孫GONGプロフィール
孫GONG(そんごんぐ)は、京都市伏見区棒鼻出身、山科育ちのラッパーだ。1987年5月1日生まれで、39歳。本名は川合利宗。父親や幼少期を歌った「ありがとう」、JAGGLA・紅桜と共演した「花火」などで知られ、JAGGLAとのジャパニーズマゲニーズでも活動してきた。
地元の先輩のフリースタイルに触れてラップを始め、京都の仲間、家族、各地で出会ったラッパーとの関係を作品にしてきた人物である。ジャパニーズマゲニーズは2026年3月に活動休止を発表したが、その後も孫GONG個人の配信は続く。2026年7月には「ALL YOU NEED IS LOVE」、8月にはRYKEYとの「底無し沼に華(feat. Masato Hayashi)」が発表された。
| 疑問 | 短い答え |
|---|---|
| どこの出身? | 京都市伏見区に生まれ、小学校卒業後に山科へ移った。地元として音羽の名前も挙げている。 |
| どんなラッパー? | 家族や仲間、自分が過ごしてきた街の話を、飾らない言葉で歌う。「ありがとう」が生い立ちを知る入口になる。 |
| 今もジャパニーズマゲニーズで活動している? | 2026年3月30日にユニットの活動休止を発表。個人名義や共演での作品発表はその後も確認できる。 |
| 逮捕歴は何回? | 過去に3回逮捕されたという本人談に、2024年の逮捕報道1回を加えると4回。本人談と報道の区分は後半で説明する。 |
CHAPTER 01 / SECTION 01孫GONGのプロフィール|本名・年齢・出身
孫GONGは京都市伏見区に生まれ、山科で育ったラッパーである。地元の先輩やクルーとのつながりを経て作品を発表し、ソロとジャパニーズマゲニーズの両方で活動してきた。
本名・年齢・出身
本名は川合利宗。1987年5月1日生まれで、39歳となる。京都市伏見区棒鼻に生まれ、小学校卒業後は山科で育った。現在は大阪を拠点に音楽活動を行っている。
名前の由来|地元の先輩からもらった名前
2020年のKAI-YOUの密着取材では、地元の先輩ラッパーからGONG、別の先輩から孫という名前をもらったと紹介されている。自分一人で考えた芸名ではなく、先輩たちとの関係が重なって孫GONGになった。
TEAM2MVCHは「花火」「ありがとう」「帰り道」などを手掛ける制作チームだ。初期から一緒に作品を形にしてきた相手でもある。
CHAPTER 01 / SECTION 02孫GONGの現在の活動|2026年のソロ・客演作品
ジャパニーズマゲニーズの活動休止後も、孫GONGは個人名義や他のラッパーとの共演で作品を発表している。2026年10月16日時点で確認した近年の動きは次のとおりだ。
| 年月 | 出来事 | 区分 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 2024年11月30日 | 恐喝未遂容疑で逮捕 | 報道 | 容疑を認めたと報じられた |
| 2024年12月17日 | 本人がXで経緯を説明 | 本人発信 | 報道と異なる点を主張 |
| 2025年 | 「Rebirth」「Rise Up」 | 作品 | Rise UpはSpotifyで100万回再生を突破 |
| 2025年 | 全国ツアーを展開 | ライブ | THE HOPEに紅桜とともに出演 |
| 2025年 | 「W&M」 | 作品 | TuneCore Japanに掲載 |
| 2026年1月28日 | 「参翔鴉」 | 作品 | 近年のシングル |
| 2026年3月30日 | ユニットの活動休止を発表 | 公式発表 | 個人の活動とは区別する |
| 2026年7月31日 | 「ALL YOU NEED IS LOVE」 | 作品 | 孫GONG名義のソロ曲 |
| 2026年8月26日 | 「底無し沼に華(feat. Masato Hayashi)」 | 作品 | RYKEY & 孫GONG名義 |
2026年7月の「ALL YOU NEED IS LOVE」と8月の「底無し沼に華」の配信クレジットはMOB KID RECORDS。初期作品のYINGYANG PRODUCTION、アルバム「狂都」の配信に記載されたBACKBONE RECORDとは作品ごとに表記が異なるため、レーベル名だけから現在のマネジメント契約までは判断できない。
孫GONGの配信作品一覧では、ソロ作品と共演作品をたどれる。
2025年には「Rebirth」「Rise Up」を発表し、「Rise Up」はSpotifyで100万回再生を突破。全国ツアーを展開し、THE HOPEでは紅桜ともステージに立っている。2026年1月28日には「参翔鴉」を配信し、7〜8月の発表へと続いた。
2024年時点の報道では、ジャパニーズマゲニーズのYouTube総再生回数は9800万回超、チャンネル登録者は13万人と紹介されていた。
CHAPTER 01 / SECTION 03孫GONGとジャパニーズマゲニーズの活動休止理由
ジャパニーズマゲニーズは、孫GONGとJAGGLA、DJ Kemによるユニット。2026年3月30日に活動休止を発表した。この発表を、孫GONGだけの脱退やユニットの解散と言い換えることはできない。
活動休止の理由|JAGGLAが説明したこと
JAGGLAの発表では、それぞれが今後の活動や人生について向き合うための決断と説明されている。
より良い形で前へ進んでいくための前向きな決断でもあります
JAGGLA / 音楽ナタリー掲載の発表公表された理由はここまでであり、不仲や2024年の事件が直接の原因だとは説明されていない。個人の作品発表とユニットの活動状況を分けて追う必要がある。
曲だけでなく、普段のやり取りも見せてきたユニット
2018年に孫GONGとJAGGLAの2人で結成され、DJ Kemを加えた体制へと広がった。2019年には1stアルバム「TRIP MASTER」を発表。Cz TIGER、Bic、ISH-ONE、Theタイマンチーズを迎え、2022年には2ndアルバムの配信も行った。楽曲と並んで知られるのが、2018年末に開設し、本人たちや周辺の仲間が出演するマゲニーズTVだ。短い日常の動画でも知られ、ニートtokyoではJAGGLAやBicとの出演も話題になった。ステージでラップする姿に加え、仲間同士でふざけたり、企画に出かけたりする時間もコンテンツにしてきた。
Bicのスカイダイビング企画では、アトラクションが苦手なBicの家を訪ね、車で現地へ連れ出す。そのときの映像は「ブッ飛ぶ feat. Bic」のMVにも使われた。仲間の行動が映像や曲の題材になるところに、ユニットの遊び方が表れている。
CHAPTER 01 / SECTION 04孫GONGの生い立ち・経歴と年表
京都市伏見区棒鼻に生まれ、山科で育った孫GONG。家庭や少年期の出来事は、後のインタビューと楽曲の両方で語られている。
孫GONGは父親の職業がきっかけで保育園時代の友人から絶交を告げられ、孤立をきっかけに暴力へ向かったと語っている。その後は薬物に深く関わり、覚せい剤をやめたことを人生で一番よかったこととして挙げている。
孫GONGの少年期
本人の回想では、小学生のころが最も荒れていた時期だった。団地や車に火をつけたことも語っている。
京都府の教育委員会から、2週間ケンカをしなければ賞状を出すと宣言されたという逸話が残るほどだったと本人は語っている。結果として賞状は一枚ももらえなかったという。
卒業アルバムに載る同級生全員を殴ったことがあると話し、けんかをしない約束でもらえるはずだった賞状は、結局一枚も受け取れなかったという。
中学時代は不良の多い学校だったが、あるとき父親がロールスロイスで校門に乗り付けたことをきっかけに、先輩たちから一目置かれるようになったと述べている。15歳頃から地元の先輩の影響で薬物に関わるようになり、高校は2年生で退学している。
孫GONGと覚せい剤
孫GONGはニートtokyoのインタビューで、人生で一番やめてよかったことを問われ、覚せい剤と即答している。使用していた当時は体重が56キロまで落ち、親友のJAGGLAに当時の写真を見せても誰かわからなかったほどだったという。
やめてよかったものとして、本人は覚せい剤を挙げた。
周囲で使用していた人間の行動も異常だったと述べたうえで、本人ははっきりと否定的な言葉を残している。この発言は、孫GONGが薬物について語った内容のなかで最も明確な警告になっている。
使用中は自分が自分でなくなるようだったと振り返り、使用している自分をビデオに撮って見直せば、その姿の異様さが分かるという趣旨で、やめることを勧めている。
孫GONGと大麻
孫GONGは日本のラップシーンでストーナーラッパーとして知られており、15歳の頃にはすでに大麻の売人をしていたと語っている。家庭環境から入手経路があったことを本人が説明している。
本人は、父の組の若い者を脅して安く大麻を仕入れ、売っていたと話している。
妻の実家が真面目な家庭であることにも触れ、大麻はやめたことにしていると冗談交じりに語ったことがある。
孫GONGがラップを始めたきっかけ
孫GONGがラップを始めたきっかけは、地元の先輩のフリースタイルを見て衝撃を受けたことである。16歳で高校を中退した後、新京極の服屋で働きながらフリースタイルを始めた。
兄のように慕うkey坊から、再来週のイベントで歌えなければ殺すという強い言葉で迫られ、懸命に曲を書いて初めてライブをしたと振り返っている。
そのときのイベントには400人が詰めかけ、ラッパーとしてのキャリアが始まった。key坊、HOSSYに誘われてGREADを結成し、数年後には山科の面々とBACKBONEを結成している。
孫GONGは影響を受けたアーティストはいないと明言している。特に洋楽については、会ったこともないし何を言っているかわからないという理由で、ほとんど聴いていないという。
地元の活動から「花火」、そして「狂都」へ
2015年8月16日、JAGGLAと紅桜を迎えた「花火」でシングルデビュー。「祭遊鬼」を経て、2018年には「狂都」を発表した。「狂都」には、自分の来歴を歌う「ありがとう」と、各地の仲間との関係を歌う「帰り道」が同居している。
一人の過去を語ることと、人と遊び、曲を作ること。その両方がソロの作品にあり、JAGGLAとのユニット活動にもつながっていく。
孫GONGの生い立ち・活動年表
CHAPTER 02 / SECTION 05孫GONGの父親・家族と、地元への思い
孫GONGの父親は、会津小鉄会系の川合組で組長を務めていた人物である。本人がインタビューで繰り返し語っており、リリックにも直接書き込まれている。父・母・兄・弟のいる家庭に生まれたが、父親は仕事の関係でほとんど家におらず、孫GONGは母・祖父・祖母と暮らしていた。
孫GONGの父親をめぐるエピソード
孫GONGは7歳の誕生日に、父親から本物の拳銃を渡されたと語っている。実弾も装填されていたという。
拳銃はジュラルミンケースのような箱に入っており、実弾も入った状態で渡されたという。
父親は人望が厚く人脈も広い人物だったといい、父親を通じてサッカー選手のマラドーナと会わせてもらった話も本人が公にしている。
マラドーナと食事をした後、父とマラドーナは別室で長く話していた。子どもだった本人には、何の話をしていたのかは分からなかったという。
仕事の関係で日常的に会えることは少なく、父親に会える日はイベントのように喜んでいたという。本人は父親のことを目指すべき人だと話しており、現在も尊敬の対象であることがわかる。
組長だった父には刺青がなかった、と本人は振り返っている。
父親は孫GONGが中学3年生の頃、がんで亡くなった。残された家族に迷惑をかけないという理由から、死後には組の看板を下ろしたという。葬儀には1500名が参列したと本人は語っている。
父親の面会に行ったところ、刑務所内で看守と母親が持参した松阪牛ですき焼きをしており、一緒に食べたというエピソードも本人が語っている。
父の日おとんとマラドーナ✌
子供つれて墓参り行くで✌ pic.twitter.com/yjqUHF3JR1
— 孫GONG (@SON_GONG) 2019年6月17日
DOTTの本人取材では、父親には刺青がなかったことと、母がそれを好んでいたことを話している。自分が彫りたいと思うようになってからも、母のことを考え、最初は服で隠れる場所に入れていたという。父と同じ見た目になることを選んだわけではなく、母への思いと自分の選択の間で折り合いをつけていた。
孫GONGの兄
孫GONGには15歳上の兄がおり、孫GONGが幼少期の頃にはすでに薬物に関わっていたと本人が語っている。小学生のときに兄のビデオテープを勝手に見たことが発覚し、激しく制裁を受けたという逸話も公にしている。
兄のビデオを見た後、巻き戻したつもりでも気づかれ、車の柱に縛られて殴られたという。
兄は薬物以外でも逮捕歴があり、京都市内の飲食店で人を殴って死なせたことにより、約10年間を刑務所で過ごしたと本人は説明している。一度は逃げたものの、自ら警察に電話をかけて自首する旨を伝え、その5日後に自首したという経緯も語られている。
兄については、人生の半分以上を刑務所で過ごしてきた人だとも話している。
それでも兄との関係は良好で、兄が出所すると孫GONGは心の底から喜んでいたという。
京都・山科|変わっていく街も含めて好きな場所
KAI-YOUの京都密着取材では、街を歩きながら人と言葉を交わし、求められた写真や握手に応じる姿が描かれている。昔のままの街だけを理想にせず、風景が変わってもその道を歩くのが好きだと話した。
どんなに(街並みが)変わろうが、俺はこの道歩くんが好き
孫GONG / KAI-YOU Premium京都での密着取材ここでの地元愛は、京都という看板を掲げることだけではない。歩き慣れた道や、そこで会う人との関係として語られている。
CHAPTER 02 / SECTION 06孫GONGの結婚と子ども|父親としての一面
孫GONGは一般女性のりささんと結婚しており、二児の父親である。夫婦仲は良好で、動画では妻に高価な宝石をねだられて驚く場面も公開されている。
妻から100万円と聞いて最初は無理だと驚き、最後には頑張ると返すやり取りも見せている。
2019年2月5日には第一子となる玄悟君が生まれ、父親になった。りささんのInstagramには孫GONGと玄悟君の写真が頻繁に投稿されており、子煩悩な様子がうかがえる。
2021年7月31日には、Twitter上で第二子の誕生を報告している。
子どもには、元気で健康で、はきはき話せる人になってほしいと語る。人間らしく、楽しく生きることを願っている。
自分の友人が最高なので、子どもにもそういった友人と出会ってほしいと話している。武勇伝として語られる人物像とは別の面が、この発言には現れている。
これからよろしくな✌️https://t.co/vaGWKL3ABB pic.twitter.com/MNoL4YQlzJ
— 孫GONG (@SON_GONG) July 31, 2021
CHAPTER 02 / SECTION 07孫GONGの人物像|ニートtokyoで語られた逸話
孫GONGの名前が全国に広まった直接のきっかけは、YouTubeコンテンツ「ニートtokyo」への出演である。暴力団組長の息子という出自と、そこから語られる逸話の強度が、視聴者に強い印象を残した。
ニートtokyoでの話題は、過去の体験から好きな銘柄まで幅広い。以下は「好きな銘柄」の回であり、後に挙げる逸話すべてを一つの映像で語ったという意味ではない。
以下は、孫GONGが番組で語った逸話だ。いずれも本人の回想として紹介する。
- 高校の野球部でキャッチャーをしていたが、MDMAのやりすぎでボールがすべてナックルに見えていた
- 15歳の頃、父親の組の下っ端から内緒でドラッグを買っていた
- 16歳でドラッグを売っていた
- 家に帰ったら1トン袋が置いてあり、中で何かが動いていた
- 滋賀県の山奥でガンジャ200gとエリミン100シートを持って薬物を抜いた
- 片耳をちぎられ、体に異物を入れられた人物を動画で撮りながらラップをした
- 中学時代、ロールスロイスで父親が校門まで迎えに来たことで先輩に認められた
ニートtokyoには事前に詳しい説明を受けずに出演したため、話してはいけない内容を気にしなかったと振り返っている。
本人は、事前に何も知らされないまま出演したためNGを気にしなかったと語っている。番組の性質と本人の姿勢が噛み合った結果として、このキャラクターが定着した。
長時間を共にしたKAI-YOUの取材では、よく話し、よく笑い、初対面の取材者にも一日行動を共にするよう誘う姿が描かれる。話の強烈さだけでなく、人を自分のいる場所へ招き入れる面もある。
CHAPTER 02 / SECTION 08孫GONGのMBTI|ESTPと考える根拠と限界
編集部では、孫GONGのMBTIをESTP(起業家タイプ)と推定している。本人が公表した結果ではなく、公開された言動を読むための仮説だ。A/Tは判断していない。
密着取材で初対面の取材者を一日の行動に誘い、道で会った人ともやり取りする姿は、編集部がEの傾向を考える材料になる。また、街を歩くことや仲間と過ごすことなど、実際の経験から話を広げる点をS、その場のやり取りに応じて動く姿をPに重ねている。
ただし、人前でよく話すのはラッパーとしての役割でも説明でき、公開映像だけで普段の内面までは分からない。特にT/Fを分ける根拠は弱い。紅桜の家族を支えようとする行動や、母親を気遣う話を重く見れば、ESFP寄りの読み方もできる。型は、公開された言動を編集部がどう読んだかという見解であり、本人の内面を確定するものではない。
バトルで勝ち方を逆算した話、事前情報なしでインタビューに応じた話、稼ぎの配分を具体的な数字で示す姿勢も、編集部が推定の材料にした点だ。一方、父親への敬意、紅桜の家族への支援、子どもへの願いを重く見るなら、ESFPと読む余地もある。人前での振る舞いと私生活全体を同一視せず、この推定には限界がある。
CHAPTER 03 / SECTION 09孫GONGと仲間たち|JAGGLA・紅桜・ISH-ONE
孫GONGは顔の広さで知られ、全国のラッパーと交流を持っている。とくにストーナーラッパーとの親交が深く、阿修羅MICや舐達麻のメンバーとの交流がSNS上でも確認できる。
本人は、普段は先輩たちと一緒にいることが多いと話している。
孫GONGとJAGGLA
孫GONGのマブダチは、ジャパニーズマゲニーズとして活動をともにするJAGGLAである。二人は同い年で、20歳頃にクラブで出会った。
JAGGLAによると、初めは顔見知り程度だったが、自分の車で一緒に大麻を吸ったことをきっかけに親しくなったという。
互いの後輩同士がトラブルになった際、孫GONGが放った言葉をきっかけに関係が深まったという経緯を、JAGGLAが語っている。
孫GONGは、トラブルになった人物を1〜2日入院させ、退院したらタイマンをさせるという趣旨の話をしたという。
JAGGLAはその発想を聞いて、孫GONGをとても面白い人物だと感じたと振り返っている。
音楽の外でも一緒に街で過ごし、家族ぐるみの付き合いもあるとされる。音楽活動だけでなく、マイメンとしてもアーティストとしても互いを認め合う関係である。
孫GONGと紅桜
紅桜は津山のラッパーで、孫GONGは彼を兄弟と呼ぶほどの関係にある。紅桜が収容されていた期間、孫GONGは仲間とともに「Lights On」をリリースし、売り上げを紅桜の家族へ渡すという行動をとった。
DJ HONDAとタッグを組んだ「24 kill bars」の配信も行い、その収益も紅桜の家族へ渡している。紅桜は2023年6月に出所しており、2025年にはヒップホップフェス「THE HOPE」で二人がともにステージに立っている。
津山の親友紅桜の曲リミックスしました🔥
HONDAさんの音はいつも最高
売り上げは紅の家族に全部渡します✌️
良かったら聞いてください
全国各地にいる仲間が紅桜に捧げる24小節が今ここに集結!
北から南へ向かって15日連続配信!
6目はジャパニーズマゲニーズより孫GONGhttps://t.co/fftJVETxee pic.twitter.com/EtVTDdXcXO— 孫GONG (@SON_GONG) July 23, 2020
売り上げは全部紅の家族に持っていく!
俺らは口だけの仲間とは違う✌️
PGPに感謝!津山に感謝!
曲聞いてくれてる皆ありがとう🙏
free紅桜
「Lights On」
ジャパニーズマゲニーズ×タイマンチーズ×Olive Oilhttps://t.co/rXPb3rg8mbhttps://t.co/t8wCIjJW45 pic.twitter.com/3o5Irf9Xk8
— 孫GONG (@SON_GONG) April 24, 2021

孫GONGとISH-ONE
ISH-ONEとの出会いは2014年で、ISH-ONEが所属するクルーYINGYANGが出演した京都のイベントだった。その後、ISH-ONEのツアーに自腹で同行し、彼が主催するレーベルYINGYANG PRODUCTIONからデビューを果たしている。
ISH-ONEの現場でもらった1分の出番で、次のライブにつなげる経験を重ねていたと話している。
二人は師弟関係にあり、孫GONGの名前が全国に知られた後もコラボやトラック提供を通じて交流が続いている。
京都での2021年のKAI-YOUの密着取材では、JAGGLAが合流すると孫GONGの周りの空気がほぐれる様子も描かれた。2026年のRYKEYとの共演曲にもTEAM2MVCHが制作参加しており、初期からの制作上の接点は続いている。
CHAPTER 03 / SECTION 10孫GONGのファッションとタトゥー
孫GONGのファッションは、オーバーサイジングのオーソドックスなB-BOYスタイルである。The Notorious B.I.G.も愛用していたCoogiのセーターやスタジャン、柄シャツを頻繁に着用している。
- Coogi
- ANDSUNS
- RUGGED
- SANCTUARY
- NIKE
- NEW ERA
- JPMG(ジャパニーズマゲニーズ)
ANDSUNS、RUGGED、SANCTUARYはサポートを受けてきたブランドであり、公私ともに着用している。ジャパニーズマゲニーズのオフィシャルグッズも頻繁に身につけている。NIKE AIR FORCE 1とコラボしたカスタムスニーカーも発表し、発売開始から即完売した。
孫GONGのタトゥー
孫GONGのタトゥーは和彫りを基調としたもので、ラップを始めた16歳頃から入れたいと思い始めたという。幼少期から刺青を見ていたため抵抗がなく、見るのも入れるのも好きだと語っている。
| 部位 | 図柄 | 補足 |
|---|---|---|
| 右腕 | 背骨本舗のロゴ、曲がった京都タワー | 所属クルーBACKBONEの漢字表記 |
| 左腕 | 牛魔王 | 孫悟空の敵として知られる存在 |
| 胸 | 龍神 | 和彫り |
| 腹 | 達磨 | 祇園だるまのソイによる |
| 両腕 | 好きな品種名 | 大麻の品種名を入れている |
上半身のタトゥーは大阪ミナミの彫師・愛彫によるもので、腹の達磨は祇園だるまのソイによって彫られた。孫GONGのタトゥーはすべてこの二人の手によるものである。
幼いころ、周囲の男たちの男らしさを格好よいと感じていたという。
紅桜とスーパー銭湯へ入り、注意が聞こえないふりをしながら2時間ほど過ごしたという話もしている。
タトゥーを彫った際に最も痛かったのはみぞおちで、吐きそうになるほどだったという。母が生きているうちは、目に見えるところには彫らないと本人は誓っている。
施術中は、彫る機械の音に合わせて声を漏らし、痛みに耐えていたという。
彫師の愛彫は、CIMAやMC TYSONが所属する88POSSEのメンバーである。孫GONGのタトゥーは装飾ではなく、所属と関係を体に刻む行為として一貫している。クルー名・地元のランドマーク・彫師との関係が、そのまま図柄になっている。
曲がった京都タワーは、自分の歩んできた人生にも重ねた図柄だ。牛魔王を近くに置くという発想には、彫師の提案も反映されている。
図柄以上に印象に残るのは、誰に彫ってもらうかという話だ。孫GONGは彫師を信頼し、その人と過ごす時間を大切にしたいと話している。
その人との時間を大事にしたい
孫GONG / DOTTYOUR TATTOO 本人取材JPMGの服|仲間の活動を着る
2019年には、本人がJPMGのACID MGロングTシャツの再販を告知している。ファッションは身につけるだけでなく、自分たちの商品を発信する活動にもなっていた。以下は当時の投稿であり、現在の販売・在庫の案内ではない。
少しだけ作ったのでどうぞ🚀🚀🚀
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マゲニーズらしいサイケデリックカラーでプリントしたACID MG ロンT。
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2020年にはASURAとJPMGのCBDリキッドも企画し、何度も打ち合わせを重ねて作ったと発信していた。以下は当時の発売告知であり、現在の販売・在庫を案内するものではない。
🔥解禁🔥
何回も打ち合わせしていいのできた✌️
🥦ジャパマゲCBD解禁🥦
何度も研究を重ね開発したASURA×JPMGオリジナルCBDリキッドが遂に発売開始🔥
CBD含有量10%の高濃度でこだわりの国産リキッド!二種類のフレーバーと吸引に最適なデバイス、交換用ポッドが登場!https://t.co/QaLikkO0zH pic.twitter.com/kkH3PbdBeN— 孫GONG (@SON_GONG) May 1, 2020
CHAPTER 03 / SECTION 11孫GONGのラップスタイルとHIP HOP観
孫GONGのラップスタイルは、圧倒的な声量と侠気のあるフロウ、そして生き様をそのまま落とし込んだリリックに特徴がある。技巧で聴かせるのではなく、誰が言っているかで成立させる種類のラップである。
本人が育った家庭で経験した出来事を包み隠さず書くため、作品にはストーリー性が生まれる。楽しく生きているからこそ真面目な曲に意味が出るという本人の言葉は、この構造をよく説明している。
普段を楽しく生きることが、真面目な曲を歌う意味にもつながる、と本人は考えている。
孫GONGのHIP HOP観
孫GONGはYouTubeコンテンツ「丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー」にも出演し、そこで自身のラッパー観を語っている。ストリートから上がってきたラッパーにはフッドがあるとしたうえで、稼いだ金の使い道に基準を置いている。
本人の考えでは、ストリートから出てきたラッパーには地元がある。10万円の出演料を受け取って、その全額を持ち帰るのでは、地元との関わり方として違うという。
HIP HOPは人間味と言葉の重み、誰が何を言うかが面白い唯一の音楽だという持論を展開し、その体現者が歌い手であると述べている。稼いだ金を地元へ戻すという考え方は、本人が語ってきた地元との関わり方の一つである。
10万円を稼いだなら8万5千円は出演した箱へ落としてほしいとも話す。自分の音楽で世界を変えるのは難しくても、街なら変えられるのではないかという考えだ。
「ありがとう」では幼少期の出来事を友人の言葉から伝え、「帰り道」ではFamilyという呼び名だけでは足りない関係を歌う。短い会話や日常語から場面を作るところにも、その人らしさがある。
CHAPTER 03 / SECTION 12孫GONGを知るための代表曲・主な参加曲
2016年には「祭遊鬼」、2018年には「狂都」を発表した孫GONG。生い立ちを歌うソロ曲から、仲間を迎えた共演曲まで。各曲のYouTubeと、人物像を知るための聴きどころを紹介する。歌詞は、歌の中で表現された自己像として読む。
| 曲 | 知ることができる面 |
|---|---|
| 花火 feat. JAGGLA, 紅桜 | 初期から続く共演者との関係 |
| ありがとう | 幼少期の記憶と家族を歌う姿 |
| How we walk | 自分の足で進むという自己像 |
| 帰り道 | 音楽を通じて広がった仲間との関係 |
花火 feat. JAGGLA, 紅桜|3人で鳴らしたデビュー曲
2015年8月16日発表のデビューシングル。TEAM2MVCHが制作し、JAGGLAと紅桜が参加している。Joe Sampleの「In all my wildest dream」を用い、2Pacの「Dear Mama」と同じサンプリング元を使ったトラックだ。夏の終わりの儚さを花火に重ね、JAGGLAのラップと紅桜のブルースを感じさせる声が絡む。後のジャパニーズマゲニーズや紅桜との作品より前に、3人の声が一曲に集まった出発点として聴ける。
一人でキャリアを始めたという見方だけでは捉えにくい孫GONGの歩みが、客演の顔ぶれにも表れている。
ありがとう|子どもだった自分の記憶を歌う
2018年6月24日発表の2ndアルバム「狂都」に収録。父親に感謝を伝えたいという思いから生まれ、リハーサルも含めて45分で書き上げたと本人が語っている。生年月日と父親のことに続き、おもちゃの拳銃で保育園が騒ぎになった場面、友人と遊べなくなった記憶へと進む曲だ。
自分が何者かを強く名乗った後に、幼い友人から告げられた言葉が来る。相手の母親の意向が、子どもの口を通して届く形だ。本人が悲しかったと説明するよりも、一緒に遊べなくなった場面をそのまま残すことで、子どもの側から見た距離を伝えている。
How we walk|自分の足で進むという言葉
「狂都」の冒頭曲。USラップのようなトラックにオートチューンを使った声が乗り、MVでは京都の街を仲間と歩く姿を見せる。「ありがとう」のように過去をたどる曲と合わせると、来歴を語る声と、ここから進もうとする声を聴き比べられる。
俺が二度続き、歩くための足も自分のものだと言い切る。過去を消して別人になるのではなく、そこまで来た自分のまま歩く言葉として読める。曲名のweと、歌詞の俺という視点の違いにも注目したい。
帰り道|Familyという言葉でも言い切れない関係
2018年9月にMVが公開された「狂都」の収録曲。新幹線で先にリリックを書き、後からISH-ONEのトラックに落とし込んだ。交流のあるラッパーや尊敬する人物の名前が登場する。HIP HOPでつながった相手との時間を歌い、本人の世界が京都の外へ広がっていることも感じさせる。
仲間を家族と呼んで関係をまとめることさえ、十分ではないと言う。名前をつけるより、一緒に遊び、曲を書いてきた時間そのものを残そうとする一節だ。後に紅桜の家族への支援を呼びかけた発信と並べると、親しい相手との関係をどう表すかという共通の問いも見えてくる。
REAL STONER feat. PERSIA & VIGORMAN|ユニットでの共演曲
名古屋のレゲエアーティストPERSIAと、WILYWNKAとの変態紳士クラブでも知られるVIGORMANを迎えたジャパニーズマゲニーズの楽曲。ソロの生い立ちを語る曲とは異なり、複数の声が入れ替わるユニット作品としての面を聴ける。本人談では、MVは山奥でマジックマッシュルームを食べながら撮影したという。作品の制作時の逸話として語られている。

Lights On|紅桜への思いと結びついた共演作
Olive Oilが制作に参加し、Theタイマンチーズを迎えた曲。2021年の発表時に、孫GONGは紅桜の家族へ売上を渡すと発信した。歌っている言葉に加え、その曲を誰に届け、何につなげようとしたかも本人の関係性を伝えている。
CHAPTER 04 / SECTION 13孫GONGのMCバトル|2021年の優勝と、その後の出場
孫GONGは2021年1月30日に行われた「真 ADRENALINE ABEMAノ乱」で優勝している。バトルを主戦場としてこなかった人物の優勝として、当時大きく取り上げられた。
大会への出演が決まった段階で、自分が優勝するとは誰も思っていないだろうと感じ、それなら優勝だけを狙おうと決めたという。
裏でも気持ちを作り込み、対戦相手に握手を求められてもはじき返すなど、本気で勝ちに行く姿勢で臨んだという。他の出演者が楽屋で談笑するなかで、一人だけ張り詰めた空気を出していたと伝えられている。
優勝時には、今後は二度とバトルに出ないという趣旨の言葉も残した。
賞金30万円は、15万円を家族との旅行に、15万円を馴染みのクラブKYOTO Chambersで使ったという。稼いだ金を地元へ戻すという本人の原則が、そのまま実行された例である。
2022年・2024年にもBATTLE SUMMITへ出場
2021年の優勝後も、2022年8月31日の「BATTLE SUMMIT」、2024年8月14日の「BATTLE SUMMIT II」へ出場している。2021年を最後に、バトルから退いたままという経歴ではない。
ソロ、ユニット、客演、インタビューに加え、必要に応じてバトルの場にも立ってきたラッパーとして捉えたい。
CHAPTER 04 / SECTION 14孫GONGの逮捕歴|2024年の報道と本人の説明
孫GONGは、以前に3回逮捕されたとインタビューで語っている。2024年の報道と合わせ、本記事の逮捕歴欄は4回としている。過去3回は本人談、2024年の1回は報道によるもので、件数の根拠は異なる。
孫GONGは2024年11月30日付で、恐喝未遂の疑いで京都府警中京署に逮捕されたと報じられた。本人は容疑を認めたと伝えられている。本章は報道内容と本人の発信のみを根拠とし、当編集部による評価は加えない。
孫GONGの恐喝未遂容疑の内容
報じられた容疑は、知人男性がプロデュースするクラブの従業員の接客態度に因縁をつけ、その男性の携帯電話に多数回発信し、留守番電話に金銭を要求するメッセージを残したというものである。出来事は2024年8月16日早朝とされ、逮捕は同年11月30日付、京都府警中京署の発表は12月1日と報じられた。
報道によれば、本人は現金を要求した事実を認めたうえで、酒に酔って感情を抑えられなかったという趣旨の説明をしている。
孫GONGによる説明
2024年12月16日の日刊スポーツは、本人が同日までに謝罪し、帰ってきたと報告したことを伝えた。本人は、恐喝未遂ではなく脅迫罪だったと説明している。これは本人の主張であり、起訴・不起訴や判決を独立して確認したものではない。
孫GONGは2024年12月17日、自身のXで一連の経緯について説明を行っている。相手の立場に関する報道内容が事実と異なるという趣旨を述べ、この件に触れるのはこれで最後だとしている。
この項は、報道と本人の説明が食い違っている箇所がある事例である。当編集部は、どちらが正しいかを判断せず、双方が公にした内容をそれぞれの出所とともに並べる。報道のみ、あるいは本人の発信のみを採用して断定することはしない。
孫GONGが過去に語ってきた逮捕歴
孫GONGは2024年の件以前にも、3度逮捕された経験があるとインタビューで語っている。17歳の頃には、睡眠導入剤を摂取した状態で友人を助けるために警察官を殴り、逮捕されて鑑別所に入ったと述べている。
本人は、幼いころから周囲の立ち回りを見て育ったため、少しのことでは逮捕されないという考えも語っていた。
逮捕されるなら大切な人を守るためだ、という趣旨の美学も語っている。3度の逮捕を経験しながら、鑑別所には入ったものの刑務所に入ったことは一度もないとしている。
逮捕報道は有罪の確定とは異なる。本人談、逮捕時の報道、その後の本人説明を分けて掲載している。
CHAPTER 04 / SECTION 15孫GONGについてよくある質問
CHAPTER 04 / SECTION 16まとめ|孫GONGが歌う家族・仲間・京都
地元の先輩から名前をもらい、フリースタイルを始め、仲間を迎えて「花火」を発表した孫GONG。父親や幼少期を歌う「ありがとう」にも、仲間との時間を歌う「帰り道」にも、人との関係がある。京都の道を歩く話や彫師と過ごす時間の話は、その関係を作品の外からも伝えている。
ジャパニーズマゲニーズは2026年に活動休止したが、個人の作品発表は続いている。強烈な逸話に加えて、誰と音楽を作り、家族や街をどう歌ってきたかを追うと、ラッパーとしての孫GONGの輪郭が見えてくる。
- 京都市伏見区に生まれ、山科で育つ。地元の先輩のフリースタイルからラップを始めた。
- 「ありがとう」「花火」「帰り道」など、家族・仲間・街との関係を作品にしてきた。
- 2026年3月にユニットは活動休止。孫GONG個人ではソロ・共演作品の発表が続く。
「過去を歌う声のそばに、家族と仲間と京都がある」
Djtube 編集部 / 2026.10

