである。4MC1デザイナーという構成で、梅田サイファーの作品やグッズのデザインも手掛けている。
KBDがネピア、たうりんがヤス8番というMCに扮して下ネタ中心のラップを行うユニットである。活動初期からライブと音源に参加しており、後にR-指定とCosaquも別名義でゲスト参加した。
この「集合体」という定義は、記事を書くうえでも扱いが難しい。加入も脱退も公式発表を伴わないことがあり、人数の数え方が資料によって異なる。本記事では公式発表と報道で確認できた範囲を基準にしている。
梅田サイファーのメンバー数は、資料によって13人・16人・20人以上と食い違う。原因は本人たちが「固定メンバーの概念を持たない」と明言していることにある。数を断定する記事は、その時点で出典の取り方を誤っている。本記事では公式発表のあった脱退のみを在籍状況に反映し、それ以外は現状維持として扱った。
CHAPTER 01 / SECTION 02梅田サイファーの活動休止|2027年夏と日本武道館公演
梅田サイファーは2026年7月5日、2027年夏頃のライブをもって無期限で活動を休止すると発表した。公式サイトでの発表であり、解散ではない。1人ひとりがアーティストとしてレベルアップし、いつかまた同じステージで合流できるよう、それぞれの活動に専念するという趣旨が示されている。
同時に発表されたのが、日本武道館公演「THE CYPHER in 日本武道館」である。2027年2月23日(火・祝)に開催され、開場17時・開演18時。指定席1万円、U-20指定席5千円という価格設定で、若い層が来られるようにする意図が読み取れる。
2026年7月から8月にかけては、ワンマンツアー「RETURN OF THE 13」を開催している。ツアー名の「13」は現在の人数を指しており、活動休止までの期間が集大成として位置づけられていることが分かる。
歩道橋で始まった集まりが日本武道館に立ち、そこから一度解散ではなく休止を選ぶ。この形の締め方は、リーダーも上下関係も持たない集合体だからこそ選べたものと言える。
CHAPTER 01 / SECTION 03梅田サイファーの脱退・変遷|2021年から2026年までの時系列
梅田サイファーで公式に発表された脱退は、2021年から2023年にかけての4人分である。集合体を名乗る性質上、加入は発表されないことが多いが、脱退については本人または公式からの告知がある。以下が確認できた時系列である。
この表で重要なのは、脱退がいずれもグループ内の対立として説明されていない点である。公式・本人ともに理由の詳細は公表しておらず、本記事でも憶測は記載しない。
CHAPTER 02 / SECTION 04梅田サイファーのメンバー一覧|13人の担当と在籍状況
2026年8月時点の現メンバーは13人で、ソニーミュージックの公式インタビュー記事に全員の名前が明記されている。内訳はCosaqu・teppei・コーラ・HATCH・R-指定・KennyDoes・テークエム・KBD・KOPERU・KZ・ILL SWAG GAGA・peko・SPI-Kの13人で、2026年のツアー名「RETURN OF THE 13」とも一致する。MCのほかにDJ・トラックメイカー・デザイナーが含まれる。
| 名義 | 担当 | このメンバーの聴きどころ | こんな人におすすめ | 最初に聴く1曲 |
|---|---|---|---|---|
| R-指定 | MC | UMB全国3連覇・大阪予選5連覇。Creepy Nutsとして全国区 | バトルから入りたい人 | 環状線 |
| KOPERU | MC | B-Boy Park U20優勝。速く畳みかけるフロウ | 速いラップが好きな人 | レインメイカー |
| KZ | MC / トラックメイカー | 初期から曲の骨格を作ってきた構成力 | 曲の作りごと聴きたい人 | マジでハイ |
| KBD | MC | 最年長。韻の踏み方と押韻の設計に定評 | 韻の技術を味わいたい人 | 胃袋でパーティ |
| teppei | MC | 言葉数で押し切る密度の高いバース | 情報量の多さを好む人 | Rollin’ Stone |
| テークエム | MC | 曲の温度を最初に上げる役割を担う | 勢いから入りたい人 | 韋駄天S**t |
| コーラ | MC | 柔らかい声質で曲の緩急を作る | 声質で選びたい人 | 服部半蔵 |
| peko | MC / トラックメイカー | MCと制作を兼ね、外部提供も手掛ける | 制作面まで追いたい人 | トメラレランナイ |
| KennyDoes | MC / トラックメイカー | 自作トラックで自ら歌う二刀流 | 二刀流の作り手が好きな人 | Never Get Old |
| ILL SWAG GAGA | MC | 予測不能な言語感覚とシャウトで異彩を放つ | 変化球を求める人 | ビッグジャンボジェット |
| SPI-K | DJ | 2019年加入。ライブの現場を支えるバックDJ | ライブの現場を知りたい人 | ライブ音源で確認 |
| HATCH | DJ / デザイナー | アートワークとフライヤーを担当。ラップでも参加 | ビジュアルから入る人 | BOW WOW |
| Cosaqu | トラックメイカー / エンジニア | スタジオCOSMIC BASEで近年の制作を主導 | 音作りを追いたい人 | PARTY |
担当が重複している点に注目したい。MCがトラックも作り、DJがデザインも手掛ける。外部に発注しなくても曲が完成する体制を内側に持っていることが、この集合体が20年続いた最大の理由である。
向いていないケース|1人のアーティストを深く追いたい人との相性
梅田サイファーは、13人が入れ替わりで参加する楽曲が中心である。1人のアーティストの世界観を通して追いたいリスナーには、情報量が多すぎて散漫に感じられる可能性がある。その場合は、R-指定・KOPERU・pekoなど個人名義の作品から入るほうが向いている。
- 大人数のマイクリレーが好きな人
- 関西のヒップホップシーンを知りたい人
- MCバトル出身のラッパーを追っている人
- 役割が混ざる集団の作り方に興味がある人
- 1人のアーティストを深く掘りたい人
- 固定メンバーの物語性を求める人
- アンダーグラウンド一色の作品を求める人
CHAPTER 02 / SECTION 05梅田サイファーの現メンバープロフィール|13人の詳細
ここからは現メンバー13人を、統一した項目のデータブロックとともに紹介する。本名が原典で照合できていない場合は「非公表」と記載しており、推測での補完は行っていない。
R-指定(アールシテイ)|MC
R-指定は、梅田サイファーのエース的な存在の1人で、フリースタイルバトル界隈においても、1・2を争うラッパーの1人です。
小学生から高校生までバスケをやっていた傍らで、中学生の頃にラップを始め、高校2年生の頃にラップ一本に決めて活動を始めます。
それと同時期に、地元の友達ラードが梅田サイファーの噂を聞きR-指定を誘ったことで、梅田サイファーに参加するようになりました。
MCバトルやライブ活動に励みつつ、大学へ進学するも除籍処分を受けたことから、ラップ1本で生活していくしかない状況になりました。
KOPERU(コペル)|MC
KOPERUは、爽やかな声と軽快なラップスタイルを武器に、梅田サイファーの人気メンバーの1人として活躍しています。
ラップを始めたのは、16歳離れた兄の影響で、中学2年生の頃からラップを始めました。
15~16歳頃には梅田サイファーが始まり、KOPERUも参加し始め、実力を付けていきました。
その後、B-BOY PARK UNDER20 MCバトル 2009にて17歳の若さで優勝を果たし、ENTERや戦極MC BATTLE、ADRENALINEなど、その他の大会でも成績を残しました。
KZ(ケージー)|MC / トラックメイカー
KZは、梅田サイファーの中心的な人物で、楽曲制作やイベントなど、梅田サイファーとしての活動を推進してきました。
KZは、腹違いの兄や妹を持ち、教育熱心な母子家庭で育ちましたが、KZは勉強に励む道を望んでいませんでした。
それにより、中学受験に失敗し、中学時代の友人の影響で次第に素行が悪くなっていきました。
音楽に出会ったのもその頃で、古本屋で漫画を読みふけっていた時に、ケツメイシが店内BGMで流れていたことがきっかけになりました。
KBD(ケービーディー)|MC
KBDは、関西屈指の押印職人として知られていて、体格やスタイルから、ゴリラの愛称で親しまれています。
KBDがヒップホップに興味を持ったのは15歳頃でしたが、ラップを始めたのが25歳の頃と遅く、それまでは空手や棒術に勤しんでいました。
その影響で、活動当初は古武道という名義で活動をスタートし、26歳の頃(2008年頃)に梅田サイファーに参加し始めました。
始めたのが遅かったにも関わらず、着実に技術を身に付け、戦極 MC BATTLE 第6章とSPOTLIGHT 2015で準優勝し、その他数々の大会で名バトルを繰り広げました。
Teppei(テッペイ)|MC
Teppeiは、梅田サイファーのメンバーとして活動する一方で、写真家や映像作家、トラックメイカーとして、マルチに活躍しています。
Teppeiは、大阪芸術大学の環境デザイン学科を卒業していて、梅田サイファーには2009年頃から参加し始めました。
元々WeLaWorksというグループで活動していた中で、ライブの時にペッペBOMBと出会い、そこでサイファーした際に、梅田サイファーに勧誘されて、参加し始めました。
梅田サイファーの他にも、JapidiotやTinyTitanBoxといったグループでも活動していて、ソロ活動では、2018年に1stソロEP「▽と○」をリリースし、その後もシングルを続々リリースしています。
テークエム|MC
テークエムは、梅田サイファーの鬼才として知られていて、Japidiotのメンバーでもあります。
梅田サイファーには高校2年生の頃に、地元の友達だったペッペBOMBと共に参加し始めました。
ふぁんくさんとかKZさんもいたし、今は梅田に関わってないよろずさんとあきらめんさんって人と、ビートボックスの方がいて「うわっすげえな、HIPHOP!」って思いました。
その後は、梅田サイファーの代表アルバム「Never Get Old」に諸事情で参加できなかったりなど、活動に陰りを見せていました。
コーラ|MC
コーラは、ラッパーやトラックメイカーとしてマルチで活動していて、Mix Pineというパーティーのホストとしても活動しています。
コーラは、高校を卒業した後に、地元長崎から大阪の大学に行くために、単身で大阪に向かいました。
そのため、周りに友人がいない状況になってしまい、暇を持て余すことになりました。
その時に、mixiで梅田サイファーの存在を知り、参加し始めましたが、積極的に活動していたわけではありませんでした。
peko(ペコ)|MC / トラックメイカー
pekoは、ラッパーとしてはもちろんのこと、DJとしてもULTIMATE MC BATTLEに幾度も出場するほど実力も高く、トラックメイキングもできるオールラウンダーです。
それゆえに、メンバーのR-指定からは、
pekoさんはイケメン、DJできる、ラップもできる、トラックも作れる完璧超人です。
と言われていて、その実力の高さが伺えます。
KennyDoes(ケニー・ダズ)|MC / トラックメイカー
KennyDoesは、梅田サイファー屈指のスキルを持つラッパーで、めきめきと頭角を現してきています。
KennyDoesは、高校2年生の頃にR-指定とKOPERUと組んでいたコッペパンのバックDJとして活動を始めました。
そこから、ラップをすることに興味を持ち、KOPERUからの誘いを受け、梅田サイファーに参加しました。
当時はdoiken名義で活動していて、戦極MC BATTLE第1章でベスト32を取ったり、UMB 2013の大阪予選でベスト4に輝くなど、徐々に知名度を上げていきました。
ILL SWAG GAGA(イル・スワッグ・ガガ)|MC
ILL SWAG GAGAは、梅田サイファーの秘密兵器と呼ばれるほどの実力の持ち主で、他のラッパーとは違ったセンスの持ち主です。
ILL SWAG GAGAは、19歳から20歳頃にHIP HOPを聴き始め、同じくらいの時期(2008~2009年)に梅田サイファーにも参加し始めました。
その後、就職が決まり、名古屋へ転勤することになったことを契機に、梅田サイファーから離れることになります。
それからしばらく経ち、2019年の3rdアルバム「Never Get Old」を機に、再び活動を再開することになりました。
SPI-K(スパイ・ケー)|DJ
SPI-Kは、梅田サイファーのバックDJであり、2019年に加入しました。
SPI-Kは、学生時代にEMINEMの8 Mileからヒップホップに興味を持ち、そこからDMCやDJ KENTAROの存在を知り、DJに興味を持っていきました。
2008年頃にはDJとして活動を始めましたが、当時はEDMブームであったのに対し、SPI-Kは日本語ラップにこだわったDJプレイを貫き、自身のスタイルを確立していきました。
その後、mixiからOSCAと知り合ったり、SPI-Kの活躍を知っていたKOPERUとイベントが一緒になったことで、梅田サイファーとの関わりが強まっていきました。
HATCH(ハッチ)|DJ / デザイナー
HATCHは、梅田サイファーやJapidiotとして活動していて、アルバムのアートワークやフライヤーのデザインなどを手掛けています。
HATCHは、2008年頃に梅田サイファーのメンバーと知り合い、JapidiotのバックDJとして加入しました。
Japidiotのレコーディングに付き合う中で、ラップに魅力を感じて始めるも、自身が輝ける部分ではないと感じ、アートワークの側面で活躍していくことを決意しました。
その後は、梅田サイファーに近い存在となり、梅田サイファーのデザイナーになりました。
Cosaqu(コーサク)|トラックメイカー / エンジニア
Cosaquは、トラックメイカーやレコーディング・ミキシングエンジニアで、梅田サイファーや高槻POSSEにトラック提供を行っています。
Cosaquは、元々2003年頃からラッパーとして活動していて、CUT COMMON SENSEやWASSABeといったクルーとして活動していました。
KZやふぁんくと知り合いだったり、pekoともよく遊んでいたりなど、メンバーそれぞれとして関係がありましたが、梅田サイファーとしての関わりはあまりありませんでした。
本格的梅田サイファーと関りを持ったのは、KZの2ndアルバム「CASK」の制作に携わっていた時に、KZから梅田サイファーの3rdアルバム「Never Get Old」の制作に誘われたことがきっかけでした。
CHAPTER 02 / SECTION 06梅田サイファーの元メンバープロフィール|脱退した9人
公式に脱退が発表されたのはふぁんく・tella・たうりん・OSCAの4人で、それ以前から活動を離れているメンバーも含めると9人になる。脱退時期が確認できるものは在籍状況の欄に日付を記載している。
ふぁんく(ファンク)|MC
ふぁんくは、梅田サイファーを最初期から支えてきた実力者で、その実力は日本屈指のフリースタイル技術を持つR-指定からも認められています。
学生時代は、家庭内の問題で、高校1年生の頃から1人暮らしを始めるも、生活リズムが崩れ、ほとんど授業に出ずに、部活でバスケをして帰るという生活を送っていました。
梅田サイファーは、元々ふぁんくやヨロズ、あきらめんを中心に、ラップが好きだから集まりたいという思いから形成されたものでした。
高校時代くらいまでは結構暴力的な人間やったんで、ラップに出会ってなかったら暴力性がまだ残ってたかなってすごい思います。
tella(テラ)|MC / 映像作家
tellaは、他の梅田サイファーのメンバーとは異なり、高くてソフトな声を活かした心地良いラップが特徴とするラッパーです。
また、梅田サイファーのメンバーで構成されるユニットJapidiotやWe La Worksとして活動したり、GeckoTribe名義でトラックメイカーとしても活動しています。
tellaは、静岡県の出身で、大学へ行くために大阪へ移り、そこで梅田サイファーに出会いました。
1stアルバム「See Ya At The Footbridge」や2ndアルバム「UCDFBR Sampler Vol.2」、ソロアルバム「AXIOLOGY」のリリースなどを中心に活動を展開していきました。
タウリン|MC
タウリンは、梅田サイファーのメンバーの中でも謎が多い人物で、メディアやSNS等での露出が少ない人物です。
梅田サイファーの中では、特にふぁんくと仲が良く、自身のSNSで関係性が伺えるようなツイートが多数見受けられます。
最後のレースゲームで笑けるぐらい白熱した戦いを繰り広げたんやけど、あいつ後ろからガンガン当ててくるし、めちゃくちゃ進路妨害するしで、それはもう、ただのふぁんくやんって思った。
プライベートな部分は未知な部分が多いものの、楽曲での登場は多く、1stアルバム「See Ya At The Footbridge」から3rdアルバム「Never Get Old」の3作品とEP「UC1DAY ’20」に登場しています。
OSCA(オスカ)|MC
大した繋ぎはしてないけどかっこよく撮ってくれたので。
photo by @maotsuka_
OSCAは、低い声が特徴的なラッパーで、梅田サイファー以外にJapidiotとしても活動しています。
OSCAは、元々モバゲーのHIP HOPや日本語ラップ関連の大きいコミュニティの運営者で、そこでKOPERUと知り合っていました。
あきらめん(アキラメン)|MC
ちょっと無理あるかもしれませんが、↓の肩書きで出演しました!
あきらめんは、梅田サイファーの創立に関わったメンバーの1人です。
あきらめんは、梅田サイファーに加入する前に、SHRINE CREWというインターネットラップ集団に加入していました。
その後、オキシマイドという大阪を拠点にするラップクルーに入り、活動を始めました。
ラード|MC
ラードは、R-指定の幼馴染のラッパーで、R-指定に梅田サイファーの存在を教えた人物です。
R-指定とは中学生の頃に出会い、当時はHIP HOPを知っている人が周りにいなかったことから、すぐに意気投合しました。
HIP HOPについて語ったり、2人でラップを練習することもあったものの、納得できるほどの練習にはなりませんでした。
しかし、高校生になった頃にラードが梅田サイファーの存在を知ったことをきっかけに、R-指定と共に梅田サイファーに参加するようになりました。
ペッペBOMB(ペッペボム)|MC
ペッペBOMBは、梅田サイファーで活動していたメンバーの1人で、R-指定とKOPERU、たまこうのユニットコッペパンのメンバーの1人でもあります。
メンバーのテークエムとは地元の友達で、共に梅田サイファーに参加し始めました。
その後、バトルに出場したり、1stアルバム「See Ya At The Footbridge」の「テレフォンショッキング」や「COLOR (feat. Kenny)」に出演したりなど、音楽活動を展開させていきました。
【ニコラップ】こみ上げて吐き気【ペッペBOMB】
たまこう(タマコウ)|MC
たまこうは、ラッパーとしてはもちろん、トラックメイカーや読書講師としても活動する異色の経歴の持ち主です。
実家がお金持ちであることから、自分の好きなことをやって、人生を謳歌しています。
メンバーからは面白いやつだと思われてはいるものの、読書講師の肩書を名乗りだしたり、セミナーを開き出してから、その行動が疑問視されることもありました。
ラップは高校1年生頃にラップを始め、梅田サイファーに加入しましたが、ラッパーを辞めて漫画家になったり、読書講師になったりなど、様々なことを手掛けてきました。
MCりぼん|MC
9/12(sat) 大阪予選B ENTRY No.14 MC Ribon( @ribon_aoribon )
MCりぼんは、AORIBONという2人組のユニットとして活動していた女性MCです。
MCりぼんは、中学生の頃からラップを始め、第2回高校生RAP選手権にも出場しています。
この他にも、ENTER MC BATTLE CLASSICSなどのバトルでも活躍を果たし、注目の的になりました。
CHAPTER 02 / SECTION 07梅田サイファーの準メンバー・関係者|エンジニアとユニット
MC以外にも、音源の制作を長年支えてきた関係者が存在する。ステージに立たないため一覧に載らないことが多いが、初期の音源はこの人たちの手を通って世に出ている。また近年の音源には、13人の枠には含まれないYugaSodaが「BE THE MONSTER」「JUMP」などに参加している。
dio j(ディオ・ジェイ)|エンジニア
dio jは、梅田サイファーのレーベルであるDFBRのビートメイカーで、レコード・ミキシングエンジニアなども務めています。
dio jは、特に初期の頃の梅田サイファーを支えた人物で、梅田サイファーの楽曲はもちろん、メンバーそれぞれのソロ曲のビートを手掛けることもあります。
そのため、非常に多彩なビートを作り上げることができ、梅田サイファーが有名になった後も、梅田サイファーを裏で支えています。
dio j at the DFBR beats Vol.2 by dio j
ドリームフィニッシュ|ユニット
ドリームフィニッシュとは、ネピアとヤス八番の2人から構成されるユニットです。
2人ともドミニカ共和国が出身で、2年に1度くらいのペースで大阪にしかない薬を予防注射するために来日していて、梅田サイファーと関わりを持つようになりました。
放送コードに引っかかるような下品なラップを得意とし、梅田サイファーのアルバムにも初期から参加しています。
ドリームフィニッシュの名前は夢精が由来。
CHAPTER 03 / SECTION 08梅田サイファーの代表曲|マジでハイ・トラボルタカスタム
梅田サイファーを初めて聴くなら、マイクリレーの人数と勢いが分かりやすい3曲から入るとよい。いずれもYouTubeで公式に公開されており、誰がどのパートを担当しているかを追いやすい。
マジでハイ|6人のマイクリレー
KZ・peko・ふぁんく・KOPERU・KennyDoes・R-指定の6人が参加した楽曲である。梅田サイファーの入口として最も紹介されることが多く、大人数で回す構造がそのまま曲になっている。
1人あたりの尺が短いぶん、それぞれの声質と入り方の違いがはっきり出る。誰から追いかけるかを決める材料として機能する曲である。
トラボルタカスタム ft. 鋼田テフロン|代表曲としての完成形
KennyDoes・ふぁんく・KZ・KBD・テークエム・KOPERU・peko・R-指定の8人に鋼田テフロンを迎えた楽曲である。THE FIRST TAKEでも披露され、グループの知名度を大きく押し上げた。
人数が増えても曲の輪郭がぼやけない構成になっており、集合体という形式の強みが最も分かりやすく出ている一曲である。
HEADSHOT pt.2|8人が並ぶ2021年の代表作
テークエム・ふぁんく・R-指定・KBD・KennyDoes・KZ・KOPERU・pekoの8人が参加した2021年1月配信の楽曲である。Cosaquがトラックを手掛けている。
脱退前のふぁんくが参加している音源としても記録的な価値があり、現在の13人体制になる前の形を確認できる。
CHAPTER 03 / SECTION 09梅田サイファーのディスコグラフィ|アルバムとタイアップ
梅田サイファーはインディーズで3枚のアルバムを重ねたのち、2023年にメジャーデビューを果たした。以下は主要な作品の一覧である。
- ALBUMSee Ya At The Footbridge / 梅田サイファー
- ALBUMビッグジャンボジェット / 梅田サイファー
- ALBUMRAPNAVIO(メジャー1st) / 梅田サイファー
- ALBUMUnfold Collective(メジャー2nd) / 梅田サイファー
- EP金盤 / 梅田サイファー
- ALBUMHAPPY RETENTION(メジャー3rd) / 梅田サイファー
2025年9月24日リリースの「HAPPY RETENTION」がメジャー3作目にあたる。制作はCosaquのスタジオCOSMIC BASEを拠点に進められ、Chaki Zulu、grooveman Spot、TOSHIKI HAYASHI(%C)、banvox、DJ Mitsu The Beatsら外部プロデューサーも参加している。
タイアップの数も多い。以下は近年の主なものである。
- キングオブコント オープニング曲(2022年・2023年・2024年の3年連続。2023年版は三浦大知が参加)
- アニメ「炎炎ノ消防隊」最終章エンディングテーマ「ウルサイレン」
- アニメ「青のミブロ」オープニングテーマ「OOKAMI」
- ABCプロ野球中継2025年テーマソング「1%」
- セレッソ大阪 公式テーマソング「Cerezo!」(2025年2月13日)
- PlayStation 4 / 5 用ソフトのCMソング「PUNCH LINE UP」(2023年3月9日)
ライブ面では、2024年のワンマンツアー「Unfold Collective」最終日のZepp DiverCity公演がBlu-ray化されたほか、2025年秋からは全国47都道府県ツアーを継続している。活動休止の発表は、この稼働量の直後に出されたものである。
CHAPTER 04 / SECTION 10梅田サイファーに関するよくある質問(FAQ)
梅田サイファーについて検索される頻度が高い質問に、この章だけで完結する形で答える。在籍状況は変動するため、確認時点を添えている。
これ以外の項目については、公式サイトと公式YouTubeチャンネルで随時発信されている。人数や在籍状況は変動するため、最新の情報は一次情報にあたることを勧める。
CHAPTER 04 / SECTION 11まとめ|梅田サイファーが20年で作ったもの
梅田サイファーが20年で作ったのは、グループではなく「入っても抜けても壊れない仕組み」である。リーダーを置かず、加入も脱退も手続きにせず、それでも音源とライブを積み続けた。だからこそ4人が抜けても形が変わらなかった。
2007年の歩道橋には、電池式のスピーカーとiPodしかなかった。当時の大阪のシーンからは「ヒップホップではない集団」と嫌われた。その集まりが2023年にメジャーデビューし、2027年に日本武道館へ立つ。
R-指定という全国区を輩出したことばかりが語られるが、実際に効いていたのはKZやpeko、KennyDoes、Cosaquのように制作側へ回った人間が内側にいたことだ。外部に発注しなくても曲が完成する体制を、集合体のまま作り上げていた。
そして2027年夏、その形はいったん止まる。解散ではなく休止という選び方も、リーダーがいないからこそ可能だった判断である。誰かが決めて終わらせるのではなく、全員がそれぞれの場所へ戻るだけだからだ。
※出典は公式サイト・公式SNS・報道各社の記事、およびWikipedia「梅田サイファー」の記述にもとづきます。確認日:2026-08-11。在籍状況は変動するため、次回更新時にあらためて照合します。
この記事の要点
- 2007年5月19日、梅田の歩道橋でのサイファーとして始まった集合体
- 現メンバーは13人。リーダーも上下関係も固定メンバーの概念も持たない
- 公式に発表された脱退は4件(ふぁんく2021/tella・たうりん2022/OSCA2023)
- 2023年3月29日にアルバム「RAPNAVIO」でメジャーデビュー
- 2026年7月5日に、2027年夏頃のライブでの無期限活動休止を発表
- 2027年2月23日に日本武道館公演「THE CYPHER in 日本武道館」を開催予定
- 本名・身長・血液型・MBTIなど非公表の項目は推測で補わず「非公表」と記載
— Djtube 編集部 / 2026.08

