SCARS傷も仲間も、同じビートに刻む
SCARS(スカーズ)は、川崎の仲間たちを核に生まれたヒップホップグループだ。A-THUGのひと言が場面を変え、BESとSEEDAが言葉の乗せ方を押し広げる。その隣には、STICKYの冷えた声、bay4kの切実な語り、MCたちを束ねるビートがある。
「THE ALBUM」と「NEXT EPISODE」に刻まれたのは、華やかな成功だけではない。金銭をめぐる対立や仲間の不在まで音楽にした彼らの歩みを、メンバーそれぞれの来歴と代表曲からたどる。STICKYは2021年に逝去しており、過去の編成をそのまま現在の活動人数として数えることはできない。
CHAPTER 01 / SECTION 01SCARSのメンバーと川崎のつながり
2006年、当時20代のSCARS
左上からSEEDA、Ari、”A”Dog(A-Thug)、Manny、Sac、bay4k、Sticky、I-DeA、BES 敬称略
※BLASTより pic.twitter.com/iOGTZHyEkL
— シスコ坂エクスクルーシヴ (@CISCOZAKA) November 2, 2020
SCARSには、同級生や先輩・後輩という地元の関係がそのまま持ち込まれている。川崎出身者が多い一方、青梅のBES、東京生まれでロンドン育ちのSEEDA、横浜の林鷹、青森出身のI-DeAなど、全員が同じ土地で育ったわけではない。
A-THUG、BES、SEEDA、bay4k、STICKY、MANNY、林鷹という7人のMCとトラックメーカーのSACがそろった時代があり、結成初期にはI-DeAも制作の中心を担った。以下は、その歴史を作った人たちのプロフィールである。表の「—」は本記事で確定できる情報がない項目で、該当する家族や経歴が存在しないという意味ではない。過去の作品の発売元も、現在の専属契約とは区別して記載する。
A-THUG|仲間を引き寄せるリーダー
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A-THUGは、A-DOG、TONYの名でも知られるSCARSのリーダー。小学5年生のとき、兄が買ってきたスケートボードが入口になった。中学生になるとスケートビデオの音楽からヒップホップにのめり込み、高校時代にはダンスに惹かれてニューヨークへ渡る。ダンススクールには通わず、1年余りでダンスをやめて帰国し、その後ラップを始めたという。
2003年には仲間を集めてSCARSを結成。スケート、ダンス、ラップをつなぐ身のこなしと、整った技巧だけでは測れない言葉の飛躍が、クルーの重心になった。ドラッグディールなどのハスラーの生活を題材にしてきたが、歌詞の一節一節を本人の犯罪行為の記録として読むこととは別だ。
2011年11月23日には、出所後のソロ作品「BRIGHT SON!!」を発表した。服役経験については、2019年6月のサイゾーのBESとの対談で、4回刑務所に入ったとの問いに本人が肯定している。これは当時の本人の説明であり、逮捕回数を4回と確定する資料ではない。
A-THUGの言葉にある、荒さと生活感
血なまぐさい単語の連なりから、金の使い方や恋愛、正月の食卓へ。A-THUGのパンチラインには、格好よさだけに収まらない暮らしの感触がある。次の4節は従来の紹介で取り上げられていた言葉で、収録曲を特定できていないため曲名は付けていない。
BLOODS、CRACK、BLOCK、GLOCKと近い音を重ね、街・取引・武器のイメージを一気に並べる。音の連鎖としての強さと、扱われる題材の危険さを分けて受け止めたい。
大きく稼ぐという話を、日々の支出を抑える助言へひっくり返す。短い命令形に生活の勘定が詰まっている。
成功や結末で気持ちの価値を決めない。この素直さも、荒々しい言葉と同じ人の中にある。
トンカツと婚活の響きから刑務所の正月へ移る急展開。笑える語感の先に、自由のない生活が置かれる。
A-THUGのMBTI
本人が公表したMBTIは確認できない。リーダーという役割や大胆な歌詞から、性格タイプを決めつけることはできない。
関連アカウント:A-THUGのX
BES|リズムを自分の呼吸に変えるMC
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東京都青梅市出身のBESは、中学生のときに買ったICE-TのCDに衝撃を受けた。高校時代にはEISHINと、どちらのラップが上手いかを競いながら練習。1990年代にEISHIN、DJ PORSCHE、YODELとSWANKY SWIPEを組んだ。
2003年、SEEDAを通じてSTICKYと知り合いSCARSへ。初対面の印象は怖かったと振り返られている。2006年にはSWANKY SWIPEの「Bunks Marmalade」を発表し、タイトル曲もライブで受け継がれる代表曲となった。EISHINがラップを離れ、グループが事実上休止状態と紹介されていた時期もあるが、それを現在の正式な解散発表と同一視しない。
2007年のULTIMATE MC BATTLEでは東京予選を勝ち抜き、全国決勝でGOCCIに敗れて準優勝。2008年9月19日にソロ作「REBUILD」をリリースした。作品制作期の薬物問題や2度の逮捕、服役、その後の復帰は、Mikiki掲載の2017年のBES・I-DeAインタビューでも扱われている。本人が苦しかった経験を語ることと、それをラッパーとしての勲章にすることは違う。
BESの持ち味は、拍に対して言葉を詰めたり引いたりしながら、独自の流れを保つラップと、経験や後悔を内側から書くリリックだ。I-DeAはその才能を高く評価し、ISSUGIはラップへの意欲を称賛。呂布カルマもUSのフロウを日本語に持ち込んだ先駆性と後続への影響を語っている。ただし、誰か一人を日本で最初と断定する音楽史上の証明ではない。
一度SCARSを離れた後、2012年に復帰。ソロに加え、ISSUGIとの「VIRIDIAN SHOOT」「Purple Ability」など、対話できる相手との作品も積み重ねている。
BESのMBTI
公表を確認できるMBTIはない。緻密なフロウや内省的な歌詞は作品の特徴として扱い、本人の性格診断には置き換えない。
SEEDA|二つの言語と新しいリズムを行き来する
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SEEDAは東京に生まれ、幼少期から中学1年生までロンドンで育った。高校時代には遊びでラップを始め、TAMU、EGUOとManeuvaを結成。この2人はDNCのメンバーとしても知られる。神奈川大学で出会ったSD JUNKSTAのDJ ISSOとは、のちにミックスシリーズ「CONCRETE GREEN」を作ることになる。
2001年10月16日にはSHIDA名義で「デトネイター」を発表。当時はSHIDA DA SHADIとも名乗っていた。2003年にSCARSへ加わり、2005年8月19日にはI-DeA、B.L a.k.a. BACH LOGICが制作に関わる「GREEN」をリリースする。SEEDAという名は、本名の吉田、YOSHIDAの響きに由来する。
2009年5月にはラッパーとしての引退と、プロデュースなど裏方へ回る意向を示したが、同年10月にブログで復帰を表明した。TERIYAKI BOYZとのビーフ直後だったため憶測も呼んだものの、時期が近いことだけで引退の原因を決めることはできない。
「GREEN」「花と雨」「HEAVEN」といった作品に通じるのは、日本語と英語を混ぜながら、その時々のリズムを自分の言葉へ変える姿勢だ。速いラップも、メロディを含んだフロウも使う。呂布カルマが評価したのも、トレンドを追うだけで終わらず自分の表現にする向き合い方だった。
2020年にはアルバムをもとにした自伝的映画「花と雨」が公開された。同作は第32回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門に出品。オーディション番組「ラップスタア誕生」での審査員、インタビューメディア「ニートtokyo」の立ち上げなど、音楽を届ける場にも関わってきた。なおニートtokyoは、2026年8月末をもって「第一幕」を閉じると発表している。従来の毎日更新がそのまま続いているという意味ではない。第一幕終了の発表について
SEEDAのMBTI
本人の公表に基づくMBTIは確認できない。作品の変化の速さやメディア運営の経験だけで、特定のタイプに当てはめない。
bay4k|自分の背景を、そのまま声にする
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bay4kは川崎市川崎区出身。高校時代にヒップホップを聴き始め、2004年にSEEDAのレコーディングを訪れたことをきっかけに、26歳で本格的にラップを始めてSCARSへ加わったと紹介されている。2007年6月15日には「I am…」を発表。D.O、般若、RYUZOらが客演した。
D.Oから誘われ、練マザファッカーでも約1年活動。バラエティ番組「リンカーン」への出演は、クラブや音源以外の場所へ名前を広げた。2児の父としての顔や、ミニ四駆のチームBIGでの活動も知られる。
在日コリアン三世という背景は、本人が公に語っているものだ。Brotherhoodの舘野雄貴による2023年のインタビューでも、川崎生まれで韓国籍の三世であることや、幼少期の差別経験を話している。その経験を、一人のラッパーの怒りや語りの背景として読むことはできるが、国籍から性格や生き方を推し量ることはできない。
2019年4月2日に脳出血で倒れ、右片麻痺と構音障害が残った。同じ本人取材では、リハビリを支えた医療従事者、家族、仲間についても語られている。復帰後の表現に障害の経験を生かしてきたことと、現在の医学的な回復状態を断定することは分けたい。
MCネームのbayは生まれた町の「浜」、4は4丁目、kは本名の韓の頭文字に由来する。土地と自分自身を、そのまま名乗っている。
bay4kのMBTI
MBTIの公表は確認できない。病後の歩みを精神力だけで説明したり、特定の性格タイプと結びつけたりせず、本人が語る経験を尊重する。
関連アカウント:bay4kのX
STICKY|淡々とした声で残した、鋭い言葉
また来年必ず…会いに行きます。
R.I.P STICKY
もう一度レコード流して火を着けよう。 pic.twitter.com/tm5EDpd4d5
— 梵頭a.k.a.鷲 (@fromhikigane) January 16, 2021
STICKYは川崎で育ったSCARSの初期メンバー。A-THUGとは幼稚園の頃からの知り合いで、子どもの頃はサッカーが得意な活発な存在だったという。bay4kは同じ中学校の2学年上。高校時代、A-THUGからA Tribe Called Questを聴かされたことが、ヒップホップへ入るきっかけになった。
幼い頃から常に親密だったわけではない。A-THUGとの距離が近くなり、2003年にSCARSを一緒に始める流れがあった。bay4kからは、昔からおしゃれでクールな人だったと語られている。
2009年12月2日にはソロ作「WHERE’S MY MONEY」をリリース。淡々と言葉を置くフロウには、世の中や人間関係への不満が隠されていない。それは歌詞の表現であって、本人の心理状態を外から診断する材料ではない。
2021年1月、STICKYは40歳で逝去した。1月14日に音楽ナタリーが死去を報道。同月16日には、家族の意向を受けて「WHERE’S MY MONEY」の配信が始まった。I-DeAが制作の中心を担い、漢、KENJI YAMAMOTO、林鷹、SHIBA-YANKEE、BRON-K、鬼、SEEDAらが参加した作品が、改めて届くことになった。配信開始の案内
STICKYのMBTI
本人が生前に公表したMBTIは確認できない。クールな外見や歌詞の暗さから、故人の性格タイプを推定しない。
MANNY|ラップとストリートの装いをつなぐ
SCARSのMANNY氏といえばTERIYAKI BEEF直後くらいに堂々とBAPEの服を着て「My Block」のMVに出演していたのが衝撃的だった。#SCARS#NEXTEPISODE pic.twitter.com/0cYDgZzyIm
— シスコ坂エクスクルーシヴ (@CISCOZAKA) May 29, 2019
MANNYは結成初期からSCARSに関わってきたMCだ。一時ラップから距離を置いていたが、セカンドアルバム「NEXT EPISODE」で活動を再開。SEEDA、STICKY、bay4kとの「COMEBACK」にも声を残している。
帽子のセレクトショップONSPOTZのオーナーとしても紹介されてきた。NEW ERA JAPANの公認正規取扱店として全国展開するショップとの関わりは、音楽以外の顔を知る手がかりになる。ただし、過去の紹介にある経営者という肩書を、2026年現在の役職として確定するものではない。
上の投稿は、TERIYAKI BOYZとのビーフ後の時期に「My Block」のMVでBAPEの服を着ていたことへの、第三者の印象だ。服装だけから本人の対立関係や立場を決めつけることはできない。
MANNYのMBTI
MBTIの公表は確認できない。表に出る情報が少ないことを、そのまま内向的な性格の証拠にはしない。
林鷹|客演からクルーの一員へ
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横浜市中区元町出身の林鷹は、GANGSTA TAKAとしての活動でも知られる。SCARSやSD JUNKSTA周辺の客演を重ね、正式加入前から「THE ALBUM」に参加していた。2026年の公式再発盤にも「あの街この街… feat. GANGSTA TAKA」が収録されている。
A-THUGに誘われ、2012年頃にSCARSへ正式加入したとされる。年少の仲間としてメンバーに可愛がられてきた関係があり、本人もA-THUGに世話になってきたと語っている。2025年のSEEDA「STARSCAR 2」では、A-THUGとともに客演。昔の付き合いが、新しい曲でも続いている。
林鷹のMBTI
公表を確認できるMBTIはない。MCネームや家族にまつわる話ではなく、本人が音楽で示す言葉と活動を中心に見ていきたい。
SAC|MCたちの背後で場面を動かす
【新入荷】SEEDA、A-THUG、STICKY、BAY4K、BES…etcを要する神奈川のLEGENDS “SCARS” の屋台骨「SAC」が実に7年ぶりにアルバムをリリース! http://t.co/dUlepyvRAN pic.twitter.com/BlmUGpFEsT
— Manhattan Records®︎ (@ManhattanR) March 6, 2014
SACは「音の殺し屋」とも呼ばれるトラックメーカー。I-DeAとともにSCARSのサウンドを支え、ドラマチックな展開のビートでMCの言葉を引き立ててきた。舐達麻へのプロデュースでも知られる。
ソロ作品では「FEEL OR BEEF」を2007年に発表。上のManhattan Recordsによる2014年の投稿は、約7年ぶりのアルバムを紹介した当時の告知であり、現在の新譜案内ではない。ラッパーの人数だけでは捉えきれないSCARSの音を知るうえで、外せない存在だ。
SACのMBTI
本人が公表したMBTIは確認できない。制作上の役割と、日常の性格を分けて考える必要がある。
CHAPTER 02 / SECTION 02元メンバーI-DeAと音作り
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青森出身のI-DeAは、中学2年生の頃、ダンスをしていた友人たちを通じてヒップホップと出会った。高校でターンテーブルを買い、音楽の専門学校へ進むため上京する。DJとしての道には挫折したが、エンジニアのD.O.I.との出会いから、トラック制作とプロデュースへ向かった。その後のDEV LARGEとの交流も、自分の音を作る基礎になったという。
2003年のSCARS結成に関わり、2004年8月20日には「self expression」を発表。SCARS、MSC、降神らを迎えた。鬼の「小名浜」、BUDDHA BRAND、舐達麻、漢 a.k.a. GAMI、NORIKIYOなど、クルーの外にも制作のつながりを広げてきた。
I-DeAの仕事は、ビートを渡して終わるものではない。ラッパーと録音に向き合い、作品全体を詰める姿勢から「I-DeA塾」「塾長」「先生」と呼ばれ、NORIKIYOも塾生を自認する言葉を残している。サンプリングでは出どころの固定観念に縛られず、自分が格好いいと思う音を選ぶ。その自由さと制作の厳密さが両立している。
2011年にSCARSを脱退した後も、関連作品のプロデュースを通じてメンバーとのつながりは続く。脱退は、それ以前の音楽への貢献や、その後の交流を消すものではない。
I-DeAのMBTI
MBTIの公表は確認できない。制作への厳しさを、本人の性格全体や特定の診断タイプに置き換えない。
関連アカウント:I-DeAのX
CHAPTER 03 / SECTION 03結成から2枚のアルバム、再集結まで
「THE ALBUM」は、従来の紹介ではヒップホップ誌blastのBLAST AWARDで総合2位に選ばれた作品とされている。チャート上の数字とは別に、何人ものMCが自分の声を崩さず同居する作品として、SCARSの名前を広めた。
続く「NEXT EPISODE」では、A-THUGの弁護士費用を捻出するために仲間が再び集まったという制作事情が、作品紹介や「COMEBACK」の歌詞に残る。ただしP-VINEの紹介文も、その名目の真偽は留保している。BESが参加しなかった理由についても、SCARS以外のヒップホップ関係者から借りた自身の裁判費用を返していた、という本人の説明が伝えられている。クルー内の不在を、単純な絶交の物語に置き換えることはできない。
旧作は廃盤を経て再び聴かれるようになった。「NEXT EPISODE」のCD再発は2019年7月17日、初アナログ化は同年11月6日。再販とともにデジタルで聴けるようになった作品でもあるが、配信の開始日とCDの発売日を同じものとして扱わない。CD再発情報/アナログ盤情報
CHAPTER 04 / SECTION 04名前の由来はSCARFACE
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SCARSの名は、1983年公開の映画「SCARFACE」に由来するとされる。アル・パチーノ演じるトニー・モンタナが、コカインの密売でのし上がり、破滅へ向かう物語だ。
自分を倒すなら軍隊を連れてこい、と挑発する強烈な自負や、他人から命令されることへの反発。トニーの言葉と姿は、ヒップホップの歌詞やバトルでも繰り返し参照されてきた。SCARSの名にも、その危うい成り上がりの物語が重なる。ただし、映画の人物と実在のメンバーの人生は同じものではない。
CHAPTER 05 / SECTION 05ハスリングラップと声の違い
ハスリングラップは、ここではドラッグディールなどストリートで金を得る生活を題材にしたラップを指す。SCARS以前にも日本語でそうした題材を扱う曲はあった。それでも彼らが代表的な存在として語られるのは、取引のスリルだけでなく、日常の会話や仲間との距離、生活の破綻まで、複数の視点でアルバムに刻んだからだ。
SEEDAとBESの変化に富んだフロウ、STICKYの淡々とした語り、A-THUGの唐突で忘れにくい一節。MCが交代するたび、同じ曲の見える角度が変わる。I-DeAやSACを軸にしたサウンドは、その違いを均すのではなく、一つの作品として受け止める土台になった。
犯罪を歌うことだけが特徴なのではない。勢いのある言葉の中に、言い訳や謝罪、仲間への苛立ちと愛着まで残る。その振れ幅こそ、SCARSのマイクリレーを単なる武勇伝に終わらせない。
CHAPTER 06 / SECTION 06曝けだすに残されたSTICKYとbay4kの対話
同じ中学校の先輩と後輩だったbay4kとSTICKYは、金銭をめぐる対立を「NEXT EPISODE」収録の「曝けだす」に持ち込んだ。ここで聴けるのは当事者が歌詞にしたそれぞれの説明であり、借金の経緯を第三者がすべて立証した記録ではない。
曲中の語りとして紹介されてきた筋道はこうだ。bay4kが頼れる相手としてSTICKYに金を借り、STICKYは返済を求める。引っ越しや電話番号の変更で連絡がつかなくなった側の苛立ちがあり、その相手を「リンカーン」に出演する練マザファッカーの一員としてテレビで目にする。千葉、東京、神奈川にまたがる借り入れへの言及もある。これらを現在のbay4kへの新たな債務の告発として読むべきではない。
再集結を経て、2人は同じ曲の中に言葉を残した。bay4kは、態度の悪さを感じたことはあっても、リスナーに見える関係だけではなく、自分にとってはSTICKYというアーティスト名以前の「恭平」なのだ、という趣旨も語っている。
この一節は、互いに嫌な思いをしたことを認め、時間をかけても片付けるという意思を言葉にする。謝罪があるからこそ、対立は勝ち負けだけの話ではなくなる。トラブルを曲にする発想はI-DeAによるものとされ、隠す代わりに二人の声を並べたことが、この曲の核になった。
CHAPTER 07 / SECTION 07SCARSを知るための3曲
COMEBACK|不在のリーダーを中心に再び集まる
「NEXT EPISODE」のリードトラックとして知られる「COMEBACK」。A-THUGが不在で、BESもアルバムに参加していない時期に、SEEDA、STICKY、bay4k、MANNYがマイクをつなぐ。BACH LOGICによるビートの上で、題名の帰還は、全員が何事もなくそろう意味にはならない。
bay4kは、リーダーを突き放すように呼びながら、クルーを動かす存在でもあると認める。尊敬だけでも非難だけでもない仲間の距離が、一節の中で反転する。弁護士費用を稼ぐための再集結という事情も含め、きれいに整わない関係のまま戻ってくる曲だ。
日付変更線|BES、SEEDA、STICKYの三つの流れ
「THE ALBUM」収録。The Controllersの「If Tomorrow Never Comes」をサンプリングした曲として紹介されてきた。BES、SEEDA、STICKYのフロウを比べながら聴くと、同じビートに乗る言葉でも、密度や進み方が違うことに注目できる。
BESの一節では、日付だけでなく、いくつものLine、好調と不調、前後左右へ視線が動く。境界を越える勢いと、周囲を気にせずにはいられない緊張が並ぶ。景気のいい言葉だけで終わらない点に、この曲の奥行きがある。
STARSCAR|仲間と食卓を囲むことも幸福になる
2012年にライブ会場限定でリリースされた曲が、2020年3月21日にデジタルシングルとなった。会場盤は入手しにくく、かつてオークションで高値が付いたことから、幻の曲として語られた時期もある。現在の相場の話ではなく、広く配信される以前の受け取られ方だ。「STARSCAR」配信情報
A-THUGが並べるタトゥーやダイヤ、ラッパーやハスラーという肩書の先に、ラーメンと餃子、ビールが出てくる。最後に残るのは、仲間と腹いっぱいになる幸福だ。ハスリングの語彙を捨てずに、何を大切にするかがふっと見える。
CHAPTER 08 / SECTION 082026年の再発とメンバーの新しい音楽
2026年10月20日時点で、SCARS名義の動きとして区別しておきたいのが「THE ALBUM」の20周年再発だ。P-VINEは9月2日、赤いカラーヴァイナルの2枚組を発売。2006年の作品を再び届ける企画であり、新録のサードアルバムではない。20周年盤の公式案内
- ALBUMTHE ALBUM / SCARS
- ALBUMNEXT EPISODE / SCARS
- DIGITAL SINGLESTARSCAR / SCARS
- REISSUE LPTHE ALBUM(20周年赤盤) / SCARS
- LPSTANCE / BES & GRADIS NICE
「STARSCAR 2」はSEEDAがA-THUG、林鷹を迎えた曲で、BERABOWがビートを担当した。THE MAGAZINEはドリルのビートと3人の現在地を結ぶ曲として紹介している。元の「STARSCAR」と並べると、同じ仲間が別の名義と制作陣で曲を作る流れが見える。「STARSCAR 2」リリース案内
A-THUGのTuneCore掲載カタログには、2025年の「The Window」「RAIN」がある。BESは2024年の「WILL OF STEEL」に続き、GRADIS NICEとの「STANCE」も展開し、P-VINEのカタログには2026年9月16日発売のLPが掲載されている。LPの日付だけを、作品が初めて世に出た日とみなすことはしない。
SEEDAは2025年に「親子星」を発表し、同年12月にはデラックス版もリリース。2026年5月にはDJ ISSO、キュレーターのshe’s roughと「CONCRETE GREEN 12」を届けた。さらに10月16日にはZen Masuta、SEEDA、Alenoiseによる「E.I.N」がリリースされている。これらは個人や共同名義での展開であり、SCARS全員による新作や、現在の固定編成を示す発表ではない。「CONCRETE GREEN 12」/「E.I.N」
旧作の再発で入り口が開き、個人の新しい曲からまた過去の声へ戻れる。SCARSをいま聴くことは、一つの時代に閉じ込めることではない。失われた声も、離れて作られた音も、同じ名前の周りに残っている。
傷は消えない。それでも仲間の声が、次の夜へビートをつなぐ。
Djtube 編集部
