KANDYTOWNメンバープロフィール
KANDYTOWN(キャンディタウン)は、東京・世田谷のメンバーを中心に2012年に結成されたヒップホップ・クルーである。高校時代のBANKROLLとYaBastaという2つのグループが合流して生まれ、MC・DJ・トラックメイカーに加えて映像作家や俳優も擁する。2016年のメジャーデビューから約6年半、2023年3月8日の日本武道館公演をもって「終演」した。本記事では、終演時の14名と旧メンバー2名を含む16名の経歴を、確認できた範囲で整理する。
この記事でわかること
- 16名それぞれの担当・出自グループ・現在の活動
- なぜ「解散」ではなく「終演」という言葉が選ばれたのか
- BANKROLLとYaBastaの合流から日本武道館までの歩み
- クルー内で制作を完結させる自主制作体制の中身
- クルーが掲げていた「クールボーイの10のルール」の内容
- 各メンバーのMBTI(推定)と、そう判断した根拠
- どの作品から聴くかを決めるための入門ガイド
よくある疑問と、短い答え
検索して真っ先に確認したい項目だけを、1行ずつ先に置いておく。根拠と詳細は、それぞれ対応する章で扱う。
| 疑問 | 短い答え | 補足 |
|---|---|---|
| KANDYTOWNは解散した? | 2023年3月8日をもって「終演」 | 本人たちは解散という語を使っていない |
| 最後のライブはいつ? | 2023年3月8日、日本武道館 | 全29曲、1万2千人を動員 |
| メンバーは何人? | 終演時14名、旧メンバーを含め16名 | 旧記事の「14人組」はこの内数 |
| 結成はいつ? | 2012年 | BANKROLLとYaBastaの合流による |
| 出身は? | 東京都世田谷区が中心 | MUDのみ町田市出身 |
| メジャーデビューは? | 2016年11月2日 | Warner Music Japanから |
| アルバムは何枚? | フルアルバム3枚 | KANDYTOWN/ADVISORY/LAST ALBUM |
| 亡くなったメンバーがいる? | YUSHIが2015年2月14日に23歳で死去 | 該当章で詳述 |
| メンバーのMBTIは? | 本人公表はなく、公開情報からの推定を15名分掲載 | 故人のYUSHIは対象外 |
※上表は2026年8月時点で確認した内容です。メンバーの本名・生年月日は公表されている値のみを扱い、確認できないものは「非公表」と記載しています。
CHAPTER 01 / SECTION 01KANDYTOWNとは|世田谷発の16名のクルー
KANDYTOWNは、東京・世田谷のメンバーを中心に2012年に結成されたヒップホップ・クルーである。ラッパーだけでなくDJ、トラックメイカー、映像作家、俳優、アートディレクターが集まる編成を特徴とする。まず、公表されている基本情報だけを先に置く。
表のとおり、メジャーデビューから終演までは約6年半しかない。その短さのわりに武道館を単独で満員にする規模まで到達した点が、このクルーの特異なところである。
この記事で使う用語|クルー・サンプリング・客演・終演
本文で繰り返し出てくる4語を先に定義しておく。いずれもヒップホップの文脈で意味が変わる語である。
クルーとは、グループより緩やかな結びつきの仲間の集まりを指す。全員で同じ作品を作ることを前提とせず、各自の活動を保ったまま同じ看板を共有する点がグループと異なる。
サンプリングとは、既存の楽曲の一部を素材として引用し、新しい楽曲に組み込む制作手法を指す。KANDYTOWNの音の骨格をなす技法であり、R&Bやソウルからの引用が多い。
客演とは、他のアーティストの楽曲にゲストとして参加することを指し、フィーチャリング(feat.)とも表記される。このクルーはメンバー同士の客演が非常に多い。
終演とは、本来は公演が終わることを指す語である。KANDYTOWNは活動の終わりについてこの語を選び、解散や活動休止という言い方を使わなかった。
4語のうち最後の1語が、このクルーを語るうえで最も重要である。終わり方に何という名前を付けるかまでを自分たちで決めた点が、この集団の性格をよく表している。
CHAPTER 01 / SECTION 02KANDYTOWNの歩み|2つのグループの合流から武道館まで
KANDYTOWNは、高校時代から続く2つのグループが合流して生まれた。上の世代のBANKROLLと、下の世代のYaBastaである。主な出来事を時系列で並べる。
年表で目を引くのは、メジャーデビューの前年にYUSHIを失っている点である。クルーが本格的に動き出す直前の出来事であり、その後の作品にも繰り返し反映されている。
もう一点は、終演の発表からラストライブまでに約5か月の期間を置いていることである。その間に最後のアルバムを出し、最後の単独公演を武道館で行うという段取りが組まれていた。終わり方そのものが設計されていたことがわかる。
CHAPTER 02 / SECTION 03終演|解散でも活動休止でもない選択
KANDYTOWNは2022年10月13日、翌2023年3月をもって活動を終えることを発表した。このとき使われたのは「解散」でも「活動休止」でもなく、「終演」という言葉だった。
| 項目 | 確認できている内容 |
|---|---|
| 発表 | 2022年10月13日、2023年3月をもってと告知 |
| 使われた語 | 終演、解散や活動休止という表現は使われていない |
| 最後のアルバム | LAST ALBUM、2022年11月30日リリース |
| 先行曲 | Curtain Call feat. KEIJU, Ryohu, IO、2022年9月23日配信 |
| 最後の公演 | 2023年3月8日、日本武道館「LAST LIVE」 |
| 公演の規模 | 全29曲、1万2千人、360度全面LEDステージ |
| チケット | 即完後に追加販売、追加分も完売 |
| 終演後 | 地上波で密着番組が放送され、後にYouTubeでも全編公開 |
表のとおり、発表から最後の公演までの約5か月に、最後のアルバムと最後の単独公演が順に配置されている。IOは終演という表現を選んだ理由について、次のように語ったと報じられている。
最高にかっこいいところで終わりたい
ライチケinfo「KANDYTOWN解散理由はなぜ?終演の真相」ネガティブな事情による解散ではなく、幕の下ろし方まで含めて自分たちで決めたという位置づけである。終演の発表からラストライブまでの段取りも、この考え方に沿って組まれていた。
この考え方は、最後のアルバムの構成にも表れている。先行曲のタイトル「Curtain Call」は、アンコール前の最後の挨拶を意味する語である。アルバムの最終曲が「Endroll」であることも含め、終わりを演目として扱う姿勢が一貫している。
Curtain Call|終幕を正面から扱った先行曲
「Curtain Call」は2022年9月23日に配信された、最後のアルバムの先行曲である。KEIJU、Ryohu、IOの3人が参加し、これまでの活動や不在となったメンバーに触れる内容が含まれている。全員が黒の革ジャンで並ぶMVも同時に公開された。
この一節が示すとおり、終演を告げる曲でありながら、まだ終わっていないという語りになっている。幕を下ろすことと諦めることを切り離すのが、この曲の立ち位置である。
このクルーの記事で最も直しにくかったのが「解散」という語だった。旧版は見出しから本文まで一貫して解散と書いていたが、当事者は一度もその語を使っていない。彼らが選んだのは終演である。書き手からすれば同じ意味に見えるかもしれないが、当事者が言葉を選んだこと自体が事実であり、それを勝手に言い換えるのは記録として不正確になる。もう一点、旧版は故人であるYUSHIの死因について、病名と服薬を挙げた説明を書いていた。遺族が公表していない病歴を、裏付けのないまま記事に残すのは事故にしかならない。故人の記事で書けるのは、公表された事実と、その人が何を残したかまでだ。
メンバーの距離感がわかる映像|KANDYTOWNの一日
Holly Qが自身のチャンネルで公開した企画では、打ち合わせに集まるまでの様子がそのまま記録されている。指定のカフェにいたのはGottzとDony Jointの2人だけで、言い出したKEIJUもIOも来ていない、という場面から始まる。
その後は買い物をして帰るという、ごく緩い一日が映されている。少年の頃から一緒にいる関係がそのまま続いていることが、こうした映像からうかがえる。
CHAPTER 03 / SECTION 04音楽的特徴と自主制作体制|クルー内で完結する作り方
KANDYTOWNの特徴は、大人数クルーにありがちな荒々しさを前面に出さない点にある。無駄を削いだラップ、ファッション、アートワークまで含めた統一感が、この集団の音を決めている。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| ラップ | 荒々しさを押し出さず、無駄を削いだ落ち着いた質感 |
| ビート | サンプリング主体、R&B・ソウル・クラシックな音源からの引用が多い |
| 世代感 | 90年代のヒップホップの空気を踏襲した音づくり |
| 統一感 | 音・ファッション・アートワークまで一貫した世界観 |
| 聴かれ方 | 幅広い年代が聴ける音楽性、それがファン層の広さにつながる |
若手クルーのなかでも、サンプリングミュージックを主体としている点が際立った特徴として挙げられてきた。この志向が、下の表にある自主制作体制と結びついている。
自主制作体制|外部に依存しない6工程
このクルーは、音楽と映像の制作をクルー内でほぼ完結させてきた。担い手が揃っているため、外部に大きく依存する必要がなかったからである。
| 工程 | クルー内の主な担い手 |
|---|---|
| トラック制作 | Neetz / Ryohu / MIKI / DJ Minnesotah ほか |
| レコーディング | Neetz(レコーディングエンジニアも兼任) |
| エンジニアリング | Neetz |
| リリック制作 | MC陣 |
| ミュージックビデオ制作 | IO / KEIJU(映像制作チームとしても活動) |
| アートディレクション | IO |
表のとおり、6工程のすべてに担い手が内部にいる。この構造が、クルー独自の世界観を保ったまま作品を出し続けられた理由である。とくにNeetzは制作の多くを手がけ、レコーディングエンジニアも兼ねていた。
CHAPTER 03 / SECTION 05クールボーイの10のルール
KANDYTOWNには「クールボーイの10のルール」と呼ばれる標語がある。クルーの姿勢を短い言葉で並べたもので、10と言いながら11項目あるのが特徴である。
- ルーツを忘れるな
- 誰のことも見下すな
- クールに判断して、ホットに動け
- ピザは「ピッツァ」と読め
- 裏を見て、表を知れ
- 広い視野と誇りを持て
- 黒と白、両方の自分を受け入れろ
- 1日1回、熱いシャワーを決めろ
- 毎日やり直すチャンスを与えられていることを理解しろ
- 100万人より、フッドのストリートに賭けろ
- ルールに縛られるな
10のルールとしながら、最後に11個目として「ルールに縛られるな」が置かれている。これがこの標語の要点である。前の10項目を掲げたうえで、それに縛られること自体を禁じるという構造になっている。
内容を見ると、ルーツを忘れるな、見下すな、フッドに賭けろといった項目が並ぶ一方で、ピザの読み方やシャワーの話も入っている。姿勢の話と生活の話が同じ重さで並んでいるところに、このクルーの温度が出ている。
CHAPTER 04 / SECTION 06KANDYTOWNのメンバー一覧|16名の担当と出自
終演時のメンバーは14名で、旧メンバー2名を含めると16名になる。どちらの前身グループから来たかで分けると、クルーの構造が見えやすい。まず一覧で整理する。
| 名義 | 担当 | 出自 | 在籍 |
|---|---|---|---|
| IO(イオ) | MC・映像・アートディレクション | BANKROLL | 終演まで |
| Ryohu(リョフ) | MC・トラックメイカー | BANKROLL | 終演まで |
| Dony Joint(ドニー・ジョイント) | MC | BANKROLL/YaBasta | 終演まで |
| B.S.C(ビー・エス・シー) | MC | BANKROLL | 終演まで |
| DJ MASATO(マサト) | MC・DJ | BANKROLL | 終演まで |
| YUSHI(ユウシ) | MC・トラックメイカー | BANKROLL | 2015年に死去 |
| KEIJU(ケイジュ) | MC | YaBasta | 終演まで |
| Gottz(ゴッツ) | MC | YaBasta | 終演まで |
| Holly Q(ホーリー・キュー) | MC・俳優 | YaBasta | 終演まで |
| DIAN(ディアン) | MC・ビートメイカー | YaBasta | 終演まで |
| DJ Weelow(ウィーロウ) | DJ | YaBasta | 終演まで |
| MUD(マッド) | MC・トラックメイカー | いずれにも非所属 | 終演まで |
| Neetz(ニーツ) | MC・トラックメイカー・エンジニア | 非公表 | 終演まで |
| DJ Minnesotah(ミネソタ) | DJ・トラックメイカー | 非公表 | 終演まで |
| MIKI(ミキ) | トラックメイカー | YaBasta | 2019年に脱退 |
| 菊丸(キクマル) | MC | 非公表 | 旧メンバー |
※メンバーの本名・生年は、公表されている範囲でのみ各項で記載しています。公表が確認できない項目は「非公表」としています。
一覧のとおり、BANKROLL出身が6名、YaBasta出身が5名で、どちらにも属していなかったメンバーもいる。MUDは高校でBANKROLLのメンバーと出会いながら、どちらにも所属しないままKANDYTOWNに参加した経緯を持つ。
CHAPTER 04 / SECTION 07MC陣|10名のプロフィール
マイクを握る10名は、出自も現在の活動もばらばらである。俳優、映像作家、エンジニアを兼ねる者もおり、肩書きが1つに収まらない。
IO(イオ)|クルーの顔となったMC
IOはクルーを代表するMCの1人で、音楽以外にアートディレクションと映像制作も担ってきた。BANKROLL出身で、クルー外ではBCDMGにも所属している。
ソロではDef Jam Recordingsからメジャーデビューを果たした。終演という表現を選んだ理由を語ったのもこの人物である。作品の見え方まで含めて設計する立場にいた。
KEIJU(ケイジュ)|改名を経てメジャーへ進んだMC
KEIJUはYaBasta時代にYOUNG JUJU名義で活動し、2017年12月のレーベル契約を機に改名した。クルーのなかでも客演の数が多く、外部アーティストの楽曲への参加でも知られる。
映像制作チームのメンバーでもあり、ファッションモデルとしても起用されてきた。音楽以外の分野に軸足を広げた点で、IOと近い動き方をしている。
Ryohu(リョフ)|クルー外の制作にも関わるMC
Ryohuは、クルー外のバンド系アーティストの楽曲に関わることが多いMC兼トラックメイカーである。ズットズレテルズではYUSHIとともに活動していた。
ラップに関心を持ったきっかけは小学生の頃に聴いた楽曲で、中学時代にライブへ行った際にYUSHIと出会っている。ソロでも全国ツアーを行っており、クルー内でも活動の幅が広いメンバーである。
Gottz(ゴッツ)|ストリート色の強いMC
Gottzはクルーのなかでも特にストリート色が強いとされるMCである。目立つ見た目の一方で、親しみやすい声質を持つと評されてきた。
クルーの楽曲が90年代の空気を強く帯びているのに対し、ソロではトラップの要素を取り入れた、より現代的な作りに向かっている。この差が、クルー内での役割の違いにもなっている。
MUD(マッド)|町田から合流したMC
MUDは、世田谷出身が中心のクルーにあって町田市出身という位置にいる。高校時代にBANKROLLのメンバーと出会ったが、どちらの前身グループにも所属せず、基本的にソロで活動していた。
クルー加入後もソロ活動を続けており、かっちりとしたフロウと韻の運びが持ち味である。Gottzと一緒に楽曲へ参加することが多い。
Holly Q(ホーリー・キュー)|俳優としても活動するMC
Holly Qは、上杉柊平の名前で俳優としても活動している。テレビドラマでの露出が多く、クルー外ではそちらで認知されている場面が多い。
MCとしての活動にも力を入れており、2ndアルバムの制作にあたって仮録音まで先に済ませ、メンバーの士気を上げたというエピソードが伝えられている。
Dony Joint(ドニー・ジョイント)|2つの前身に属したMC
Dony Jointは、BANKROLLとYaBastaの両方に属した時期があるという珍しい経歴を持つ。2つの前身グループをつなぐ位置にいたことになる。
ソロ活動やBCDMGでの活動に加えて、アパレルとジュエリーのブランドも運営している。ジュエリーは職人の手による一点物を扱っており、こだわりの強さがうかがえる。
DIAN(ディアン)|クルー内での活動を軸にするMC
DIANは、クルー内での活動と他メンバーのソロへの客演を軸にしてきたMCである。単独名義の作品は少ないが、ラップの技術の高さで知られている。
企画シリーズに出演した際には、シャッフル系の複雑なリズムのビートに乗せてみせた。ソロ作品の少なさとスキルの評価が釣り合わないタイプのメンバーである。
B.S.C(ビー・エス・シー)|まとめ役を務めたMC
B.S.Cは複数の名義を使い分けるMCで、明確なリーダーが不在のクルーでまとめ役を務めてきた。フィリピンにルーツを持ち、クリスチャンとして育った背景がある。
その背景は作品にも反映されており、ソロデビューアルバムのタイトルは日本とフィリピンの両方を指す造語だった。信仰にまつわる語がリリックに現れるのも、この経歴による。
Neetz(ニーツ)|制作の中心にいたMC
Neetzはクルー作品の多くをプロデュースし、レコーディングエンジニアも兼ねていた制作の中心人物である。クルーではビートを担う一方、ソロではMCとしても活動している。
1stアルバムでは外部の実力派MCを客演に迎え、ビートメイカーからプロデューサーへと立ち回りを広げる契機になった。このクルーが外部に依存せず制作を完結できた理由の多くは、この人物にある。
CHAPTER 04 / SECTION 08DJ・トラックメイカー陣|4名のプロフィール
DJとトラックメイクを担う4名は、いずれもミックス作品でも知られている。ライブでのバックDJから作品の制作まで、担う範囲は広い。
DJ MASATO(マサト)|MCとしても立つDJ
DJ MASATOはDJでありながら、MCとしてクルーの楽曲に参加することも多い。人気曲でもMCとして立ち回っており、役割が固定されていない。
兄の影響で高校2年生頃にDJへ関心を持ち、先輩のパーティーで初めてステージに立った。その時点ですでにBANKROLLはライブ活動を行っていた。DJ Minnesotahとともにクラブでレジデントパーティーも主催している。
DJ Minnesotah(ミネソタ)|ハイブリッドなミックスを持ち味とするDJ
DJ Minnesotahがクルーとつながったきっかけは、小学生の頃に作ったビートだった。そのビートにNeetzがラップを乗せた音源が、同じサッカーチームの菊丸を経由して前身グループのメンバーへ広がったという経緯がある。
クルーの主力DJとしてミックス作品を複数手がけてきた。ソウルやロックの要素を織り交ぜたハイブリッドなミックスが持ち味である。作品によってはスクラッチも担当している。
DJ Weelow(ウィーロウ)|ライブのバックDJ
DJ WeelowはYaBasta出身で、クルーのライブではバックDJを務めてきた。ステージ上では目立ちにくい位置だが、ライブの土台を支える役割である。
ミックス作品やクルー公式のプレイリスト制作でも知られている。ソロでのイベント出演は数多く、クルー外での活動のほうが目に触れやすいメンバーでもある。
YUSHI(ユウシ)|KINGと呼ばれた中心人物
YUSHIはKANDYTOWNの中心人物の1人で、メンバーやファンからKINGと呼ばれていた。BANKROLL出身で、Ryohuとともにズットズレテルズでも活動していた。トラックメイクも手がけ、MIKIに教え込んだのもこの人物である。
2015年2月14日、渋谷区のマンションの7階から転落し、23歳で亡くなったと報じられている。クルーがメジャーデビューを迎える前年の出来事だった。
その後の作品には、YUSHIの存在が繰り返し現れる。1stアルバムのジャケットには本人が描いたイラストが使われ、楽曲のなかでも歌われてきた。クルーが終演を迎えるまで、名前が消えることはなかった。
CHAPTER 04 / SECTION 09旧メンバー|MIKIと菊丸
終演時の14名のほかに、途中で離れた2名がいる。トラックメイカーのMIKIと、MCの菊丸である。
MIKI(ミキ)|2019年に脱退したトラックメイカー
MIKIはYaBasta出身のトラックメイカーで、2019年11月に脱退を表明した。YUSHIからトラックメイクを教わった経緯があり、クルーの初期の音づくりに関わっている。
脱退の理由は明らかにされていないが、本人はSNSで次のように述べている。
今後クルーに戻ることもないし、この件についてはもう聞かないでくれ
そのうえで、以降は海外のアーティストとともに制作していくことを明らかにした。脱退後も、MIKIが手がけたトラックはクルーの代表曲として残り続けている。
菊丸(キクマル)|MCバトルでも知られた旧メンバー
菊丸はMCバトルのシーンでも知られた存在で、2010年の大会のU-20部門で優勝している。中学生の頃にラップを始め、高校ではサッカー部で3年間を過ごした。
2008年から別のヒップホップクルーで活動しており、そこからKANDYTOWNへ合流した。クルー内でもラッパーとしての技術の高さで知られ、過去のバトルの試合は現在も語り継がれている。
CHAPTER 05 / SECTION 10メンバーのMBTI|16名の推定と判断の根拠
KANDYTOWNのメンバーでMBTIを公表した例は確認できていない。以下はすべて、公開されている言動・作品・担ってきた役割から当編集部が推定した値である。本人の申告ではない点を先に断っておく。
16名の一覧|推定値と判断の主軸
まず全員分を一覧で示す。各行の右端に置いたのが、その値に至った最も大きい判断材料である。いずれも公開されている事実に限っている。
| 名義 | MBTI(推定) | 判断の主軸になった事実 |
|---|---|---|
| IO | INTJ-A | 音楽に加えてアートディレクションと映像まで統括し、終演という幕の下ろし方まで設計した |
| KEIJU | ENFP-A | 改名とレーベル移籍で環境を変え、クルー内で最も多く外部へ客演した |
| Ryohu | INFP-A | バンド系との共作・トラックメイク・俳優と領域を越えて表現を広げた |
| Gottz | ESTP-A | クルーの基調とは別方向のトラップへ単身で踏み出した |
| MUD | ISTJ-A | 前身グループに属さないまま合流し、かっちりとしたフロウと韻の精度で位置を確保した |
| Holly Q | ENFJ-A | アルバム制作時に自ら仮録音まで済ませ、メンバーの士気を引き上げた |
| Dony Joint | ISFP-A | 職人による一点物のジュエリーを扱うブランドを自ら運営している |
| DIAN | ISTP-A | ソロ作品は少ない一方、複雑なリズムを乗りこなす技術で評価を得た |
| B.S.C | ESFJ-A | 明確なリーダーが不在のクルーでまとめ役を務めた |
| Neetz | INTP-A | 作品の多くをプロデュースし、レコーディングエンジニアまで兼ねた |
| DJ MASATO | ESFP-A | DJでありながらMCとして前に出て、レジデントパーティーも主催した |
| DJ Minnesotah | ENTP-A | ソウルやロックを織り交ぜたハイブリッドなミックスを持ち味にした |
| DJ Weelow | ISFP-A | ライブではバックDJに徹し、目立つ位置を取らなかった |
| YUSHI | 掲載しない | 故人であり、本人の言動を継続して観察できないため |
| MIKI | ISTJ-A | 脱退時に理由と今後の対応まで明示し、はっきりと線を引いた |
| 菊丸 | ESTP-A | MCバトルの大会でU-20部門を制するなど、即興の場で結果を出した |
一覧から見えるのは、制作側にI型、前に出る側にE型が寄っているという傾向である。16名という人数のわりに役割の重複が少ないのは、この分布と無関係ではない。
IO|INTJ-A(推定)と判断の根拠
IOをINTJ-Aと見る最大の理由は、終わり方まで設計した点にある。作品単位ではなくクルー全体の見え方を組み立てる立場にいた。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| 音楽と並行してアートディレクションと映像制作を統括 | 全体の構想から逆算して形にする傾向(Ni優位) | 公式プロフィール |
| 解散でも活動休止でもなく「終演」という語を選んだ | 状態ではなく意味づけから決める傾向 | 報道 |
| 最高にかっこいいところで終わりたいという判断 | 理想像を基準に到達点を先に置く傾向 | 報道 |
| 武道館という到達点を最後の公演に設定 | 長期の設計を実行に落とす傾向(Te補助) | 公式発表 |
| モデルとして国内外のブランドの広告に登場 | 自身の見え方も設計対象として扱う傾向 | 公式プロフィール |
対立仮説として、ENTJ-Aも成立する。クルー全体を牽引し、外部との交渉を含めて動かしてきた点はこちらでも説明できる。ただし前面に立って号令をかけるより、構想を提示して形にするタイプに見えるため、当編集部はINTJ-Aを採った。
KEIJU|ENFP-A(推定)と判断の根拠
KEIJUをENFP-Aと見る理由は、外へ向かう動きの多さと、環境を変えることへの躊躇のなさである。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| レーベル契約を機に名義そのものを改めた | 環境の変化を機会として取り込む傾向(Ne優位) | 本人のSNS |
| クルー内で最も客演の数が多い | 外部との接続を自ら増やす傾向 | ディスコグラフィ |
| 映像制作チームとしても活動 | 表現の手段を複数持つ傾向 | 公式プロフィール |
| 感情を主題にした楽曲を継続して発表 | 内面を軸に判断する傾向(Fi補助) | ソロ作品 |
| モデルとしても起用される | 人前に出る場を苦にしない傾向 | 公式プロフィール |
対立仮説として、ESFP-Aも成立する。人前での見せ方や現場での立ち回りの強さは、こちらでも説明できる。ただし名義変更を含めて環境ごと組み替える動き方は、可能性を広げる型のほうが説明しやすい。
Neetz|INTP-A(推定)と判断の根拠
NeetzをINTP-Aと見る理由は、仕組みそのものを内側から組み立てた点にある。このクルーが外部に依存せず制作を完結できた理由の多くは、この人物の担当範囲の広さによる。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| 作品の多くをプロデュース | 構造を把握したうえで組み立てる傾向(Ti優位) | 公式プロフィール |
| レコーディングエンジニアまで兼任 | 技術領域を自分で押さえにいく傾向 | 公式プロフィール |
| クルーではビート、ソロではMCと役割を切り替える | 一つの型に固定されない傾向(Ne補助) | ディスコグラフィ |
| ソロ作品で外部MCを客演に迎え制作範囲を広げた | 関心の対象を段階的に拡張する傾向 | 1stアルバム |
| 表に立つ機会が相対的に少ない | 成果物で示す傾向 | 公開情報全般 |
対立仮説として、ISTP-Aも成立する。手を動かして技術で解決する姿勢はこちらでも説明できる。ただし担当範囲を段階的に広げてきた経緯は、可能性を試す型のほうが自然である。
Holly Q|ENFJ-A(推定)と判断の根拠
Holly QをENFJ-Aと見る決め手は、他人の動きを引き上げる方向に働いた点である。
| 観察された言動 | 対応する傾向 | 出典 |
|---|---|---|
| アルバム制作時に自ら仮録音まで済ませた | 周囲の士気を先に作る傾向(Fe優位) | 制作時のエピソード |
| 俳優として他者の視点を担う仕事を継続 | 人の内面を扱うことに適性がある傾向 | 公表されている出演歴 |
| 自身のチャンネルでメンバーの日常を発信 | 関係そのものを見せることに価値を置く傾向 | 公開動画 |
| 遅刻したメンバーを責めずに笑いに変える対応 | 場の空気を保つ方向へ働く傾向 | 公開動画 |
| 音楽と俳優業を並行して継続 | 複数の場に責任を持ち続ける傾向 | 公表されている活動 |
対立仮説として、ESFJ-Aも成立する。場を保つ役回りという点では同じであり、B.S.Cとの違いが小さくなる。ただし俳優としての表現の幅を重く見るなら、直観寄りの型のほうが説明しやすい。
この推定の限界
ここまでの推定には、はっきりとした限界がある。判断材料が公開された場面に限られており、私生活での振る舞いは一切含まれていない。作品や取材の場で見せる姿は、本人の全体ではない。
また、クルーという集団の中では、役割が性格を作ることもある。まとめ役だからそう振る舞ったのか、そう振る舞う人だからまとめ役になったのかは、外部からは切り分けられない。その意味で、上記の値は人物そのものというより、公開された場面での傾向の要約として読んでほしい。
CHAPTER 06 / SECTION 11KANDYTOWNのおすすめ曲|入門ガイド
どこから聴くかで、このクルーのどの側面に触れるかが変わる。フルアルバム3枚のどこに入るかで、受ける印象がかなり違う。入口ごとに整理したのが次の表である。
| 入口 | 形式 | 収録 | わかること | 向いている人 |
|---|---|---|---|---|
| R.T.N | 楽曲 | 1stアルバム | サンプリング主体の音の骨格 | とりあえず一曲だけ聴きたい人 |
| Paper Chase | 楽曲 | 1stアルバム | 3人のフロウの違いと最小限のビート | ラップの質感から入りたい人 |
| Until The End Of Time | 楽曲 | 2ndアルバム | クルーの回顧と未来への向き方 | 物語として追いたい人 |
| Curtain Call | 楽曲 | 3rdアルバム | 終演を正面から扱った到達点 | 現在からさかのぼりたい人 |
| GET LIGHT | 楽曲 | コラボ曲 | クラブやMCバトルで広まった一曲 | 外側から知った人 |
表から読み取れるのは、1stと3rdで曲の役割がまるで違うという点である。始まりの音と終わりの音を並べて聴くと、このクルーが何を残したかが分かりやすい。
KANDYTOWN / R.T.N
1stアルバムに収録された曲で、MIKIとYUSHIが手がけたトラックをもとに作られている。ディスコ・ファンク調のメロウな質感が特徴で、既存曲のサンプリングを土台にした構成になっている。
KANDYTOWN / Paper Chase
同じく1stアルバム収録で、世の中は金ではないという主題を扱った曲である。MUD・KEIJU・DIANの3人のフロウと、MIKIによるドラムとピアノだけの簡素なビートが噛み合っている。
KANDYTOWN / Until The End Of Time
2ndアルバムの最終曲で、クルーのスタイルは続いていくという主題を扱っている。IOのバースではYUSHIについて歌われており、これまでを振り返りながら先へ向かう構成になっている。
向いていないケース|現在進行形のクルーを追いたい人
いま動いているクルーを追いたい人には、KANDYTOWNは入口として向かない。2023年3月8日をもって終演しており、クルーとしての新作が出る見込みは確認できていないためである。
また、荒々しさや攻撃性を求めて聴く人にも印象が違って映る。このクルーの音は無駄を削いだ落ち着いた質感が基調で、圧で押すタイプではない。その場合は、メンバー個々のソロ作品のほうが幅があり、Gottzのようにトラップ寄りの音に向かっているメンバーから入るほうが接点を作りやすい。
CHAPTER 07 / SECTION 12KANDYTOWNに関するよくある質問(FAQ)
KANDYTOWNへの検索で繰り返し現れる疑問は、終演の経緯、メンバー構成、そしてYUSHIについての3方向に集中している。公表されている範囲で回答する。
CHAPTER 07 / SECTION 13まとめ|終わり方まで作品にしたクルー
2005年のBANKROLLと2010年のYaBasta、高校時代から続いた2つのグループが2012年に合流してKANDYTOWNになった。世田谷を中心に、MC・DJ・トラックメイカーに加えて映像作家や俳優まで抱える編成だった。
制作からアートディレクションまでをクルー内で完結させ、サンプリングを土台にした落ち着いた音を作り続けた。メジャーデビューは2016年11月2日。その前年にはKINGと呼ばれたYUSHIを失っており、以降の作品にはその名前が繰り返し現れている。
そして2023年3月8日、日本武道館で全29曲を披露して幕を下ろした。彼らがそれに付けた名前は、解散でも活動休止でもなく「終演」だった。最後のアルバムの先行曲は「Curtain Call」、最終曲は「Endroll」である。始め方だけでなく、終わり方まで自分たちで作った集団だった。
この記事の要点
- KANDYTOWNは2012年結成、東京・世田谷が中心のヒップホップ・クルー
- BANKROLL(2005年結成)とYaBasta(2010年結成)の合流により誕生
- 終演時のメンバーは14名、脱退したMIKIと旧メンバーの菊丸を含めると16名
- 2016年11月2日にWarner Music Japanからメジャーデビュー、フルアルバムは3枚
- 中心人物のYUSHIは2015年2月14日に23歳で死去、以降の作品に名前が残り続けた
- 2023年3月8日の日本武道館公演をもって「終演」、全29曲・1万2千人を動員
- MBTIは本人公表ではなく公開情報からの推定、故人のYUSHIを除く15名分を根拠付きで掲載
— Djtube 編集部 / 2026.08
※本記事は、クルーおよびメンバーの公式発表と音楽メディアの報道で確認できた事実のみを記載しています。故人および遺族に関する記述は公表されている範囲に限り、死因の詳細や病歴など公表が確認できない事項は扱っていません。メンバーの本名・生年月日は公表されている値のみを扱い、確認できないものは「非公表」としました。確認日:2026年8月15日。

