ZORNプロフィール・経歴と作品
ZORN(ゾーン)は、東京都葛飾区新小岩出身のラッパー。ZONE THE DARKNESSとしてバトルや録音作品で名を広め、昭和レコードでの活動を経て、自らのレーベルAll My Homiesを立ち上げた。「My life」で家事や現場仕事を歌い、「Letter」で娘たちへ言葉を届ける。その日常を細かく切り取るラップは、地元の仲間と立つ大きなステージや、戦争を題材にした作品へも広がっている。
PROFILE / PROFILEZORNのプロフィール

1989年2月16日生まれ。活動の拠点として歌い続けるのは、葛飾区の新小岩だ。生まれは三鷹で、小学五年までは海老名に暮らし、その後に新小岩へ移ったと紹介されてきた。街の名そのものより、そこにいる同世代の仲間を歌い、その背景として街を描いていると本人は話す。
本名は杉山雄基の名で知られる。「Rep」では、杉山と呼ぶ仲間がいることを自分の言葉で歌っている。身長は168cm、血液型はB型と紹介される。公式プロフィールでは、生年と新小岩出身であることが掲げられている。
ZONE THE DARKNESSからZORNへ

初期の名義はZONE THE DARKNESS。バンドZONEが由来だという紹介もあるが、2014年の本人取材で明確に語られている改名理由は、この先を考えて名前をスマートにしたいというものだった。
名前の由来として名が挙がるバンドZONEの、配信案内につながる公式MV。ZORN自身の楽曲や出演映像ではなく、バンド名を知るための参考映像だ。
改名の発表は、2014年1月13日、般若のSHIBUYA-AX公演。中学生のころに観客として訪れ、いつか立ちたいと思っていたステージだった。紹介される直前にSHINGO★西成が背中をたたき、送り出してくれたという。名前を短くする変化と、昭和レコードの三人目として歩き出す瞬間が重なった。
PROFILE / ROOTSZORNのラップの始まりと少年時代
ラップを始めたのは十五歳。最初は、当時流行していたミクスチャーのバンドで、ラップをするボーカルになりたかった。中学卒業後に音楽の専門学校へ入ったものの、気の合うバンド仲間を見つけられず、周りにいたラップをする人たちとHIPHOPへ向かった。学校は一年ほどで辞めたと本人は話している。
雷家族、RINO LATINA II、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDなどを聴き、さらに降神やTHA BLUE HERBの言葉へ惹かれていった。初期作品に見える志人の押韻やILL-BOSSTINOの語りに近い表現は、地下の日本語ラップを深く聴いた時期とつながる。後にはShing02も、言葉を大切にするラッパーとして挙げている。
少年院で、言葉と向き合った時間
参考映像:ZORNの少年院・作文の回想/Creepy Nuts ANN0第三者切抜き(YouTube)
2020年2月18日放送の「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」での発言を扱う切り抜き。放送局の公式全編ではなく、本人の回想を紹介する第三者投稿として掲載する。
本人は少年院で十九歳になったと振り返り、出たら父親のところでちゃんと働こうと考えたという。十八、十九歳の約二年間だったという紹介もあるが、本人の回想で確認できるのは、施設で十九歳を迎えたことと、出た後の仕事への思いだ。
ラジオでは、最終学歴を聞かれて少年院と答え、首席で卒業したと冗談を返した。その具体的な話として挙げたのが、作文コンテストの最優秀賞だ。テーマは過去とこれからの人生のようなものだったと記憶し、詳しい内容は忘れたものの、文章に韻を散りばめたことは覚えていると話している。
読書も支えになった。2016年の取材では、施設の中で宮沢賢治の詩集などを読み、本が心の拠り所になったと振り返った。「心象スケッチ」という題名や、後の「雨ニモマケズ」にも、その言葉とのつながりが残る。
バトルで名を広めたZONE THE DARKNESS
参考映像:ZONE THE DARKNESS vs コペル/第三者投稿(YouTube)
ZONE THE DARKNESS時代のコペルとの対戦を扱う公開記録。第三者投稿で、現在のソロ曲のMVとは異なるバトル映像だ。
主な成績として、UMB 2008東京本予選のベスト4、B BOY PARK UNDER20 MC BATTLE 2009の準優勝、THE罵倒の三連覇が挙がる。UMB 2008ではRUMIに敗れ、勝っていれば般若との対戦だったと後に振り返った。RUMIは般若の高校時代からの友人で、かつて同名のグループでも活動した人だ。
輪入道とも、千葉Beltのバトルで向き合っていた。当時の身体が触れることもある張り詰めた空気を、本人は後に笑い交じりに語っている。二十歳ごろには名前が広まったと感じ、勝ち負けのイメージだけに結び付けられることを避け、録音作品の表現へ軸足を移したという。
初期作品「心象スケッチ」から

2009年の自主制作盤「心象スケッチ」は、知り合いの店に置いてもらうところから始まった。本人にとっては、最初から整った仕組みでデビューする感覚とは違っていた。限定千枚で出た盤として知られ、現実の路上と空想を行き来する言葉には、後の日常を中心とする作風とは異なる鋭さがある。
続いて2010年に「THE N.E.X.T.」、2011年にミニアルバム「ロンリー論理」、2012年に「DARK SIDE」を発表。全国流通や共演を通して、バトルだけではない録音作品のキャリアを育てていった。
PROFILE / PERSONALITY仕事・家族・服装から知るZORNの人物像
現場仕事を歌った頃と、辞めてから
コーキングは、建物の外壁などの隙間を材料で埋める仕事。以前は叔父、父、弟と四人の家族の会社で働き、月曜から土曜まで現場へ出ていた。2026年の回想では、当時は朝八時から夕方五時までの勤務だったと話している。ライブがあると休みの融通が利くことや、作業中に頭の中で韻を考え、雨の日に歌詞を書くことを話している。
2016年には、最初は嫌だった仕事が楽しくなり、音楽で成功しなくても家族と仕事を含めて必要なものは持っていると語っていた。ただし、この生活は現在まで同じではない。2026年の本人取材では、日本武道館公演の翌朝の作業を終えたところで職人の仕事を辞めたと明かしている。音楽が忙しく、最後の頃は現場にほとんど行けていなかったという。
武道館の翌日も現場へ出たいという昔の目標は、その朝までの実際の行動になった。その後は音楽を中心に、今の自分が歌える題材を探している。自分のレーベルにはコーキング部門もあると話すが、本人が今も週六日作業しているという意味ではない。
家族へ届く歌を作る
結婚をして、一度に夫と父親になったと本人は話している。地元の幼なじみと結婚したという紹介もあり、妻に子供がいること、娘たちと血がつながっていないことも、「Letter」の取材で自ら説明した。以前は三人の子供と暮らす父として紹介されてきたが、家族の現在の詳細を曲の一節だけから決めることはできない。
「Letter」では三歳と一歳の娘たちに出会ったことを歌い、血縁より共に過ごした時間を大切にする気持ちを表す。2016年の取材では、娘たちとDJ Premierの音でラップをし、子供のいる人にも届く曲にしたかったと話した。家族を題材として借りるのではなく、自分が踏み込んで語ることで届けようとした作品だ。
ジョージアのエメラルドマウンテンとマルボロメンソールは、以前の嗜好の紹介にも「Don’t Look Back」の歌詞にも出てくる。缶コーヒーや作業着までが、自分の生活を描く言葉の一部になってきた。
服装とタトゥー
参考映像:ZORNのファッション紹介/HIPHOP脳(YouTube)
HIPHOP脳によるファッションの紹介動画。本人への取材や公式商品の告知ではなく、映像に出てくる着こなしを第三者が取り上げる企画だ。
Tシャツやパーカーを中心にしたストリートの服装で、CHROME HEARTS、VANS、Supreme、THE NORTH FACE、WTAPS、KARL KANIなどが以前から紹介されてきた。首元のネックレスも印象に残るが、当時は希少な品としても紹介された。2014年の公演では、前列でSupremeを着るファンの姿が取り上げられ、本人の公式Tシャツも同ブランドを思わせるデザインとして話題になっていた。
WTAPSとの出会いについては本人の具体的な話がある。2013、14年ごろの「POPEYE」で見たSKIVVIESの靴下が気になり、全国の店へ電話した末、ネットで少し高く買ったという。後には、清永を通じて西山徹に衣装を相談し、AKLOとの「Have A Good Time」のMVでWTAPSを着る仕事へつながった。
2023年には、Timberlandの50周年を祝う曲「Roots」を本人が作詞し、BACHLOGICが制作、山田健人がMVを監督した。服や靴との関係は、着るだけでなく、自分の言葉で作品にする仕事へもつながっている。
タトゥーには右腕のDOWN、左腕のTOWN、十字架、百合、左肩の家族の名が紹介されてきた。下町や家族への思いと結び付けられ、施術先として足立区のTattooer Tetsuyaの名も挙がる。
言葉を選び直す制作とMBTI編集部推定
編集部では、公開された制作の話からINFJを候補として考えた。2014年の取材で、般若やエンジニアの意見を受けながら、言葉を引いて全体の流れを整え、深みと分かりやすさを両立したいと説明している。2026年には、個人的な新小岩の話を、他の人にも届く普遍的なものにしたいと話し、一曲にノートを一冊使うほど選び直す過程を明かした。
自分の中の主題を掘り下げ、聴き手へ届く構成を長く考える姿勢からの読み方で、本人が公表した診断ではない。反復や推敲は職業上の方法でもあり、これだけで四つの軸を確定できない。家族構成や少年時代の出来事を、タイプを決める根拠にはしていない。
PROFILE / CAREER昭和レコードからAll My Homiesへ
2013年の夏、般若が地元まで食事に来て、帰りの駅までの道でレーベルへ誘った。ZORNはその場で引き受けたという。自分から誘って一緒に活動する相手はZORNが最初で最後だ、という般若の評も紹介されており、単なる共演以上の勧誘だったことが伝わる。般若が存在を知ったのはUMB 2008の東京予選で、後に再会したときに受け取ったCDから交流が深まったと紹介されてきた。
2014年に昭和レコードの三人目として発表され、「サードチルドレン」を四月に発表。般若やエンジニアALGらと意見を交わし、自分一人で作るときにはなかった客観性を取り入れた作品だ。同年十月には初めてのワンマンも行い、2015年の「The Downtown」、2016年の「生活日和」、2017年の「柴又日記」へ続く。
「生活日和」のワンマン「おゆうぎかい」は2016年12月のWWW Xで行われ、翌年にはライブDVDやEP「なにか+1」も発表した。2017年末にはミックスCD「Anthology」とMV集「Collection」、LIQUIDROOMでの「お父さんといっしょ」へ。2018年には、般若、SHINGO★西成と三人のアルバム「MAX」を出し、ツアーを重ねた。
2019年に昭和レコードから独立
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参考映像:ZORN LOVE TOUR 2019大阪/第三者公開記録(YouTube)
「LOVE TOUR 2019」の大阪公演で、昭和レコードの三人のMCを扱う第三者の記録。レーベル脱退の発表があった時期を振り返る映像で、本人の新しい作品のMVではない。
八枚目のアルバム「LOVE」を発表した2019年、ZORNは昭和レコードから抜けることをライブで発表した。理由として語っていたのは、三十歳を前に新しいことへ挑戦したいという思い。般若とSHINGO★西成も決断を尊重し、昭和レコード自身も七月に脱退を告知した。
その場で残した、武道館でまた三人でライブをするという約束は、後の公演へつながった。独立後はAll My Homiesを立ち上げ、2020年に「新小岩」を発表。自分の作品から生まれたお金を自分で管理したいという考えも、後の本人取材で話している。
武道館と、その後のアリーナ公演
2021年1月の「My Life at 日本武道館」の一場面を、SHINGO★西成が公開する映像。「Don’t Look Back」のMVとは別のライブ資料で、昭和レコード時代の仲間が同じ舞台へ戻った公演だ。
ライブでは般若、SHINGO★西成と三人で「Don’t Look Back」を披露し、仲間への感謝と敬意を言葉にした。同年にはEP「925」、九月の横浜アリーナ公演「汚名返上」、そのオーケストラの編成を録音作品へ発展させた「Tuxedo」も発表している。
2022年には十枚目のアルバム「RAP」を発表し、十一月三日にさいたまスーパーアリーナで単独公演を行った。新小岩の生活を歌いながら、公演の規模と、音の表現を広げていった時期だ。
「武道館出禁」という言葉の、その後
参考映像:ZORN 武道館出禁について語った場面/善利休投稿(YouTube)
2022年のさいたまスーパーアリーナ公演でのMCを扱う第三者投稿。曲の「In The Neighborhood」に出てくる武道館の話を、本人が説明した場面として紹介されてきた。
当時、歌詞をAK-69の発言と結び付ける推測もあったが、ZORNが語ったとされる理由は別だった。2021年の公演で、出演者ではない地元の友人を約五十人、事前の許可なくステージへ上げたことだという。さいたまの公演でも、子供を抱き、仲間と「All My Homies」で登場した姿が話題になった。
ただし、これを今も日本武道館に立てないという意味で受け取るのは違う。2026年2月16日にはOZROSAURUSとのツーマン「Family Day」を同会場で開催し、後藤真希もサプライズ出演した。過去のMCと、その後に実現した公演を分けて追いたい。
AKLOやR-指定との関係
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2018年8月24日のLIQUIDROOM公演を取り上げた「A to Z TOUR 2018」の映像。昭和レコードの作品を公開してきたhotmuzik1989による、二人のライブの記録だ。
AKLOとは共演やツアーを重ねてきた。2018年のツアー映像には、普段クールなAKLOがお茶目な一面を見せるという紹介もあった。ZORNは、韻やユーモアを追求するAKLOと一緒に回ることで、自分がよいと思う表現だけでなく、人からどう受け取られるかも考えるようになったと話している。
R-指定との出会いはUMB 2010。ZORNは晋平太のセコンドで、初戦の相手がR-指定だったという。大阪に自分に似たラッパーがいると聞いていたことから交流が始まり、思い付いた韻を電話で聞いてもらう仲になったと紹介されてきた。KREVA、MACCHO、般若、SHINGO★西成、ILL-BOSSTINOらとも、作品やライブを通した関係がある。
PROFILE / MUSICZORNの代表曲とコラボ曲
生活を歌うスタイルは、技巧を捨てたものではない。韻を踏む言葉の長さだけでなく、意味の離れた場面を音でつなぐ面白さがある。日常を切り取った代表曲と、他のラッパーに向き合う共作を並べると、同じ声の違う使い方が見えてくる。
眠れない街
ZONE THE DARKNESS「眠れない街」の公式作品情報
2009年の自主制作盤「心象スケッチ」の五曲目。本人の公式収録表ではGUCCHIのトラックと記載され、前後には「思い出」と「ラビリンス」が並ぶ。
初期のストリート盤を知るうえで、一曲だけでなくこの曲順も入口になる。短い間奏を挟みながら十三曲を並べた構成は、後に日常を統一したテーマで描く「生活日和」とは異なる、当時の録音作品の形を残している。
「心象スケッチ」の発売告知とともに公開された「眠れない街」。投稿元はU3 blowで、当時の名義を掲げるチャンネルの音源記録として紹介する。現在の本人公式MVと同一視するものではない。
奮エテ眠レ
2010年12月8日の「THE N.E.X.T.」に収録。FiVERecordsTVが公開するMVで、トラックはMichita、アートディレクションにはKentaro AbeとMasakuni Nakamuraの名がある。
「THE N.E.X.T.」の四曲目に置かれ、その後を「PM 09:00 -Skit-」が受ける。ラッパーの声だけでなく、トラックや視覚表現を別の作り手と組み立てた初期の作品として、今のZORNへ至る録音活動をたどれる曲だ。
Letter
2016年10月26日の「生活日和」を締める一曲。MVにはEVISBEATSとKazuhiko Maedaのプロデュース表記があり、飛沫が監督を務める。家族も登場する映像として公開された。
三歳と一歳で出会った娘たちへ、毎日一緒にいる時間を手紙にして渡す。血縁の説明で関係を閉じず、何を積み重ねてきたかへ言葉を進めるのが、この曲の大切なところだ。本人取材では、先に歌いたい題材を伝え、EVISBEATS側の鍵盤のリフとラップを何度か往復させた制作も話されている。
Don’t Look Back
2019年10月31日に発表された、昭和レコードを離れた後の曲。作詞はZORN、サウンドプロデュースはBACHLOGIC、映像は飛沫。2020年の「新小岩」にも収録された。
似た響きの言葉を返しながら、先輩二人への思いを置く。未来の予定表に武道館を書き込み、自分の過去を捨てるのではなく、受け取ったものを持って先へ行く歌だ。作業着、チャイルドシート、エメマンやマルボロメンソールといった生活の小道具も、その決意と同じ場所にある。
In The Neighborhood
2022年9月28日の「RAP」に収められた曲。全曲のサウンドプロデュースをBACHLOGICが担うアルバムの九曲目で、武道館についての一節も話題になった。
大きな舞台に立つことと、地元の仲間といることが、一曲の中で切り離されていない。この一節を他のラッパーの出来事へ置き換えるより、本人がその後に説明したステージでの経緯と、2026年に再び武道館へ立った事実を分けて読むと、曲と実際の歩みが見えやすい。
My life
2015年5月13日の「The Downtown」収録。DJ OKAWARIのトラックに、ZORNが仕事と家での暮らしを歌い、同世代の友人でもある飛沫がMVを監督した。
洗濯という小さな動作が、ラッパーとして生きる時間の外に置かれていない。現場と家を行き来する生活そのものを表現に変え、見せることに抵抗があった部分を自分の強みにした。本人が後の取材で、自分になれた曲だと繰り返し話す理由もそこにある。
All My Homies
2019年5月29日の「LOVE」に収録された曲。BACHLOGICがトラックを作り、飛沫がMVを手掛ける。地元の友人と過ごす時間を、大きくなったライブの場へ持ち込む一曲だ。
高価な食事より、仲間と地元でもんじゃを食べる時間を選ぶ。何もないという言い方と、必要なものはあるという実感を並べて、街の豊かさを別の尺度で見せる。成人式をした場所へライブを見に来いと呼ぶところも、ラッパーの成功を昔の仲間へ返す言葉になっている。
家庭の事情
2021年5月9日のシングル。BACHLOGICがサウンドプロデュースし、山田健人がMVを監督する。同年の「925」や、オーケストラによる「Tuxedo」にも別の形でつながった曲だ。
公開当時には、一か月ほどで三百万回再生に達したことも紹介された。歌の中では、親への怒りと、自分も反省する気持ちが同じ家族の物語として続く。きれいな思い出だけを選ばず、言いにくい過去を通って感謝へたどり着く構成が強い。これは歌に描かれた関係の読み方であり、一節ごとに家族の私的な出来事を認定するための曲ではない。
Rep feat.MACCHO
2019年12月5日に発表した、MACCHOを迎えた曲。二人が作詞し、BACHLOGICがプロデュース、飛沫が映像を監督する。新小岩と横浜の景色を、それぞれの言葉で描く共演だ。
前半では、杉山と呼ぶ人がいる地元の距離を描き、後半では、おもてなしという言葉から人名の響きへ飛んでいく。その直後を別の場面の動詞へ渡し、一文ごと韻をつなげる。新小岩と横浜をそれぞれ描く歌が、技巧を見せ合う共演にもなっている。
Do My Thing(Remix)
NORIKIYOの曲へZORNが自分の生活を持ち込むリミックス。2019年五月の十インチ盤のB面では隠し曲としても紹介され、ILL-BOSSTINOからの評価にも触れられてきた。上は2021年7月11日の「Another Locus vol.2.5」の正規配信音源。以下の一節は、2018年8月24日のA to Z公演で披露したZORNのバースとして紹介された言葉だ。
憧れていた豪華な乗り物から、育児のために使う車へ視点を移す。同じ乗り物を通じて、何を持っていることが成功なのかという物差しが変わる。繰り返す生活の玄関を出口と呼ぶところにも、普段の場所から前へ行こうとする語りがある。
参考映像:Do My Thing(Remix)/当時の公開記録(YouTube)
2018年8月24日の「A to Z」でのZORNのバースを扱う、Lil Nolioの公開映像。NORIKIYOの公式MVではなく、ライブの一部分の記録として見る。
RGTO(REMIX)feat.ZORN
AKLOが2018年に公開した、ZORNのバースによる「RGTO」のリミックス映像。「A to Z TOUR 2018」の案内とともに公開されたもので、2014年の原曲の客演と混同しないで聴きたい。
問いと答えを小刻みに重ね、地元、仕事、服、ローンまでをラップの中へ入れる。派手な成功の数字ではない長い住宅ローンが、本人らしい生活のスケールで出てくる。最後まで下積み中だと言う姿勢も、暮らしを歌うことと技術で競うことを両立させる。
Have A Good Time feat.AKLO
2020年2月19日の曲。二人が作詞し、grooveman Spotがプロデュース、飛沫がMVを監督する。WTAPSとSOPH.の衣装も、二人それぞれの街での過ごし方に重なる映像だ。
洒落たカフェと、妻と食べるラーメン。言葉の意味が離れているのに、音は長くつながる。どちらが上かを決めるより、都会を行くAKLOと地元を行くZORNの違いが、そのまま二人で楽しい時間を過ごす歌になっている。
声
2024年4月20日のシングル。ZORNの作詞、BACHLOGICのサウンドプロデュースで、MVは山田健人、ポラロイドのジャケット写真は川上智之が手掛けた。
言葉とビートだけでなく、映像と写真も異なる専門性を持つ作り手へ託したリリースだ。初期から共に作った飛沫との仕事に続き、セルフレーベルでの表現を支える制作陣の広がりも、このシングルのクレジットからたどれる。
戦争と少女
2025年8月19日の曲。Nujabesの「reflection eternal」をHydeout Productionsの全面協力で使用し、ZORNが言葉を乗せた。NHKスペシャルでも制作が紹介され、山田健人がMVを監督した。
何気ない別れの言葉が、最後の会話になってしまう。少女の目から、東京の空襲と、その後も続く孤児の暮らしへ進む歌詞だ。戦争を遠い時代の大きな数字だけにせず、一人が失う日常から描き始めるところに、普段の生活を歌ってきたZORNの視点がつながる。
地元LOVE feat.後藤真希
2026年2月17日の曲。後藤真希を迎え、BACHLOGICが制作し、「恋愛レボリューション21」の歌詞をサンプリングしている。MVには木村昴も友情出演し、二月の「Family Day」で披露された。
大きな成功を手にしても、歌の中の行動範囲は地元の小さな円に収まる。仲間と食べるチェーン店やもんじゃの景色が、その円を豊かなものにしている。誰もが知るポップソングとの共演を、遠い世界へ行く話より地元へ招く歌にしたところが面白い。
FUNKIN’ BEAUTIFUL feat.ZORN
2026年4月8日に発表された、アニメ「左ききのエレン」のオープニング曲。LEOとZORNが作詞し、作曲はLEO、編曲はALIとYOICHI MURATA。MVではLEOとラッパーZORNが参加し、新保拓人が監督している。
画家の名や創作の言葉が飛び交う歌の中で、流行を追うこととは違う尺度が示される。百年先に残るフレーズを求め、ペンとノートで考え続ける描写は、才能をめぐるアニメの主題にも重なる。家庭や地元を歌う声を、新たな作品世界へ持ち込んだ共演だ。
PROFILE / CURRENT近年のリリースと、次のライブへ
初期の録音作品から日常の歌へ進み、「新小岩」「925」「Tuxedo」「RAP」へと表現を広げてきた。2026年8月26日には「新小岩」「925」「RAP」と「地元LOVE」のアナログ盤も発売。新曲と、既存の録音を別の盤で届けることを分けて追える。
共演も続いている。2023年にはtha BOSSの「LETTER 4 BETTER」、RADWIMPSの「大団円」に参加。後者は2025年の「あにゅー」の配信盤で、再レコーディングした「Anew Version」としても収録された。AKLOの2024年の「221」や、2026年のALIとの共演も、普段とは違う相手や主題へ声を置く仕事だ。
2026年8月の本人取材では、新しいアルバムを制作中だと話している。公演日から逆算するより、自分が納得する曲を時間をかけて作る時期だという。11月13日には、AKLOとのツーマン「A2Z 2026」が東京ガーデンシアターで予定されている。
新小岩の小さな日常を、誰かにも届く言葉へ。ZORNは、変わっていく生活をそのまま、長く残る一曲へ変えようとしている。
DJTube編集部



