ID土佐で聴いた音楽を、まだ見ぬフロアへ運ぶ
ID(アイディー)は、高知県土佐市出身のラッパー。日本語と英語を行き来するフロウで、フリースタイルダンジョンの3代目モンスターとしても知られる。楽曲ではヒップホップ、ハウス、ドラムンベースを横断し、言葉の意味だけでなく、声がビートに触れる感触を探っている。
幼い頃に母のCDを聴き、18歳で東京へ。ラップの原点にあるのは、オルガンバーで先輩と重ねたセッションだ。2022年の「B1」、2024年の「UNCUT MAILLE」、2025年の「UMBRELLA’s」「DuO, Vol. 1」を経て、2026年にはTAMIWやbb cream ljkの作品にも参加している。
CHAPTER 01 / SECTION 01IDのプロフィール
2017年12月の本人の質問箱への回答として残る記録では、1994年7月26日生まれ、A型、アメリカと日本にルーツを持つと自己紹介している。身長は従来の記事では192cm。一方、正規配信プロフィールには191cmとある。測定条件や更新の経緯までは分からないため、二つの表記を同じ数値へ丸めない。
父がアメリカ人、母が日本人という紹介があり、2022年の取材では、父の記憶がほとんどなく、母に育てられたと語っている。外見から国籍や家庭の現在の事情を推測することはできない。高身長を生かしたモデルの仕事も、ラップと並ぶ表現の一つだ。
結婚や彼女について分かっていること
原記事に残る2013年の投稿では彼女への不満を、2014年の投稿では家族や彼女、友達に支えられていることを記していた。2017年には、彼女が贈ってくれたクルーザーを盗まれ、大切な物なので返してほしいと訴えている。これらは当時の交際に触れた記録であり、現在の結婚や交際の発表ではない。
CHAPTER 02 / SECTION 02高知で育ち、東京でラップに出会うまで
母のCDラックが音楽の入り口だった
土佐市の高岡で育ち、川や山、海で遊んだ。2020年の地元誌の取材では、散歩しながら考えること、レゴでアイデアを形にすること、本を読むことが好きだったと話している。17歳の頃には高知市廿代町の土佐市場寿しでアルバイトもしていた。
家には母の好きなブラックミュージックが流れ、CDラックから借りるようにして、自分の部屋で音楽を聴いた。ジャミロクワイの「Virtual Insanity」は、その原体験を象徴する曲。原記事では3歳、2022年の回想では4歳くらいと語られており、幼少期の記憶として受け止めたい。初めてイヤホンを手に入れ、祖父母に音量を気兼ねせず、外でも聴けるようになった喜びも覚えているという。
小学校の頃にはCDをジャケットで選んで借り、ゴリラズや日本語ラップにも触れた。地元誌ではジャミロクワイの「Travelling Without Moving」を自分の起源、ゴリラズの「Plastic Beach」を自分から買おうと思ったアルバムとして挙げている。Friday Night Plansの「HONDA」も、東京の音楽を高知の人へ伝える一曲に選んでいた。
周囲と違う自分をどう受け止めたか
原記事には、子どもの頃にいじめを受け、手製のグローブでやり返したという本人の回想がある。ニートtokyoで語った過去の出来事であり、武勇伝として模倣を勧める話ではない。母からは、人と無理に競わなくてよいと教わったとも紹介されていた。
2022年には、地元の限られた仲間には理解されても、地域全体から認められていない感覚があったと振り返っている。そこを肯定してくれるようなブラックミュージックに共感していたのかもしれない、というのが本人の言葉だ。外から決められた人物像より、自分の感じるものを表すことが音楽につながっていく。
18歳の上京と、バーの営業後のラップ
高岡第一小学校、高岡中学校を経て高知市内の高校へ進んだと原記事は紹介している。18歳の誕生日に上京したという記述があり、2022年の本人取材でも18歳で東京へ出たことを確認できる。最初から職業としてラップを目指したわけではなく、何か面白いことをしたい気持ちがあった。
東京に来て3日目、池袋bedへ行ったものの、まだ18歳で入れなかった。近くで話しかけたDJのデカイチと親しくなり、彼が始めるバーで働く。営業後、インストに合わせてラップするよう勧められると、言葉が次々に出てきた。そこから、ラッパーをやった方がいいと背中を押されたのだ。
原記事に残る2017年の本人投稿は、始めるきっかけは外から来ても、動機は内側にあったらしいという内容だった。母の洋楽や日本語ラップを聴いた経験と、東京で実際に声を出した経験がここで重なる。
CHAPTER 03 / SECTION 03IDの名前の由来
原記事の紹介では、本名の「愛(なるみ)」から「I」、ミドルネームのデスティニーから「D」を取ったという。組み合わせると運命の愛という意味になり、自分自身を身分証にするという考えも重なる。
さらに地元誌の本人取材では、「Instant Dope」という言葉も重ねている。作品名や制作チームNhotLの活動を通して、名前そのものを自分の表現で証明しようとする姿勢が見えてくる。
CHAPTER 04 / SECTION 04モデル、服、髪型とゲーム
COZIESTの支援と、ステージへ向かう身支度
原記事が挙げた着用ブランドはT.C.R BY TOUCHER、COZIEST、POLO Ralph Lauren、NIKE。高知出身のデザイナーが、地元の魅力的な人を支えたいという思いから、COZIESTのサポートを申し出たと紹介されていた。「R.I.P CHEESY」の映像では、同ブランドの初期アイテム「CZST Long Sleeve T-shirt」を着ているという記録もある。
2020年にはT.C.R BY TOUCHERのブランドアンバサダーに任命されたと原記事は伝えている。いずれも当時の活動としての紹介で、今も同じ契約が続いているという意味ではない。
ドレッドやフェード、スキンフェードを取り入れた髪型も知られる。原記事ではMR.BROTHERS CUT CLUBの原宿本店で整えているとされ、2019年の投稿には仲間への親しみを示す言葉も残っていた。ANARCHY、漢 a.k.a. GAMI、舐達麻らも結び付くバーバーカルチャーの一角だ。IDにとっては、立ち振る舞いや外見まで含めて心置きなくステージへ立つための準備だった。
ゲーム実況は、始めたいという話から実際の配信へ
ニートtokyoで好きなゲームに挙げたのは「Fallout」。新作が出たら2週間こもって遊びたいほどだと原記事は紹介していた。2020年11月にはゲーム実況を始めたいと投稿し、大きなPCやモニター、カメラ、グリーンバック、椅子や場所まで用意したとも記している。
その後の本人のYouTubeチャンネルには「FAR CRY6」「Killer7」「スマブラ」などの配信が並ぶ。計画だけで終わった話ではなかった。原記事に残る2020年の「ウォッチドッグス3」、2021年の「HALL FIGHT censored」への関心からも、ゲームが日常の楽しみだったことが分かる。
CHAPTER 05 / SECTION 05IDのMBTIを編集部が考察
Djtube編集部では、公開された制作の話からINFPを候補に考える。本人が公表した診断結果ではなく、作品に表れた選択を読むための推定だ。
一つの根拠は、2020年に語った、自分と聴く人の存在を、暗い部分も含めて肯定したいという音楽観。もう一つは「B1」で、異なる曲調を無理に揃えず、一曲ずつを別のフロアとしてつないだ構成だ。自分にとっての意味を守りながら、複数の可能性を一つの作品へ組み立てている。
また、強いパンチラインを直接ぶつけるより、意味が分かると気付きのある、ひねった言葉を書きたいとも語っている。内面の価値観から表現を選ぶ点にINFPらしさを読む。ただ、音や身体感覚を優先する作り方からISFPという別の見方もできる。取材で見える創作の一面から、普段の対人関係や性格全体までは決められない。
CHAPTER 06 / SECTION 06IDの曲と作品の歩み
「Funk Junk Step」の公開時には、先行するミニアルバム「空はメディア」も案内されていた。2018年の「INSTANT DOPE」、2019年の「INSTANT DOPE 10000ft」を経て、2022年8月26日に「B1」を発表。2019年作品も当時は1stアルバムとして紹介され、「B1」は1stフルアルバムと銘打たれた。先の作品をなかったことにせず、作品の区分と当時の呼び方を分けて捉えたい。
2020年9月にはJCC TOKYOへの加入を発表。2024年の「UNCUT MAILLE」は、KANYAが全曲を手掛けた4曲のEPで、「tongue」「Maldoror」も収める。2025年1月28日の「UMBRELLA’s」はAWALを通じたリリースで、KANYAによるインスト版とは別の作品だ。3月28日の「DuO, Vol. 1」には「IN PARADISE」「SIGMA」「AsU」を収録している。
「10000ft」――安定した高度から、もう一歩先へ
2019年9月18日発売の「INSTANT DOPE 10000ft」のリード曲。KANYAとFire Emjayがビートを担当した。それ以前にもEPや映像作品を発表しており、キャリア最初の一曲とは区別したい。
アルバムは航空機の旅と、その途中のハイジャックを構想に据える。本人が地元誌で説明したのは、日本のヒップホップが安定高度に達したと感じながらも、自分はさらに一フィート先へ進みたいという考えだ。安定を目的地にしないところに、この曲を作品の中心へ置く意味がある。原記事で評された前半と後半のフロウの変化も、旅の展開として捉えられる。
「Funk Junk Step ft.Lax2」――始まりを何度でも更新する
初期のIDを知る、Lax2との曲。公開元の説明欄は、当時制作中だった「instant dope」の収録予定曲として紹介し、ビートを緒川、ミックスをHiroshi Kobayashiと記している。Kuragaly SOUNDSが公開した当該映像と、後の正規配信にある「F.J.S (remix)」は、タイトルも版も区別して聴きたい。
まだ始まったばかりだという言葉は、二度の「まだ」を挟んで先延ばしにするように続くが、その先でパーティーを始める役割を名乗る。終わらないことと始めることが一続きになるのが面白い。共同曲の歌詞全体として、勝ち負けを決める即興とは別に、仲間と場を動かす方向を示す。
「eyes.」――2018年の音源と、アルバムのリミックス
2018年12月に公開された公式音源。2019年のアルバムに入ったのは「eyes. (fire remix)」で、上の音源をそのままアルバム収録版と呼ぶのは避けたい。
原記事が注目したのは、バトルの低く強い声とは異なる、オートチューンを使ったチルな歌い方だった。当時の約1万3000回という再生数に対し、もっと聴かれてほしいと評していた曲でもある。現在の再生数とは切り離し、IDの歌声の幅を初期から示していた曲として聴き比べたい。
「EVENIF」――自分であることへの問い
2020年11月25日のシングル。原記事では2021年3月時点の最新曲だった。正規配信のクレジットは作詞・作曲ともにID。当時の紹介は、しっとりと歌い上げるフロウに新しさを見いだしていた。
自分を押しつぶすものは、周囲の視線だけではない。別の誰かになりたいという自分自身の理想も、今の自分を切り離してしまう。仮定を重ねる曲の中で、それでも自分の一部を認めさせたいと声を上げるところに、脆さと意志が同時にある。
「B1」――地下の音から始まる一枚
2022年のアルバムの表題曲。IDとVivioが作曲を手掛けた。制作した地下1階のスタジオが題名の出発点で、本人はこの曲の環境音を、地下で聞くようにこもらせたと説明している。最終曲「1」では音がクリアになり、外へ出る構成だ。
事情があるから理想へ届かない、と説明を重ねる前に、次へ動こうとする言葉だ。地下から地上へ向かうアルバムの構想と合わせると、閉じた場所にいた自分を、制作を通して外へ連れ出す意思が読める。本人が約2年を修行と振り返るのも、単なる録音期間の長さではなく、作りたいものを過不足なく実現するための時間だったからだ。
「Fascinvoice – ft.ID」――声から生まれたコラボレーション
TAMIWと共演した2026年5月13日のシングル。イベントで共演を重ねていた両者が、音源でも組んだ。TAMIWのTamiKeemはIDの声に衝撃を受け、「Fascinate」と「Voice」を合わせた題名を、曲や歌詞より先に考えていたと語っている。
この制作順序が面白い。ラッパーへ完成した曲の空きを埋めてもらうのではなく、声そのものが共作の発想の中心にある。TAMIWの暗く湿った音像と浮遊感のある歌、IDの低音を合わせるという制作側の説明からも、彼の声がバトル以外の音楽で求められる理由が伝わる。
「Coral Swan (feat. ID & 三月)」――生活をデジタルの言葉で描く
bb cream ljk「Coral Swan」の正規配信を聴く
2026年夏のbb cream ljkの作品で、IDと三月が参加する。正規配信の二曲作品には「Coral Swan 2」もあり、8月13日のアルバム「FLAVIA゜」にも表題曲を収録。そちらのクレジットではID、三月をボーカル、bb cream ljkを作詞・作曲者として記載している。IDの単独作詞曲としては扱えない。
スマートフォンに映る顔を、表示された自分として眺める場面の一節だ。地図や更新、バージョンといった言葉が、街で生活する人の孤独へつながる。共同の歌唱作品全体として読むと、身分を示すはずの画面が、かえって自分の居場所を曖昧にする問いが残る。歌詞表示だけで、この一行をIDの担当パートとは断定しない。
CHAPTER 07 / SECTION 07バトルとフリースタイルティーチャー
IDがバトルへ出たのは、名前を知ってもらい、ライブへつなげたいという思いもあったからだ。活動を始めた2015年頃から戦極MC BATTLEなどへ出場し、2017年には友人に勧められて、チームとソロでフリースタイルダンジョンに挑戦。ACEに敗れ、自分の小ささを思い知った悔しさを、原記事は本人の言葉として残していた。
2019年にブラックモンスターとして出演した後、3代目モンスターへ就任。同年の戦極19章ではSAM、MU-TONと「94-95年チーム」を組み、3人で優勝した。1994年と1995年の同学年の仲間という関係で、3人が全員同じ年に生まれたという意味ではない。
ただ、本人にとってのフリースタイルは、相手を倒すことだけではない。オルガンバーでBEARや大仏らに受け入れられ、先輩とセッションした時間が土台にある。心をつかむ即興と芸術的な即興の両方があり、自分は後者を身近なものとして探ってきたと2022年に語っている。
言葉の意味と音の動きが結び付く例として、luteによる「spot.」のパフォーマンスも挙げられる。下はスタジオ版のMVではなく、企画「A SHOT」の映像だ。
ゆきぽよ、yukarinに教えたラップ
フリースタイルティーチャーでは、ラッパーが芸能人と組み、先生役としてバトルへ向けた練習を支える。IDはシーズン2でゆきぽよ、シーズン3でハイパーヨーヨのyukarinと組んだ。
原記事に収録された2021年2月のyukarinの投稿は、教わった言葉が後から分かるようになり、最後まで信じてもらえたことに感謝する内容だった。自分のフロウを披露するだけでなく、相手の言葉が出るまで支える役割も担っていた。
CHAPTER 09 / SECTION 09仲間との交流とコラボ
原記事が交流のある相手として挙げたのは、MU-TON、SAM、Jinmenusagi、PONY、ERONE、TKda黒ぶち、R-指定。ダンジョンやセッションを通じてつながった仲間たちだ。
SAMは2021年2月の投稿で、迷った時にIDが親身になってくれるため信頼していると記し、IDも照れ隠しのように怒った顔の絵文字を返していた。同学年で、異なるルーツを持つという共通点も、原記事では紹介されている。
PONYとは「ナイスパニック」の名でも一緒に活動し、PONYがダンジョンでIDとの対戦を避けるようにチェンジを求めたという場面も原記事に残る。JinmenusagiとはSEEDAの共作を通じて知り合い、ゲーム好きという共通点もあった。
「R.I.P CHEESY」――同学年の二人が組んだ初期曲
2018年1月に公開された、IDとMU-TONの曲。原記事には「CHESY」という表記もあったが、公開タイトルに合わせて「CHEESY」とする。ビートはWATMAN BEGINZで、二人は後に94-95年チームでも組む。
当時の曲評は、IDの野太い声とMU-TONの気だるげなフロウの対照を魅力に挙げていた。どちらかが相手の声へ寄せるのではなく、違う持ち味を残したままつなぐ曲として評価されていた。服の節で触れたCOZIESTとの関係も、この初期の作品に結び付いている。
「みたび不定職者」――SEEDA、Jinmenusagiとの共作
2020年11月に発表された、SEEDAの曲にJinmenusagiとIDが参加した作品。「花と雨」の「不定職者」を踏まえたリミックスで、後年の「親子星」にも収録されている。
題名に残された不定職者という言葉が、SEEDA一人の曲から、違う世代の二人が加わる場へ広がる。原記事は、先輩の曲でも引かずにバースを披露するIDを評価していた。下のSEEDAの原曲音源と並べれば、誰の曲を受け継いだ共作かも分かりやすい。原曲の歌唱者をIDと取り違えないことも大切だ。
誰かの正解を繰り返すより、自分の声でまだ知らない景色を開く。IDのラップは、その探求を続けている。
Djtube 編集部


