神門本名と家族、日常をラップにする歩み
神門(ごうど)は、1986年生まれ、兵庫県神戸市出身のラッパー。本名の神門洋平から名字をそのまま名義にしている。自分の弱さ、家族との生活、亡くなった人との記憶を、長い物語や短い日常の言葉としてラップにしてきた。
2005年6月11日に活動を始め、翌年に初めて自主制作CDを発表。2026年には20枚目のアルバム「6月11日」と、新曲「政治的発言」を届けている。ライブから一度離れた時期も、曲を作ることまではやめなかった。その選択を含めて神門の歩みを追いたい。
CHAPTER 01 / SECTION 01神門のプロフィールと名前
神門の読み方と本名
読み方はごうど。ニートtokyoの自己紹介でも、本名の名字を名義にしたことを話している。1986年生まれ。
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CHAPTER 02 / SECTION 02神門の生い立ちとラップを始めた理由
高校時代、部活の先輩がカラオケで歌うRIP SLYMEやKICK THE CAN CREWを聴き、ラップに興味を持った。その後に出会った餓鬼レンジャーとTHA BLUE HERBが、自分でもラップをしたいという気持ちを強くする。
餓鬼レンジャーを聴いてラップしたくなった
ヒップホップとの出会いを話すインタビュー。決定的だった曲として、餓鬼レンジャーのアルバム「DA PONG」に入る「A Chorus 9」を挙げている。ポチョムキンが数字を数え、マイクへつなげるパートが、ラップを始めたいと思うきっかけになった。
餓鬼レンジャー「A Chorus 9」
神門が影響を受けた餓鬼レンジャーの曲を、公式配信音源で聴ける。神門自身の作品ではない。数字とマイクを結び付ける短い言葉が、その後ラッパーを志す人の入口になった。
一つずつ数えた数字が9本のマイクという具体物へまとまる。神門が惹かれたのは、難しい説明よりも、声に出した言葉の勢いが一つの像を作る瞬間だったと読める。
2004年のクリスマス、BOSSと交わした拳
THA BLUE HERBのILL-BOSSTINOへの思いを語る映像。神門は彼らのライブへ通い、ラッパーになる決意を深めていった。2004年のクリスマス、大阪・梅田NOONでライブを見た際、コンビニでパンを選ぶBOSSに偶然出会う。
緊張して声が出ず、手の甲にある再入場のスタンプを見せたという神門。BOSSも手を見せ、拳を合わせてヤーマンと返した。その一瞬を、一生の自慢になると思った出来事として振り返っている。
CHAPTER 03 / SECTION 03神門の家族と銭湯好きの一面
妻と息子のいる生活
神門は結婚しており、息子がいる。楽曲を提供する観音クリエイションのブログでは、2015年7月の結婚式が紹介されている。高砂には、飲みきれない酒を捨てるためのバケツが置かれていなかったという、酒豪ぶりを伝えるエピソードもある。
妻は看護師をしている一般の人として紹介されてきた。2021年10月のインタビューでは、息子が2歳9か月だと話している。自分が親になった日々と、子供のころに家族と過ごした記憶は、その後の作品でも行き交う。
銭湯は魅力しかないという熱量
趣味の銭湯について語るインタビュー。質問する側の熱量に納得できず、話し方そのものへ疑問を返す場面にも、神門らしいこだわりが見える。好きだから紹介するという以上に、どう受け止めてもらうかにも敏感だ。
Xでは銭湯川柳を発表し、サンダルや体重計を濡らさないでほしいという身近な願いから、来たことを後悔したことはないという愛情まで言葉にしている。妻にもサウナを勧め、苦手だった妻が後には90℃という温度を疑うほど慣れたと話している。2020年には神戸の銭湯を全て回ったと報告し、兵庫県公衆浴場業生活衛生同業組合が主催する銭湯スタンプラリー「オフンロ巡り」も制覇した。
サンダルと 体重計は 濡らすなよ
来たことを 後悔したこと ありません
CHAPTER 04 / SECTION 04神門のMBTIを編集部が考える
Djtube編集部は、INFJを仮説として挙げる。本人の診断結果ではなく、作品を作る過程や、出来事の意味を捉える言葉からの推定だ。
「親族」では、祖父の葬儀という一つの出来事を21曲へ広げ、繰り返し録音してアルバム全体を形にした。「月」でも、祖父を探した記憶と息子との夜を、一つの月の像へ結び付けている。個別の経験を長い時間の物語として組み立てる選択から、この型を読んだ。
ただし、作品の構成は職業的な技法であり、そのまま普段の性格ではない。INFJよりも、個人的な感情と価値観を重視するINFPとして読む余地もある。銭湯への熱意やストイックさだけから、型を確定するものではない。
CHAPTER 05 / SECTION 05神門のアルバムとライブ活動の歩み
初めてのミニアルバム「四拾」は手売りで500枚を完売。MMT主催のライブバトルで3度優勝し、言葉の大会KSWSへの出場をきっかけに谷川俊太郎とも共演した。キャリア4年目には2枚組のフルアルバムを発表するなど、早い時期から曲数の多い作品を作っている。
「三日月」と、映像作品「半生」
「半生」は2020年のアルバム「歳月」に収録された、観音クリエイションのトラックによる曲。この公式リリックビデオでは、1stアルバム「三日月」から続いてきた物語へ再び向き合っている。「三日月」と現在の神門をつなぐ位置にある作品だ。
2007年9月の1stフルアルバム「三日月」は、全22曲をラブソングで構成。Da.Me.Recordsから当時1,000円で発売され、6,000枚以上を売り上げた。恋愛を通して人間性や葛藤をさらす作品だった。
「親族」に収めた「親戚」
アルバム名は「親族」、ここで聴ける曲の題名は「親戚」。2017年の「親族」は、祖父の死に立ち会った経験を、葬儀の21曲へと展開したアルバムだ。制作には3年をかけ、観音クリエイションが全曲をプロデュースした。
録音は1日で1曲目から21曲目まで通して行い、それを21回繰り返したという。肉を腐らせるところまで録ろうとした、という本人の比喩にも、整った一回を採るだけでは納得しない姿勢が表れている。
自主レーベルと「半袖より愛を込めて」
曲名は「半袖より愛を込めて」。自主レーベルの半袖バイブスレコードは、2006年に「四拾」を自分で作ったときからの名前だ。1stアルバムをDa.Me.Recordsから発表した後、2nd以降は自主レーベルでの作品を重ねてきた。
この曲を収めた「半袖」では、売れる、売れないという評価を掘り下げることも題材になった。作品を何枚作ったかという数字だけでなく、作る人がその評価をどう受け止めるかへ向かう曲として、レーベル名を冠した盤に置かれている。
2021年には12枚目のアルバム「半袖」を発表。2023年時点で15枚と紹介されていたアルバム数は、その後も増え、2026年の「6月11日」が20作目になった。
チプルソを見て、ライブから離れた
ライブ休止の理由を話すインタビュー。2013年ごろ、神門とチプルソがゲストで出演したライブで、チプルソが客席をつかみ切る姿に衝撃を受けた。それまでは、どんなブッキングでも自分が一番やったという自負があったという。
当時は既存の曲を組み換えてステージに立つ日々で、ライブ中心だった。そのままでは越えられないと感じ、約5年間ライブを休み、曲作りに向かった。活動をやめた空白ではなく、表現を作り直す時間でもあった。
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CHAPTER 06 / SECTION 06神門のラップスタイルと楽曲
神門「一握り」
SHIBAOのトラックによる「一握り」の公式ライブ映像。神門は、詩を読むように言葉を運ぶポエトリーリーディングの表現で知られる。日常、家族、自分の弱さといった題材を、ステージでは感情をさらす形で伝えている。
まだリリックと呼び切れない言葉を、まがいと控えめに名付ける。人前に出るラッパーになるより前に、一人でノートへ書く時間があった。長いキャリアを、最初から才能のある人の成功物語へ整えない一節だ。
神門の歌う「Pellicule」
不可思議/Wonderboyの死後に発表された、神門の「Pellicule」。不可思議/Wonderboyは2011年、1stアルバム「ラブリー・ラビリンス」を発表した翌月に事故で亡くなった。神門は彼をワンちゃんと呼び、互いに知られる前からライブで知り合っていた。
一度だけ未来を変えられるなら、当選番号を知るより相手へ電話するという対比だ。大きな奇跡を願う言葉の先に、事故に気を付けろという日常の一言が置かれる。もうかけられない電話の具体性が、喪失を遠い物語にしない。
神門「月」
2021年10月発表の曲。遊び足りないと駄々をこねる息子との時間が、認知症の祖父を探し回った子供時代の記憶を呼び起こす。月が見えない日にええ月やと話した祖父と、夜の公園で月を見る父子の姿が重なっていく。
あの日には分からなかった祖父の言葉を、自分が父親になった夜から読み直している。見えた、見えなかったの正誤よりも、孫とひ孫が同じ月を見る時間が、過去の会話へ返事を届ける。
神門「なら、こう生きよう」
2011年11月発表のアルバム「神門」に収録。夢と現実、複数の選択肢の間で迷う人へ向けた曲だ。迷いが消える正解を外から渡すのではなく、選んだ後にどう歩くかへ問いを移す。
どの道とどの足を近づけることで、正しい進路を当てる問いを、自分や共に歩く人の問題へ変える。どの道でも必ず成功すると保証するのではなく、正解が分からないまま進むことを肯定する言葉として読みたい。
神門「夢をあきらめて現実を生きます」
ラップという夢を諦め、公務員を目指す葛藤を描く約12分の曲。長い心情の連なりを経て、夢と現実という言葉の位置そのものが入れ替わる。
就職を現実、ラップを夢とする初めの区分が、最後には逆転する。今から就職する方が夢で、続けてきたラップこそ現実だという結びは、単純な夢を諦める宣言ではない。題名だけでは受け取れない反転がある。
神門「6月11日」
2026年7月1日発売の20thアルバムは、初ステージに憧れる「6月11日」で始まり、活動20年目の「6月21日」で閉じる。「家族」の続編「家族Ⅱ」や、「なら、こう生きよう」の先を歌う「なお、生きている」も入り、過去の曲に今の自分から応答する13曲だ。
神門「政治的発言」
2026年10月14日発表。トラックは「ポスト」「ライブハウス」なども手がけたさる吉、録音・ミックス・マスタリングはCosaquが担当している。税金や生活の苦しさを入口に、政治について黙ることや、声を上げることを問いかける曲だ。
うっすらという弱い言葉を添えることで、破綻した大事件ではなく、働いてもどこか足りない日々の感覚を置く。政治を遠い専門家だけの話へせず、自分の暮らしの違和感から語り出す入口になっている。
2022年12月には、直近3年でアルバムを6枚発表したと本人が報告している。一度の大作で終わるのではなく、長編と短編の両方で作り続ける歩みだ。
CHAPTER 07 / SECTION 07神門と交流のあるラッパー
交流があるのは狐火、KZ、ILL-BOSSTINO、不可思議/Wonderboyら。BOSSとは憧れの相手として出会った後、トークライブなどでも接点を持った。神門が酔って絡んだ際、引き際も大事だと静かに諭されたという話もしている。
狐火「Answer Pellicule」
不可思議/Wonderboyを悼む表現は、狐火がラップする「Answer Pellicule」にもある。ここに置いた公式音源は観音クリエイション名義のfeat. 狐火版で、神門の歌唱ではない。旧ライブ記録とともに、同じコミュニティーの人が別々の言葉で故人へ向き合ったことを伝える参考曲だ。
2020年2月の神門のトークショーには、KZと狐火が客席にいたという目撃談もある。これは当時の観客の観察としての話であり、その後の私的な関係を全て説明するものではない。
2004年のBOSSとの出会いを2019年に振り返ったXでは、生きていれば一生の自慢も更新されていくという思いまでつづっていた。憧れの人と拳を交わした18歳の記憶も、その後の自分から読み直している。
