SHAKKAZOMBIEラップと服、その間に壁を作らなかった3人
SHAKKAZOMBIE(シャカゾンビ)は、MCのOSUMIとHIDE-BOWIE、トラックメーカーのTSUTCHIEによる3人組だ。「さんぴんCAMP」に立ち、BUDDHA BRANDとの「大怪我」を残す一方で、NORTHERN BRIGHTやBRAHMAN、くるりとも交わった。日本語ラップの現場にいながら、その外にある音楽を遠ざけなかった。
服作りにも同じ姿勢が表れている。1999年にOSUMIとHIDE-BOWIEが始めたSWAGGER、OSUMIのPHENOMENON、吉井雄一とのMISTERGENTLEMAN。ラップとファッションは別の仕事でありながら、好きな文化を自分たちの形に変える活動としてつながっていた。OSUMIは2021年1月24日に亡くなったが、楽曲と服には、その発想が残されている。
CHAPTER 01 / SECTION 01SHAKKAZOMBIEの結成と活動年表
前身のグループではOSUMIとTSUTCHIEに、もう1人のMCが加わっていた。1993年頃のことだ。そのMCは約3か月で、TSUTCHIEから電話でグループを離れるよう告げられたという。デモテープはキミドリのクボタタケシが持っていた。1994年頃にHIDE-BOWIEが加わり、よく知られる3人の編成になった。
HIDE-BOWIEは、加入時にOSUMIが自分を嫌がっていたと後から聞いた、という話もしている。最初から息が合っていたという物語ではない。ともに作り、遊ぶ時間を通じて関係が育っていった。
名付け親はキミドリの石黒景太。レゲエのJah Shakaと、メタルバンドのWhite Zombieを組み合わせた名前だ。レゲエとメタルをつないだ名は、後の活動にもよく似合う。
SHAKKAZOMBIEはBUDDHA BRAND、キングギドラ、RHYMESTERらと日本語ラップが広がる時代を共にした。同時に、BRAHMAN、NORTHERN BRIGHT、くるりなどのバンドとも楽曲やイベントで共演した。休止も、音楽上のつながりをすべて断つものではない。2015年の追悼イベントでは「大怪我」から「人間発電所(Original’95 Vinyl Version)」へとつながり、会場には大合唱やモッシュが生まれた。
CHAPTER 02 / SECTION 02SHAKKAZOMBIEのメンバープロフィール
OSUMI|BIG-Oとしてラップと服を作った大澄剛史
補足:名前:大澄剛史(おおすみ たけし)/身長・血液型:不明/役割:MC、楽曲やアルバムの構想、ファッションデザイン/逝去:2021年1月24日、47歳
OSUMIはラップだけでなく、アルバムのコンセプトや曲の組み立てにも関わった。TSUTCHIEは、出会った頃から約30年を経ても、大きくて優しい人という印象は変わらなかったと振り返っている。
ソロ作品には1998年12月23日発売の「control (the spiritual matters)」がある。2007年4月25日の「Straight To Next Door」はBIG-O & DJ WATARAIの共同名義作だ。グループと別名義の制作を進めながら、SWAGGER、PHENOMENON、MISTERGENTLEMANでデザインやディレクションを手掛け、アーティスト、俳優、モデルにも支持を広げた。
2021年1月24日、敗血症により47歳で逝去
「ミスター・ジェントルマン」のデザイナー オオスミタケシ氏、47歳で逝去https://t.co/f43x9cVx9W pic.twitter.com/oZLQXeJ9sW
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OSUMIは2021年1月24日、敗血症のため亡くなった。感染症に対する身体の反応によって臓器の機能が損なわれる病気だ。病状は事前に公表されておらず、メンバーも病気について知らされていなかったという。HIDE-BOWIEは、突然の知らせに気持ちが追いつかなかったと振り返っている。
亡くなる直前まで、病室でMISTERGENTLEMANの制作に取り組んでいた。2021年3月の東京ファッションウィークで発表された2021-22年秋冬コレクションは、吉井雄一と2人で作った最後のコレクションになった。ラッパーやDJ、バンドマン、デザイナーから寄せられた追悼の言葉にも、仕事の境界を越えた交友が表れていた。
2021年7月配信の「BIG-O DA ULTIMATE」は、SHAKKAZOMBIEの曲を新たに作り直した全6曲のトリビュート作品だ。PUNPEEと5lack、VaVa、JUBEE、BIM、in-dらに加え、NITROのメンバーやロックバンドの仲間たちも参加した。「IT’S OKAY」ではTSUTCHIEのリメイクにDABO、山嵜廣和、白川貴善、TOSHI-LOW、HIROSHI BROWNが集まる。2022年1月5日にはアナログ盤も発売された。
A HIP HOP DNA/ユニバーサルミュージックは、このトリビュート作品に関わるレーベル・発売元の文脈で捉えたい。3人それぞれの所属事務所と同じ意味ではない。
HIDE-BOWIE|IGNITION MANの名をOSUMIから受け取ったMC
補足:名前:井口秀浩/生年月日・身長・血液型:不明/役割:MC、SWAGGERのデザイン・ディレクション
幼い頃のHIDE-BOWIEは、友達がなかなかできず親が心配するほど人見知りだったという。名前の出発点も、子供の頃のあだ名である「ヒデ坊」にある。四街道ネイチャーのKZAがヒデボウイというMC名を提案し、石黒景太がDAVID BOWIEのBOWIEという綴りに結びつけた。別名のIGNITION MANはOSUMIが名付けたものだ。
バンドを辞めて音楽活動から離れていた時期に、ラップをやりたいという気持ちが芽生えた。ロンドンのアシッドジャズからヒップホップへ関心を広げ、映画「Do The Right Thing」やPublic Enemy、Gang Starrに触れたことがきっかけだった。
さらに背中を押したのが、LOW IQ 01が在籍したアクロバットバンチの音源だ。キミドリやMICROPHONE PAGERら、日本語でラップするアーティストが参加する音を聴き、本格的にラップを始めた。初期からニューヨークの先端を意識したテクニカルなフロウを追い、服装や佇まいも含めて自身のスタイルを作っていった。
TSUTCHIE|サンプリングを軸に音の土台を作る
補足:名前:土田伸二/生年月日・身長・血液型:不明/役割:トラックメイカー、DJ
3人の中では最年長。DJを始めたばかりの頃にDJ BAR InkstickのイベントでOSUMIと出会った。PRKS9のインタビューでは、専門学校に通っていた時期に約50万円を分割で払い、AKAI S950やRoland MC-50などをそろえて制作を始めたと話している。借金をしてでも、自分の手で音を組み立てる環境が欲しかった。
アメリカのアンダーグラウンド・レーベルRawkusにも影響を受け、サンプリングを制作の軸に置く。AKAI MPC3000はSHAKKAZOMBIEの2作目のアルバムを作る頃に使い始めた機材だ。ただし、すべての時期を同じ機材で作っていたわけではない。
2002年12月26日のソロアルバム「THANKS FOR LISTENING」にはDABO、スチャダラパー、サニーデイ・サービスの曽我部恵一らが参加した。くるりやBACK DROP BOMBのリミックスも担当。グループで培ったジャンルを限定しない関わり方は、ソロの制作にも続いている。
CHAPTER 03 / SECTION 03SHAKKAZOMBIEのラップスタイルと制作方法
SHAKKAZOMBIEの音楽は、ヒップホップを土台にメロコアやパンク、ダンスミュージックを取り込む。PRKS9のインタビューでTSUTCHIEが振り返る制作の姿勢は、ヒップホップなら何を吸収してもいい、というものだった。好きなバンドや仲間と交わることが、そのまま曲の選択肢を増やしていた。
注目したいのは、ジャンルの広さだけではなく、曲の構成の細かさだ。TSUTCHIEが作ったビートを2人のMCが選び、歌詞を乗せ、Illicit Tsuboiとの作業で組み直していく。OSUMIも構想や展開に深く関わった。スネアやバスドラムの配置まで意識する作り込みは、1人がすべてを担当したというより、役割を持ち寄る制作から生まれていた。
勢いやフロウだけで押し切らず、日本語の言葉そのものを大事にする点も持ち味だ。バンドとの共演で音を大きく広げても、「空を取り戻した日」のように言葉をじっくり聴かせる曲でも、ラップの中心がなくなることはない。
CHAPTER 04 / SECTION 04原宿のHIPHOP居酒屋「龍宮」
龍宮のフライヤーを2021年にGETするという奇跡#SHAKKAZOMBIE pic.twitter.com/WnJfMajAHQ
— ʏ.ᴀ.s (@y_a_s_info) February 17, 2021
1996年、SHAKKAZOMBIEは原宿でHIPHOP居酒屋「龍宮」を開いた。経営を担ったOSUMIやHIDE-BOWIEの周りに仲間が集まり、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのSUIKENはバーテンダーとして働いていた。HIDE-BOWIEによると、経験のなかったSUIKENを半ば強引に誘ったという。
キングギドラ、RHYMESTER、DJ HASEBE、NITROのメンバーらが足を運んだ店でもある。宇多丸は、酔ったMummy-Dがシャッターを壊したという出来事を語っている。お詫びとしてMummy-Dが店内で無料イベント「かたじけナイト」を開いたという後日談まで含め、仲間たちの記憶に残った場所だった。
店はすでに閉店している。ただ、ここで一緒に過ごした人々の関係は楽曲へ続いていく。「共に行こう」の別ヴァージョンも、そのつながりから生まれた曲だ。
CHAPTER 05 / SECTION 05SHAKKAZOMBIEのおすすめ楽曲3選
GET YOURSELF ARRESTED|NORTHERN BRIGHTとの交点
GET YOURSELF ARRESTEDの旧動画(現在削除済み)/Apple Musicで作品を聴く
SHAKKAZOMBIEとギターロックバンドNORTHERN BRIGHTの共演曲。NORTHERN BRIGHTのドラマー原秀樹がSHAKKAZOMBIEをサポートしたことが、共演のきっかけになった。ラップとギターロックが遠慮なくぶつかる熱量を持ち、単に片方がもう片方へ客演しただけではない関係が伝わる。
呼びかけを繰り返し、そこへ「目を覚ませ」という日本語が入る。英語の曲名だけに任せず、相手を起こす言葉として届かせるフレーズだ。ロックとの共演でも、何を伝えたいのかが言葉の芯にある。
大怪我|SHAKKAZOMBIEとBUDDHA BRANDが組んだ大神
「大怪我」は、SHAKKAZOMBIEとBUDDHA BRANDの合体ユニット、大神(オオカミ)の曲だ。「さんぴんCAMP」でも披露された。サイプレス上野は、当時のシーンの二大巨頭が組んだこと自体に大きな衝撃があったと振り返っている。
サンプリングにはNice And Nasty 3「The Ultimate Rap」とA Taste of Honey「Rescue Me」が使われている。ECDのシャウトを合図に、大峠雷音ことDEV LARGE、OSUMI、CQ、秀法師ことHIDE-BOWIE、飛葉飛火ことNIPPSへとマイクが渡る。DJ MASTERKEYとTSUTCHIEはスクラッチで加わる。5人のMCと2人のDJ・トラックメーカーという「7人の魔人」の組み合わせだ。
DEV LARGEは両方の名前を並べ、曲の中で共演の意味を宣言する。互いの看板を消して一つになるのではない。BuddhaとShakkaがそれぞれのまま同じ場へ集まることが、この曲の迫力につながっている。
空を取り戻した日|OSUMIが1人でラップしたかった曲
1997年のアルバム「HERO THE S.Z.」に収録。トラックを聴いたOSUMIがソロでラップしたいと希望し、HIDE-BOWIEはラップに参加していない。言葉を積み重ねながら視界を開いていく曲で、OSUMIのリリシストとしての一面がよく表れている。
希望と野望をつなぎ、さらに青い世界、空へと視線を動かす。「逃亡」で閉じず「飛ぼう」と呼びかけることで、抜け出す先の広がりまで描いている。感情の強さだけでなく、イメージを渡していく言葉の運びが残る。
アニメ「カウボーイビバップ」の地上波放送最終回「よせあつめブルース」に使われた曲でもある。2021年のトリビュートでは、DJ WATARAIのリミックスにIGNITION MANとJON-Eが参加した。オリジナルでOSUMIが1人で担った曲を、残された仲間が受け継ぐ別のヴァージョンになっている。
CHAPTER 06 / SECTION 06音楽から服へ広がったSHAKKAZOMBIEのファッション
OSUMIは、自分の作る服の根底にはヒップホップだけでなく、好きな音楽や文化があると語っていた。1990年代から2000年代初頭のヒップホップではルーズな着こなしが目立つ中、SWAGGERは蛍光色のグラフィックやスキニージーンズによるタイトなシルエットも取り込んだ。
Supreme、NUMBER (N)INE、A BATHING APEなどが注目された裏原の時代に、SWAGGERやPHENOMENONも東京から発信した。ヒップホップ、ロック、ダンスミュージックを服の上で交差させる発想は、音楽でジャンルを行き来したSHAKKAZOMBIEの活動と切り離せない。
SWAGGER|OSUMIとHIDE-BOWIEが1999年に始動
ジャパンストリートブランド【SWAGGER】より、ストリートライクなデザイン/シルエットが随所に落とし込まれた春夏最新作、PAST AND FUTUREが到着。https://t.co/eHLBKMJveS pic.twitter.com/MGeryHH3oj
— NUBIAN (@nubian_tokyo) June 13, 2019
SWAGGERは1999年、OSUMIとHIDE-BOWIEが立ち上げたストリートブランドだ。名前は、服を自慢げに着こなす態度にもつながる「SWAG」という言葉に由来する。最高級のストリートウェアを目指し、音楽の要素を都会的なデザインへ落とし込んだ。
Kanye WestやVirgil Ablohにも着用され、コレクションの立ち上がりには整理券が配られるほど人気を集めた。2013年には運営会社の破産申請が報じられたが、それをブランドのあらゆる活動が永久に終わったという意味にはできない。2019年にはDIPSET Coutureとのコラボレーションや「PAST AND FUTURE」の展開があり、SWAGGERの名前は再び店頭に並んだ。
PHENOMENON|OSUMI個人の好みを前に出す
PHENOMENONは2004年、SWAGGERから派生して始まったOSUMIのブランドだ。ヒップホップ、ロック、ダンスミュージックを背景に、自分を表現し、本当に着たい服を作ることを目指した。名前はThe Notorious B.I.G.「Rap Phenomenon」から取られている。
藤原ヒロシは、SWAGGERのヒップホップ的な印象に対し、PHENOMENONではトレンドが前面に出たことに驚いたと振り返っている。エッジのあるデザインと、ストリートからランウェイへ進む姿勢が特徴だった。OSUMIは2016年、運営側との方向性の違いを理由にデザイナーを退任した。
MISTERGENTLEMAN|吉井雄一と作った服、その後のSOFTHYPHEN
MISTERGENTLEMANは2012年、OSUMIと「THE CONTEMPORARY FIX」のオーナー吉井雄一が始めたブランドだ。2人に共通する音楽を背景に、シンプルなデザインと鮮やかな色を組み合わせた。OSUMIはPHENOMENONを1人で聴く音楽、MISTERGENTLEMANを皆で聴く音楽になぞらえている。同じ作り手でも、届けたい相手との距離は違っていた。
OSUMIの死後、2022年春夏コレクションの発表は休止された。2022年4月にはSOFTHYPHENへと名称を変え、新たな方向性で再始動する。ただし、改名そのものは死去をきっかけに突然決まったことではない。FASHIONSNAPのインタビューで吉井が明かしたところでは、設立10周年に合わせた変更はOSUMIと生前から話し合っていた。
CHAPTER 07 / SECTION 07BUDDHA BRAND、NITRO、キミドリとの関係
SHAKKAZOMBIEの交友には、BUDDHA BRAND、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、キミドリ、スチャダラパー、四街道NATURE、キングギドラなどが並ぶ。ラッパーに限らず、バンド、DJ、ダンサー、デザイナーへもつながりは広がっていた。
当時はEAST END×YURI「DA.YO.NE」やスチャダラパー「今夜はブギー・バック」がヒットし、ポップな日本語ラップと硬派なラップを対立させる語り方もあった。しかしTSUTCHIEは、さんぴんCAMPとLB Nationを分けるような構図を、メディアによる分かりやすい見せ方として振り返っている。本人たちはその線引きを強く意識していたわけではない。対立を仲裁した特別な存在と考えるより、好きな人や音楽との関係を続けたグループと捉えるほうが、その姿に近い。
BUDDHA BRAND|大神を組む前からの友人
BUDDHA BRANDとは、大神を結成する前から私生活でも頻繁に遊ぶ間柄だった。ニートtokyoのインタビュー映像では、IGNITION MANが「大怪我」にまつわるエピソードを語る。楽曲そのものの映像とは別に、当事者の言葉から関係を辿れる。大神名義のシングルは「大怪我」だが、その後も互いの作品やステージで接点を持ち続けた。
2015年6月25日のDEV LARGE追悼イベントで再び「大怪我」を披露したことも、その関係の延長にある。作品の発売時期だけでは区切れない、長い付き合いだった。
NITRO MICROPHONE UNDERGROUND|龍宮で育った関係
NITROがクルーとして結成される前から、SHAKKAZOMBIEは各メンバーと交流していた。SUIKENが働く龍宮には、ほかのメンバーも毎日のように訪れた。DABOは、OSUMIが流行の3年ほど先を行く服装をしていたと振り返り、予言者のような人だったと評している。音楽に加え、何をどう着るかという感覚も伝わっていた。
共に行こう(Ver.Pure)|GORE-TEX、SUIKEN、DABO、MACKA-CHINが参加
1997年の「共に行こう」の別ヴァージョンには、NITRO結成前のGORE-TEX、SUIKEN、DABO、MACKA-CHINが参加した。HIDE-BOWIEは、龍宮での出会いがなければこの曲はなかったと語っている。店で過ごす時間が、複数の声をつなぐマイクリレーへと変わった曲だ。
障害があることを認めたうえで、自分の力を信じようと呼びかける。最後は1人で進むのではなく「共に行こう」になる。複数のMCが集まる曲だからこそ、個人への励ましと仲間との約束が同時に響く。
キミドリ|名前も音楽もつながる先輩
ニートtokyoの映像は、IGNITION MANがラップを始めたきっかけとキミドリの存在について語るインタビューだ。HIDE-BOWIEは、3人に共通するのはキミドリが好きなことだと話している。自身のMCネームが決まる前から交流があり、石黒景太はグループ名とHIDE-BOWIEの名の両方に関わった。デビューシングル「SHAKKATTACK」のプロデュースを担当したのも、キミドリのクボタタケシだ。
インタビューとは別に、楽曲でのつながりを示すのが、キミドリ「白いヤミの中」のカバーである。SHAKKAZOMBIEは正式な作品としてこの曲を取り上げた。名前を借りるだけでなく、好きだった音楽を自分たちの演奏やラップへ引き寄せる。そのリスペクトも、3人の音楽を知る手掛かりになる。
マイクの先にも、服の縫い目にも、好きな音楽へ続く道がある。
Djtube 編集部
