SEAMOプロフィール・経歴と作品
SEAMO(シーモ)は、名古屋を拠点に活動する愛知県一宮市出身のラッパー。「マタアイマショウ」「ルパン・ザ・ファイヤー」「Continue」などのヒット曲と、シーモネーターとしての大胆な笑いの両面を持つ。「塾長」と呼ばれ、地元の仲間と作る場も大切にしてきた。2026年には、新曲と代表曲を組み合わせた「From Now to Then」を発表している。
PROFILE / PROFILESEAMOのプロフィール
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本名は高田尚輝(たかだ なおき)。1975年10月31日生まれ、血液型はA型。身長は160cmと紹介されている。一宮市立南部中学校、名城大学附属高校を経て、愛知学院大学文学部宗教学科へ進み、学生時代にラップを始めた。
「塾長」の愛称は、若手のアーティストを集めた名古屋のチーム「男塾」に由来する。漫画「魁!!男塾」にちなんだ名で、HOME MADE家族やnobodyknows+らが活動する場を作ったことへの敬意も込められている。
現在の作品や出演情報は、SEAMOの公式サイトで案内されている。
PROFILE / EARLY-LIFESEAMOの生い立ちと二つの名前
子供のころ、音楽を聴くのは好きでも、学校の音楽の授業は得意ではなかった。リコーダーや歌でうまくできない自分に対し、好きなビートへ好きな言葉を乗せられるHIPHOPは、自分にもできる音楽だと感じたという。
BIZ MARKEY、KOOL KEITH、MC HAMMERらから影響を受け、ニューヨークやロサンゼルスにも足を運んだ。歌うか速くラップするか、真面目か笑いかを一つに決めずにいられる自由さが、後の音楽にもつながっている。
シーモネーターとしてのメジャーデビュー
SEAMO本人のチャンネルが公開する、シーモネーター名義のパフォーマンス映像。「THE FIRST TAKE」ではなく、「FIRST TENGU」と題する企画だ。
1995年からシーモネーターの名で活動。名前には「行け!!南国アイスホッケー部」の下ネタの感覚と、「ターミネーター」を組み合わせた発想がある。2002年4月24日、シーモネーター&DJ TAKI-SHITとして「浪漫ストリーム」でメジャーデビューした。
下ネタを大胆に使い、裸や海パンに、股間の天狗のお面とサングラスという姿でステージに立つ。普通の服装と違うことを含め、笑いのための表現だった。2003年に契約を失ったことは大きな挫折で、再びライブや営業を重ねる時期へ戻った。
2005年、SEAMOとして再出発
2005年にSEAMOへ改名し、「関白」で再デビュー。「マタアイマショウ」と「ルパン・ザ・ファイヤー」が2006年に広く届き、同年にはNHK紅白歌合戦へ初出場した。2008年には日本武道館の単独公演も行っている。
シーモネーターを消してしまったわけではない。2011年の「コラボ伝説」には、「S.ex. with TSUCHIYA ANNA and SUGA SHIKAO」をシーモネーター名義で収録し、後のステージでも別の顔として登場する。
笑いの姿も続く
本人チャンネルの無観客ライブ映像。ラブソングだけでは説明しきれない、SEAMOのステージの振れ幅を知るための資料だ。
SEAMOの装いは、ジャケットやハットを使うスタイルと、ラフなカジュアルを行き来する。つばの広い帽子もよく取り入れ、いわゆるB-BOYらしい装い一辺倒にはしない。一方、シーモネーターの天狗のお面はその別の顔の印となる。10月9日は、2019年に「天狗の日」として記念日登録された。
PROFILE / CONNECTIONSSEAMOの名古屋と仲間
全国で知られるようになってからも、名古屋を拠点にする道を選んだ。東京の大きさを感じつつ、nobodyknows+やHOME MADE家族が地元から全国へ届く姿に、ここでも勝負できると思ったという。地元に音楽の場を作るという考えが、その後のフェスにもつながった。
2007年には「TOKAI SUMMIT」を立ち上げ、2016年の最終回まで続けた。音楽の形が違っても、一緒にライブや曲を作る場を地元に持つことが、SEAMOの歩みの一部になっている。
nobodyknows+、HOME MADE家族に加え、M.O.S.A.D.、PHOBIA OF THUG、AK-69らとも交流や共演がある。TOKONA-X、”E”qual、Mr.OZらから励まされたという話も紹介されてきた。ポップとハードコアを常に対立させるのでなく、名古屋の中でつながる関係を大切にしていた。
AK-69とは、シーモネーターとして活動していた時代にダイヤモンドクルーで接点があった。AK-69がラップを始めたころには、すでに天狗のお面を使う表現をしていたという。違う音楽性を互いに認め、2016年のTOKAI SUMMITでも共演した。
ヒットの後の苦しさも、作品にする
堤幸彦が監修した、15周年のドキュメント映画のトレーラー。本人のキャリアを扱う映像であり、楽曲のMVとは分けて見たい。
ヒット曲が出れば売れ、会場に人が来るという状態は、ずっと続くものではなかった。売上や動員が少しずつ落ち、2012年ごろには、レコード会社の移籍やマネージャーがいない時期も重なって苦しかったという。
一人で曲を作り、結果が出ないことへの責任を周囲で押し付け合うように感じた時期を経ても、音楽は続けた。辞めた仲間の分までまた届かせたいという気持ちは、安易な成功物語だけでは見えない、その後の活動を支えている。
PROFILE / PERSONALITYSEAMOの競馬と好きなもの
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競馬ゲームから、一口出資へ
JBISの本人インタビュー「馬主って、こんなに楽しい」では、競馬との出会いや、一口出資から馬主資格を得るまでを語っている。
競馬へ関心を持ったきっかけには、ファミコンの「ダービースタリオン」と、地元に近い笠松競馬場、オグリキャップの存在があった。本人が小学校高学年ごろの記憶として語った回想だ。
メジャーデビューする前、雑誌の広告で一口出資を知り、パンフレットを取り寄せた。初めて出資した馬は調教中に亡くなり、レースへ無事に出ること自体の難しさを知ったという。ウインプレミアムでは、出資から出走まで約二年かかり、初勝利には大きな感動があった。
以前の取材では、出資した馬は累計50頭ほどに上ると話している。これは当時の累計出資数である。2009年には地方の馬主資格も取得。自分だけの馬を持ち、いつか「マタアイマショウ」と名付けたいという夢も語った。
ラウダシオンでG1勝利
出資馬ラウダシオンが勝った2020年のNHKマイルカップを、本人チャンネルが扱う映像。SEAMOの楽曲のMVではない。
2020年5月10日、ラウダシオンがNHKマイルCで一着となり、一口出資者として初めてG1勝利を迎えた。2007年の最初の勝利から約十三年。直線では声を上げるばかりだったと振り返り、騎乗したミルコ・デムーロへ感謝した。
当日は母の日で、レース後の配信では「MOTHER」も披露したと紹介されている。紅白歌合戦に出たNHKの名を持つレースという縁も重なり、音楽と競馬、二つの歩みが交わる日になった。
スロット、漫画と中日ドラゴンズ
競馬に加え、スロットや麻雀も好きだ。音楽の収入が安定しなかったころには、パチスロで生活を支え、年に二百万円ほどを得たと語ってきた。紅白へ出るころまで続けていたという、当時の暮らしの話である。
好きな機種は「北斗の拳」や「押忍!番長」。漫画でも「魁!!男塾」「北斗の拳」「サラリーマン金太郎」などを挙げ、「無想転生」という曲名にも作品の言葉を取り入れた。地元の野球チーム、中日ドラゴンズのファンでもある。
PROFILE / MUSICSEAMOの代表曲
Cry Baby
2007年の「Cry Baby」は、映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾!」の主題歌。ここでは、2026年2月に本人チャンネルで公開されたフルMVを掲載している。
成功へ向かって強がるだけでなく、立ち止まって弱さを見せる時間も認める歌だ。雨や涙が洗い流すというイメージが、泣くことを次へ進むための動きへ変えている。「Continue」の挑戦を続ける言葉と合わせると、前を向けない日にも寄り添う応援の幅が分かる。
早口のラップから歌うようなフロウまで使い分け、ラブソング、笑い、趣味の話を一つのキャリアに置く。以前の紹介では、自分のスタイルをHIPHOPとしては邪道だと捉える本人の言葉も取り上げられた。王道に収まるかより、聴き手に届くメロディーを選ぶ姿勢につながる。
マタアイマショウ
2006年に発表された代表曲の、15周年版のMV。初出時のMVと同じ映像ではない。別れを前に、最後まで笑顔を選びたい気持ちを歌う。
手を離したらもう会えないかもしれない場面で、また会おうと呼びかける。言葉の明るさと、別れのつらさのずれが、曲の切なさを作る。本人の特定の交際関係を説明する歌として決め付けるものではない。
ルパン・ザ・ファイヤー
「ルパン三世のテーマ」を大胆に取り入れた2006年の曲。アニメの台詞を思わせる言葉と、勢いのあるラップが、よく知られた旋律を別の楽しみ方へつなぐ。
思い描く世界を、今すぐ動くための呼びかけへ変える。ラブソングが広く知られた直後に、遊び心の強い曲を届けたことも、SEAMOの一面だけに期待を固定させない選択だった。
Continue(2008年原曲)
「Continue(2008年原曲)」は、エルガーの「威風堂々」第一番を取り入れた応援歌。ドラマ「夢をかなえるゾウ」の主題歌にもなった。
一度負けることと、挑戦を閉じることを分けている。苦しみや悲しみの先に自分の道を見いだし、続けることを力に変える言葉だ。挫折や停滞を経て活動を続けた本人の歩みを知ると、その意味も一段深く届く。
Continue(2026年版MV)
2026年9月28日に公開された、レインボー出演の新MV。2008年の曲を新しく映像化したもので、新曲の発表とは区別している。
池田直人が学生時代に曲に励まされたことをラジオで話し、共演へつながった。スポーツの特訓を笑いにする映像と、SEAMOが池田へ向かって歌う場面が並び、応援の言葉が別の世代の記憶へ届いたことを形にしている。
同じ曲が、当時の学生だった人の記憶を通して二〇二六年の映像へつながった。やめずに続けるという言葉は、曲そのものが十八年後にも受け渡される過程と重なる。二〇〇八年の原曲の意味を、レインボーとの共演で別の場面へ開いた版だ。
PROFILE / CURRENTSEAMOの近年の作品とMBTI
2021年には十一曲入りの「NORA」を発表。「みなさんのおかげです」ではCrystal Boy、KURO、SOCKSと共演した。2022年12月14日には「エアハグ」と「紡ぐ」を配信し、2023年にはZIP-FM開局三十周年の記念曲「ZIPANG」をプロデュース。七人が参加する曲へ、地元のつながりを広げている。
2026年2月11日の「From Now to Then」は16曲入り。新曲、代表曲、nobodyknows+とKURO(HOME MADE家族)を迎えた「ルパン・ザ・ファイヤー 三英傑REMIX」を組み合わせた作品だ。同じ曲名でも、元の版と新しいコラボ版の違いを楽しみたい。
2024年の「Cry Baby feat.SEAMO」は、平野莉玖が歌うカバーへ原曲の作者自身が参加した版。2007年のソロ曲と同じ録音ではない。2025年にはMay’nを迎えた「裸でどつきあい」と、BANTY FOOT JUNが制作した「IRO-IRO」も発表した。
Average Joe
2026年の「Average Joe」は、Naoki Takadaが作詞、Giz’Moと共同作曲、Ryo Eguchiが編曲を担当した曲。卓越した誰かだけでなく、普通の日々を働いて生きる人へ目を向ける。
平凡であることを、価値がないという評価から離していく歌だ。王や偉人のような立場ではなくても、毎日を回す人が世界を支える。仕事終わりの小さな楽しみも歌の場面に入り、遠い成功を称えるだけではない応援になっている。
さらに2026年10月21日には、WATWINGのEP「love」へ提供した「True Friend」の収録を公式サイトで告知した。SEAMO自身が歌う新作と、他のアーティストへ曲を渡す活動は分けて追っておきたい。
別名義も続いている。2012年のアルバム「REVOLUTION」に入ったシーモネーターの「万華鏡」は、2026年10月9日の天狗の日にも本人チャンネルで映像が公開された。AZUとは2016年に共同アルバム「THE SAME AS YOU」を発表し、「From Now to Then」にも「心の声 feat.AZU」が収録されている。
MBTIはENFPと推定:既存の旋律を、新しい楽しみへ
Djtube編集部では、公開された制作上の選択からENFPを候補とする。「浪漫飛行」を「浪漫ストリーム」へ、「ルパン三世のテーマ」をラップへ取り入れたこと、ラブソングと笑いの別名義を両方続けることに着目した。既存の素材を別の楽しみ方へ広げ、受け手との接点を作る発想と読める。
本人が公表した診断ではなく、作品からの限定的な編集部推定だ。男塾やTOKAI SUMMITで人をつなぐ役割を重く見るならENFJとも考えられる。趣味のギャンブルや、下ネタの衣装だけで、普段の人格や私生活まで決めるものではない。
笑える曲も、別れの歌も、誰かを励ます言葉も。続けた時間が、SEAMOの幅になっている。
Djtube編集部

