OMSB本名・生い立ち・家族と代表曲
OMSB(オムスビ)は、米ニュージャージー州生まれ、神奈川県相模原市育ちのラッパー、ビートメイカー。SIMI LABの一員で、2026年にはPUNPEEとのTAXMENでも活動。ソロではSUMMITから「Think Good」「ALONE」などを発表してきた。太い声のラップと、自分の生活や迷いへ向き合う言葉が持ち味だ。
本名は加藤ブランドン。長いスランプの間には会社勤めや結婚、子供の誕生を経験した。自分で曲を書くことに加え、他のラッパーへの制作や映像作品の音楽にも関わる。その歩みを、家族、仲間、作品からたどる。
CHAPTER 01 / SECTION 01OMSBのプロフィールと名前の由来
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OMSBは「オムスビ」と読む。OMSB’Eats(オムスビーツ)という表記も使ってきた。アルバイト中に「オムスビーツ」という言葉がぱっと浮かんだことが、名義の由来だ。
1989年1月26日生まれで、年齢は37歳。出生地のアメリカと、育った相模原は分けて捉えたい。表の「—」は記載できる情報が揃っていない欄で、家族や経歴の不存在を示すものではない。
CHAPTER 02 / SECTION 02OMSBの生い立ちと音楽の入口
ニュージャージーから日本へ
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アメリカ人の父と日本人の母のもとに生まれ、両親の結婚の挨拶を機に来日し、日本で暮らすようになった。幼いころに両親は離婚。その後、母親は再婚し、OMSBは実父より長く一緒に過ごした真面目な義父と、良い関係を築いてきたという。
外見から英語を話せると思われることもあるが、本人は英語を話せず、その期待から、英語が嫌いになりそうと感じるほどの複雑な気持ちを抱いてきた。生まれた国や見た目から、言語や音楽の好みまで一つに決められるわけではない。
母のヒップホップ、反抗期のロック
母親はヒップホップが好きで、車ではThe Notorious B.I.G.や2PACが流れていた。中学時代にはEMINEM「Without Me」にも触れた。
一方で、母親への反抗もあってインディーズロックを聴いたという。本人が入口として挙げるのは、木村カエラが出演していた音楽番組「saku saku」。高校で再び本格的にヒップホップにのめり込み、高校2年生でターンテーブルを購入してDJを始める。趣味には映画鑑賞もあり、後の作品には音楽以外から受けた刺激も表れる。
CHAPTER 03 / SECTION 03OMSBの結婚・家族・仕事
結婚と妻へのOne Room
OMSB「One Room」の公式配信音源。アルバム「ALONE」に収録され、SUMMITから提供された2022年5月25日発売版だ。妻との暮らしから書いた曲を、背景の話と合わせて聴ける。
「Think Good」から「波の歌」までの間に結婚し、2020年8月6日には長男が生まれた。妻とは交際する前に一度振られたことがあり、そのころ作った曲が「波の歌」だという。
結婚と子供の誕生によって、さまざまなものが変わったと本人は話している。「ALONE」の「One Room」は、妻のために書いた曲。二人でカラオケへ行き、「幽☆遊☆白書」のエンディング曲「さよならbye bye」を歌って、ともに歌詞へ心を動かされたことが制作につながった。
馬渡松子「さよならbye bye」の参考映像で、OMSB本人のインタビューではない。妻と同じ歌で泣いたという「One Room」の背景を知るために、ここでは二人が歌った作品を紹介する。
大きな出来事より、同じところで笑い、体調が悪ければ心配する暮らしを置く。その当たり前を歌詞へ残すことが、家族へ向けた曲の核になっている。
会社勤めをして変わったお金との関係
TV Bros.は2022年8月29日の取材告知で、「ALONE」までの7年間にあった結婚や子供の誕生を挙げ、家族、仕事、お金、音楽という複数の面からOMSBに話を聞いたと紹介した。
2018年から2020年は一般企業で働いた。結婚し、家族との生活に安定を求めたものの、働き方が肌に合わず、2020年7月に退職する。仕事をしていたころには、音楽へ割く時間を作る難しさもあった。
本人は、コロナ禍も重なって人命よりお金が優先される社会に強い嫌悪を抱きながらも、生活には収入が要るという矛盾を語っている。その思いが、今度はラップで稼ぎたいという動機になった。退職後は時間だけでなく気持ちにも余裕ができ、制作へ向かえるようになったという。
CHAPTER 04 / SECTION 04OMSBのMBTIを編集部が考える
Djtube編集部は、OMSBの公開された制作の話からINFPを候補に挙げる。お金への嫌悪とラップで稼ぎたい気持ちを、片方だけに整えず言葉にすること。「大衆」では自分なりの普通を引き受け、「One Room」では家族との小さな出来事を曲にすることが、その手がかりだ。
ただし、歌詞に内省があるから内向型だと決められるわけではない。MPCを使う制作の手触りを重く見ればISFPという読み方もある。本人が公表した診断結果ではなく、仕事や表現に見える一部の選択からの推定で、スランプの原因を性格型へ結び付けるものでもない。
CHAPTER 05 / SECTION 05OMSBの活動歴とSIMI LAB・仲間
相模原で生まれたSIMI LAB
SIMI LAB「WALK MAN」の映像。2009年にYouTubeへ公開され、グループを知る入口になった曲だ。QNのPCを使い、仲間同士の勢いでMVを作ったという経緯もある。
クルーの形成は2007年。相模原をSIMI CITYと呼ぶ現場で、OMSB、MAB、DJ ATTOのIDBと、QNがいたSVCが合流した。グループ名には、音楽として染み渡るという意味がある。SUMMITの公式プロフィールが記す2010年の活動開始とは、クルーが集まり始めた時期を分けて捉えたい。
2008年にはOMSB、QN、DJ ATTO以外のメンバーが抜け、DyyPRIDEとMARIAが加入。MARIAがクラブでDyyPRIDEへ声をかけたことも、結成期の逸話として知られる。過去に紹介されてきた顔ぶれは、OMSB、MARIA、Hi’Spec、USOWA、JUMA、MA1LL、DJ ZAI、RIKKI。ラッパーだけでなく、DJ、トラックメイカー、デザイナーも集まる。
公式クレジットに載る人だけが仲間とは限らず、おじさんや、ホームレスの経験を持つ僧侶もいるとOMSBは話していた。役割だけでは区切れない、人の集まりでもある。
2011年に「Page 1 : ANATOMY OF INSANE」、2014年に「Page 2 : Mind Over Matter」を発表。その後にはDyyPRIDEの脱退もあり、各自のソロ活動も広がった。昔の名簿だけを、そのまま現在の全所属者一覧とは捉えないほうがよい。
QNとの衝突を経て、家族ぐるみの付き合いへ
QNのチャンネルによるOMSB & QN「なんとなく、それとなく」。2017年に二人の名義で発表した曲だ。かつて衝突した二人が、後に一緒に音楽を作る関係になったことを示す。
2012年5月、QNはOMSBへのディス曲「Omsbeef」を出し、同年6月にSIMI LABを脱退した。OMSBは当時、腹が立つ一方で、そのゲームには乗りたくないという反応をXで示し、アンサー曲は発表しなかった。
本人によると、昔はいろいろあったが、互いに大人になって親しくなったという。その後は近くに住み、妻同士も親しく、家族ぐるみで遊ぶ関係だと話していた。過去の衝突だけから、現在も不仲だとする見方はできない。
Hi’SpecとSUMMITの仲間
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SIMI LAB、KMC、B.I.G. JOE、PUNPEE、C.O.S.A.、THE OTOGIBANASHI’Sらと交流がある。Xへの投稿が減ったことをPUNPEEから指摘され、飽きてきたのを見透かされたと返したこともあった。
OMSBによると、SIMI LABのメンバー全員が集まる機会はほとんどないという。一方、Hi’Specの家では、自身の宅録環境が整うまで長く録音していた。互いを本名で呼ぶ、生活に近い距離の仲間だ。集まる頻度の話だけで、人間関係の良し悪しを決めることはできない。
KMCの曲では厳しいプロデューサーに
KMCは2022年6月24日、OMSBの生き方に触れ、自分も愛する者のために歌っていきたいとXへ投稿していた。共作だけでなく、互いの活動を見ている関係でもある。
静岡出身のKMCとは、OMSBがラップを始める前、町田のクラブで知り合った。後にあっこゴリラのリリースパーティーで共演し、KMCが声をかけたことから親しくなり、互いの家へ遊びに行く付き合いになった。
2021年4月27日発表のKMC「ILL KID」では、「Outta Here」「HOO!EI!HO!」「Ride Music」の3曲を制作。KMCによれば、友人同士でも録音の出来には簡単に折れず、何度も録り直しを求める厳しさがあった。「HOO!EI!HO!」のカバーはOMSBの提案で、もとは自分でカバーするつもりだったという。
ソロ、制作、TAXMENへ広がる現在の活動
2021年にはPUNPEE、VaVaと「オッドタクシー」の劇伴を担当。2023年10月11日の8曲入りミニアルバム「喜哀」では、QN、DJ TY-KOH、志人を迎え、Olive OilやHi’Specらのビートでもラップした。2024年9月25日には、自ら制作した「Bro feat. JJJ」を発表。10月26日の「Bro(V-GOD Remix)feat. JJJ & VaVa」ではVaVaが新たにラップで加わり、原曲とは別の版を作っている。
2025年にはNHK Eテレ「toi-toi」のテーマ曲「toi」を手がけた。ほかにもFULLMATIC「Angel」のリミックスへ客演し、Charlu「5FEET」では作曲とプロデュースを担当。2026年にはSPARTA「Life」、JUMANJI「Voices」にも客演した。自分がラップする仕事と、他の歌い手を支える制作の仕事を続けている。
2026年にはPUNPEEとのユニットTAXMENでも活動し、3月13日に「THEME OF TAXMEN」、4月22日に「MISS U feat. 原島“ど真ん中”宙芳」を発表した。前者はSwisher BeatsとPUNPEE、後者はMitsukiとPUNPEEがプロデュースを担当。SIMI LABやソロに加わる共同名義として、現在の活動を知るうえで押さえたい。
CHAPTER 06 / SECTION 06OMSBの制作姿勢とビートメイク
ペンが進まなかった時期と宅録環境
2015年の「Think Good」以降、ラップを書けない時期が長く続いた。次の「波の歌」までは約4年、ソロアルバム「ALONE」までは7年が空いた。
もともとラップを書くことは得意ではなく、ライブの忙しさを言い訳にしていた面もあったが、実際にはペンが進まなかったと振り返る。
2021年には自宅で録音できる環境が整い、息継ぎの位置など細かい部分にも向き合うようになる。「水の中の犬」を読んで読書にのめり込んだことも、歌詞へ影響したという。
「ALONE」収録の「祈り | Welcome Back」の公式配信音源。スランプについて話すインタビューではなく、OMSBが驚くほどペンが進み、書く楽しさを感じたと振り返る曲そのものだ。
停滞した期間を、何もしていなかった時間として切り捨てることはできない。働くことや家族の変化、録音環境を作ることが、その後に書ける言葉を増やしている。
MPC3000と影響を受けた作り手
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ビートメイクの中心に使ってきた機材はAKAI MPC3000。影響を受けた作り手には、Wu-Tang ClanのRZA、Company FlowのEl-P、J Dillaを挙げている。本人が重く見るのは音だけでなく、作り手が持つ主義やこだわりでもある。
1990〜2000年代のイーストコーストを土台に、サウス、ウェストコースト、レゲエ、J-POPまで取り込む。サンプリングでは大きな有名曲に頼るより、レアグルーヴから素材を選ぶことが多い。
制作の部屋を映したTHE COCKPIT
映画情報メディアのシネマトゥデイが公開する「THE COCKPIT」の予告編。三宅唱監督がOMSBとBimの制作現場を撮った、2015年公開のドキュメンタリーだ。Hi’Specも登場する。
OMSBはこの映画を、ヒップホップの曲ができる工程を見られるものと説明し、役を演じるのではなく自然体で撮影したと話している。ビートを作り、ラップを録るまで、完成品だけを聴いていると見えにくい、部屋で仲間と作業する時間を追う作品だ。
太い声と、生活が入るラップ
SUMMIT公式の「黒帯(Black Belt Remix)」。OMSBの太い声と、独特なアクセントや間を持つフロウを知る曲だ。硬派なラップを軸にしつつ、トラップやオートチューンにも取り組み、音楽の幅を広げてきた。
本人は、結婚が自分の音楽にも大きく影響していると話している。子供の誕生も、活動の外側の出来事として切り離さない。自分の暮らしをどう続けるかという問いが、そのまま曲の言葉にも入っている。
CHAPTER 07 / SECTION 07OMSBの代表曲とソロ作品
大衆
OMSB本人のチャンネルで公開された曲。A.K.I.PRODUCTIONS「お前も今日から大衆だ」に触発され、家族旅行の帰りにビートを聴きながら歌詞を書き始めた。ベースにはハマ・オカモトが参加している。
誰かと同じになるために普通を選ぶのではなく、自分の普通を毎日やると言う。仲間外れという見方も、そもそもそこにいなかったという位置へ置き直す。自分の人生を他人の基準だけで採点しないための言葉として読める。
ActNBaby feat. jjj
スペースシャワーTVのBLACK FILEが公開するMV。jjjがビートを求めて声をかけたことに、OMSBが一緒にラップしたいと応じて生まれた。三宅唱が映像を監督し、異なる二人のスタイルが掛け合う。
言葉の行き着く先に、説明や結論ではなく雨という景色を置く。短い一節でも、話し切れない感情の余韻が残る。自分の声で全部を言い尽くすことだけがラップではないと感じさせる表現だ。
波の歌
SUMMIT公式のMV。「Think Good」から約4年後、2019年に発表した曲で、妻と交際する前に振られた時期に作られた。生活のなかの息苦しさや、人間くささを前に出した作品だ。
きれいな言葉へ整えるより、面倒だ、縛られているという感情を反復する。なぜそう思うかを全部説明しないぶん、抜け出せない感じが言葉の繰り返しに残る。家族へ向けた「One Room」と並べると、同じ相手との関係にも異なる時間があったことが見えてくる。
toi
2025年5月14日発表、NHK Eテレ「toi-toi」のために書き下ろした曲。SUMMITの公式作品ページから案内される映像だ。作詞とプロデュースはOMSB、鍵盤にはAtsushi Inoueが参加している。
一人ずつ抱えるものが違うという前提から始める言葉。問いを一つの答えへ急いでそろえず、違いを持ったまま暮らすところに重心を置く。自分の普通を扱った「大衆」とも、別の角度で響き合う。
CHAPTER 08 / SECTION 08OMSBについてよくある質問
OMSBは何と読む?
「オムスビ」と読む。OMSB’Eatsという表記もあり、アルバイト中に浮かんだオムスビーツという言葉が由来だ。
OMSBの本名と出身地は?
本名は加藤ブランドン。米ニュージャージー州生まれで、神奈川県相模原市で育った。
OMSBはラッパーとビートメイカーのどちら?
両方で活動する。自分のソロ作品に加え、SIMI LAB、他のラッパーのプロデュース、映像作品の劇伴や番組テーマ曲も手がけている。
