Djtube./slide no. 10596
ARTIST WIKI千葉県市川市

RAU DEFプロフィール・復帰までの歩みと代表曲

RAU DEF
年齢
36歳1989年12月8日生まれ
身長
非公表
本名
非公表
出身地
千葉県市川市
学歴
高校進学
結婚・配偶者
—
逮捕歴
—
MBTI
ESTP

RAU DEF(ラウ・デフ)は、千葉県市川市出身のラッパー。PUNPEEとの出会いを経て、2010年に「ESCALATE」でデビューした。ビートをどう乗りこなすかに重きを置くフロウが特徴で、活動休止と復帰を挟みながら作品を重ねている。

SKY-HIのBULLMOOSEから復帰作「ESCALATE II」を発表したのは2015年。2026年の配信資料にはDEF ROW RECORDSの表記があり、過去の所属と作品ごとの発売名義を分けて見ていきたい。

CHAPTER 01 / SECTION 01RAU DEFのプロフィール

RAU DEF 基本データno. 10596
本名
非公表
アーティスト名
RAU DEFラウ・デフ
生年月日
1989年12月8日
出身地
千葉県市川市
身長
非公表
血液型
非公表
MBTI
ESTP(推定)Djtube編集部の見解
兄弟・姉妹
—
ユニット
MUTANTANERS/ASIAN PIRATES活動時期は本文
所属
—
レーベル
DEF ROW RECORDS2026年配信資料の表記
最大の実績
「ESCALATE」でソロデビュー2010年
学歴
高校進学
結婚・配偶者
—
子供
—
逮捕歴
—

本名、身長、血液型は非公表として紹介されてきた。「—」は情報の記載がない項目で、家族や経歴の不存在を示すものではない。

RAU DEFという名前と「Ya10mon」の意味

名義はReal All Universeの頭文字RAUと、最高という意味のスラングDEFを組み合わせたもの。「Ya10mon(ヤッテンモン)」も楽曲やSNS、アパレルに使われ、RAU DEFを象徴する言葉になっている。ただし、その語の意味について本人が語った説明は見つかっておらず、音や表記から由来を作ることはできない。

CHAPTER 02 / SECTION 02RAU DEFの生い立ち

小学生のころは、スポーツや勉強が得意ではなく、習い事も長続きしなかったという。小学6年生のとき、DJを目指していたいとこのレコードを見て、まずヒップホップの服装に惹かれた。LL COOL Jらのオールドスクールな姿が入口だった。

中学では自分の服装もB-BOY寄りになり、ヒップホップを聴く時間が増えた。一方、周囲には同じ音楽を好きな人が少なく、ラップをしたいと思いながら始めるきっかけをつかめずにいた。

転機は高校1年生のとき。当時交際していた相手の兄がDJとしてイベントに出ていた。ラッパーになりたいと伝えたところ、ラップを書いてくるよう促され、地元のクラブで活動を始めることになった。

1989年12月8日
千葉県市川市で生まれる
小学6年生
いとこのレコードを通じヒップホップへ
服装への関心から入る
中学生
B-BOYの服装と音楽に親しむ
周囲に同じ趣味の仲間が少なかった
高校1年生
ラップを始める
交際相手の兄のDJ活動がきっかけ
2009年
B-BOY PARKでPUNPEEと会う
PSGのリミックス参加へ
2010年9月10日
「ESCALATE」でデビュー
2012年5月
SUMMITを離れる
2015年11月11日
「ESCALATE II」を発売
BULLMOOSEから復帰

CHAPTER 03 / SECTION 03RAU DEFのファッションと人物像

  • XLARGE
  • Columbia
  • adidas
  • NIKE
  • SEAWORTHY DRYGOODS

大きめの服、バスケットボールシャツ、目立つアクセサリーなど、オールドスクールの装いを取り入れてきた。そのまま昔の服装を再現するだけではなく、新しいストリートブランドも組み合わせる。ヒップホップを聴く前に服装へ惹かれた経験が、今のスタイルにもつながっている。

XLARGEの2017年の企画では、RAU DEFらがコレクションの服を着た写真も公開された。

活動を休んだ時期には、音楽だけでなく人間関係や自分のあり方を見直し、精神面で大人になったと語っている。初期のトラブルだけで人物全体を決めつけず、復帰後に何を作ってきたかも追いたい。

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CHAPTER 04 / SECTION 04RAU DEFのMBTIを編集部が考える

Djtube編集部は、RAU DEFの公開された制作姿勢からESTPを仮説として挙げる。本人公表の診断結果ではない。

根拠にしたのは、意味を頭で解きほぐすことより、耳で聴いたときのかっこよさやビートへの反応を重視するという作り方。高校時代にラップを始める機会へ飛び込み、就職後もPUNPEEへ自分から連絡を取り、作品につなげた行動も、この読みの手がかりになる。

ただし、制作で音の感覚を優先することから、生活全体の性格まで判定はできない。活動休止後の内省を重く見れば別の読み方もできる。ESTPは公開活動の一面を整理するための編集部見解だ。

CHAPTER 05 / SECTION 05RAU DEFのデビューと活動休止・復帰

PUNPEEと出会うまで、一度は就職した

初期はライブのノルマがあり、曲を作ってもなかなか聴いてもらえなかった。音楽に見切りをつけるつもりで就職したものの、ラップを続けたい気持ちは残り、MySpaceでPUNPEEへメールを送っていた。

PUNPEEも弟の5lackから、若くてラップのいい人物がいるとRAU DEFのことを聞いていた。2009年のB-BOY PARKで会い、PSG「M.O.S.I ~もっとMCが増えたならREMIX~」への参加につながる。WAX、RAU DEF、alledが参加したこの曲が、レコード会社に見つかる機会になった。

2010年9月10日、PUNPEEが制作に関わったアルバム「ESCALATE」でソロデビュー。20歳での発表は、同世代のラッパーにも強い印象を残した。

SUMMIT脱退から「ESCALATE II」へ

2011年のZeebraとの応酬後、悪評や人間関係の難しさを感じる時期があった。2012年5月にはSUMMITを離れ、元SIMI LABのQN、X&TRICKSのRICKとMUTANTANERSを結成。QNとはMUTANTAIMENTも立ち上げたが、その活動もやがて途絶えた。

友人にも会わず、新しい作品を作れない状態になり、表立った活動を休む。復帰を支えたのがSKY-HIだった。2015年にBULLMOOSEへ加わり、当初10月7日予定だった「ESCALATE II」は11月11日に発売された。発売延期の告知も含め、復帰は一つずつ作品を形にする過程だった。

SKY-HIは2015年9月28日の告知で、BULLMOOSEから出す復帰作の発売日を10月7日から11月11日へ一か月延期すると説明し、作品の内容に自信を示しながら理解を求めていた。

CHAPTER 06 / SECTION 06RAU DEFとZeebraのビーフ、解消まで

始まりは2011年5月18日にRAU DEFが発表した「KILLIN EM!」。宣戦布告の投稿とともにZeebraへ向けた曲を出し、翌19日午前3時にはZeebraが「Die By The Beef」で応じた。RAU DEFは22日に「TRAP OR DIE」を発表する。

2011年5月18日
RAU DEF「KILLIN EM!」
2011年5月19日
Zeebra「Die By The Beef」
RAU DEFへアンサー
2011年5月22日
RAU DEF「TRAP OR DIE」
その後
Zeebraは追加アンサーを出さず
事前に返さない意向を表明
2015年
「HYPATECH」で共演
ビーフ解消を示す

当時のSUMMITは、RAU DEFがZeebraへ否定的感情を持っていたわけではなく、文化としてビーフを楽しむための発表だと説明していた。若さや売名、下剋上と解釈された経緯はあるが、それだけを本人の動機と確定できない。RAU DEFは当時、付き合ってくれたZeebraと、気にかけた人たちへ感謝する投稿もしている。

QUOTEDno. 105962011.05.19

「なおRAU DEFの所属レーベルSUMMITによると、RAU DEF自身はZeebraに対して否定的な感情を持っているわけでなく、ビーフをヒップホップ文化のひとつとして楽しむために今回の楽曲を発表した模様だ。」 サミット解説しちゃったよw

Mise Colvicsの投稿

SKY-HIは2015年8月11日、GRANDMASTER公演の自分のライブ後にBULLMOOSEの新アーティストとしてRAU DEFを呼び込み、リリースを発表したことを報告した。同じ報告では、Zeebra本人からビーフ解消を公式に宣言してもらったとも述べている。

2015年、実際に会って解消する話が出たが、RAU DEFは曲で始めたものを曲で終わらせたいと考えた。SKY-HIのカバー曲を作るという提案から、Zeebra「SUPATECH(what’s my name?)」をもとに「HYPATECH」を制作。一度は原曲の歌詞のまま録音した後に書き直し、Zeebra自身もイントロへ参加した。

CHAPTER 07 / SECTION 07RAU DEFのラップスタイルと曲

RAU DEFが重視してきたのは、ビートに対するグルーヴとリズムだ。ビートがなくても成立する言葉だけのラップより、音に乗ったときどう聴こえるかを考える。歌詞へのこだわりが薄いと語られた時期も含め、フロウやアプローチの選択肢の多さに持ち味がある。

「ESCALATE II」を語るRAU DEF、PUNPEE、SKY-HI

2015年の「ESCALATE II」について、RAU DEF、PUNPEE、SKY-HIが話す映像。楽曲のMVではなく、復帰作を三人の関係から知るためのトーク映像だ。

DREAM SKY

デビュー作「ESCALATE」のリード曲。軽快なトラック上を泳ぐように動くフロウに、初期のRAU DEFの勢いがある。20歳でのデビューを象徴する曲として、後の作品との違いを聴きたい。

LYRICDREAM SKY/RAU DEF
不満だらけの寝床

出発点にあるのは、すでに成功した場所ではなく、そこから飛び出したいと思う日常だ。勢いよくビートへ乗る声と、満足できない状況の言葉が重なることで、初期のラップの切迫感が伝わる。

GOOD TIME feat. PUNPEE

PUNPEEを迎えた曲。オートチューンも織り込みながら、メロウな雰囲気と落ち着いたフロウを聴かせる。初期の勢いだけではない、大人びた言葉とラップの表情がある。

LYRICGOOD TIME feat. PUNPEE/RAU DEF feat. PUNPEE
人生を宇宙遊泳
PART: 共同曲全体

人生を宇宙の遊泳に見立てる短句には、日常の決まりから一度離れるような開放感がある。誰か一人の自伝として決めつけず、RAU DEFとPUNPEEによる共同曲全体の言葉として読むと、メロウな雰囲気にもつながる。

FEEL ME IN

オートチューンを使う歌い方と、早口のテクニカルなフロウを行き来する。癖のあるトラックに対して一つの乗り方へとどまらない、RAU DEFの器用さを感じられる曲だ。

HYPATECH introduced by Zeebra

Zeebraとの経緯を、共演する曲として結んだ作品。原曲を踏まえながら歌詞を更新し、イントロでZeebra本人の声につながる。ビーフ解消の記録であると同時に、受け継いだ曲を自分のラップにする技術が見える。

CHAPTER 08 / SECTION 08RAU DEFの仲間と現在の活動

Real Talk feat. SKY-HI & 鋼田テフロン

「Real Talk」はSKY-HIと鋼田テフロンを迎え、BACHLOGICがプロデュースした共演曲。客演の声とRAU DEFのフロウが同じ曲の中で交わる。

交流するラッパーにはSKY-HI、PUNPEE、Junkman、QNらがいる。特に地元の先輩としてのSKY-HIは、困ったときに連絡する相手であり、復帰にも力を貸した。音楽上で認め合う関係が、活動を支えてきた。

Creepy NutsのR-指定とDJ松永も、RAU DEFの技術を高く評価している。「HYPATECH」への評価や、同世代のRAU DEFを初めて見たときの衝撃を語った。R-指定が名前をDEF TECHにすればよかったと冗談を言った逸話も、その評価の一つだ。

2026年10月21日にアルバム「PROPORTION」を発表。全10曲をJ-ViewCycleがプロデュースし、PUNPEE、SEEDA、018、AI jackyが客演した。「Sir Vibe」「イキガリ」「Dear Father」を含む。韓国のラッパーSKOLORとのASIAN PIRATESを経て「ESCALATE IV」を出した2024年から、次のアルバムへ進んだ形だ。

「PROPORTION」から聴く「愛」

「愛」は、2026年10月21日発売の「PROPORTION」に入ったRAU DEFのソロ曲。J-ViewCycleが作曲とプロデュースを手がける。ここで聴けるのはMVではなく、配信元のリリースページからつながる公式音源だ。

LYRIC愛/RAU DEF
現実と理想釣り合わねえ
ALBUM PROPORTION (2026)

気持ちを一途に伝えるだけではなく、思い描く関係と実際の関係が合わないところから始まる。後悔や疑いを抱えながらも相手へ惹かれるという揺れがあり、単純な恋愛賛歌に収まらない。初期の技巧を聴かせる曲から進み、声の流れに感情の矛盾を乗せる現在の一面が見える。

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